2014年5月26日掲載

2014年4月号(通巻301号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

“sponsored”データ制は有力なオルタナティブとなりうるか

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通信事業者はユーザー負担の軽微なインターネット・アクセスを提供する方法を模索し始めており、米国では「トールフリーモデル」のデータ・サービスを導入する大手通信事業者も現れた。また、「トールフリーモデル」の導入を支援するホワイト・レーベルの通信事業者向けソリューションも出てきている。しかし、市場周辺はこれらに対して動意薄である。本稿では、2013年7月号「Googleの“Free Zone”に見るトールフリーモデルの課題」の続編のような位置付けとしてデータ料金のあり方について考察する。

AT&Tが「トールフリーモデル」のデータ・サービスを導入

本誌2013年7月号「Googleの“Free Zone”に見るトールフリーモデルの課題」では、新興市場の通信事業者がGoogleとの提携を通じて無料のインターネット・アクセスを提供している状況について考察し、先進市場の通信事業者が同様の「トールフリーモデル」を導入する可能性を論じた。その後、筆者の予想が的中する形でAT&Tが2014年1月に米国で“sponsored data”を導入した(図1参照)。

【図1】AT&Tが導入した“sponsored”

【図1】AT&Tが導入した“sponsored”

(出典:AT&T)

“sponsored data”は、いわゆる「トールフリー」(通話料着信者課金制度)のデータ版で、AT&Tのモバイル・ネットワークによるデータ通信をユーザーが無料で利用できるというサービスである。ただし、2013年7月号で取り扱ったBharti Airtelが“Free Zone”を導入したケースでは、Googleが実際にユーザーに代わってBharti Airtelにデータ料金を支払っているかは不明だが、“sponsored data”ではコンテンツ・プロバイダがAT&Tに「スポンサー料」を支払っていることが明らかになっている(具体的な金額は不明)。例えば、医療保険大手のUnitedHealth Groupは“sponsored data”に参加しており、ユーザーは同社のヘルスケア・アプリを利用する際、データ料金を負担しなくて済む。

物議を醸している“sponsored data&rdquo

  この“sponsored data”は既に大きな物議を醸している。最大の懸念点は、コンテンツ・プロバイダがAT&Tにデータ料金を支払う必要があるため、サービス構造上、資金力が潤沢なコンテンツ・プロバイダは有利となる一方、スタートアップなどの資金力に乏しいコンテンツ・プロバイダは不利となるというものである。例えば、YouTubeではデータ料金なしで動画を視聴できるが、ニコニコ動画ではデータ料金が発生するという状況が起こりうる。つまり、「スポンサー料」を支払う者とそうでない者との間で大きな差が生じる可能性があると指摘されている。

このように、ネットワーク中立性を巡る議論は“sponsored data”の登場によって再燃している。しかし、米国の規制当局FCCはこれを静観する構えであり、筆者はこれが現時点で最も賢明な判断であると考えている。その理由は本稿を通じて述べていきたい。

マーケティング・ソリューションとしての“sponsored data”

ローンチと同時に“sponsored data”に参加したのは、前出のUnitedHealth Groupに加え、AqutoとKony Solutionsの3社である。

このうち、Aqutoは“sponsored data”をマーケティング・ソリューションに活用している。Aqutoは“Kickbit”というサービスを運営している。これはいわゆるポイント・プログラムのデータ版で、ユーザーが提携企業の広告を見る、アプリをダウンロードする、アンケートに回答するなどの行動をする見返りとして、無料データ通信分が付与されるというもの。同サービスは米国、英国、カナダ、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、メキシコ、ポルトガル、スペインの10カ国で利用でき、米国ではVerizon Wireless、Sprint、T-Mobile US( Mobilityが入っていないことに注意)、それ以外の国ではVodafoneと提携している。AqutoのSusie Kim Riley CEOによると、ユーザー1人あたりの月間平均取得無料データ通信分は100MB程度であるが、数か月で5GBを稼いだユーザーもいるという。

