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2004年10月掲載

AT&TとMCI、買い手探しに本腰か
---米国長距離通信会社の挽歌---

 かって米国の通信業界に華々しく君臨した長距離通信大手のAT&TとMCIの身売り観測が強まってきた。

 第二位の長距離通信事業者であるMCI(WorldCom)が買い手探しのために投資銀行や弁護士事務所を雇ったという報道がニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストという有力紙にすっぱ抜かれたほか、AT&Tについてもニューヨーク・タイムズが最右翼の買い手と見られているベル系地域電話会社のBell Southトップの取材を報じている。

 このところ米国の通信業界では、二つの大きな流れが鮮明に浮かびだし始めている。一つは、電話市場のなかでの長距離通信事業者の急速な地盤沈下とベル系地域電話会社の躍進であり、もう一つは、新しい高速インターネット市場でのベル系地域電話会社とケーブル(CATV)会社との覇権争いである。

 今回は、長距離通信事業者の追い詰められた姿を眺めてみよう。

■MCIが買い手探しの活動開始

 9月20日のニューヨーク・タイムズは大要次のように報じ、MCIが場合によっては数部門に分割され切り売りされる可能性まで報じた。

  • 4月に更生手続から抜け出たばかりのMCI(旧WorldCom)が密かに買い手を捜し始めた。同社の役員(複数)筋の情報による。同社の広報担当はコメントを拒否している。
  • 同社は既に3社の投資銀行(Lazard, Greenhill & Company and J. P. Morgan Chase)を雇ったという。弁護士事務所も契約した。
  • 同筋によれば、同社は丸ごとか、または不人気の消費者向け部門を除いた細分された形で売りに出される見込みである。最も見込みのある買い手はベル系地域電話会社(4社)であるが、いずれも消費者長距離通信部門の買収には熱心ではない。先の見通しが立たないばかりでなく、またみずからの市内顧客との関係で独禁法の懸念もあるためである。
  • ベル系地域電話会社以外では、Electronic Data Systems 、さらには I.B.M.までが取り沙汰されているが、こちらも消費者部門以外が狙いであろう。海外の事業者で米国に野心のある買い手も丸ごとの買い手として検討候補に挙げられている模様である。
  • 同社はAT&Tにならって消費者顧客の新規則獲得努力をスケールバックしている。

 また、9月21日のワシントン・ポストも上記の記事をフォローして、次のように報じている。

  • 昨日のニューヨーク・タイムズの報道のとおり、同社は売却のためにGreenhill & Co. and J.P. Morgan Chase & Co.の投資銀行を雇い、弁護士事務所とも契約したと同社の一部の役員筋が洩らしている。
  • 小規模電話会社を保有している投資会社のLeucadia National社が7月に独禁当局に対しMCIの株式の50%を取得するかもしれない旨を通知しているが、その後進捗していない。今回MCIが動き出したのも、別の選択肢を求めてのことであろう。

■MCIの最近の業績

  • 同社は4月以降、負債を300億ドル削減したが、第二四半期は7,100万ドルの赤字であった。もっとも第一四半期には3億8,800万ドルの赤字であったのに比せば改善されている。しかし、第二四半期の売上高は52億ドルで、前年同期に比し15%も減少している。(ワシントン・ポスト)
  • 同社は5ヶ月前には2,000万の顧客を有するとしていたが、現在ではそれが1,500万に減少している。ベル系地域電話会社が長距離通信への進出を認められ、破竹の勢いで長距離通信顧客数を延ばしている。これはベル系地域電話会社が市内通信と長距離通信をパッケージにして顧客に提供しているのが効いている。さらにベル系地域電話会社のUNE義務が宙に浮き、AT&Tが新規の住宅顧客へのマーケティングを断念し、MCIも密かながらこれに追従していることも大きく作用している。(ワシントン・ポスト)

■MCIの落日

 MCIは、1970年代にそれまでAT&Tの独占だった長距離通信市場にマイクロウエーブで殴りこみをかけ、機敏な料金政策でAT&Tの顧客を奪い着実に成長してきた名門会社であったが、1990年代末の通信不況を機に、インターネット通信への対応の遅れが表面化し、バックボーン・ネットワークなどで急成長し彗星のように台頭した新進長距離通信事業者WorldComにより買収される破目となった。

 しかしWorldComは過剰な設備投資等で財務が急速に悪化し、それを粉飾する会計不正でさらに苦境を招き、2002年7月、ついに会社更正法(破産法第11条)による保護を申請した。2004年4月、この手続から債務の切り捨て等で立ち直り、社名もWorldComからMCIに変更した。また今年末までに16,000(28%)の要員削減を行い、41,300名体制とすると発表している。既にいくつかのコールセンターを閉鎖し、数千人を整理したなど再建に努力しているが、国防総省等の国の通信の契約を一部失ったほか顧客も一部流出して、苦境が続いている。

■AT&Tも苦境続く

 長距離通信事業者第一位のAT&Tは、まだ会社更正法適用までには至っていないが、大変な苦境に立っていることは明らかである。既に3年ほど前に、かっての子会社であるBell Southに合併を申し入れ、断られている。失礼なたとえで申訳ないが、わが国にたとえれば、NTT持株会社とNTTコミュニケーションズを合わせた大会社がNTT西日本、いや、NTT四国に救済合併を懇請したようなものだった。昨年10月にも両社で再度協議されたというが、結局AT&Tの資産額の評価をめぐり折り合わず、破談となったと報じられている。

