2009年12月25日掲載

2009年11月号(通巻248号)

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[tweet] 政策関連(政府・団体・事業者・メーカー)

英米のモバイル市場の規制見直し動向

 日本や韓国とは対照的に、現在まで欧米ではモバイルインターネットに関連する規制は存在しなかった。市場が未発達であったため、そもそも規制の必要がなかったというのが最大の理由である。しかし、これらの国でも2000年代後半には3Gネットワークの建設が進み、データトラフィックの爆発的増加、スマートフォン市場の急成長などを遂げ、モバイルインターネットが本格的に離陸し始めた。規制当局も関心を示し、英国、米国では、モバイル市場に対するアプローチの包括的な見直しが開始されたところである。無論、この動きが直ちに新たな規制導入を意味するわけではないが、モバイルデータ市場に対して日本以外の国がどのような見方を取っているかは興味深い。

英国オフコムのモバイル市場見直し

 英国のモバイル市場包括的見直しは2008年に始まった(本誌2008年10月「英国が移動通信セクターの規制アプローチについて見直しを開始」)。これを受けた2009年7月のコンサルテーションは、モバイル規制の適否の問題に加え、ブロードバンド投資による景気刺激策への期待を盛り込んだ内容となっている
コンサルテーションの主要目的は、モバイルセクターに市場支配力の懸念される市場があるかを検討することである。これは、全ての規制は市場支配力の存在を前提とするEU枠組みに従わなければならないためである(注1)。オフコムは2008年の意見収集に基づき、モバイル市場の競争状態は概ね良好であり、音声着信市場を除いて支配力は存在しないと結論している。この結論を踏まえ、オフコムは、今後ともMNO間の競争状態を見守りつつ新規参入の促進に努め、

  1. MVNOあるいはアプリケーション・プロバイダー(日本のコンテンツ・プロバイダーを含む)など第3者アクセスに関する規制は行わない
  2. 効率的投資を促進し、モバイルブロードバンド向けの周波数配分に関する政府方針(注2)を支持する

との方針を明らかにした。オフコムは年内にもモバイル・セクターに関する戦略指針(strategic principles)をまとめて公表する見通しである。
オフコムがモバイル市場の競争を良好と判断した理由は以下である。

  • 参入の継続:周波数配分に基づく新規事業者、およびアプリケーション・プロバイダーが参入
  • 消費者選択:消費者の携帯会社間スイッチングは良好で、率の著しい低下は見られない
  • サービス:革新的な料金プランやサービスの登場が続いている
  • 事業者の経営:料金は低下傾向。英国MNOの収益性は他国市場よりも高くはない オフコムは、市場が強い介入を必要とする証拠は見当たらないと考えている。英国ではMNOとMVNOなど第3者とのアクセス交渉が、現在のところ紛争に発展するなどの深刻な不調に陥ることなく、進んでいるようだ。また、英国市場ではオレンジとT−モバイルの合併が発表されるなど大手MNOにとっても厳しい競争状態が続いており、MVNOとの提携が進む背景となっている。

(注1)ちなみに、EU勧告からモバイル・アクセス市場が外された今では、ISP、コンテンツプロバイダへのオープン化 などの規制措置を取ろうとすると、加盟国は独自に市場画定をおこない、EUの承認を得る必要が出てくる。

(注2)オフコムによる配分プロセスが滞っている旧2G帯域の再編について、政府が新たに方針を決定する見通し。

オフコムによるモバイルインターネットへのレイヤーアプローチ

 オフコムはモバイル市場への規制アプローチを検討するにあたり、モバイルインターネットのビジネスモデルを考察しているが(図参照)、オフコムが注目しているのは、新しいプレーヤーの参入によりモバイルビジネスが活性化することと並行して、MNOの相対的な地位が後退していくというトレンドのようである。

