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2004年9月掲載

米国の長距離通信大手、軒並み買収の標的に
---AT&T、MCI、Sprintの苦境、一段と。ベル系地域電話会社は攻勢に---
--米国市内競争政策の崩壊---

 このところ米国の長距離通信大手の苦境が一段とその厳しさを増している。AT&T、MCIの格付けが相次いで2社の格付会社により「投資対象としては不適切」のランクに引下げられ、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような一流紙でも「いよいよ買収の標的に成り下がった」との見方が公然と報じられている。

 ニューヨーク・タイムズ(8月6日)は、「MCIとAT&Tの第二・四半期業績は、長距離通信事業者の業績が安定しつつあることを裏付けることなく、むしろこれらの会社が買収の標的になりつつあるとの思惑を強化しつつある。」とし、ワシントン・ポスト(8月5日)も「AT&TやSprintとともに、MCIは、長距離通信市場への進出を認められたベル系地域電話会社による競争により痛手をうけており、MCIの第二・四半期の売上高は前年同期の62億ドルから52億ドルへ15%も落ち込んでいる。」として、同様な予測を報じている。

 両社のみでなく第三位の長距離通信事業者であるSprintも、かねがね何度も買収話が報じられている。

今回は、こうした進展の背景を探り、今後の動きを予測してみよう。

■長距離通信会社、相次ぐ悲報

 まず最近の長距離会社の業績がらみのニュースを整理してみよう。

最近の長距離会社の業績がらみのニュース(AT&TとMCI)

■長距離通信会社の不振の背景

 AT&TをはじめMCIも一時は業界でも優良企業の最たるものであったが、身売りまで取り沙汰されるように落ちぶれたのはなぜだろうか。

 MCIの場合には、新興のWorldComが買収したのち、WorldCom側の不正会計問題が露呈したなどの特殊事情があり、AT&Tについても通信不況で資金が逼迫し、自発的に4事業部門に分割し、とりわけ成長部門である携帯電話部門と広帯域(CATV)部門の売却を余儀なくされた特殊要因はある。しかし、以下のようなマイナスの背景があった。

  1. 長距離通信市場での伝統的な厳しい競争
    長距離通信市場では1970年代のMCI発足以降、その後にSprintも加わって長距離通信事業者同士の過酷な競争が展開されてきた。シェア争いのためcut-throatといわれた料金戦争で出血料金値下げが相次いで、財務基盤が弱まってきていた。

  2. ベル系地域電話会社の長距離通信市場への参入
    ベル系地域電話会社は1984年のAT&T分割以降、長距離通信事業を禁止されてきたが、1996年電気通信法は、市内通信市場での競争の促進策の一環として、自己の市内ネットワークを競争事業者に十分に開放したとFCCが州単位に認定したベル系地域電話会社については、長距離通信市場に進出する道を開いた。電話普及が飽和状態で売上高が伸び悩んだベル電話会社は、新天地を求めて相次いでFCCの認可を取得し、2003年12月には米国全州で認可が完了した。ベル系地域電話会社は、その市内顧客に長距離通信サービスをも一体化したパッケージ・プランを拡販しており、長距離通信の顧客をも奪いつつある。

  3. 国際事業の失敗
    AT&Tは、1990年代に英国のBTと国際通信合弁子会社を設立したが、親会社との住み分けもできず、大幅赤字で失敗、精算に追い込まれた。そのほかの積極的な国際進出もいずれも赤字、失敗に終わった。

  4. 過剰設備投資の重荷
    MCIを買収した新興の国際長距離通信WorldComは、ITバブルの波にのって国際国内ともに光ファイバ等の設備を大幅に増設したが、折からの通信不況もあって過剰設備、加重債務に悩み、さらに会計不正問題もあって、会社更生手続にはいった。最近その手続から立ち直り、社名をWorldComからMCIに変更したが、退潮傾向から抜け出られない状態が続いている。

  5. UNE制度等の市内競争促進策の挫折と市内市場からの撤退
    両社ともに長距離通信市場に進出してきたベル系地域電話会社等の既存地域事業者に巻き返し対抗すべく、逆に市内地域市場に進出を図った。2003年6月現在で、その他の競争事業者も含め、市内市場での競争事業者総体の回線数は2,690万となり、全国の市内回線総数1億8,300万回線の14.7%のシェアを記録していた。

    このような成果を挙げられたのは、1996年電気通信法が「リセール」や「UNE(アンバンドリング要素)の競争事業者への提供義務」という二つの競争促進手段を設けたからである。いずれも競争事業者に有利な格安の事業者間料金を規制で強制した。 

    しかし、法施行後8年を経過し、政権が企業寄りの共和党に変わったこともあって、FCCの5名の委員も共和党系が3名と多数派となり、UNE等の人為的な競争ではなく、自前の設備に立脚した本来的な競争に回帰する方向が明確になりつつある。FCCが定めたUNE規則を本年3月連邦控訴裁判所が無効と判決し、大幅割引の事業者間料金を柱とするUNE制度が宙に浮き、既存地域事業者側はUNE事業者間料金の値上げをはかる動きが顕在化してきた。

