2010年10月13日掲載

2010年8月号(通巻257号)

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日本は電子書籍ビジネスでもガラパゴス化してしまうのか
〜日米における電子書籍のビジネスモデル比較を中心に

 本誌2009年6月号でアマゾンのキンドル・ストアを中心とする垂直統合型ビジネスの成功と、同社に追従するソニー、ならびにバーンズ&ノーブルの取り組みを紹介したが(記事参照)、以降、電子書籍市場は過熱の一途をたどっている。2010年4月には、アップルがPC機能を内包した板型の汎用端末「iPad」で電子書籍市場にも参入したことから、それまで電子書籍専用端末を中心とした電子書籍ビジネスに、新たな競争軸が誕生した。加えて、グーグルが今夏にも「Google Editions」で電子書籍ストアに参入する。同社のモデルは、デバイス・フリーかつ、他の電子書籍ストアへの取次を行うオープン型のモデルである。これにより、米国における電子書籍事業は、アマゾンが確立した電子書籍端末に通信、コンテンツ、プラットフォームを統合した垂直統合型(クローズド)モデルと、アップルによる端末OSでコンテンツ、プラットフォームの囲い込みを図る垂直統合型(クローズド)モデル、そして、グーグルが標榜するオープン・モデルの三巴の様相を呈してきた。これら3社は、年内にも電子書籍の販売で日本市場への参入意向を明らかにしており、2010年に入り、日本でも官民を挙げた電子書籍市場の整備に向けた取り組みが活発化している。

  本稿では、米国における代表的な電子書籍のビジネスモデルを紹介すると共に、それらの行方を踏まえて、日本市場の見通しについて言及する。

電子書籍市場を牽引するアマゾンのキンドル

 2007年11月にアマゾンがキンドルを発売して以降、米国では電子書籍市場が急成長している。2009年時点の米国における電子書籍コンテンツの売上げは3億1,317万ドル(約290億円)。ニューヨークタイムズによれば、実にその90%をアマゾンが占めているという。アマゾンのキンドルにおける成功要因は、(1)端末(キンドル)、通信回線(MVNO)、コンテンツ(キンドル・ストア)をパッケージ化したビジネスモデルと、(2)1タイトル9.99ドルというコンテンツの価格破壊に集約される。

 アマゾンのキンドルが登場する以前にも電子書籍専用端末や電子書籍ストアは存在していたが、コンテンツの入手方法は、PC経由でダウンロードしたコンテンツを電子書籍専用端末にUSBメモリー等を使って転送する仕組みが一般的で、利用者の使い勝手は必ずしもよくはなかった。これに対し、アマゾンは、キンドル端末の通信コストを国際ローミング料金も含めてアマゾンが負担し、利用者は携帯電話事業者との契約も通信料金の支払いも必要ないMVNOモデルを採用。利用者はアマゾン・ドット・コムのアカウントを利用して、紙の書籍を購入するのと同じ方法で、ワンクリックでコンテンツの入手が可能となった。当初、アマゾン・ドット・コムのサイト上では、紙の書籍、中古の書籍、そして電子書籍料金が比較表示され、最も料金の安い電子書籍はキンドルを購入すれば購読できることをPRしていた。それにより、キンドルと電子書籍の購入が増加した。

  他方、1タイトル9.99ドルのコンテンツ価格も、電子書籍市場に大きなインパクトを与えた。米国では通常、新刊本の単行本価格は27ドル程度で、その電子版は16ドル程度で販売されるのが一般的だ。

  米国における本の仕入れ価格は、通常定価の50%といわれている。これは紙の本も電子書籍も変わらない。これから推察すると、9.99ドルの売値は、著作権切れ等の書籍で利益を上げるにせよ、仕入れ状況によっては「逆ザヤ」になる場合もある。さらに同社はデータ通信料も負担している。もっとも、データ通信料はアマゾンと携帯電話事業者(主にAT&T)間でのバルク契約となっており、利用者毎にばらつきのあるトラヒックをならせば、利益が確保できるということのようだ。