 オフコムの理解では、NGNの導入とともに、(1)モバイル・アプリケーション(日本では「コンテンツレイヤー」)はネットワークからの独立性を高め、(2)インテリジェンス層(日本では「プラットフォームレイヤー」)の役割は今後低下する方向にある、と見る。例えば、モバイル・アプリケーションストアに見るとおり、コンテンツ/アプリケーション・プロバイダーはサービスを提供するために、MNOと契約を結んだり、そのネットワークにカスタマイズしてアプリケーションを作り込む必要がなくなりつつある。しかも、今後はアプリケーションのインテリジェンスが発達してしまい、インテリジェンス層(「プラットフォーム」)をバイパスしてサービスを提供することが可能になるかもしれない(例えばMNOからの位置情報提供がなくとも、アプリケーションが自ら取得できるようになっているなど)。これらのプロバイダーが、MNOの認証・課金システムからの完全な独立性を獲得できるかどうかは疑問が残るものの、オフコムは規制当局として現時点で何らかの措置を必要と見るまでには至っていない。第3者アクセス(MVNO、アプリケーション・プロバイダー)に関しても、今後の競争状態を注視はするものの、義務付けは行わないとしており、現時点では慎重な姿勢である。例えば、2009年コンサルテーション文書は以下のコメントがある。

 「MNOは、端末メーカーとアプリケーション・プロバイダーが顧客と直接関係を結ぶようになるにつれ、不利になっていくだろう。少なくとも今後2〜3年は、厳しい経済状況での経営を余儀なくされる。MNOは、音声とSMSにおいては強いポジションを維持できるだろうが、アプリケーションやサービス面では競争にさらされる可能性がある。(p19)」

 日本では、認証・課金システムの機能がMNOによって押さえられ、その潜在的な支配力が懸念された経緯がある。このため、各MNOの認証課金機能を連携させてMNOの顧客独占性を弱めたり、消費者のスイッチングを妨げないようサービス契約の可搬性を高めるための業界制度が検討されている(注3)。英国が、ビジネスモデルのどの部分に潜在的な支配力を見出すかは、現時点では全く未知数であるが、オフコム文書からは、MNOのもつ「プラットフォーム」が絶対的な強さを発揮していると認識されているとは思えない。むしろ、アップルやグーグルなど、端末やアプリケーション分野 からの大型プレーヤーの参入が、MNOの「プラットフォーム」の形成に影響を与える可能性が注目されている。モバイルインターネットは日英では異なった環境の下で発生しており、引き続く進化の過程で異なったビジネスモデルに発展すれば、規制アプローチも異なっていくだろう。

(注3)「通信プラットフォーム研究会報告書」総務省 2008年

【図】オフコムによるモバイル・ネットワークのレイヤーモデル

【図】オフコムによるモバイル・ネットワークのレイヤーモデル
出典:“Mostly Mobile; Ofcom’s mobile sector assessment - Second consultation”, Ofcom 8 July 2009

米国 〜 モバイル市場競争調査の改訂とネット中立性の拡充を提案

 米国は、2007年にFCCがグーグルの意見を取り入れて700MHzオークション(Cブロック)で「オープンアクセス条件」を課した事実からもわかるように、インターネット・プレーヤー擁護のスタンスを取ってきた。米国が新サービスやイノベーションに対して、寛大な立場を取ることは一種の伝統でもあるが、特にインターネットについては、2005年のパウェル委員長時代に打ち出された「オープン・インターネット・ポリシー(注4)」という4つの原則としてFCCの政策に貫かれている。

(注4)(1)消費者が望むコンテンツへのアクセス、(2)消費者が望むアプリケーション/サービスへのアクセス、?消費者が望むデバイス(端末)によるネットワーク接続、?ネットワーク、アプリケーションおよびサービスプロバイダー、コンテンツ・プロバイダー間の競争環境を消費者が享受すること、を妨げない(スイッチング障壁の低下)とするルール(本誌2009年10月号「米国におけるネット中立性規制強化の動き」も参照)。

