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2000年12月掲載

消費者むけ長距離通信サービスはお荷物扱いか

 わが国では「マイライン登録」が引き金になり、長距離通信市場だけではなく市内電話市場でも事業者間の激烈な料金戦争がはじまっているが、競争先進国の米国では「消費者むけ長距離通信サービス」が厄介者扱いされ、問題化しつつある。MCIが第2の長距離通信事業者として登場した1970年代以来、一貫して激烈な顧客争奪合戦が続き、利用者に無断で事前登録済みの長距離通信を扱う事業者が替えられてしまう「スラミング」(slamming)まで多発してきた米国で、一体何が起こりつつあるのか。

■スプリントが休戦提唱

 米国の長距離通信市場での料金戦争は、そもそもMCI(1997年にワールドコムが買収)とスプリントがAT&Tから住宅顧客を奪い取ろうとしたため始まった。

 ところが2000年11月初め、米国第三位の長距離通信事業者であるスプリントが、実質的に休戦を求めた。スプリントは「新規に長距離通信顧客を獲得する戦いは今後はしない」と表明し、来年の長距離通信収入を10%減と予測した。

 同社は、自己の長距離通信顧客に対し、他社の市内サービスをリセールの形で組み合わせる不採算な事業は中止し、自己の設備を利用した市内/長距離/広帯域の「組み合わせ一貫サービス」だけに重点を絞っていくとしている。しかしスプリントの自前のIONネットワークは現在まだ建設中であり、ラーストマイルでは他社の設備に依存せざるをえない。今後3年経ってもIONは全米の家庭の半分にも満たない。

■AT&Tの四分割案でも消費者部門を軽視

 10月末に発表されたAT&Tの四分割構想は、直前まで行われていた英国のBTとのビジネス顧客部門の統合構想が流産したのち、いわば急遽打ち出されたものである。この交渉の過程でAT&Tは消費者むけ長距離通信事業の他社への売却まで検討したと言われている。

 この分割構想は、2002年までに、

  1. 大手企業むけ通信およびネットワークの会社である「AT&Tビジネス」(AT&T Business)
  2. 消費者通信およびマーケティング会社となる「AT&T消費者」(AT&T Consumer)
  3. 携帯電話中心の「AT&Tワイヤレス」(AT&T Wireless)
  4. CATV中心の「AT&T広帯域」(AT&T Broadband)
の四社に分割再編成するというものである。

 新AT&Tの中核となるのは「AT&Tビジネス」であり、企業通信とネットワーキングを担当し、「AT&T Labs」(研究所)も持つ。コンサート(BTとの国際通信合弁会社)の50%をも引継ぐ。この会社はAT&Tというブランドの法的な所有者となり、他社にライセンス供与を行うこととなる。また、「AT&T消費者」の親会社となり、「AT&T消費者」の業績反映株式の発行者ともなる。この計画の完了時点では、「AT&Tワイヤレス」と「AT&T広帯域」は、独立した、資産に基礎を置く普通株式によることとなるが、「AT&T消費者」は「AT&Tビジネス」が発行する業績反映株式に依拠することとなる。

 AT&Tのプレスレリーズによれば、『「AT&T消費者」は分離された企業として新たな成長機会を追及し、業績反映株式により調達したキャッシュフローをこれらのビジネスの拡大に用い、新たな挑戦に向けることが可能となる。AT&T全体としてよりも、独立することで施策に独自の優先順位を選択できるようになり、資金の投資の絞込みなどの面でもこれらの活動が強化されよう。たとえば、そのキャツシュフローの一部をDSLのような新しいテクノロジーへの投資にあて、「市内から長距離通信までのあらゆる距離」に対応できる広帯域やインターネット・サービスを提供できるようになる。』とされている。

 たしかに「AT&T消費者」となる部門は、過去12か月に190億ドルの売上高をあげEBITDAベースの利益は80億ドルに達している。しかしながら、音声長距離通信の売上高は業界全体が予測を上回る速さで引続き逓減しつつある。ベル系地域電話会社が規制当局から長距離通信市場への進出を認められはじめ、長距離通信事業者のシェアを予想以上に早く食い荒らしはじめている。さらにトラヒックの携帯電話への移行やインターネット電話の登場もある。

 こうした事情からフィナンシャル・タイムズは、「消費者長距離通信トラッキング・ストックは利益を生むものではなく、先細りの蓄財手段に成り下がるかもしれない。」としたうえ、さらに、「1996年電気通信法から五年ちかく経過したが、同法は長距離通信事業に対する死刑宣告とも見ることができ、AT&Tはまだスタートラインを離れられない状態といえよう。」とまで極言している。

