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2004年7月掲載

米国の市内通信での競争、大きな転機か?
−AT&Tが一部の州で市内事業から撤退を表明−
−低廉な事業者間料金強制規則の違法判決の波紋−

 ベル系地域電話会社等の既存地域事業者の向こうをはって市内通信事業に進出している長距離通信事業者のトップAT&Tが、6月23日、テネシーなどの7州で今後は新規の住宅用顧客の募集を差し控えると発表した。わが国でも日経新聞等が大きく報道した。

 米国では市内通信市場でも厳しい競争が進展しており、長距離通信事業者を中心として群小の企業も参入し、ベル系地域電話会社等の既存地域事業者と激しい競争が繰り広げられている。ニューヨーク・タイムズによれば、1999年以降AT&T等の競争事業者は2,960万もの顧客を獲得しており、市内市場のシェアは16.3%に達している。AT&Tだけでも全国で430万の市内回線顧客を持っている。

 AT&Tの撤退が大きな波紋を呼んでいる。今後他の競争事業者にも波及し、折角足場を築きかけた競争事業者の市内通信事業が大幅に退潮し、既存地域事業者の市内通信料金の値上げにつながると懸念もでている。11月の大統領選挙のひとつの争点にもなりかけた。市内通信市場での競争が大きな転換点を迎えていることは間違いない。

 今回のAT&Tの一部撤退の決定の直接の引き金は、今年3月の連邦控訴裁判所がFCCの市内競争規則(UNE規則)を無効とした判決である。その後、目まぐるしく様々な事件が相次いで起こっている。その背景には、既存地域事業者および競争事業者双方の鋭い利害の対立のほか、米国の市内競争の根底に横たわる大きな問題があり、これを機に、最近の緊迫したいろいろな動きを整理し、今後を展望してみよう。

■UNE制度とは?

 今回のAT&Tの決定の引き金になったのは、競争事業者の顧客の過半を占めるUNE(アンバンドリングされた市内ネットワーク要素)という制度を利用した市内市場への参入に関するFCCの規則が、本年3月に連邦控訴裁判所により無効と判定された事件である。

 UNE(Un-bundled Network Elements)とは、1996年電気通信法により市内通信での競争の促進のための特効薬として新たに設けられた制度である。

 市内サービスをいくつかの機能要素(UNE:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身ではまかなえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合せて顧客に市内サービスを提供する方法である。1996年電気通信法は、競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとし、相互接続と同様に既存地域事業者の責務として義務づけた。また、UNEについては、「新規参入者の市場参入を阻害する(impair)ことのないよう、FCCはUNE実施のための規則を制定すべし」と命じた。これら二つの便宜的方法により、新規参入事業者はすべてを自己の設備で賄う必要がなく、多額の設備投資なしに簡単に市内市場に参入が可能となったわけである。

 とくに重要な点は、事業者間の割引料金の水準の問題である。FCCは、TELRIC(全要素長期増分コスト)というまったく新しい算定方法を全国に適用し、そのもとで各州当局が具体的な事業者間料金を定めることとなっている。この算定方法は、既存地域事業者の設備建設時の実際のコストではなく、現在もっとも効率的なテクノロジーによって設備を建設したと仮定した場合の「想定コスト」をベースに算定することとなっているため、ほとんどのケースで顧客に対する料金の半額程度の大幅に安い事業者間料金となっている。既存地域事業者側はこれでは赤字で、ライバルの競争事業者を不当に補助するものだと強い不満を表明してきた。

 そうした背景もあって、この「アンバンドリング」を利用した新規競争事業者の市内通信市場への進出が急速に伸び、今年の最初の3か月でAT&Tだけでも100万もの顧客をベル系地域電話会社から奪っているといわれる(ワシントン・ポスト:2004/6/4)。最近では「リセール」や「自前設備」による方法をはるかに上回り、競争事業者回線の半分以上がこの制度によるなど、その重要性が高まっていた。

■FCC規則が裁判所の相次ぐ違法判決で宙に浮く

 FCCはUNE制度の具体化のため、1997年に早速、事業者間料金の決定方法等を主たる内容とする規則を制定したが、連邦裁判所が違法として無効判決を出し、FCCに差し戻した。その後の二度目の新規則も同様に無効とされ、FCCは2003年2月、三度目の市内競争規則を制定した。無効とされた前二回の規則が圧倒的に新規参入事業者に有利であった姿勢を大きく変換して、既存地域事業者の設備拡充のインセンティブにも配意している。この背景には、広帯域高度通信の普及促進という大目標のため、既存地域事業者による新規設備投資意欲の喚起の必要があるという事情があった。

 ところが、既存地域事業者の業界団体である米国電気通信事業者協会(USTA)がワシントンDC控訴裁判所に提訴し、この三度目の規則も2004年3月にまたしても連邦控訴裁判所で無効、差し戻しの判決を受けてしまった。

