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2004年8月掲載

米国の市内競争政策の右旋回
−競争事業者偏重から既存地域事業者にも目配り−

 7月8日、FCCが相互接続ルールの一部改定を行った。一見、規制面での技術的な措置ともみえるが、米国の市内競争政策変調の新たな潮流の一つの現れなのである。

 1996年電気通信法がもたらした市内通信での競争促進政策にのり、FCCも次々と競争参入を容易にする規則を制定してきた。「とにかく市内通信市場に競争を持ち込む」ことを至上命題に、競争参入事業者に有利なメカニズムを創るべく、既存地域事業者の利害を犠牲にした「競争事業者偏重」の施策が次々に打ち出されたのである。Powell FCC委員長も議会での証言で「(UNE規則をはじめ、) 1996年電気通信法施行直後のFCCの姿勢は、競争事業者に肩入れしすぎていた」と認めるほどであった。

具体的には、

  1. ベル系地域電話会社が長距離通信市場に進出する代償として、市内網を競争事業者に十分に開放したかどうかを厳格すぎるほどに審査。開放不十分としてベル系地域電話会社の申請を5件も却下。高額な罰金も。
  2. UNE (Unbundled Network Elements:アンバンドリングされた市内交換要素:市内サービスをいくつかの要素に細分し、競争事業者は自分の欲しい要素だけを大幅な割引の事業者間料金で既存地域事業者から提供をうけられる。)の規則でも、競争事業者を偏重。
  3. 相互接続で競争事業者は、既存地域事業者が他の競争事業者と締結した相互接続協定のうち自分に都合のよい部分だけを「つまみ食い」し、それを自己との新協定にも引用できるとした規則

などが挙げられよう。今回のFCCの改定は?に関するものである。

 しかし最近、競争事業者の市内市場でのシェアが15%近くまで増加した事情もあって、こうした「競争事業者寄りの偏重」方針がかなり変調し、既存地域事業者の利益にも配意し始めている。 詳細は後述するが例えば、

  1. 光ファイバなどの新しい設備については、既存地域事業者が競争事業者に貸与する義務を免除し、既存地域事業者の高度通信への投資意欲に配慮
  2. 大幅に低廉なUNEの事業者間料金の算定の目的で、その根拠としてFCCがいわば強引に導入したTELRIC(全コスト長期増分コスト)というコスト算定方法の再検討手続の開始
  3. UNE市内競争規則が数回にわたり裁判所により無効と判定されても、最高裁に反訴しない決定。このためUNE事業者間料金は近く相当な値上がりが不可避との観測

などがある。

■相互接続のルールを改定

 FCCは7月8日、既存地域事業者の相互接続義務に関する規則を一部改定した。
他社間の相互接続協定と同様な条件で自社も既存地域事業者と相互接続協定を締結したいと競争事業者が要請した場合の基本ルールを、pick and chooseからall or nothingに変更するという内容である。

 FCCはこれまで、既存地域事業者が他の競争事業者と締結し公表した既存の相互接続協定の内容のうち、新規の競争事業者が、その一部分だけを自分には適用してほしいと要請しても(pick and choose)、既存地域事業者はこれに応じねばならないと義務づけてきた。これは、競争事業者が既存の相互接続協定のうち自己に有利な部分だけの「つまみ食い」を認めることで競争事業者の参入意欲を刺激しようとするもので、既存地域事業者に犠牲を強いてでも市内通信事業での競争を促進しようとする意図に出たものであった。

 しかし、これでは既存地域事業者が不満で他の競争事業者との協定締結を渋るなど、かえって競争進展を阻害するとして、今回は180度転換し、競争事業者が他の競争事業者との協定と同一内容の協定締結を希望する場合には、既存の協定全部(all or nothing)を引用するように改めた。競争事業者は自己に有利な部分だけのつまみ食いができなくなるわけである。

