2014年4月21日掲載

2014年3月号(通巻300号)

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コラム〜ICT雑感〜

「形態と目的」の歴史的思考
〜コリングウッドの歴史哲学がビジネスに示唆するもの

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「すべての対象は目的から解釈されねばならない・・・これは平凡きわまることだ。けれどもそれ  を一貫して実践してみようとするといくつかの面白い結果に導かれた」(R.G.コリングウッド)

コリングウッドの「問答倫理学」と「歴史哲学」

時は今から100年前の第一次世界大戦中、場所は大英帝国の首都ロンドンである。若き考古学者にして哲学者ロビン・G・コリングウッド(1889〜1943)は、勤務していた海軍省情報部への毎日の出勤途中、ビクトリアアルバートホールの向いのケンジントン・ガーデンに立つアルバート記念塔(Albert Memorial)の傍を通り過ぎるたびに、記念塔の造形があまりに醜く感じられ、目を背ける程だった。そうしたある日、実はこの記念塔の製作者の意図は、美しいものを作るということ(そうであればそれは失敗なのだが)ではなくて、何か別の意図があったのではないか、その意図からすればこの造形は成功なのではないか、とコリングウッドは思い至る。それが後の問答倫理学と歴史哲学を構想する契機となった。

コリングウッドの問答倫理学では、思想を「一対の問いと答え」と考え、不変(普遍)的問題に対する不変(普遍)的解答「真理」というものはなく、問題は常に特定の状況に結びついて生起する歴史的性格をもつもので、その特定の問題に対する特定の解答の「正否」があるのみと主張する。(例えばプラトンの国家論とホッブスの国家論はそれぞれの異なる状況下の問題に対する解答であって、両者それぞれの当時の問題への正否は問えても、真偽は問えない。)

 これを踏まえコリングウッドの歴史哲学では、歴史上の「文物・出来事」は、すべて人間の「行為」であり、ある時代の状況の下で、行為者本人が問題と認識した「問い」に対する「答え」であるとする。よって人間の行為は思想(一対の問いと答え)の表現である。また答えはまた新たな問題を生み出すから思想は前の思想を内包する入れ子構造的連関をなす。

「すべての歴史は思想の歴史である(All history is the history of thought)」

歴史家の課題::仮説検証による「思想(一対の問いと答え)」の発掘

それゆえ歴史家の課題は、「目的意識を持たず、史料を発掘し事実を繋ぎあわせ、事実に歴史を語らしめること」ではなく、史料としての文物や出来事(行為)の目的・意図を問うこと、この物体化した「答え」をもたらしたその時代の製作者・行為者の「問い」を発掘することに他ならず、また発掘された一対の「問い」と「答え」、すなわち「思想」の正否(目的・意図の成否)を解明することである。

そしてこの課題の解法は、科学的方法すなわち「仮説検証(発掘すべき「問い」をまず仮説として提示し、その仮説を史料・遺物(歴史的証拠)で検証する)」に寄らねばならない。

考古学者でもあったコリングウッドは、この歴史哲学の自らの実践例として、ローマ時代に作られ今も残る、英国中部を東西に110Km余にわたり横断するハドリアンウォール(皇帝ハドリアヌスの長城)の目的は、それまで当然のことと考えられていた防備施設ではなく、海岸近くの平地では城壁はなくなる等の「形状」の特徴から判断して、城壁の「目的」は「歩哨用の高い歩道」であるという仮説を提示し、この仮説を、途切れた城壁の延長線上の先の平地に物見塔の遺跡が発掘された事実で証明したことを挙げている。

「形態は目的に従う」〜過去を扱う歴史学の命題から、将来を扱う実学の命題へ

                   

コリングウッドの歴史哲学の命題「すべての歴史(行為)は(行為者の)思想の歴史である」は、「事物の「形状・形態」は、ある環境(時代背景)を前提に認識された、ある「問題」を解決するという「目的」に最適になるように作られる」と言い換えられると考えれば、それは「形態は目的に従う」という言葉に要約できるだろう。

この意味で、ビジネス(実業)の分野、例えばデザイン・建築分野の「形態は常に機能に従う(Form ever follows function. )」(建築家L・H・サリヴァン)や、経営学の「組織は戦略に従う(Structure follows strategy)」(経営史家A・D・チャンドラー)というそれぞれの分野で有名な命題は、このコリングウッドの命題のバリエーション、派生とも言えよう。

また逆にこのことは、歴史学におけるコリングウッドの命題は、過去よりも将来を志向する実学の世界でも有効であることを示している。

そしてこの命題の前提にある市場など「環境(消費者の嗜好や技術など)」が変化すれば、製品や戦略の「目的」や最適な「形態(制度や仕組みや構造など)」も変化する(歴史性)。最適解は時代ともに変化する(不変ではない)というこの「歴史的思考」は特に時代の変わり目において重要である。特に技術進歩の著しいICT分野ではそうである。

戦略やサービス等の開発における、方法論としての「『形態と目的』の歴史的思考」〜形態の問いを問え

既存に代わる新たな戦略や製品・サービスの開発にあたり、人は既存サービスの延長線で考えがちである(ポスト電話はTV電話ではなかったように)。また目新しい技術や、国内外の流行事例に無条件に飛びつきがちである(ウェアラブル端末のように)。そのためいくつもの錯誤と失敗が繰り返されてきた。

こうした失敗の原因の多くは、対象の表面上の形態の異同に惑わされて、形態(答え)と目的(問い)の関係の本質を理解していなかったことにある(ハドリアンウォールの例のように)。

それゆえ新サービス等の開発は、新たな「形態と目的の適合関係」の構築であると考え、既存サービス等の盛衰の歴史を、あるいは新興サービス登場の背景を、「形態と目的」や「目的と市場環境」の関係(最適化とその崩れ)の観点から、検証分析することが大事である。

(図)「形態と目的」の歴史的思考

そしてこの歴史的思考による「形態と目的の整合のずれ」(変化)とその原因の発見から、求める「形態と目的」の最適関係の本質が理解され、新たなサービスや戦略の糸口が得られるだろう(「データシェア料金プラン」のように)。逆にそれを怠ると競争者に先を越される。現在の通信キャリアの土管屋化の原因は、技術進歩だけの成せるワザではないのである(SNSのように)。

執筆者 取締役 経営研究グループ 部長 市丸 博之

(注1)ICT事業における「『形態と目的』の歴史的思考」による分析のいくつかの具体的事例は、本コラムや情総研のHRページ のコラム「ICR View」で論じてきたところであるので、ここでは改めて述べないが、最新例としては「もう一つのソーシャルグラフ「分業関係」と「コンシューマーインテリジェンスサービス」〜ポストSNSにおける通信キャリア復権への期待」 http://www.icr.co.jp/newsletter/view/2014/view201402.htmlを参照されたい。

(注2)今からちょうど110年前の1904年の夏休み、湖水地方のコニストン湖の両親のもとに帰省したロビン・コリングウッドは、そこに客として滞在していたアーサー・ランサムと、自家用ボートで帆走を楽しんだ。そのボートの名前を「ツバメ号」という。

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