2013年3月25日掲載

2013年2月号(通巻287号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

直営アプリストアを捨て戦略転換を敢行したOrange

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Googleなどを始めとしたOTTプレイヤーがウェブベースのエコシステムの主導権を振るう中、通信事業者各社はそのエコシステムに関与しようと試みてはいるものの、苦慮しているのが現状である。米国のAT&T、スペインのTelefOnica、ドイツのDeutsche Telecomがエコシステムに関与するための手段としてAPI(Application Programming Interface)公開といった具体的な動きを既に見せている(本誌2012年8月号「通信事業者はAPI提供で何を狙うべきか?」参照)が、フランスのOrangeは前記3社よりも自身の戦略を詳細に情報公開している。本稿では、それを元にアプリ周辺の諸領域に対するOrangeのアプローチをレポートする。

独自のアプリストアOrange App Shopの廃止

Orangeは通信事業者としては時期的にかなり早い2009年12月、“Orange App Shop”というAndroidアプリを扱う独自のアプリストアを開設している。このOrange App Shopは本国であるフランスの他、スペイン、ベルギーなど各国で展開されたが、現在ではフランスを除く全ての事業展開国で廃止されている。

もともとOrange App Shopは、スマートフォンが普及し始める以前に着信音や壁紙などのコンテンツを提供していたOrangeのポータルサイトの延長として開設されたという経緯がある。ポータルサイトからアプリストアに形式が変わって以降は、数十万という膨大な数のアプリが掲載されているGoogle Playの中からOrangeが主にスマートフォン初心者向けにアプリを厳選して掲載するというスタンスを採っていた。このコンセプトは、独自のアプリストアを持つ他の通信事業者とも共通する。しかし、欧州と主にフランス語圏のアフリカを中心にグローバル展開しているOrangeにとって、各国ごとの市場に合わせてチューニングした独自のアプリストアを運用していくことは、費用対効果の面で厳しいとの判断があったと考えられる。

なお、フランスが例外となっている背景には、ゲーム・アプリを中心にダウンロード数が多く、Orangeとゲーム・アプリを提供する開発者の双方にメリットが残っているということが考えられる。

インストアブランチ:Orange Selection

Orangeは原則的にOrange App Shopを廃止する一方、Google PlayやWindows Phone Storeの中に“Orange Selection”という自社専用カテゴリを設けている(AppleのApp Storeにはない)。Orange Selectionでは、Orange App Shopと同様に各国ごとに厳選したアプリが掲載されている。具体的には、Orangeが開発した自社アプリ(アカウント管理アプリ、Wi−Fi設定アプリ、アドレス帳バックアップ・アプリなどのOrangeユーザー向けのアプリ)、Deezer(ミュージック・ストリーミング・サービス)やDailymotion(動画サービス)を始めとした提携先OTTプレイヤーのアプリ、その他のOrangeが選定したサードパーティのアプリの3種類がある。

これらの内容だけ見ると、Orange Selectionの位置付けはOrange App Shopのそれと変わらないように思える。しかし、Orange App Shopと似て非なるところは、Orangeがアプリストアのユーザー・インタフェースには関与せず、掲載すべきアプリの選定だけに特化しているという点である。Orange App ShopではOrangeが自らアプリストアの設計やディスカバリ・システム(検索機能、ランキング、レコメンデーションなど)を手掛ける必要があったが、Google PlayやWindows Phone Storeのインストアブランチとすることでこれらのコストを省略することができる。つまり、Orange Selectionは、Orange App Shopで課題となった費用対効果の低さを解消しつつ、Orange App Shopの目的だったスマートフォン初心者のケアを維持するという巧妙な施策と言える。

【図1】Windows Phone Store内のOrange Selection

【図1】Windows Phone Store内のOrange Selection

出典:Orange

新戦略:Orange Partner Program

Orangeは2013年9月、“Orange Partner Program”(以下、OPP)と銘打った新戦略を始動させた。この戦略の骨子は名称が示す通り、ウェブベースのエコシステムを構成する各プレイヤーとのパートナーシップを重視するというものである。オンプレミス的なOrange App Shopの廃止も戦略の内容に則ったものである(Orange Selectionでは、GoogleやMicrosoftと提携していることになる)。