■今回のFCCの「相互接続新規則」の概要説明

 FCCは今回の新規則の冒頭で次のように述べている。

『・1934年通信法第251条および第252条は、事業者の相互接続協定の締結プロセスを規定しており、事業者間の紛争の仲裁をも規定している。第252条(i)項は、「地域事業者は、自己が協定の当事者となっている第252条による協定で提供している相互接続、サービス、またはネットワーク要素について、他の事業者から要請があった場合には、これらを協定の定める条件と同一の条件で利用サービスせねばならない」旨を定めている。

・8年前にFCCは、第252条(i)項を、要請する競争事業者は公示された相互接続協定の個々の条文から選択することができるものと解釈した。FCCは、「既存地域事業者は、第三者に対し、252条(i)項の定めにより、個々の相互接続、サービスまたはネットワーク要素のいずれであっても、協定に定められたものと同一の条件で、利用させねばならない」と定めた。

・このようにFCCは、要請側の事業者に対し、州当局が認可した相互接続協定につき、協定の条件の全体を受諾することなく、個々の条文をメpick and chooseモする権利を付与したのである。こうした結論に達する過程でFCCは、こうしたアプローチが差別防止の決め手となり、盛んな競争の実現を早めるものと考えたのであった。FCCは、pick-and-choose ruleがかえって既存地域事業者をして妥協を拒ますこととなり、交渉に悪影響をもたらすという意見を却下したのである。

・ところが連邦の第8控訴裁判所はpick-and-choose ruleを無効と認定した。その判断は、FCCの解釈は第251条と第252条の定める競争政策のバランスを失しているとし、このルールは既存地域事業者がギブ・アンド・テイクができないことを恐れ自主ベースで競争事業者と協定の協議することから尻込みする結果をもたらしたとした。しかしながら、最高裁はこの控訴裁判所の判断を覆し、pick-and-choose ruleを生き返らせた。具体的には最高裁は、FCCの第252条(i)の解釈が許されるものかどうかを審査し、FCCの解釈は妥当であると結論した。最高裁はさらに突っ込んで、「FCCの解釈が事業者の協議を妨げる効果をもっているかどうかは、高度に専門的な知識経験を要する判断であり、裁判所の領域を超えており、FCCの専門的な判断に属する問題である」と認定した。最高裁は今日FCCが採択する解釈、すなわち、all-or-nothingのアプローチ を「おおいに妥当(eminently fair)」と認めている。

・2001年5月25日に競争事業者であるMpower社がFCCに申請し、「Pick and Chooseルールには従わない弾力的な新たな協定メカニズム」の創設手続を開始するよう求め、第251条と第252条の妥当なバランスについて問題提起した。その後同社はこの申請を撤回しているが、当初はFCCのpick-and-choose要件は交渉過程での革新的な取引を禁止していることを理由に、その要件の適用除外を求めたものであった。他方、既存地域事業者側も、このルールが廃止されれば、既存地域事業者と競争事業者の双方にとって有益で、現在支配的になっている規制に立脚した関係とは対照的な自主的な取引関係が形成できると主張した。

・2003年8月21日にFCCは今回の規則制定手続を開始し、pick-and-chooseルールを他のメカニズムに置き換えるべきかどうかの検討を開始した。FCCはまず三つの暫定結論を提示し、これに対するコメントを求めた。まず第一は、FCCが第252条(i)に関する解釈を変更する権限を持っていることである。第二は、現行規則はギブ・アンド・テイクの交渉を阻害しているという事実である。そして最後は、ある既存地域事業者が「どの(競争)事業者でも利用できる一般的な(相互接続)条件[generally available terms: (SGAT)]」を届出て、州当局の認可を得た場合には、pick-and-chooseルールはそのSGATについてのみ適用され、その他のすべての相互接続協定はall-or-nothingルール、すなわち、他の事業者との相互接続協定のすべての部分を一体として適用するルールに服するものとした。(the conditional SGAT proposal).』

■FCCの市内競争政策の右旋回

  今回のこうしたFCCの方向転換は、直接には裁判所が一時pick and chooseルールを違法と判定したことがキッカケとなってはいるが、やはりFCCがこれまでの「ナリフリ構わずとにかく競争促進」という姿勢から「常識的な競争」へと軸足を移しつつあることが背景にある。

