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2005年5月掲載

米国での巨大通信会社による買収合戦とそのインパクト
一握りのメガ・キャリアによる世界制覇の先触れか

 米国では、本年1月末、ベル系地域電話会社第二位のSBCが長距離通信最大手のAT&Tの買収で合意し、続いて2月半ばにはベル系地域電話会社トップのVerizonが長距離通信第二位のMCIの買収で合意した。しかし、平行してMCIに買収を提案していたベル系地域電話会社最小第四位のQwestはあきらめきれず、4回も買収価格を引き上げ、これに対抗してVerizonも買収価格を引き上げて応酬し、混乱が続いている。

■買収/合併ブームの再来か

 1990年代の後半には、一握りの規模の大きいメガ・キャリア数社だけがグローバル事業者として21世紀に生き残れるという「神話」のもと、通信事業者の買収/合併が横行した。その象徴的だったのはAT&Tで、携帯電話最大手のMcCawセルラーとCATV最大手のTCIの買収であった。固定電話と携帯電話のいずれもを一元的に運営するとともに、CATV網を市内電話にも転用し、市内/長距離/国際のすべてをメニューとするAll-distance-companyを目指すという壮大な青写真だった。ベル系地域電話会社同士の合併も盛行し、1984年のAT&T分割で発足した7社のベル系地域電話会社も4社に集約された。このブームは欧州にも波及し、DT(ドイツ・テレコム)やFT(仏テレコム)もSprintなどの米国の事業者の買収を策したほか、AT&TとBTが日本テレコムの株式を保有するなど、全世界が熱病に浮かされたようにまさにStrum-und-Drang(狂乱怒涛)と呼ぶにふさわしい有様だった。

 しかし、2000年に入って米国好況の牽引車だったいわゆるITブームが終わり、通信業界は機器メーカーをも巻き込んで空前の不況に陥り、財務建て直しの必要から要員削減等のリストラや設備投資の見送り一色となって、買収/合併どころではなくなっていた。

■仕掛け人はベル系地域電話会社/背景は長距離通信会社の凋落

 今回の買収/合併の中心はいずれもベル系地域電話会社である。しかし、その背景には米国での長距離通信会社の凋落があり、AT&T、MCIのいずれもが業績の悪化に悩み、買い手を捜していた事情がある。長距離会社は永年激しい顧客争奪戦を演じ、cut-throatといわれる料金値下げ戦争で体力が弱っていたところに、携帯電話に顧客を奪われ、さらに、従来は長距離通信市場への進出を禁止されていたベル系地域電話会社がその市内市場のライバル参入者への解放と引き換えに順次、州単位に長距離通信事業への進出の認可をうけ、いまや全国で順調に長距離顧客を獲得しつつある。またIP電話という低料金のサービスも長距離事業者に大きな打撃となりつつあった。

 以下、まずベル系地域電話会社四社の長距離通信会社買収の動きを見てみよう。

図表:ベル系地域電話会社四社の長距離通信会社買収の動き

 このようにベル系地域電話会社四社のすべてが長距離通信二社の買収にかかわっている。Bell Southは最初にAT&Tから話を持ちかけられたが、業績不良で株価値下がりの続くAT&Tはジリ貧で、もう少し待てば買収価額が大幅に下がると見て先延ばししたといわれるが、結局はチャンスを逃し、SBCに油揚げをさらわれた格好である。MCIの買収を目指してVerizonと競り合っている最小のベル系地域電話会社であるQwestは、業績不良と不正会計問題で破産寸前までいった経緯があり、Verizonより高値のオファーを出しているにもかかわらずMCIの役員会は将来展望からVerizonとの合併を望んだ。しかし、Qwestが何回も買収価額を引き上げ、Verizonのオファーとの開きが大きくなり、(4月25日現在のオファーは、MCI一株あたり:Qwestは30ドル、Verizonは23.1ドル)一部株主にはQwestの提案を呑むべきだとの意見もあり、MCI首脳は苦悩している現状である。