同社は “sponsored data”への参加を通じ、“Kickbit”以上に踏み込んだマーケティング・ソリューションを開発している。例えば、映画スタジオをクライアントとするマーケティング・ソリューションとしては、ユーザーが新作映画のトレーラを最後まで見たら30MBの無料データ通信分を付与する他、新作映画の本編を視聴する場合、40MB分のデータ料金を映画スタジオ側が負担するといった施策が想定できる。

Riley CEOはこのようなマーケティング・ソリューションを開発する背景として「コンテンツ・プロバイダはユーザーがWi−Fiに切り替えるのを待っている。セルラー・ネットワークでは、データ利用上限を消費してしまうため、ユーザーは動画の視聴やアプリのダウンロードに躊躇しているとコンテンツ・プロバイダは理解している」という実情があると指摘している。

ポイント・プログラムのアナロジーは新しいものではない

一見、Aqutoの考えは新しく見えるが、実際にはそうではない。

インターネットの黎明期においては無料のダイヤルアップ・サービスが多数存在しており、それらの多くは広告モデルを採用していた。また、初代iPhoneが発売された2007年から翌年にかけては広告モデルの無料MVNOサービスとしてBlykも一躍有名となった。つまり、インターネット・ビジネスと同様に通信ビジネスに広告モデルを持ち込むというのは、差別化の常套手段である。

新奇性という意味では、本誌2012年1月号でも取り上げたFreedompopの方が上だろう。同社はSkypeの共同創業者であるNiklas Zennstrom氏が立ち上げたMVNOのスタートアップで、2012年11月にSprintとClearwireのネットワークを利用したMVNOサービスを開始している。最初の500MBは無料で利用でき、それ以降は有料となる、いわゆるフリーミアムのビジネスモデルとなっている。最大の特徴は、未消化のデータ通信分をユーザー間で取引できるという点である。つまり、Freedompopのデータ通信分はコモディティとしての流動性を有している。最初の500MB分は広告収入によって賄われているものの、ユーザー間でのいわゆる「二次取引」が可能という点は新しいアプローチであると言える。

【図2】Freedompopのデータ通信分の「二次取引」

【図2】Freedompopのデータ通信分の「二次取引」

(出典:Freedompop)

Opera Softwareが提供する通信事業者向けソリューション

Opera Softwareは2014年2月21日、従来の“Opera Web Pass”を拡充する形で“Sponsored Web Pass”を導入すると発表した。

前者の“Opera Web Pass”は2012年11月8日に発表された通信事業者向けソリューションで、1時間や1日といった比較的短い時間単位のデータ料金プラン(公衆Wi−Fiサービスの料金プランに類似)やFacebookやGoogleなどの特定のコンテンツ・プロバイダーを利用するためのデータ料金プランを簡単に導入できるようにするというもの。ローンチ時にはマレーシアのDiGi Telecommunicationsが採用し、最近では2014年2月にインドのIdea CellularとVodafone Indiaが導入を決定している。例えば、Idea Cellularの場合では、日額8ルピー、週額30ルピーのデータ料金プランの他、週額7ルピーのFacebookアクセス専用データ料金プランが提供されている。ただし、この“Opera Web Pass”には制限があり、各料金プランの内容が適用されるのはOpera Miniでの利用のみとなり、その他のブラウザやアプリでの利用は対象外となる。

一方、後者の“Sponsored Web Pass”も通信事業者向けのソリューションで、“sponsored data”のように、特定のコンテンツ・プロバイダーからデータ料金を徴収し、ユーザーに対しては当該コンテンツへの無料アクセスを提供するスキームを簡単に導入できるようにするというもの(図3参照)。フル・パッケージのデータ料金プランへの加入に躊躇するようなライト・ユーザーにとっては魅力的に映ると考えられる内容である。なお、これも適用範囲はOpera Miniでの利用のみに限られる。