 今回の相互接続ルール変更で見られるFCCの姿勢の変化は、単発的に突然起こったものではなく、ここ二年ほどの間に徐々に形成されてきているのである

それでは、最近のFCCの動きでこうした政策の右旋回が窺われるものを拾ってみよう。

  1. 新UNE規則の制定(2003年2月)
    光ファイバなどの新しい設備については、既存地域事業者が競争事業者に貸与する義務を免除。高度通信サービスを僻地をも含め早急に普及させるという別の政策目標から、既存地域事業者の高度通信設備への投資意欲に配慮。
    [詳細は末尾の資料?参照]
  2. UNE事業者間料金の算定方法の見直し(2003年9月)
    UNEの事業者間料金は州当局が認可することとなっているが、その全国基準としてFCCは大幅に低廉な算定の目的で、当該設備建設時の実績のコストではなく、まだ定説もないのに初めていわば強引に導入したTELRIC(全要素長期増分コスト)というコスト算定方法を採択。しかしその再検討手続を開始。
    既存地域事業者側は、実際の設備建設時のコストを無視し、それを大幅に下回った架空の想定コストで事業者間料金が設定されており、赤字となっているとクレームしている。
    [詳細は末尾の資料?参照]
  3. UNE規則を無効とした控訴裁判決の破棄を求める最高裁への上訴断念(2004年6月)
    UNE市内競争規則が3回にわたり裁判所により無効と判定されたが、FCCと司法省はこのほど最終的に最高裁に反訴しないこととした。このためUNE事業者間料金は近く相当な値上がりが不可避とみられており、市内市場に進出している競争事業者の最大手AT&Tが採算懸念から消費者市場からは撤退の意向を表明する事態となっている。

 FCCがこれまでは競争事業者最優先で既存地域事業者に不利なものでも強制していく「闇雲な競争促進政策」から「常識的で本来あるべき競争の追求」に冷静にシフトしつつあることが読み取れよう。

■FCCの新潮流の背景

 FCCの市内競争政策で以上のような右旋回をもたらした背景としては、次が考えられる。

  1. 民主党クリントン政権から共和党ブッシュ政権に代わり、自由競争、規制緩和、市場原理の尊重の姿勢が強まったこと
    (FCCの5名の委員は、与党3名および野党2名で構成される。現在はPowell
    委員長等の共和党委員が多数を占めている。)
  2. 市内通信市場で実際に競争が相当進展し、競争事業者の市場シェアが15%程度まで達したこと
    (FCC資料)
    • 2003年6月現在で、競争市内事業者は2,690万回線にサービス提供。これは全国のエンドユーザーの市内回線総数1億8,300万回線の14.7%に相当。2002年12月現在の競争事業者回線数は2,480万(13.2%)。
    • 競争事業者回線の約1/4は競争事業者の自前回線によるもの。
    • 既存地域事業者側の報告によれば、2003年6月30日現在で、220万回線をリセール方式で競争事業者に提供。6か月前の数値は270万。既存地域事業者は、2003年6月30日現在で、1,720万回線をUNE(アンバンドリング)方式で提供。
  3. 1996年電気通信法制定以来8年を経過して、施行当時のフィーバーのような競争最優先では他の重要な通信政策目標の達成が困難なことをFCCも自覚し、冷静で現実的な競争政策に回帰しはじめていること

■FCC自身が右旋回を自認

 こうした潮流の変化をFCC自身が明確に認識している。

例えば、「事業者間料金の見直し」の公示で次のように述べている。(傍線 筆者)

TELRIC算定方式の評価に際してのわれわれの関心は当初の規則制定時のそれとは多少異なっている。当初はまだ競争もこれからの時期であったためわれわれはとにかく市内交換市場への参入を促進することの必要性に最大の力点を置いていたUNE料金が競争参入と投資誘引に役立つように決定されるため、「前向きのコスト算定方法」(forward-looking cost methodology)、すなわち、現存の設備が過去に実際に建設されたときのコストではなく、それを今日、効率的な設備を建設し運営するものとした場合のコストとしたのである。