■VerizonとQwestは、なぜ、これほどこだわるのか---その背景

 両社がともにエスカレートしてMCIに高値のオファーを出し合っているのには、それなりのいくつもの背景がある。

(1)市内/長距離通信/携帯電話の一体的運営
これは最近の米国での通信事業の新しいパラダイムである。 すなわち、市内通信から長距離通信、国際通信、さらには携帯電話までを一体化し、百貨店のように顧客の欲するサービスはどのようなサービスでも提供できる体制を目指している。いろいろなサービスをパッケージとして組合せ、割引料金でマーケティングする手法が増加している。ワンストップ・ショッピングの通信版で、すべての通信を一社の請求書で処理したいという顧客のニーズもある。長距離通信も距離に関係なく、全国一律料金、さらには定額制まで登場している。1990年代の後半、AT&Tがまだ意気軒昂だった頃、野心的なモAll distance companyモを標榜したが、まさにそれの復活版である。

さらにインターネット通信の普及で、市内と長距離を区分することが事実上も難しくなった事情もある。インターネットの場合、ホスト・コンピュータは大概の場合は別の州にあるのが普通であり、FCCも「インターネット通信は長距離通信(LATA間通信)」と認定している。

(2)ベル系地域電話会社も長距離通信に参入完了
1984年のAT&T分割では、独禁法の観点から長距離通信と近距離通信を峻別し、新たにAT&Tからスピンアウトされ誕生したベル系地域電話会社の業務領域は「市内通信と近距離通信(LATA内通信)」にきびしく限定された。

1996年電気通信法は、一応この住分けを承継したものの、市内通信市場での競争の促進という目標のため、「自己の市内網をライバル参入者に十分に解放したと州当局/FCCが認定した場合に限り、州単位で、ベル系地域電話会社に長距離通信市場への進出を認める」という例外を設けた。電話の普及が一段落し売上高が伸び悩み、新天地を望んでいたベル系地域電話会社に、長距離通信進出という餌の人参をぶら下げて、市内通信での競争促進を狙ったわけである。

しかし当初の2-3年は、ベル系地域電話会社が認可申請しても、「まだ市内市場の開放が不十分」との理由でなかなか認可されなかったが、1999年12月のVerizonに対するニューヨーク州での最初の認可以降2000年ごろからは次第に認可され、2003年12月のQwestに対するアリゾナ州での認可で、全国の認可が完了した。例外と原則がまさに逆転したのである。

ベル系地域電話会社は、本来の地盤である市内顧客に長距離通信も勧奨して、長距離通信会社の顧客を奪いつつあり、顧客数を順調に伸ばしつつある。
1996年電気通信法制定当時のFCC委員長だったHundt氏は、「ベル系地域電話会社が長距離会社と合併するなど、当時では考えられもしなかった」と述懐しているが、ベル系地域電話会社の長距離通信業務が堂々と市民権を得た以上、当局側も長距離会社との合併を容易に認める環境が整ったわけである。

(3)大口企業顧客との対応は長距離会社の得意領域
Fortune誌の500企業などの大企業は、グローバルにネットワークをもち活用しており、これまでそのニーズへの対応はAT&T、MCI等の長距離通信会社の独壇場であった。ベル系地域電話会社といえどもこの分野ではまだ太刀打ちできない。この事業分野を強化するには、長距離会社を買収するのが手っ取り早い。AT&T買収の発表でSBCは次のように述べている。

「SBCにとっては、この合併は複雑な通信ソリューションを求めている企業や政府機関の分野で直ちにグローバルなリーダーシップを発揮できるようになり、また、高度な全米およびグローバルなネットワークへのアクセスが可能になる。」
 ニューヨーク・タイムズ(2005年1月31日)も次のように解説している。