  そもそも、電子書籍ビジネスにおいて、データ通信料をコンテンツ料金にバンドルするビジネスモデルが成立するのは、電子書籍の通信の「ビット単価」がよいことによる。電子書籍ビジネスを通信の側面から見ると、楽曲配信サービスが1曲数十メガバイトで1ドル程度で販売されているのに対し、電子書籍は1タイトル数メガバイトにもかかわらず10ドルで販売されている。サイト運営者にとっては、サーバー運営コストを低く抑えられるという側面もある。ただし、このビジネスモデルを適用できるのは、あくまでもテキストを主体としたコンテンツに限った場合である。写真や動画等を含むリッチコンテンツでは容量は数千倍も異なるためだ。従って、同ビジネスモデルを踏襲する限りにおいて、アマゾンがターゲットとするのは、定常的に多くの書籍を購読する読書家に絞られる。現に2010年5月に開催されたアマゾンの年次総会において、ベゾスCEOも「キンドルをiPadのようなさまざまな目的に対応する端末にするのではなく、読書家の要求に応えられる端末にすることに焦点を置く」と述べている。

  ただし、アマゾンの9.99ドル・ビジネスも転機を迎えている。2010年2月、出版社のマクミランとの間に生じた電子書籍の価格を巡る論争に伴い、アマゾンは、ベストセラー書籍とほとんどのハードカバー書籍の電子版を、12.99〜14.99ドルの間で販売することで合意したのである。先に述べた通り、アマゾンによる9.99ドルの価格設定によって、出版社側が不利益を被ることはない。マクミランの主張は、「本の価値そのもの」が9.99ドルの安価な価格に固定されることへの抵抗だった。もっとも、アマゾンはすでに9.99ドルの価格設定により、多くのキンドルユーザーに電子書籍のエクスペリエンスを提供することに成功しており、加えて、多くの電子書籍ストアで販売されているコンテンツの大半は著作権切れの無料コンテンツである現状の中で、購入に値する電子書籍はアマゾン・ドット・コムにしかないといわれるほど、同社は新書やベストセラーを含めた多くのコンテンツを有している。アマゾンが、同市場のメインプレーヤーであり続けることに変わりはないだろう。

  アマゾンは2010年に入り、iPad対抗措置として多くの施策を展開している。まず、Javaで記述できるキンドル・アプリの開発キットを無償提供し、年内にもアプリストアの開設を計画している他、海外からも自費出版が可能な「Kindle Digital Text Platform」を提供し、一定の条件を満たせば印税率を当初提示の倍となる70%に引き上げた。また、同年3月には「Kindle for iPad」を無償提供し、iPadからアマゾン・ドット・コムへアクセスも可能にしている。

多彩な表現力とユーザー体験を訴求するアップルiPad/iBook Store

  アップルのiPadによる電子書籍ビジネスは、iPhone同様、端末に独自OSを搭載し、プラットフォームとコンテンツを囲い込むものである。iPadユーザーは、「App Store」を通じて、「iBooksアプリ」を無料でダウンロードし、同アプリを介してコンテンツを購入する。決済プラットフォームは  「iTunes Store」を利用。利用者はiTunes Storeのアカウントを使って決済をする仕組みである。

  アップルの電子書籍ビジネスは、アマゾンといくつかの点において異なる。一つは通信料金の扱いである。iPadは「汎用」端末であるため、PC同様、利用者は別途通信事業者と契約し、通信料金は通信事業者に支払う必要がある。また、コンテンツはアップルの基準に基づき配信を規制しているが(基準を満たさないコンテンツは配信拒否)、小売価格についての決定権は出版社等のコンテンツ提供者側にある。現在出版5社および取次7社と提携をしており、アップルの手数料は一律コンテンツ価格の30%となっている。ただし、中小規模の出版社や個人は、アップルが指定する事業者(Ingram社LibreDigital社、Smashwords社、Lulu社、CD Baby社、Biblio Core社)を通じての出版となる。その際、出版側は、各事業者が定めた初期費用と利用料金を支払わなければならない。

  キンドルとiPadの端末仕様において大きく異なるのが、キンドルがディスプレイに電子ペーパー技術を採用しているのに対し、iPadが液晶を採用している点である。電子ペーパーは、(1)紙と同じように反射光を利用して表示を行うため、視野角が広く照明や直射日光の下でも見やすく、目に対する負担が少ない点や、(2)表示中に電力を使わず、書き換え時の消費電力も非常に少なく、バッテリー持続時間が長い点(キンドルでは1回の充電で1〜2週間程度利用可能なのに対し、iPadでは10時間程度)が特徴である。一方、液晶を採用しているiPadでは動画や音楽、音声を活用した多彩なコンテンツの表現力や、アニメーション機能を使った指でページをめくる直観操作など、電子ペーパー技術では実現できないユーザーエクスペリエンスを提供している。

