トップページ > レポート > 世界の移動・パーソナル通信T&S > 2001年9月号(通巻150号) > [世界の移動・パーソナル通信T&S]

海外のモバイル・インターネット・サービスの救世主となるか
−WAP2.0をベースにしたGSMアソシエーション「M-Services」−

 世界的にモバイル・コミュニケーションは、急速に変化をしている。特にそのビジネスの中心は、音声サービスから付加価値サービスへと変革している。その最大の変革例がNTTドコモの「iモード」である。PDCという日本限定の移動通信方式での変革、そして成功は、現在世界でもっとも利用されている移動通信方式であるGSM(Global System for Mobile Communications)市場においても大きなインパクトを与えた。GSMでは、WAPの採用によりモバイル・インターネットの世界を構築すべく取り組んだが、現時点ではiモードのような成功は収めていない状況である。

 そのような中2001年5月31日、このGSMオペレータ、メーカーの連合協会であるGSMアソシエーションは、GSMにおける新サービス仕様「M-Services(Mobile Services Initiative)」のガイドラインを発表した。このM-Servicesとは、モバイル事業において様々な面で成功をしたiモードに学び検討された、WAP2.0をベースにしたマルチメディア・モバイル・インターネット・サービスである。また各国におけるGPRSの提供開始に伴い、GPRSの環境下さらには3G環境下で利用できるモバイル・サービスの統一規格ということで進められたものでもある。以下にM-Servicesとその基盤となっているWAP2.0についてその概要を紹介する。

●M-Services

 M-Servicesの基本要素は、GUI(Graphical User Interface)、WAP2.0、メディア・ダウンロード、MMS(Multimedia Messaging Service)、EMS(Enhanced Messaging Service)、SAT(SIM Application Toolkit)、SyncML(vCard、vCalender)で構成されており、まさに最新のワイヤレス技術、サービス、プラットフォームを統合したものと言える。M-Servicesが、これら構成要素に対しガイドラインとして以下の5つに分類を行っている。

1.携帯電話ブラウザにおけるGUIの定義
 今回のM-Servicesのガイドラインの特徴の1つとして、ユーザー・インターフェースに関して細かいガイドラインを示しているところにある。従来ユーザー・インターフェースについては、基本的に端末ベンダーがGSM仕様に基づ き独自のインターフェースを構築 してきたが、このガイドライン上 では、メニュー構成・構造、画面 遷移まで示している。

 「M-Services Menu」としてガイドラインに示している例が図表− 1である。また、GUIにより WAP1.xとWAP2.0とのギャッ プを補完することも要求している。

図表−1

2.WAPの要求条件
 WAPに対する要求条件は、WAP2.0の仕様を満足することがその要求条件となっている。WAP2.0については「2.WAP2.0」にその仕様概要を紹介する。

3.WAPブラウザを介してのコンテンツ・ダウンロード
 各メディアに対するコンテンツ・ダウンロードについては、そのガイドラインが細分化して示されている。ダウンロード機能(DF:Download Function)として、そのダウンロードするためのセッション、ダウンロードに付随するブックマーク構造、データ保存、データタイプ(例えば着信音はMP4、MIDIであるなど、Java、画像、オーディオ、動画等についても記載している)などが示されている。Javaについては、アプレット用のメモリキャパシティを少なくとも100kbyte持つことを要求している。

4.アドバンスド・メッセージング・サービス
  メッセージング・サービスについてSMS、EMS、MMSを全て網羅する形で記載されている。またEメール送受信については、SMTP(Simple mail Transfer Protocol)とPOP3(Post Office Protocol Ver.3)の対応、そしてIMAP4(Internet Message Access Protocol Ver.4)のプロトコルに対してもオプションとして対応に関して示されている。さらに、メッセージの送受信に関する事細かな内容も示しており、画面遷移の例も含めユーザー・インターフェースにおける要求条件が示されている。ガイドラインで示されているメッセージングに関するユーザー・インターフェースの画面例を図表−2に示す。

図表−2

5.付加的要素
 付加的要素としては、SAT、SyncMLが示されている。また図表−1に記されているAlerts(アラート)は、各メッセージ受信、URL毎のプッシュ型情報配信受信等についての通知機能の設定であり、少なくとも10種類の識別ができるようにと記載されている。

このようにM-Servicesでは、ユーザー・インターフェースをベースとして様々な要素に関してトータル的なモバイル・サービスの提供ができるようなガイドラインを定めている。このM-Servicesの端末側におけるGUIとDFの基本的なライセンスは、WAPのベースを開発したオープンウエーブ社(旧フォン・ドット・コム社)がそのライセンスを持っている。今回のM-Servicesのガイドラインにおいてもオープンウエーブ社がかなり幅を利かせていると言えよう。このことに対し、最近モバイルへ積極的な取組みを行っているマイクロソフト社は、当然ながら気分良くは思っていないようである。

 このM-Servicesに対し、AT&Tワイヤレス、Tモビル、BTワイヤレス、TIMは導入に際し積極的な意向を示しており、またノキア、モトローラ、エリクソン、シーメンス、アルカテル、サジェム、サムソンといった端末ベンダーがM-Servicesのガイドラインにそった端末開発に取り組みつつある状況である。今回報道発表されている中には、日本のベンダー名は登場していないが、最近GSM市場に積極的に参入している日本ベンダーもこの規格にそった端末をいち早く導入してくることは間違い無いであろう。すでにシーメンスは、M-ServicesのGUI、DFにそった商品の開発を開始している(図表−3:Siemens S45)。GSM市場においては、GPRS市場の活性化も含め2002年には、WAP2.0仕様を含んだM-Services対応の携帯電話が登場してくると予想される。