  Powell委員長も、今回とくに声明を出し、「アンバンドリングされた市内電話サービス要素(UNE)などに過度に依存した過渡的なこれまでの競争促進策から、自前の設備に依存した真の競争に向かう」必要を訴えている。同委員長はかねてから、2003年3月のUNE規則への反対声明でも、UNE等の人為的で競争事業者偏重の競争策には明確に懸念を示してきた。

 FCCは、「高度通信の早急な普及促進」というような別の重要政策目標のためにも、資本力、技術力のあるベル系地域電話会社等の既存地域事業者の力に頼らねばならない事情がある。ことに地方や僻地では競争事業者の参入の見込みも少ない。

 FCCは「利用者の利便の最大化」という究極の政策目標のためにも、これまでの短兵急な「競争事業者偏重、闇雲な競争優先」の姿勢を軌道修正せざるをえなくなっているのである。


[資料1]  新UNE規則の制定(2003年2月)
FCCは、光ファイバ設備を利用する回線のアンバンドリングについては、(従来からの既存地域事業者の責務を)大幅に軽減した。

  1. fiber-to-the-home回線についてはアンバンドリングを義務づけない
  2. hybrid loops (最終顧客までは届かないが、途中まで光ファイバを利用する既存地域事業者の混合回線)の帯域の一部を利用して広帯域サービスを提供する場合にはその帯域のアンバンドリングは求めない(ただし、現在すでに広帯域回線で広帯域サービスを提供中の競争事業者は、新規則による義務免除ののちも同様なアクセスを継続できることとする。)
  3. line-sharing(既存地域事業者の回線の一部帯域を競争事業者がxDSL等に共同利用すること)は今後はUNEとしては義務づけない。

[資料2] 事業者間料金の算定方法の見直し(2003年9月)
[FCCの規則改定予告抜粋:2004/9/15]

  1. この規則改定予告でFCCは、1996年電気通信法により改定された1934年通信法第252条d項(1)号によりUNEsの(事業者間)料金設定に適用される規則の大幅な見直しに着手する。FCCは1996年に制定した「市内競争規則」のなかで、UNEの料金を「全要素長期増分コスト」「TELRIC」(Total Element Long Run Incremental Cost)に基づき算定することとしたが、FCCはこの規則を州当局の調停の進展模様に応じ、また、追加的なガイドラインの必要性の発生等の事情、必要に応じて見直すこととしていた。
  2. TELRIC算定方式の評価に際してのわれわれの関心は当初の規則制定時のそれとは多少異なっている。当初はまだ競争もこれからの時期であったため、われわれはとにかく市内交換市場への参入を促進することの必要性に最大の力点を置いていた。UNE料金が競争参入と投資誘引に役立つように決定されるため、「前向きのコスト算定方法」(forward-looking cost methodology)、すなわち、現存の設備が過去に実際に建設されたときのコストではなく、それを今日、効率的な設備を建設し運営するものとした場合のコストとしたのである。FCCが「前向きのコスト算定方法の狙いは事業計画上の妥当な判断資料を提供するように」とした真の狙い(シグナル)は次のとおりである。UNE料金が「前向きのコスト」より高く設定された場合には、参入方法として既存地域事業者から設備をリースするほうがよいケースであっても、競争事業者の自前設備の建設による参入を助長することとなろう。また、逆に、UNE料金が「前向きのコスト」より安く設定された場合には、参入方法として自前設備を建設するほうがよいケースであっても、競争事業者は既存地域事業者から設備をリースするほうに傾くであろうからである。さらに、既存地域事業者にとっても、「前向きのコスト」に立脚したUNE料金であっても、既存地域事業者はそのコストを回収することは可能なのだから、既存地域事業者の投資意欲を阻害することはないであろうと考えたのである。
    今日、競争が各方面で広く根付いてきた以上、われわれの料金算定方法が当初われわれが意図したように機能してきたかどうか、とりわけ効率的な設備投資の増進に役立ってきたかどうかを検討するために今回の手続を開始したのである。
寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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