  汎用端末と電子書籍専用端末の販売台数を単純比較できないが、2009年末のキンドルの出荷台数が330万台に対し、iPadは発売開始から80日間で300万台を販売し、iBook Storeからのダウンロード数も150万冊以上だったという。iPad人気はすでに電子書籍端末市場に影響を与え始めている。2010年6月に入り、電子書籍端末の発売取りやめ、あるいはメーカーの倒産などが相次いだ(注)。いずれも、売上げ不振による運転資金不足や、売上げ見通しが立たないことによる。米Plastic Logic社がビジネス向けに展開を計画していた電子書籍端末「QUE」の出荷が、無期限延期となった。また、電子書籍端末の世界シェアで2割弱を占めていたオランダiRex Technologiesが経営破たん。さらに、米メディア大手のNews Corp.が電子書籍関連企業のSkiffを買収。Skiffは電子書籍端末の開発を進めていたが、買収により、端末の発売は中止。今後は、電子書籍ストアのみを提供していくことになる。しかし、これらの例は、むしろ電子書籍端末市場そのものの競争が激化したことによるところが大きく、iPadのような汎用端末が、電子書籍端末を凌駕すると見るのは早計だろう。iPadは、ジョブスCEOも言及しているようにリビングでの利用を念頭に置いた製品であり、テレビを見ながらネットを楽しむ「カウチポテト」的な端末として、通信やコンテンツに比較的高額な費用を支払うユーザーを中心に普及が拡大していくものと思われる。

(注)2010年には電子書籍事業でアマゾンを追従していた書店最大手のバーンズ・アンド・ノーブルが会社売却を検討してい  るとの報道もあった。電子書籍等の影響で紙の書籍の業績が伸び悩んでいるためとされている。同社は店内のWi−F  iホットスポットを無料開放し、電子書籍端末で立ち読みできるサービスも提供していた。

グーグルのオープン・モデル

  グーグルも2010年夏以降、電子書籍ストア「Google Editions」で電子書籍市場への参入を明らかにしている。Google Editionsでは、ブラウザを介して様々な機器から利用できるデバイス・フリーの環境を提供するという。ただし、電子書籍を購入してもコンテンツはダウンロードできず、クラウド上で管理される仕組みであり、その点で前述の2社のビジネスモデルと大きく異なっている。利用者は「利用権」としての料金を支払う。ただし、HTML5のストレージ技術を利用して、オフラインでの読書も多少は可能になるようだ。さらにGoogle Editionsは、第三者(出版社、書店、サイト運営者、個人等)が各自のサイト上に開設することも可能で、その際、グーグルの中間マージンは発生しない。また、グーグルによれば、現在「Google Books」で書籍を閲覧する大半のユーザーが、実際に紙の書籍も購入しているとして、Google Editionsから出版社や書店等のオンラインストアへのリンクを積極的に呼び掛けている。2010年6月現在、米国のほぼすべての出版社が、グーグルが進める書籍の電子化を承認していることが明らかになっている。電子化を承認した上で、グーグルが展開している電子書籍の販売促進活動に参加を決めた著者や出版社の数は2万5,000、書籍数は200万点に達しているという。

  Google Editionsの詳細はまだ明らかにされていない。日本ではかつて「利用権」の販売による電子書籍ビジネスは失敗に終わった経緯もあるが、少なくとも、Google Editionsのビジネスモデルは、出版社や書店、作家等にとって、自社のオンラインストアに誘引するための、有用なツールにはなりそうだ。

日本の電子書籍市場、三度の復活に向けた立ち上がり

  インプレスR&D社の「電子書籍ビジネス調査報告書2010」によれば、2009年の日本の電子書籍コンテンツ市場は約574億円であり、米国市場(約290億円)の倍以上の規模となる。ただし、日本の電子書籍コンテンツの約9割は、ケータイ向けのコミックが占め、若い女性を中心にアダルト色の強いコンテンツが利用されているのが実情である。同報告書によれば、今後はケータイ向けのコミック市場は次第に減少しつつ市場は拡大し、2014年には電子書籍市場全体で1,300億円、そのうち600億円がPCやケータイ向け以外の電子書籍が占めると推測されている。1990年代前半にエキスパンドブックとCD−ROMによって開拓された日本の電子書籍市場であるが、その後ソニーと松下電器による市場参入と撤退を経て、いよいよ本格的に立ち上がるのだろうか。

