トレンド情報-シリーズ[1999年]

[IT業界レポ]
[業務編−第5回]ERP・SCMと製造・物流業(1)

(1999.3)


 今回は第5回製造・物流業についてです。今回(1)は製造を取り上げます。
 ERPはもうご存知の通りMRPやMRPの歴史を持って発展してきました。
MRP(Material Requirements Planning)、MRP(Manufacturing Resource Planning)で製造現場での管理視点は製造資材という物の管理から人、時間、コストを包括する管理へと発展して、製造における資源の最適計画を実現する考え方が広まりました。この段階では、まだ外部の企業との物流を意識したサプライチェーンの明確な考え方はありません。ERPはこれらMRPとMRPの考え方を取り入れながら企業の統合システムとして発展してきました。簡単に製造と言ってしまいますが、製造業の現場は複雑です。多くの企業が性能や品質の異なる多くの製品を作っているわけで、製品によってその管理手法が違ってきます。
 大まかに考えると次のようになります。
 製造業の戦略としては 1)見込み生産方式、2)受注生産方式
 製造業の製造アプローチとしては 1)ジョブショップ生産、2)連続生産、
                 3)バッチ生産、4)継続フロー生産
 製造業の環境としては 1)ディスクリート生産方式、2)プロセス生産方式

 さらに、詳しくあげてみましょう。

  • まず、需要予測では
    予測種類、予測手法(指数平滑法など)、予測対象、時系列分析、、予測誤差などです。

  • 次に生産計画では
    生産方式(見込み、受注、連続、ロット、個別など)、日程計画(大日程、中日程、小日程など)、部品表、品目、リードタイムなどが問題になります。

  • 在庫管理では
    仕掛在庫、原料在庫、実在在庫、帳簿在庫、死蔵在庫、滞留在庫、出庫については不良返 品、良品返品、実入出庫、みなし入出庫、棚卸しにしても実地棚卸、帳簿棚卸、仕掛棚卸 循環棚卸、定期棚卸、評価方法についても原価法、低価法、先入先出法、後入先出法、平 均原価法、加重平均法、移動平均法、単純平均法、管理手法としては定期発注法、定量発 注法など、その製造業の形態や企業方針で様々な組み合わせが考えられます。

  • この他に資材計画ですと所要量計算、技術情報管理としての部品表展開、購買管理として購買計画や検査方式、注文方式、品質管理など詳細に見ていくと限りがありません。

 こうした製造業の多様なプロセスにERPは時間をかけて対応できるようになりました。日本では製番方式やカンバンシステムがありますが、それらにも対応できる機能が追加されつつあります。ERPの便利な点は、システムにすでに様々な業務対応機能が盛り込まれ利用者はその中から使用するものだけ選べる点です。100%満足ではないにしてもかなりの部分はすぐに使える機能が見つかるはずです。業務知識の乏しい利用者もERPを使いこなす過程で業務改善ができる可能性があります。システムの能力や機能が人間の能力より上回っている場合がほとんどでしょうから、システムから学ぶ機会は沢山あります。ERPの製造モジュールと簡単に言ってしまいますが、よく考えてみると膨大な製造知識情報の蓄積でもあります。ERPを経験した人々はERPの持つシステムの情報にこれまでにない未知の知識を教えられる経験を同時にするはです。これまで自社のシステムがすべてであった人間にとって、世界中で利用されている業務プロセスの蓄積であるERPのシステムに触れた驚きは想像できます。ERPは企業業務プロセスの世界辞書みたいなものとも言えます。