    AT&TはUNEでベル系地域電話会社から大幅安値で加入者回線等をリースし、それを自己の名義で売る市内サービスを展開してきたため、同一地域でもAT&Tの市内料金のほうがベル系地域電話会社の料金より安い事態となっていたが、最近の進展をうけ先行きが不透明となり採算が厳しくなるとして、AT&Tは今後は住宅用の市内顧客の新規募集は行わないと声明した。さらに一部地域で市内料金を値上げすると予告している。MCIやSprintも追従の模様である。

■ベル系地域電話会社は市内市場で巻き返しに

 ベル系地域電話会社は、UNE問題で長距離通信事業者がつまずいているのを好機として、ここ数年防戦一方だった市内市場で巻き返しに出はじめた。

 FCCの資料によれば、2003年の1-6月の半年間で、市内市場での競争事業者の回線数は2,480万から2,690万に210万も増加していた。最近でも2004年の最初の3か月間にAT&Tだけでも100万もの顧客をベル系地域電話会社から奪い、全国で430万の市内回線顧客を持っているといわれている。

 しかしここにきて、流れが急に変わった。ベル系地域電話会社は市内市場でAT&T等が新規顧客開拓を断念したのを機会に、さっそく顧客奪還にとりかかり、特別な優遇プランや料金値下げのキャンペーンを相次いで打出し始めている。

[ Verizon、SBCおよびBell Southは、市内サービスの料金を値下げして顧客獲得を狙っており、TNS Telecomsの調査によれば、第二四半期には、住宅市場でのシェアを5年ぶりに増大した。(ウォールストリート・ジャーナル:2004/8/3)]

 一方でベル系地域電話会社は、前述のように長距離通信市場にも急速に進出しつつある。Verizonは既に1,700万の長距離通信顧客を獲得し、2,000万の顧客をもつMCIに次いで全米第三位の長距離通信会社となっている。

 ベル系地域電話会社は、携帯電話子会社が業績に大きく貢献してきたが、ここにきてさらに、広帯域通信部門で赫々たる戦果をあげつつあり、それが業績に大きく貢献し始めている。ニューヨーク・タイムズはつぎのように報じている。

  • 「ベル系地域電話会社は退潮の固定網サービスで投資対象としても色あせてきていたが、このところ広帯域顧客の争奪戦でライバルの長距離通信事業者やCATV事業者との戦いにも先手をとり、魅力を回復しつつある。

  • 米国最大の電気通信会社のVerizon Communicationsは、広帯域部門と携帯電話部門が善戦し第二四半期の純利益が18億ドルに達した。売上高は178億ドルで前年同期比6%増となった。アナリストの予測を上回る成果である。

  • ベル系地域電話会社は固定網回線の減少に悩んでいるが、いずれも高速データ回線の伸びで埋め合わされている。Verizon、 SBC、Bell Southの 3社ともに、広帯域分野の販売の伸びのおかげで第二四半期の利益は驚くほど伸びている。3社合計で同四半期に715,000もの新広帯域顧客を獲得している。」(2004/7/28)

■今後の展望

当面は長距離通信事業者の退潮とベル系地域電話会社の伸張

 長距離通信事業者は早晩、住宅市場では市内/長距離一体のパッケージ・コーリングプランの断念に追い込まれよう。
ベル系地域電話会社は、前述の長距離通信市場への進出で、持ち前の市内顧客に長距離通信と市内通信を一体化した料金プランを勧奨し、実質割引となる水準に総合料金を設定した。ことに住宅顧客は一枚の請求書で料金の支払いが完結するので人気が高い。長距離通信事業者が市内市場進出に努力してきたのも、こうしたベル系地域電話会社のパッケージ・プランに対抗するには、自身も市内市場でも顧客を獲得せざるを得なかった事情がある。長距離通信事業者は、住宅に限ってではあるが市内サービスから撤退の方向にあり、こうした一体組合せプランを提供できなくなる。これでは競争面で大きなマイナスとなるのが避けられない。ベル系地域電話会社に対抗する手立てが少なくなりつつあるのである。

ベル系地域電話会社による長距離通信会社の買収はどうなる?
次のようにさまざまな見方が提示されている。

  • AT&T、MCIともに近々、買収されるのではないかという思惑が強まっている。買い手はベル系地域電話会社のいずれかが有力視されている。ベル系地域電話会社が主として住宅ビジネスなのに対し、長距離通信事業者は依然として国際データ網と有力なビジネス顧客を持ってはいる。しかしこれこそがベル系地域電話会社が補完したい分野で、魅力的なのである。

  • 一方ベル系地域電話会社側は、広告キャンペーンを展開し、有利な料金をアピールし始めている。こうした手段で、長距離通信事業者の顧客を一本釣りし、盗み取り、総体を買収する必要がない方策も講じ始めている。「ベル系地域電話会社がAT&T、MCIを買収してしまえば、その後は自身で(長距離通信事業者の)病巣を抱えることとなる」とは、ワシントンDCのアナリストの分析である。(ニューヨーク・タイムズ:2004/8/6)