【図3】Opera Softwareの “Sponsored Web Pass” sponsored 【図3】Opera Softwareの “Sponsored Web Pass” sponsored

(出典:Opera Software)

“Sponsored Web Pass”の実質的なターゲットは新興市場

Opera Softwareがこれらの施策を展開する主な狙いは、通信事業者との提携関係の強化だろう。Opera Miniのモバイル端末向けブラウザ市場シェアはグローバル規模ではAppleやGoogleに大きく水をあけられている一方、アフリカなどの新興市場では逆に圧倒的な市場シェアを誇っている(図4参照)。この理由の何割かは、Opera Softwareが以前からデータ圧縮技術を前面に出して「データ料金を節約できるブラウザ」としてマーケティングしている(図5参照)ことに起因していると思われる。同社はこの特長を数百万〜数億規模のユーザー数を抱える通信事業者をマーケティング・チャネルとして訴求することで、ユーザー数の増加を図っているのだろう。

その点、上述した“Opera Web Pass”と“Sponsored Web Pass”は新興市場のユーザーのニーズに合致する。現在のデータ料金体系は従量制が主流となっており、経済的な負担が小さくない上、新興市場にはインターネットにあまり親しんでいないユーザーも少なくなく、先進市場のユーザーと比べると彼らがフル・パッケージのデータ料金プランに加入するインセンティブはかなり乏しい。アクセスが限定的であっても必要に応じて利用できる少額のデータ料金プラン、あるいは無料で利用できるスキームであれば、特に新興市場では一定のニーズを満たすことができるだろう。

Idea CellularのSashi Shankar CMOは「当社は一貫してデータ・サービスの普及率向上に努めている。多くのユーザーがフル・パッケージのデータ料金プランに加入するのではなく、特定の決まったサービスにしかアクセスしていないことは分かっている。今回のOpera Softwareとの提携により、利便性の高いデータ料金プランを新たなオプションとして提供できるようになり、このようなユーザーにリーチしやすくなる」とコメントしている。

また、Vodafone IndiaのVivek Mathur CCOは「モバイル・インターネットは急速に発展してきており、その中で当社は非常に重要な役割を担うことになるだろう。今後、モバイル・インターネット・アクセスのカスタマイズ需要は増大すると予想されることから、Opera Softwareとの提携を決めた。これにより、ユーザーは必要に応じて利用期間を柔軟に選べるため、従来よりも安価にインターネットにアクセスできるようになる」とコメントしている。

【図4】アフリカにおけるモバイル端末向けブラウザ市場シェア

【図4】アフリカにおけるモバイル端末向けブラウザ市場シェア

【図5】Mobile World Congress 2012における
Opera Softwareの展示ブース

【図5】Mobile World Congress 2012におけるOpera Softwareの展示ブース

「トールフリーモデル」が先進市場には浸透しにくい理由

筆者は2013年7月号において、“Free Zone”を始めとした「トールフリーモデル」は基本的に新興市場でのみうまく機能するスキームであると主張しており、本稿で取り上げている“sponsored data”やOpera Softwareのソリューションについてもそれが当てはまると考えている。

その理由としては、まずFacebookやGoogleなどのコンテンツ・プロバイダにとっては、手持ち資金を投じてでも新興市場のユーザーを新たに獲得することに意味がある。これまでインターネットを利用したことのないユーザーはFacebookやGoogleにとっては新たな収益源である。新興市場において安価あるいは無料のインターネット・アクセス環境を用意することは、彼らにとって実質的に投資である。裏を返せば、既に十分な規模のユーザー数が存在し、現行エコシステムの中で一定の確立したビジネスモデルがある先進市場では、彼らにとってそれを敢えてスクラップ・アンド・ビルドする程のインセンティブは生じない。