●WAP2.0

 WAP(Wireless Application Protocol)の標準化を進める業界団体である「WAP Forum」が2001年8月1日に,このM-Servicesの基盤となる「WAP 2.0」仕様のパブリック・レビュー版をリリースした。以下にこのWAP2.0の特徴的な点を挙げておく。

1.コンテンツ作成言語(Markup Language)
 
WAP2.0では、WAP1.xで最大の普及のネックとなったコンテンツ作成言語であるWML(Wireless Markup Language) の根本的な改造にある。WMLは、モバイル・インターネット独自の言語として作成されたため、一般のインターネットとの互換性が全く無かった。一方成功をしたiモードでは、一般のインターネットで利用されているHTML(HyperText Markup Language)をベースとしたC-HTMLを採用したことから、コンテンツ・プロバイダ側でのコンテンツ開発・提供を容易にし大きな普及につながった。WAP2.0では、このことを反省として、これからのインターネットの標準言語となるXHTML(eXtensible HTML)をベースとして作成した「WML2」を標準言語とした(一般的には「XHTML Basic」と呼ばれている)。

2.通信プロトコル
 次に大きな変更点としては、通信プロトコルである。WAP1.xでは、モバイルというワイヤレスを利用した小型でメモリ・キャパシティの小さい端末との短時間でのデータのやり取りをベースとして考えたことからWDP(Wireless Datagram Protocol)というUDP/IPのプロトコルが利用されていた。このUDP/IPでは、一般のインターネットで使用されているプロトコルであるTCP/IPと異なり、データ連結・構築、エラーにおける再送などの機能がなく、ただ単に送受信のやりとりしか行わない簡単なプロトコルである。この場合、容量のある程度大きい画像ファイル、音楽ファイルなどをダウンロードする際などに容量が足りなくデータが遅れない場合や、エラーが生じた場合、完全なデータを受信できなくなるためにサービスとして欠陥したものとなる(UDP/IPはパケット通信のためのプロトコルでなく、1データ通信(8,000byte)完結の通信プロトコルである。現在のKDDIで提供しているEZwebでは、サーバー側と受信機側でメッセージを連結するソフトウエア「download.cgi」を入れている)。

 今後ますますビジュアル・音楽などの容量の大きいデータが増加する傾向にある中、UDP/IPを利用した現在のWAP1.xの仕様は不充分となってきた。そこで今回のWAP2.0では、一般のインターネット、iモードが利用しているTCP/IPのプロトコルを採用することとした。

 このTCP/IPの採用に合わせ、WAPで規定していたWSP/WTP(EZwebではHDTP)のセッション層によるプロトコルもHTTPのプロトコルが同時に採用され、一般のインターネット及びiモードに会わせた形となった。このインターネット、モバイル・インターネットのプロトコル・スタックを図表−4に示す。

HTML:Hyper Text Markup Language
XHTML:eXtensible HTML
HTTP:Hyper Text Transfer Protocol
SSL:Secure Socket Layer
TLS:Transport Layer Security
TCP/IP:Transmission Control Protocol/Internet Protocol
C-HTML:Compact HTML
WML:Wireless Markup Language
HDML:Handheld Device Markup Language
WSP/WTP:Wireless Session Protocol/Wireless Transaction Protocol
WTLS:Wireless TLS
WDP:Wireless Datagram Protocol
UDP/IP:User Datagram Protocol /Internet Protocol
HDTP:Handheld Device Transport Protocol

 このようにコンテンツ作成言語及び通信プロトコルを一般のインターネットに近づけたことで、コンテンツ・プロバイダー側、サービス・プロバイダー側にとって汎用性の高い、サービス導入しやすい形となった。iモードも今後このWAP2.0と同じプロトコル形態になるのであるが、反対の考え方をするとWAP自体、もともと固定インターネットをベースに作られたiモードに吸収されたという言い方さえできる。名前のみはWAPという言葉は残っているものの、WAPの中身はiモードになってしまったと言えるであろう。

 その他WAP2.0では様々なアプリケーションの提供を考慮し新機能として、SyncML、MMS、携帯電話のデータ管理機能、端末の遠隔管理機能、ピクトグラム(絵文字や絵グラフ)機能などを備える。セキュリティ機能としては,TLS(Transport Layer Security)プロトコルに対応する。

 携帯電話機ベンダー大手のノキア、モトローラ、エリクソンの3社は,WAP2.0のパブリック・レビュー版の支持を正式に表明している。3社はこの新版に対応する製品やコンテンツ,サービスの開発に取り組むことも明らかにした。またKDDIは今秋をめどに、WAP2.0対応の携帯電話機を提供する予定であり、NTTドコモも既に第3世代携帯電話サービス「FOMA」の端末で同等の仕様を採用済みで、今後策定されるWAP2.0正式版に速やかに移行できるようすすめている。

◇◆◇

 ようやくモバイル・インターネットが、WAP2.0により世界共通となることで、世界各国でのシームレスなコンテンツ提供、サービス提供が可能となり、一般のインターネットと同じ環境に近づいてきたと言えよう。またM-Servicesは、このWAP2.0を取りこんだ統一的なモバイル・サービス仕様としてGSM市場を中心として拡大するであろう。M-Services、その基盤となるWAP2.0いずれににおいても、モバイル・サービスとして成功した「iモード」がその根底の基盤となっていることはまちがいない事実である。この日本での成功をもとに、これからWAP2.0が、WAP1.xで失敗したとも言える海外のモバイル・インターネット市場を活性化し、今世界的に沈滞化ムードが強くなっているIT産業、モバイル産業を復興させてくれることに大きな期待をしたい。

藤澤 一郎(入稿:2001.9)
InfoComニューズレター[トップページ]