  2010年に入り、官民を挙げた取り組みが活発化している。長年日本の電子出版に取り組んできた日本電子出版協会ではEPUBフォーマットの日本語化を進めている一方、講談社や光文社、角川書店、文芸春秋など大手出版社31社は2010年3月、出版社が円滑に市場参入できる環境を整備していくことを目的とした「日本電子書籍出版社協会」を設立。同協会は5月、加盟社の電子書籍約1万点を購読できるアプリをアップルのiPadで販売開始した。

  他方、総務省と文部科学省、経済産業省は3月、「デジタル・ネットワーク社会における出版、物の利活用の推進に関する懇談会」を立ち上げ、6月に報告書をまとめた。同報告書には、(1)出版物の  権利処理や出版者への権利付与、(2)「電子出版日本語フォーマット統一規格会議(仮称)」を中心とする中間フォーマットの国内共通化・国際標準化、EPUB等の海外デファクト標準への対応、(3)課金プラットフォームの構築や紙の出版物とのシナジー効果が発揮できる流通システムの推進、(4)図書館や公共サービスの在り方、(5)利用者のプライバシー保護や社会的弱者への配慮、など多様な内容が盛り込まれた。同懇親会の提言に応えるべく、大日本印刷と凸版印刷は2010年7月、「電子出版制作・流通協議会」を設立。電子書籍に関する情報共有を行うほか、中間フォーマットや書誌データ、販売管理のためのコンテンツIDなどの標準化に向けた検討や、印刷会社がこれまで進めてきた印刷工程のデジタル化の経験を生かしたオープン・モデルの検討などを進めていく考えを示した。同協議会には、7月26日現在、印刷会社や出版社、ソフトウェア会社など86社が参加を表明している。

  こうした動きを鑑みると、アップルやアマゾン等が自らコンテンツを調達して独自端末へと配信する垂直統合型のビジネスに対抗し、日本では出版・流通主導で、取次制度を含めた従来の流通構造を維持しながら電子書籍を取り込んでいく「水平分業型」のビジネスを構築していく姿勢がうかがえる。とはいえ、電子書籍事業の中核ともいえる配信基盤において、参入意向を表明している企業の足並みが必ずしも揃っているわけではない。

  ソニー、凸版印刷、KDDIおよび朝日新聞社の4社は2010年7月、電子書籍配信事業に関する事業企画会社「電子書籍配信事業準備株式会社」立ち上げた。同社は10月をめどに、書籍・コミック・雑誌・新聞などを対象とした、デジタルコンテンツの共通プラットフォームを構築・運営する事業会社へ移行し、2010年内の配信サービス開始を計画しており、事業会社では他社にも門戸を開いたオープンな電子書籍配信プラットフォームを構築としている。これに対し、大日本印刷は7月、グループの書店チェーンの丸善、ジュンク堂書店、文教堂の3社と共同で10月に国内最大級の電子書店を開設すると発表。8月には、NTTドコモとの提携を発表した。大日本印刷では、NTTドコモの顧客基盤と課金システムを活用した電子書籍配信事業とグループの書店チェーンによる電子書店の連携を図る共同事業会社を設立し、出版社やメーカーに幅広く参加を求めていく構えである。

  加えて、端末メーカーの動きも活発化している。ソニー、シャープが電子書籍端末の発売を発表している他、東芝、NECも電子書籍が読める情報端末の準備を進めている。いずれも配信事業との連携を視野に入れており、中でもシャープは、動画や音声などマルチメディア対応の「次世代XMDF」という独自規格を提案。同規格に基づく、電子書籍のオーサリングツールや配信システムを新聞社や出版社に提供する他、米ベライゾンや英ボーダフォンとも提携を交渉しているという。

  日本ではしばらくの間、電子書籍の主導権を巡る群雄割拠が続きそうだ。懸念されるのは、アマゾンやアップルへの対抗を意識するあまり、日本側の独自色が濃くなってしまうことだ。電子書籍市場は急成長産業であるものの、市場規模は2009年時点で出版市場全体のわずか2%強(米国市場では1%強)にすぎない。市場を拡大するためには、海外市場の開拓も意識した、オープンな取り組みが重要だ。EPUBの日本語化で遅れをとっている一方で、アップルや、グーグルは米国のデファクトであるEPUBではなく、今後はウェブの国際標準化団体「W3C」が策定中の次世代規格「HTML5」を採用していく意向を表明している。日本の事業者には、閉鎖的な市場を形成するのではなく、国際競争力を備えた仕組みやコンテンツの上で、健全なオープン化が期待される。

武田 まゆみ

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