「一方、SBCは、その営業区域である13州以外の30もの都市地域での事業運営を目指し、企業顧客市場への参入を策してきた。この分野での現在のSBCの規模はAT&Tにくらべれば無きに等しく、さらに国際ネットワークなしでは米国の大企業との成約は難しかった。」

(4)長距離会社の救済の必要
2000年に始まった通信大不況でもっとも打撃を受けたのは長距離事業者だった。AT&T、MCI、Sprintの三大長距離会社同士の料金値下げによる激烈な競争で弱っていたうえに、WorldCom(MCIを買収)やQwestといった新興の長距離会社の売上高粉飾の不正会計処理の咎めで、倒産寸前の事態となった。

米国ではわが国とは違い、国防に対する意識が敏感であり、国防省の回線を多数運営している長距離会社を倒産させることはなんとしても避けねばならない事情があった。WorldCom(MCI)の場合、財務危機が表面化すると同時に国防省がFCCとともに救済措置を急遽とる一幕もあった。財務が健全なベル系地域電話会社が手を差し伸べるのは、まさに白馬の騎士だったのである。

 以上のような事情からして、SBCとAT&Tの合併が実現しそうな環境では、VerizonもQwestも座視は許されない。SBC/AT&Tの新巨大万能会社との差は歴然となる。以前とは異なり東部/西部などの各社のフランチャイズ地域はなくなり、全米が舞台でベル系地域電話会社が兄弟同士で激突する時代がすぐそこに迫っている。どうしても長距離会社を手に入れるか、それに失敗して枯死するかの問題なのである。

■買収で米国通信事業者の国際競争力を強化し、グローバルなヘゲモニーを握る

 SBC/AT&Tの買収のプレス・レリーズで、「通信テクノロジーでの米国のリーダーシップを新たにする」という項目が目を引く。規模の経済とリソースの集約で、通信面での米国の世界の通信市場でのヘゲモニーを狙う姿勢が謳われている。

 たしかにこれは今後の審査で独禁法面の懸念をかいくぐる一つのエクスキューズの面もあるにせよ、SBC/AT&TやVerizon/MCIなどといった組合せが実現すれば、そのパワーは計り知れないほどに強力となるのは間違いない。それこそ1990年代末の各国事業者がグローバル・キャリアとして生き残りをかけて必死の買収/合併や国際進出を図りながら、通信不況という踊り場で一時は停滞した事態の再現と言えないこともない。

■対抗馬はCATV事業者のみか

 これまでの米国通信業界での競争の図式は、永年、長距離会社と地域会社の対立であった。1996年電気通信法制定までの過程でも、それまで何年もの間に両者の対立からいくつもの法案が廃案となってきた。

 しかし、2000年以降、長距離会社は業績が加速度的に悪化して決定的に敗北し、AT&TやMCIのような最大手ですらベル系地域電話会社に買収される事態を招いてしまった。ベル系地域電話会社は、Qwest以外はすべて携帯電話会社を系列内に保有しており、これもベル系地域電話会社が堅調な業績を維持するのに役立っている。対抗できる者はないのか。

 最近ではCATV会社(ケーブル事業者)がそのネットワークで電話やデータ通信をも提供する意欲を強め、多額の高度化の設備投資を行っている。一方、ベル系地域電話会社等も顧客へのテレビ伝送サービスの開発に力を入れて、巻き返しを図りつつある。両者ともに相手方の本業分野への進出を策して火花が散り始めている。勝敗の予測はまだ立ってはいないが、近い将来には両者の激突を予測するアナリストが多い。