 2009年8月27日、新政権下のFCCは、従来から行っていた移動通信市場の競争に関する年次調査の内容を一新するための意見聴取を開始した。見直し内容は多岐にわたり、周波数政策から卸売市場、小売市場の端末販売までと、バリューチェーンのあらゆる局面を含んでいる。モバイルインターネット接続も新しく含められ、それに伴い、端末/デバイス、アプリケーション/コンテンツといった、グーグル、アップルなどの新勢力が台頭する分野が消費者にどのような影響を与えるかが、詳細なデータをもとに分析される。アップル製のiフォンがグーグルのVoIPを受け付けない例などに見る、端末仕様の排他性と、MNO、端末メーカー、アプリケーション・プロバイダーとの関わりも問題となる。見直しは、モバイルの業界構造がデータサービスの普及と新規参入の影響を受けて大き く変化しつつあることを受けたものだが、同時に、FCCが近年になって直面し、蓄積されたモバイル分野における様々な一連の問題(消費者や事業者からの訴えに端を発し、意見聴取を行ったものなどで、早期解約金、モバイルVoIP、卸売ローミング提供など含む)について、いかに取り組むべきかを一般に問う機会ともなっている。

 引き続く2009年10月22日には、ネット中立性の見直し案が発表され、FCCは2005年の「オープン・インターネット・ポリシー」を拡充するとともに、モバイルブロードバンドを適用対象としたい意向を明らかにした。ここに、2007年の700MHz帯Cブロックのオークションにおけるオープンプラットフォーム条件を、結局、実質的にすべてのモバイルインターネットに課すことが提案されたのである(注5)。

(注 5)ただし、端末ロックを禁じるルールが含まれないこと、デバイス、アプリケーションの接続ルールはブロードバンドに限定されるという点で、全サービスを対象とする700MHz帯Cブロックへの条件とは異なるとされている。

 こうした一連の動向は何を意味しているのだろう。新たな動きがあったとはいえ、FCCがモバイル市場について、消費者保護以外の分野で事前規制に訴えることは極めて考えにくい。競争の自由は従来どおり確保することが重要とみなされ、問題が生じた場合にはネット中立性を究極的なルールとして尊重し、その下で解決策を見出すというアプローチを取るのではないか。

 なお、欧州では米国の動きに呼応するかのように、2009年10月1日、欧州委員会レディング委員がネット中立性の法制化に意欲を見せると同時にVoIPサービスをブロックするMNOへ圧力をかけることを警告したところである。

◇◆◇

 以上のように、英米の新たな取り組みには、モバイルビジネスのバリューチェーンにおけるMNOの地位低下が反映されていると言える。当局が注目しているのは、端末、通信ネットワーク、アプリケーション/コンテンツの各局面で台頭するプレーヤーによる複数のプラットフォームの対立と協調が生むダイナミックな構図と、その競争の行方が消費者に及ぼす影響である。どの国も、モバイル市場への参入と多様化を歓迎し、インターネット環境を固定通信も移動通信も変わることなく快適にしようとする方向性は同一だが、取り組み方法は異なる。米国のインターネット・プレーヤーの台頭に備えたい欧州では、今後米国と類似した道をとる可能性が高いと考えられる。日本の総務省は、特定のMNOを軸とする垂直関係を強化できない仕組みを作ることを目標としてきたという経緯があり、おそらく、ネット中立性の第4ルール(消費者によるプレーヤーの選択やスイッチング)については意識的に追及されてきたのだといえる。それは、インターネットあるいはコンテンツプロバイダーからエンドユーザーへのアクセスを、いかに容易に確保するかを最重要課題としていた。日本の制度はその業界利害調整の結晶である。規制の目指す究極的な到達点が同じだったとしても、各国当局の視点や語法には相違がある。形成される社会インフラも異なっていくかもしれない。

八田 恵子

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