■ワールドコムも低成長の消費者むけ長距離通信事業を分離

 ワールドコムも11月初めに、その持つ顧客の明確な特性に応じて事業を再編成すると発表した。

 ワールドコムはその社名はそのままとしつつも、二つの別々に取引されるトラッキング・ストック(部門収益連動株式)を創設する。すなわち、

  1. WorldCom(NASDAQ:WCOM)という名称で、中核事業である高成長のデータ、インターネット、ホスティング、国際事業および企業むけ長距離通信の業績を反映する株式
  2. MCI(NASDAQ:MCIT)という名称で、キャッシュフローの多い消費者、小企業、および卸売の長距離音声およびダイアルアップ方式のインターネット・アクセス事業の業績を反映する株式。(MCIのトラッキング・ストックの100%を株主に無税で2001年前半までに配付。現金による配当。)

 企業むけの長距離通信事業は新WorldComに引継ぎ、成長の停滞した消費者むけ長距離通信事業は新MCIに分離される。

 同社も、「こうした組織再編成により、各事業部門が明確に重点を絞ることができ、よりよいマネージメントが可能となる。また株主に対してもより大きな価値を創造できるようになるとともに、株主は二部門について、より明確な投資機会を得られるようになる。」と大義名分を掲げているが、同時に「?の部門が成長分野であり、2000年9月までの3か月で41億ドルの売上高をあげており、この期間の売上高増加分のほとんどすべてを生み出している。」としている。

■休戦とその背景

 米国の三大長距離通信事業者(AT&T、ワールドコム、スプリント)は800億ドル市場の80%を押さえているが、スプリントが打ち出した休戦に、AT&Tとワールドコムも同調し、もう沢山だとして、株価低落の最大原因である消耗戦を休戦するに至った。とにかくライバルから顧客を奪えば良いという、あらゆる手段を動員したやみくもな戦いの時代はもはや終わった。長距離通信の料金戦争、ことに消費者や小規模ビジネス顧客市場でのそれは、少なくも当面は終了したといえよう。もちろん、新たなライバル事業者とテクノロジーの変化もあり、こうした事態もそう長くは続かないかもしれない。

 今回の休戦の背景には、かって過当競争で自滅した航空業界の姿があるとみるアナリストもいる。かって世界の空を雄飛していたパン・アメリカン、トランス・ワールドといった米国の航空会社は、過酷な料金値下げ戦争/サービス戦争で財務が崩壊し、惨めな状況に陥ったが、こうした教訓に重ねてアナロジーしているのである。

 また、一時休戦の背後には、三社の戦略転換もある。株価がこの一年間で軒並み半分程度まで落ち込み、資金手当てもママ成らなくなった事情から、成長の早いビジネス顧客市場やインターネット、広帯域サービスに経営資源を絞り込むとともに、全体の足を引っ張る伸び悩みの消費者むけ長距離通信事業を処分したり分離することで、成長部門だけの業績を反映する資金調達ベヒクルを作り、成長部門への設備投資財源の確保をはかっていく手法である。

 スプリントだけは表向きは住宅むけ通信市場を放棄しないと宣言はしているものの、その戦略変更、軸足置き換えはライバル2社と同様である。

■規制当局の出方がカギ

 以上のようにAT&Tとワールドコムは最近相次いで、成長が止まり、料金値下げ競争で採算の悪化している消費者むけ長距離通信事業を「お荷物」視し、その成長部門からの切離し、さらには撤退や売却まで検討している。英国でもBTが、卸売部門と小売部門に分けるリストラ構想を打ち出したが、消費者むけとビジネスむけの区別はないものの、一部共通の流れといえよう。

 しかし、米国事業者のこうしたリストラ構想の実現には、大きな関門が待ち構えている。

 AT&Tの場合、ケーブル・テレビジョン大手TCI等の買収認可申請の過程で、司法省独禁局やFCCに対し、「CATVインフラを通じて市内電話市場に積極的に進出し、住宅顧客にも選択肢が増えるよう同市場での競争を増進する」と公約している経緯があり、ワールドコムもMCI買収の際に、「合併で増大した体力で市内市場への競争的進出への注力」を約している。AT&Tのケーブルを電話通信に活用するテクノロジーはその実用化が大幅に遅れており、疑問視する向きも多くなってきている。当局は、約束違反を追及する可能性がある。

 現に、FCC委員長はAT&Tのリストラ構想の発表をうけて既に「消費者の利益が十分に確保されるよう今後の推移に十分注意していく」との声明を出している。

特別顧問 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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