さて、ここでさらにERPのバックボーンであるMRPの背景を考えてみたいと思います。企業における様々な最適化研究の始まりは、第二次世界大戦の時のOR(オペレーションズ・リサーチ)研究にあると考えています。現在、OR研究は統計学やシステム工学などの技術を利用して人工知能や複雑系の応用にまで進歩しています。
ORのこれまでの業績を見てみますと産業連関分析、輸送問題、資源最適配分、シンプレックス法、双対理論、組み合わせ的解法、多項式アルゴリズム、新多項式アルゴリズムなど、すでにどの問題は計算できるできないが判明しています。線形計画法や非線形計画法で解ける製造業における問題は数限りなくあります。数学に何ができるのかと考える人もいますが、コンピューターはもともと1と0の集まりです。コンピューターが処理していることがすべて数学です。すべてのソフトウェアが数学なのです。数学が何を成し遂げたかはコンピューターを見ると分かります。ERPは別の意味で数学理論の固まりでもあります。特に製造モジュールの部分は線形計画法の利用による最適化が数多く見受けられます。数学やORの研究がなければMRPもERPも存在しなかったわけです。
ちなみに米国ではAPICS(The American Production and Inventry Control Society,Inc)米国生産在庫管理協会(会員7万人)の線形計画法など手法技術のプロフェッショナル資格者CPIMの5万人以上が各企業で活躍している状況は、ERPの人間版が5万人以上いるということです。しかも製造分野に限ってのことです。ここでもERPに対する米国と日本の対応の違いが見えてきます。すでに理解している方法論をシステムとして使うのか否か。システムを使う人間の問題が見えてきます。

ただ、これまでも書いてきた通りERPがすべての解決策でないことはたしかです。現実の世界は急激に変化しています。日本だけでなく世界中が世紀末に向かって急激に変貌しています。企業経営も経営を支える情報システムも急激な変化に十分に対応できてはいません。ERPも人間が作ったシステムです。急激な変化に対応するのは難しいのです。

企業経営を考える時、やはり他人の作ったシステムに頼りっきりでは情けないと思います。急激な変化の時代にこそ人間の決断が生きてくる。仕組みやシステムのまえに決断ありきです。
今回は製造業なので良い例が日経新聞に載っていました。引用します。
米デュポン社は「ゴール・イズ・ゼロ」を標語に全世界の工場で産業廃棄物の削減を始めた。1996年では1987年の化学物質の排出量80%を削減し、2000年までに90%の削減を実行する。
トヨタは「環境報告書」で国内全15工場の大気汚染、水質汚染の報告書を4万部作成し、インターネットでも公表した。
松下電器産業は環境情報の開示と「環境会計」への取り組みを始めた。
ソニーも環境対応コストの開示としての「環境会計」の整備を始めた。
キャノンは環境に配慮した部品を優先的に調達する「グリーン調達」をスタートする。

地球温暖化の二酸化炭素排出規制により排出許容枠を国際売買する排出権取引市場の準備が米国で進んでおり、日本は2010年までに1990年の6%が削減できなければ今後製造業は工場を稼動できない状況になる。

トヨタは「二酸化炭素排出枠確保」のために米国デュポンやボーイングと協力して取引ルールのガイドラインを模索している。

富士通は2001年に施行される「特定家庭用機器再商品化法」に対応してOA機器回収のための全国ネットワークを構築した。

ホンダは「ダイオキシン」を世界水準まで低減した焼却炉を15億円のコストをかけて全国の工場に設置する。

環境問題で最新の話題はブラジル問題です。ブラジルの熱帯雨林の焼失は地球温暖化の大きな問題ですが、一方で未知の新薬の宝庫としての存在が注目されています。新薬の開発とそれにともなう特許の熾烈な競争が米国とブラジルの間で起きています。新薬の材料になる植物の持ち出しを規制するブラジルと密かに持ち出し先に新薬の特許を狙う米国企業との熾烈な戦いです。環境を保護することの重要さは今や世界レベルの企業競争や国家紛争にまでなりつつあります。
環境問題は急激に大きなテーマとして浮かび上がり、企業経営にも大きな影響を及ぼし始めています。産業廃棄物や地球温暖化がもはや重大な企業問題となりつつあります。企業の経営をささえる情報システムも限界があるのが分かります。新たな問題には新たな決断が必要です。テクノロジーは人間の英知を支える道具であって、あくまでも主役は人間です。これまで問題にしなかった企業の産業廃棄物や資源リサイクルの仕組みは2000年に向かって必要な企業業務になると考えます。サプライチェーンでは足りず、顧客を取り込んだバリューチェーンでも足りず、これからは環境まで考えたエコロジーチェーンが必要なのでしょう。ERPが「環境会計」や「エコロジーチェーン」の新方式を取り込むには時間が必要です。システムを利用はしても頼らず、目の前の問題に勇気と英知ををもって対処する人間の可能性に期待します。

 

中嶋 隆

(入稿:1999.3)

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