■市場も通信政策も潮目が変化

 米国の通信政策も、上記のような業界の変容と、民主党から共和党へという政権の交代から、潮の流れが大幅に変調してきている。例えば、1996年当時の闇雲な競争事業者支援一辺倒から、既存地域事業者の高度通信設備への投資のインセンティブに配意しはじめている。加入者用光ファイバ回線をアンバンドリング貸与義務から除いたり、UNE-Pという加入者回線プラス交換機能のまるごとアンバンドリング方式の廃止などがそれである。後者に依存し法外に安い規制された事業者間料金を武器として市内通信市場に急速に進出してきたAT&TやMCIが市内事業から撤退を余儀なくされたのである。共和党政権下で、市内での競争は本来、競争事業者の自前の設備に立脚すべきだとのPowell前FCC委員長の方針もあり、1996年電気通信法が市内競争の促進のための便法としてきた「リセール制度」や「UNE制度」に対する批判も高まってきている。同前委員長は、「われわれはこれまで、あまりにも競争事業者に肩入れしすぎて、既存地域事業者への配慮に欠けていた。既存地域事業者が折角投資して新しい設備を建設しても、それを規制された大幅安値の事業者間料金でライバル参入者に貸与を義務づけるUNE制度の下では、既存地域事業者はフアィバ・ツゥ・ザ・ホーム等の高度通信設備への投資を差し控えるなどの弊害が出ていた」と議会の公聴会で述べている。

 前述のように、ベル系地域電話会社の市内事業の禁止の原則も、完全に過去のものとなり、すべてのベル系地域電話会社が長距離通信サービスを認可されてしまった。例外が原則に入れ替わったのである。

■米国の政策を遅れたタイムラグでコピーするわが国の危険

 つい最近、総務省がNTTに対するユニバーサル・サービス制度の運用を緩和し、東西会社自体は黒字であっても平均以上にコストがかかっている地域については基金から助成金を出せるよう緩和する方針であるとの報道がなされた。

 米国ではユニバーサル・サービス基金からの助成は、(1)高コスト地域、(2)低所得地域、(3)医療機関、(4)学校図書館へのインターネット等の普及、の四種類が早くから整備され、毎年何千億円単位の多額な助成が行なわれている。(1)については「各州での平均コストを上回る地域」に対し33億ドル(3,455億円:2003年の実績)もが補填されている。今回の措置は正しい方向には違いないが、あまりにも遅すぎる。

 振り返れば、最近わが国で実施や採択された通信分野での施策は、そのほとんどが大分前に米国で創設された施策ばかりである。すなわち、

  1. アクセス・チャージ制度
  2. ユニバーサル・サービス基金制度
  3. 電話番号ポータビリティ制度
  4. 市内競争促進
  5. 県内と県間の区分
  6. 事業者登録制度  等々。

 米国の施策で良いものを国情を勘案して採り入れるのは結構なことだが、ここで留意しなければならないことは、タイムラグである。

 前述のように米国での実情はこのところ相当早いスピードで変容しつつある。項目によっては、原則が反対にさえなっているものがある。「市内競争一辺倒」「競争事業者助成一辺倒」に対する反省から規制方針が「既存地域事業者のインセンティブにも配意」と、大きく舵きりが変わっている事情を見落として、わが国では今頃まだ「競争優先」の施策を取り上げてはいないか。米国では大手事業者が買収/合併でメガ・キャリアを作り、国際舞台でもヘゲモニーを狙うご時世である。昔はそれなりに意義のあった施策でも、タイムラグで遅れて採択すればかえって毒となるものもある。国際的な潮流を見ることなく国内だけの狭い視点でアナクロニズムに陥ることは是非とも避けねばなるまい。

 米国では、これまでは独禁法でとても考えられもしなかったような超大型の合併が、別の視点から、ほとんど問題なく認可されようとしている。わが国でも既に日本テレコムへのAT&TとBTの資本参加、その後Vodafoneによる買収が現に起っている。こういった外資による買収への対処をどうするかなどの検討や国際競争力など将来への目配りも必要な時期ではないか。

 わが国の某電気メーカーは永年「他社製品のコピーが上手」と評されてきたが、現社長のリーダーシップのもと、オリジナリティに富んだ新製品を開発し、業績が爆発的に上向いたとされる。通信政策や施策の面でも、他国がこぞって追従するような独創的なmade-in-Japanの新機軸が望まれる。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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