また、先進市場と新興市場とではコンテンツの質に大きな違いがある。先進市場のユーザーが利用するコンテンツは多数のコンテンツ・プロバイダのAPIやアセットがマッシュアップされて作られたものが多く、必ずしも単独のコンテンツ・プロバイダがユーザー・エクスペリエンス全体をもたらしているわけではない。一方、新興市場ではよりファンダメンタルなサービスに対する需要が大きい。FacebookのMark Zuckerberg CEOは2014年2月にバルセロナで開催されたMobile World Congressのキーノートの席上、「全ての人々がインターネット上で利用できる様々な基本サービスにアクセスできるようにしたい。ここでいう基本サービスとは、911(救急、警察、消防などの緊急通報)のようなサービスであり、メッセージング、天気予報、Wikipedia、SNSなどが該当する。究極的にはこれらの基本サービスを無料で提供したい。環境がないからインターネットにアクセスできないという勘違いが多いが、そうではなく、インターネットにアクセスするだけの経済的な余裕がある人が少ないというのが実情。現に人口の80%以上はモバイル・ネットワークが利用できる地域に住んでいる」と発言している。

さらに、いかにFacebookやGoogleとはいえ、世界の全人口に安価あるいは無料のインターネット・アクセス環境を用意するのは不可能に近い。通信事業者とコンテンツ・プロバイダとでは、収益構造と事業規模の点で大きな違いがある。例えば、NTTドコモは1社だけで年間7,000億円前後の設備投資を行い、4兆円超の売上高を計上する。一方、全世界でビジネスを展開しているGoogleの2013年の売上高は600億ドル弱(NTTドコモの約1.5倍)で、そのほとんどが広告収入である。また、NTTドコモの株式時価総額は7兆円近くあり、先進市場の通信事業者をコントロール下に置くのは容易ではない。

以上のことから、「トールフリーモデル」は先進市場には浸透しにくいと考えられる。また、インターネット普及率が飽和点に達してしまえば、現時点で「トールフリーモデル」を導入している新興市場の通信事業者がそれを維持するインセンティブは失われる。AT&Tが自ら“sponsored data”を導入しているのは、新たなビジネスモデルを手探りしているためと見るのが適切であると思われる。

まとめ

AT&Tの“sponsored data”にはまだ顕著な影響力を持つコンテンツ・プロバイダは参加しておらず、Opera Softwareのソリューションも先進市場での動きは見られない。これらは理屈の上では、ネットワーク中立性を脅かす存在であり、ひいてはイノベーションを停滞させる恐れもある。しかし、そもそも先進市場においては、これらが導入されるだけの素地やインセンティブに乏しい。その意味では、FCCが様子見の姿勢を保っているのは正しい。

「トールフリーモデル」は、今後も新興市場を中心として動静が伝わると思われるが、先進市場にとって、またインターネットの普及が一巡した後の新興市場にとって、どの程度の影響を及ぼすかをより正確に見極めることが必要になるだろう。先進市場ではまず、“sponsored data”が一定の実績を残せるかに注目が集まる。市場がどう反応するかを観察してからでも、ネットワーク中立性を含めた諸般の議論を始めるのは遅くない。

今後はInternet of Things(IoT)が当たり前になることが既に予見されており、それを考慮に入れると、データ料金は現在よりも不可視化していくと考えられる。この意味でも、「トールフリーモデル」を巡る現在の議論はやや矮小であると言える。IoTが当たり前の世界では、そもそもコネクティビティ自体が意識されなくなっていくため、データ料金をユーザーとコンテンツ・プロバイダのどちらから徴収するかという二者択一的な判断は通用しなくなる。このような判断基準自体が旧来の通信事業者的なものであり、IoTの本格的な到来は通信事業者自身が「ネットワーク・オペレータ」としてではなく「イネイブラー」としてのビジネスモデルを考えるべき時期に差し掛かっていることを示唆している。

小川 敦

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