【図2】Orange Partner Programのサイト

【図2】Orange Partner Programのサイト

出典:Orange

提携先のOTTプレイヤーとしては、前出のDeezer、Dailymotionの他、Google、Microsoft、 Nokia、Evernote、Baiduなどの名が挙がっている。例えば、直近に発表された案件はBaiduとの排他的提携で、主に中東やアフリカといった新興国市場向けにBaiduのモバイル・ブラウザ(“EL Browser”)を提供するというもの。既にOrangeのエジプト子会社であるMobiNil(Orangeが94%、エジプトのOrascom Telecomが5%を出資)では、2013年1月15日から提供開始となっている。

【図3】EL Browser

【図3】EL Browser

出典:MobiNil

OPPにおけるパートナーシップの相手はOTTプレイヤーだけに留まらず、Orangeはアプリ開発者にもリーチしている。具体的にはOPPの一環としてOrange APIが公開されている。この取り組みは米国のAT&Tと同様、ウェブベースのエコシステムに関与するための方法論である。OrangeがAPIを公開する目的は非常に明確で、自らのサービスの利用増を図るためとなっており、OTTに直接的に対抗するものとは捉えていない。APIの公開はOPPの一環であるため、パートナーシップの強化という方向性が貫徹されている。

例えば、“Click & Buy API”やRCS−e(enhanced Rich Communication Suite)ベースの“joyn API”などが公開されている。前者はキャリア・ビリングを実現するAPIで、アプリ内課金の支払い分をOrangeの請求書にまとめることができる。後者は“joyn”(LINEやWhatsAppのようなコミュニケーション・サービス)で提供されているコミュニケーション機能を任意のアプリに実装することができるAPIである。いずれも多数のアプリ開発者に採用してもらうことにより、自らのサービスの利用増を期待することができる。Orange APIがサードパーティのアプリに組み込まれた場合、ユーザーには必ずしもOrangeのサービスを利用しているという自覚は生じないかもしれないが、直接間接を問わずOrangeのサービスの利用増やユーザー・エクスペリエンスの向上に帰結すれば良い。つまり、OrangeはAPIを公開することによって、自らのサービスそのものとユーザー・インタフェースを切り離していると言える。これは前出のOrange Selectionの考え方とも合致する。

【図4】Orange APIのリスト

【図4】Orange APIのリスト

出典:Orange

グループ内OTTプレイヤー:Orange Vallée

OPPの一環ではないが、Orangeは2008年にOrange Valléeという子会社を設立している。同社はイノベーティブなサービスを実現する技術の模索を目的として設立され、Orangeグループの傘下でありながら、Orangeのコア・ビジネスである通信事業とは完全に距離を置いている。つまり、Orange Vallée はOrangeの名を冠したOTTプレイヤーである。Orange Valléeが開発するサービスはジェスチャー・コントロール、ソーシャル動画ストリーミング、インターネット・ラジオ、リモートセンシングなど多岐に及ぶが、言うまでもなく全てキャリアフリーである。

Orange Valléeは2013年11月、“Libon”というアプリをリリースしている。これはLINEやWhatsAppと同様のコミュニケーション・アプリで、インスタント・メッセージングやVoIPが無料で利用できる。本稿執筆(2013年1月末)時点ではiOS向けのみだが、まもなくAndroid向けにもリリース予定となっている。対応言語はフランス語、英語、スペイン語、ポーランド語。Libonは本質的にOTTアプリである。

Orange ValléeはLibon以外にも複数のアプリを提供しているが、いずれもOrange App ShopやOrange Selection専用には提供されていない。つまり、Libonを始めとしたOrange ValléeのアプリはOrange App ShopやOrange Selectionにも掲載されるが、それ以前に他のOTTアプリと同列にApp Store、Google Play、Windows Phone Store、端末ベンダーのアプリストア、他の通信事業者のアプリストア、独立系アプリストアといったあらゆるアプリストアに掲載されている。