  • 1990年代に携帯電話、CATVなど大型買収に明け暮れたAT&Tが、今度は買収される側にまわったのはなんとも皮肉なことだが、同社の事業にはいずれも将来性が見込めず、すぐにでも買収したいという事業者が出てきそうにもない。
    買収を行う側としては、ベル系地域電話会社が最有力であるが、Bell SouthとSBCは合弁子会社であるCingular Wirelessが既にAT&T Wirelessの買収手続にはいっており、それで手一杯となっている。Verizonも携帯電話と広帯域事業の拡充に一生懸命であり、しかも負債の削減に努めている現状では、すぐにもAT&T本体の買収に乗出せる余力は少なかろう。(Business Week:2004/8/6)

  • 長距離通信大手のAT&TとMCIの両社は買収の標的となっているが、両社ともにその中核ビジネスが退潮傾向にあり、成長分野ではともに見るべきものがない以上、実際の取引が始まるのは難しかろう。(ウォールストリート・ジャーナル:2004/8/2)

■FCCの対応

 FCCはこれと平行して、裁判所が無効としたUNE規則に代わる新しい規則の制定を急ぎ、本年12月までに制定したい意向である。

 FCCは8月下旬、新UNE規則が制定されるまでの暫定措置として、既存地域事業者の現行の事業者間料金を6か月間はこのまま据え置き、値上げは認めないとの決定を行った。その後の6か月間については、穏やかな事業者間料金の値上げを認めるとしている。これに対して、ベル系地域電話会社のVerizonおよびQwestは、FCCが行ったUNE料金の6か月間の据え置きの決定を違法として裁判所に訴訟を提起した。業界団体であるUSTAも訴訟に参加した。 Verizonの訴訟趣意書によれば、「FCCの暫定措置は、来年の2月まで、また新規則の制定作業が遅れればさらに先まで、裁判所が違法と判定した現行のUNE規則を持ちながらえさせることとなり、論外である」としている。

 ベル系地域電話会社等の既存地域事業者は、政治問題化するのを嫌い、11月の大統領選挙ごろまでは事業者間料金の値上げを自粛するとの約束を行っている。Verizonは11月11日まで、その他の3ベル系地域電話会社は年末まで、約束を守るとしていた。

 消費者団体は、「FCCや司法省がUNE規則を無効とした控訴裁判所の判決に対し、最高裁にその取消しを求める措置をとらなかったことは、ベル系地域電話会社の独占を強化することにつながる。AT&Tの市内市場からの撤退などは、直ちにベル系地域電話会社の顧客奪回となり、そればかりか競争事業者の市内顧客のみでなくベル系地域電話会社の本来の顧客の料金まで値上げの危険にさらされる」と警戒を強めている。

■市内競争政策の挫折

 最近のこうした動きは、1996年電気通信法以降米国がとってきた市内通信での競争政策が、行詰った証左である。3,000万近くの競争事業者の顧客獲得で競争事業者の市内市場でのシェアも20%近くまで増大してきていたが、競争事業者の自前の設備によるものは僅かに1/4程度にとどまり、大半がUNE制度によるもので、リセール制度とならび既存地域事業者の設備に依存した「名目だけの市内電話の競争」であった。

 ことにUNEの事業者間料金の算定では、わが国でも論議を呼んだTELRIC(全要素長期増分コスト)という定説もないコスト算定方法を全国基準として各州の当局に提示した。これは、既存地域事業者の実際の設備建設時のコストではなく、最近のもっとも効率的なテクノロジーを用いたと仮定した場合の設備を前提にコストを算定するというもので、いわば砂上の楼閣、バーチャルコストである。そのため実際のコストを大幅に下回ったものとり、その結果、事業者間料金も著しく安価に設定された。こうした人為的な無理が破綻したというべきであろう。

 FCCも、暫定措置で将来的には事業者間料金は「穏やかながら値上げした水準」となろうとせざるをえなかった。しかしそれでは競争事業者のうまみが消し飛んでしまい、AT&Tのように住宅市内市場では撤退という致命的な結果を招いてしまった。

 まさに米国の無理に無理を重ねてきた市内通信市場での競争政策は、破綻したと言わざるをえまい。

  ここで想起されるのは、米国の航空業界での惨状である。最大のUnited Airlinesは破産寸前で、資金繰りがつかず年金基金への払い込みをギブアップした。US Airwaysも賃金カットなしでは倒産の瀬戸際で労組と厳しい交渉が続いている。American airlinesも似たような苦境に喘いでいる。Open Sky ポリシーで、激烈な競争を推進してきた政策が破綻し、大変な事態を招いているのである。電力業界でも先頃の混乱を招いている。

 通信はcommodityになり、通信事業はもはや公益事業ではないといわれて久しいが、社会のインフラをつかさどる事業の分野では、消費者の利益の旗印のもとに競争最優先の政策が行詰り、かえって消費者の上に重い難題がのしかかることのないよう、政策当局は慎重で大局的観点にたった判断が求められている。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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