 1996年電気通信法施行後すでに8年余りを経過して、なお、重要な市内競争規則が確定できない状態が続いているのはきわめて異常というほかはない。

■両陣営が激しいロビー合戦

 ワシントンDC控訴裁判所の3月の判決が発効すれば6月15日には現行の三度目の規則が失効し、UNEベースの市内サービスの根拠がなくなることとなる。

 長距離通信事業者等の市内参入組は、もし今回の判決が発効し、現行のFCC規則が失効するようなこととなれば、「1,900万ものUNE利用の顧客の料金が少なくとも月2ドル程度は値上げになるほか、競争参入事業者が市内事業から撤退に追い込まれる」として、大統領府にロビー活動を強化した。また、テレビ・コマーシャルも準備し大掛かりなキャンペーンを計画した。

 一方、ベル系地域電話会社側も、「市内通信では競争事業者が既に相当な足場を築いたほかに、携帯電話やケーブル会社からの競争もあって十分に競争が進展しており、不当に競争事業者を優遇するUNE制度はもはや不要である」として、これまた激しいロビー活動を繰り広げた。両陣営はともに共和党と大統領に政治献金をおこなった。

■悩む米国政府

 政府は控訴裁判所の判決の発効日である6月15日までに最高裁に上告するかどうか大いに迷ったといわれる。両陣営の激しいロビー合戦でホワイトハウスの高官も二つに意見が割れたという。政治担当スタッフは、「大統領選挙を控え電話料金があがれば大統領に傷がつく」とし、これに対して政策担当スタッフは、「市内電話市場はすでに十分に競争的になっているし、上告すればビジネスの規制を削減するというブッシュ大統領の努力に反することとなる」と指摘した。

 ホワイトハウスは電話事業者がお互いの協議で自発的な合意に達するよう求め、意思決定は避けたいと希望していた。

■FCCは業界の自主交渉を要請、成果はMCIとQwestの協定のみ

 FCCのPowell委員長は、大統領とも直接協議した後、FCC規則に頼っていたのでは訴訟合戦でいたずらに時間がかかり混乱するので、両陣営間で事業ベースの話合いにより解決すべきだとし、両陣営に交渉を強く勧めた。

 FCCは3月31日、既存地域事業者と競争事業者が協同して誠意をもって交渉し、事業者間料金等に関し事業ベースでの協定づくりを目指すよう勧告を出した。「訴訟に明け暮れた長い期間のあとで、今日ほどかかる協定合意が必要とされている時期はない」と訴えている。

 FCCが命じた交渉には、規制当局を怒らせないようにという配慮から、VerizonのIvan Seidenberg, MCIの Michael D. Capellas,  AT&TのDavid W. Dormanなどトップが参加し、5月最後の週末にかけて激しい議論が行われたという。

 この4日間にわたる非公開のマラソン交渉で、長距離通信事業者のMCIは、ベル系地域電話会社の一つであるQwestとの間でQwestの市内ネットワークにアクセスを認める協定を締結した。

 Qwestは西部地方の第四位の市内電話会社で、両社によれば、MCIは本年中は事業者間料金は据え置かれ、その後は2007年までに段階的に値上げされることとなっている模様である。

 FCCのPowell委員長とMartin委員の関与のもとで行われた4日間の交渉では、これ以外の合意には至らなかった。

■政府とFCCは最高裁への上告を断念。FCCは新規則の制定をいそぐ。

 6月9日、司法省は、ライバルの市内電話事業者に対し地域電話会社のネットワークを割引卸売料金でリースすることを義務付けたFCC規則を無効とした連邦控訴裁判所の判決の破棄を最高裁に上告しないことを決定した。 司法省の上告断念の発表から数時間後、FCCも上告しないと発表した。

 FCCのPowell委員長は、「市内ネットワークのリースに関するFCC新規則の制定こそが私の最緊急課題だ」とし、裁判所の意向を織り込んだ新規則の制定いそぐ考えを表明した。

 一方、AT&TとMCIは最高裁に控訴裁判所の判決の発効を一時差し止めるよう申請し、州の規制当局も「控訴裁判所判決は、州が市内電話市場を規制するという権限を侵害する」として最高裁に上告した。FCCの委員の一人であるMichael J. Coppsも声明を出し「政府やFCCが最高裁に上告しないのは、まさにハルマゲドンだ。このままでは競争事業者は消滅してしまう」と批判した。

■AT&T、7州で市内事業から撤退へ。政治的なジェスチャーか。

 6月23日、AT&Tは、7州(Arkansas, Louisiana, Missouri, New Hampshire, Ohio, Tennessee および Washington)では新規に消費者顧客の募集は行わないと発表した。同時に同社は、今年の売上高および営業利益の見込みもその関連と厳しい料金戦争の影響を理由に方修正した。これは政府が、長距離通信事業者とベル系地域電話会社との間の設備リース卸売料金の紛争に関与しない態度をとったことに対する反発であり、AT&Tの株価は値下がりした。