また、無料版の他に月額1.99ポンドのプレミアム版も用意されている。とは言え、これをもってLibonがマネタイズを図ろう(ビジネスモデルを構築しよう)としているとは言い難い。有料のプレミアム版がユーザーにどの程度受け入れられるのかなど、専ら市場動向の見極めのためにプレミアム版を投入していると考える方が適切だろう。API公開と同じく、LibonをもってGoogleやFacebookなどのOTTプレイヤーに対抗しようという考えはない。Libonを含むOrange Valléeのサービス開発は、長期的視点で市場を模索することを目的とした戦略的取り組みである。RCSともカニバライズする(Orangeはスペインで競合他社と共に“joyn”ブランドでRCSサービスを展開している。RCSは世界中の通信事業者が加盟する業界団体であるGSMAで標準化された技術)ことも必至だが、結果としてLibonが市場に受け入れられなかったとしても、実験的取り組みとしての価値はその後に活かせる。

なお、プレミアム版のLibonでは、31カ国を対象とした国際通話60分が無料になるなどの特典が付いている。また、30日間は無料でプレミアム版を試用することができる。

【【図5】Libonのプロモーションサイト

【図5】Libonのプロモーションサイト

出典:Orange Vallée

【図6】Libonのスクリーンショット

【図6】Libonのスクリーンショット

出典:App Store

Orange Valléeのアプリ開発体制

特筆すべきはOrange Valléeのアプリ開発体制である。Libonの場合、40〜200人の人員で企画からリリースまでの全開発工程を賄っているという。また、開発工程は全て3週間単位で行われており、3週間が経過した時点でその中で得られたアウトプットをアプリやアップデートとして反映させるという実にスタートアップ的な挙動をしている。このような開発手法を採っているため、アプリやアップデートをリリースする時点では必ずしも完璧ではないが、後に追加のアップデートで修正/改善すれば良いとする割り切り方もスタートアップ的であると言える。従来の通信事業者的な考え方では、定期開発スケジュールとサービスの明確な品質基準を設けることが一般的かもしれないが、Orange Valléeではこうした開発手法は完全に排除されている。その理由は、スピード重視という一点に尽きる。変化の速い目下の市場では、長期に渡るスケジュールや具体的なガイドラインは持ちえないということである。

さらに言えば、Orange ValléeはOrange本体から分離されていること自体に意味がある。Orangeは通信事業者かつ大企業であるため、意思決定には比較的長い時間がかかりがちである。アプリはアプリストア内のレビューなどでユーザーから改善要望を出されることがよくあるが、これには可能な限り迅速に対応することが重要である。Libonに関して言えば、LINEやWhatsApp(欧州ではWhatsAppの人気が非常に高い)など競合アプリが多数存在するため、ユーザーは常に移り気でもある。これらに対処しようとしたとき、Orange Valléeのように別会社として動く方が遥かに迅速な意思決定が可能になる。

Oまとめ

音声通話は今やアプリの1つに過ぎない。また、その音声通話それ自体によるマネタイズも難しくなっている。より包括的に言えば、通信事業者のサービス一般も数あるうちの1つに過ぎず、競争力は低下してきている。スマートフォンの導入に伴って“the Internet”の世界に本格的に足を踏み入れた以上、通信事業者はこれを受け入れる他に術はない。ウェブベースのエコシステムにおいては、データ料金などのコア・コンピタンスを有する局所的分野はともかく、通信事業者は少なくとも全体をコントロールすることはできない。この点において、Orangeが各プレイヤーとのパートナーシップを重視する方向に戦略転換したことは理に適っていると言えるだろう。

また、Libonのようなコミュニケーション・アプリが通信事業者の既存の音声通話やSMSによる収入を侵食するのではないかとの懸念ももはやナンセンスである。通信事業者自らコミュニケーション・アプリを出している例はOrangeだけに留まらず、スペインのTelefónicaもTelefónica Digital(本社は英国ロンドン)というOrange Valléeと同様の位置付けの組織を通じ、Libonと同様の内容のTU MEというコミュニケーション・アプリをリリースしている。

市場環境が刻々と変わる中、通信事業者はウェブベースのエコシステムへの関与方法を模索し続けていかなければ、“the Internet”の世界では端役に甘んじるしか道は残されていない。

[小川 敦]

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