 AT&Tの苦難の足跡を辿ってみると以下のとおりである。

1. 1984年 AT&T分割(司法省独禁局の訴訟を和解。ベル系地域電話会社を分離)
研究開発(Bell Laboratories社)から機器製造、長距離通信の垂直統合の維持にこだわり、司法省が求めた機器製造子会社のWestern Electric社の分離を嫌い代償として地域通信子会社群を分離。
その代わり、IBMの向こうをはりコンピュータ事業に進出を認められ、NCRを買収。
2. 1995年9月 Allen会長のもと、業績不振で自発的三分割(機器製造[後のLucent Technologies]、コンピュータ[NCR]、および長距離通信[AT&T])
3. 1997年11月 初めて部外から迎えたArmstrong会長がCEOとして着任。
豪勢な新本社ビル重役室で靴まで埋まる厚い絨毯をたとえに、これまでの無為無策の貴族的社風を痛烈に批判。
ジリ貧の長距離通信会社から脱却し、積極経営に。
  • 市内/長距離/国際までAny-distance companyを目指す。
  • 音声のみでなくデータ、ビデオも。
  • 海外進出でGlobal companyを指向。

市内電話網の代替として活用するため最大のCATV会社(TCI)等を大型買収。
英国のBTと国際通信合弁会社(Concert)を設立。
----しかし折からの通信不況もあり、いずれも挫折。過大な負債を抱え込む。

4. 2000年10月 自発的四分割(Wireless, Broadband, Consumer, Business)発表。
負債削減のため、戦略なしに 成長事業のAT&T WirelessはDoCoMoやベル系地域電話会社2社のJVであるCingularに売却、Broadband(CATV)もTCIからの買収価額の約半値でComcastに売却。

 AT&Tの今日の惨状は、通信不況という外部的要因もあるにせよ、以上のような企業戦略のジグザグと失敗に帰せられよう。

 中核の長距離通信事業での売上高のシェアも、次表のようにAT&Tはまさにつるべ落としである。

長距離通信売上高の事業者別シェア
(FCC2003年資料)
AT&T MCI Sprint ベル系地域
電話会社
その他の長距
離通信事業者
1984 90.1% 4.5% 2.7% 2.6%
1990 65.0 14.5 9.7 10.8
1995 51.8 24.6 9.8 13.8
2000 37.9 22.4 9.0 4.3% 26.3
2001 37.4 23.4 9.3 6.0 23.8

■長距離通信事業者には先の明るい見通し欠如

 それなら先の見通しはどうなのか。明るい材料がまったくないという実情である。
先に触れたようにMCIの第二四半期の売上高は、前年同期比で15%も低落している。伸びの止まった固定網通信、とりわけ消費者市場では、全米で長距離通信市場への進出が認められたベル系地域電話会社が市内通話と長距離通話を組合せパッケージ化して成功し、長距離通信事業者の顧客を奪っているほか、トラヒックは携帯電話にも流失している。インターネット通信ではケーブル事業者とも戦わねばならない。

 一時長距離通信事業者が将来をかけた市内市場への逆進出は、UNE(アンバンドリングされた市内通信要素)制度での格安な事業者間料金の保障で成り立っていたが、最近連邦控訴裁判所がこの根拠となっていたFCC規則を無効としたため、近い将来、ベル系地域電話会社は事業者間料金を15%程度値上げするとの観測が一般的である。FCCもこれを黙認する姿勢である。こうした事態を受けて、採算がとれなくなるとして既にAT&Tは新規の市内顧客獲得マーケティングは行わないと声明し、MCIも追従の姿勢である。市内通話と一体化したコーリング・プランなしでは、ベル系地域電話会社とは太刀打ちできない。

■買い手は長距離通信会社の資産総額が自然にやせ細るのを待つ姿勢

 このように明るい材料がない以上、下がりつつある長距離通信会社の株価は今後螺旋状に低落するとの見方が多い。ニューヨーク・タイムズのBell South取材記事(2004/9/13)は次のように述べている。

  • 昨年10月にAT&Tとの合併交渉を打ち切って以来、AT&Tの株価は30%も値下がりしている。もっともAT&Tが住宅顧客向けでは新規にはマーケティングを行わないと発表したため、Bell South側の買収意欲もしぼんだ面もある。
  • もしBell SouthがAT&Tを買収すれば、事業者顧客の市場でBell Southは最大の事業者となるし、AT&Tの全国のデータ・ネットワークを活用してインターネット電話のようなサービスを米国東南部以外の地域でも提供できるようになる。しかし、Ackerman CEOはこうした明白な利益にもかかわらず、AT&Tのしぼんでいくビジネスが底に行き着くまでさらに忍耐強く待つように見える。
    ワシントン・ポスト(2004/9/21)も、「アナリストたちは、MCIの潜在的な買い手も、当面手控え、MCIの資産額が一層安価になるのを待っていると見ている。」と報じている。ベル系地域電話会社はその市内網のライバル事業者への開放と引き換えに、既に全米で長年の念外であった新天地の長距離通信市場への進出が認可されており、ことさら問題を抱えた長距離通信会社を買収しないでも、事業分野を自前で拡大していけるようになったことも、買収を急がない背景となっていよう。
寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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