 AT&Tの広報担当によれば、「新規に消費者顧客の募集は行わない」というのはこれらの市場から撤退するのと同義だとしているが、同社はこれら諸州で事業所顧客については依然競争、獲得する方針という。

  AT&Tは7州の選択の基準は採算面だとしているが、ベル系地域電話会社等の地域電話会社の団体である全米電気通信事業者協会(USTA)の理事長は政治的な選択だとしている。すなわち、Missouri, Ohio および Tennesseeは11月の大統領選挙で接戦が予想されている州であり、ブッシュ大統領にプレッシャーをかける狙いがあると見ている。同理事長は、また、「AT&Tがストップするのは不採算の消費者顧客だけで、ビジネス顧客からは撤退しない。一種のトリックだ」としている。

 ベル系地域電話会社側は、「すでに市内での競争事業者はしっかりした足場を築き上げており、また、市内事業も携帯電話事業者やケーブル事業者からの激しい競争にさらされている以上、長距離通信事業者が言うように値上げに直結するようなことはありえない」としている。

 AT&Tの撤退発表の前日には、フロリダ州タンパの小規模競争事業者であるZ-Telecommuncations社が8州でAT&T同様、市内通信事業から撤退すると発表している。同社は571,000の顧客を持っているが、ベル系地域電話会社が事業者間料金を値上げしそうな状況のもとでは事業の採算が取れないことをその理由としている。

■今後の見通し

 以上見てきたようにUNE規則、とくに事業者間料金の問題が大きく波紋を広げ、様々な混乱が生じているが、今後はどうなっていくのだろうか。

 ニューヨーク・タイムズ(2004/6/24)は、「相互接続料金の上限を撤廃することがもたらす結果については事業者も顧客もまだ定かではない。多くのアナリストたちも、ベル系地域電話会社は少なくも11月の大統領選挙までは値上げはしないのではないかと見ている。一部の州当局は既にベル系地域電話会社の(事業者間料金の)値上げをブロックする命令を出している。FCCも現行の料金体系の一部を温存するような規則の策定を始めている」と報じている。

 大方の見方は、FCCがとりあえず「現状維持」の仮の措置を講じ、現在あるUNE顧客の回線については現行の事業者間料金を据え置き、平行して裁判所が違法と指摘した点を修正した第四の新規則の制定を急ぐというシナリオである。

 事業者間で自主交渉し、MCI/Qwestの合意に準じた協定が次第に結ばれていくとする見方もある。しかし、市内顧客を奪われ売上高が伸び悩み、むしろ弱含みの固定網の既存地域事業者は、おいそれとは妥協できない事情がある。今回のFCCの呼びかけでも、まさに大山鳴動/鼠一匹の有様であった。

■業界の垣根を越えた競争の潮流

 米国の通信業界はかってない競争が吹き荒れている。長距離通信事業者等が既存地域事業者の縄張りである市内通信市場に「リセール」や「UNE」を武器に相当進出したが、逆に市内網を開放したのでベル系地域電話会社は全米で長距離通信事業に進出が認められ、長距離通信顧客を長距離通信事業者から奪いつつある。

 こうした伝統的な固定網の通信事業者同士の競争に加え、携帯電話事業者、さらにはケーブル事業者も参入している。インターネット接続をも包含したワンストップ・ショッピングが顧客獲得、囲い込みのポイントになりつつあり、これまでの業界の垣根を越えた、入乱れての競争の時代になりつつある。

 ごく最近の例でも、次のようなニースが報じられている。

  1. SBC、光ファイバに60億ドルを投じてケーブル会社に挑戦--ハイビジョン伝送と高速インターネット接続に意欲― (ワシントン・ポスト:2004/6/23)
    • ベル系地域電話会社のSBCは熾烈化するケーブル会社との競争に対処するため60億ドルを投じて光ファイバを敷設し、ハイビジョンや高速インターネットの顧客の獲得を狙う。
  1. Time Warner、携帯電話サービスにも意欲 (ロイター:2004/6/23)
    • Time Warner Cable は携帯電話会社1-2社と提携して携帯電話サービスの提供を検討している。CATVサービスとインターネッのパッケージに加えて提供しているこれまでの電話サービスを補完するものである。

 要するに、こうした潮流のなかでは、単なる固定網のベル系地域電話会社と長距離通信会社の間の利害調停だけでは問題の解決が難しくなっているのである。市内通信市場での競争の転機というよりも、より広い次元からの通信政策の抜本的な見直しがもとめられているのではあるまいか。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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