2013年1月23日掲載

2013年12月号(通巻297号)

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政策関連(政府、団体、事業者、メーカー)

EUにおける周波数割り当てと市場構造のトレンド

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前回(2013年10月号,通巻295号)では米国の600MHz帯オークションを巡って、大手による低帯域周波数の獲得に上限制約を加えるべきかの議論が行われていることを紹介した(全文は日経BP社 ITpro「情総研レポートに掲載」)。その中で、上限制約が市場競争にとってプラスかマイナスかという問題を巡って鋭い意見対立があることも指摘した。今回は上限制約が標準的に行われた欧州の周波数割り当てについて考える。

以下ではまず、EU加盟国におけるモバイル周波数割り当ての歴史を概観し、その中で周波数上限枠(スペクトラムキャップ)がどのような形で盛り込まれてきたかを見る。次いで各国の4Gオークションで具体的にどのような周波数上限枠が設けられていたかを確認する。次に、そのポリシーの背後にどのようなモバイル競争に対する理解があったかを考え、米国のアプローチと対比する。また、オークション収益がスペクトラムキャップによって縮小したかどうかについて、そのような証拠はないとする欧州側の見方を紹介する。

各世代の周波数配分と割り当てルールの経緯

欧州の周波数割り当ては、免許数と事業者数が固定的に関係づけられていたモバイル初期の状態から出発したが、その後オークションなどの競争的選抜プロセスが導入されることにより、1事業者が獲得する獲得周波数や帯域に選択肢が可能となり、同時に割り当てられる周波数の幅や帯域は柔軟化していった。事業者の獲得できる周波数の上限枠は、2000〜2001年の3Gオークションにおいても、最近の4G(アナログ跡地/デジタル配当の800MHz帯含む)オークションにおいても設けられてきている。

世界中のモバイル業界はでそうであったように、欧州も当初は複占でスタートし、その後追加配分で各国で1〜2社参入を果たした。当時は事業者数が特定されており、周波数の割り当て方式は比較審査、割り当てられた周波数はGSM向けとして限定されていた。このため1社当たり周波数は制約され、合併の際は一部を返上することが常であった。

続く第3世代方式の周波数割り当ては2000〜2001年、オークションもしくは比較審査を通じて行われた。この時、新規参入が歓迎されたものの、事業者数や周波数用途は引き続き特定されるか、もしくは制約されていた。新規参入向けには専用の枠を設け、指定した帯域へ入札できるような仕組みが採用されたものの、多くの国で1社1免許とする選抜方式をとった。ドイツなど一部の先進的な国では、最低4事業者(既存含む)の参入を保証するような設計で、6ブロックを放出するオークションが実施された。ドイツのこの場合、免許獲得事業者数は最大6社であり、実際にも6社に免許が付与されることになった。このオークションで採用されていたのが獲得周波数に上限を設けるスペクトラムキャップである。

3G周波数割り当てに続く4G(LTE)周波数の割り当ては、2010年から本格化した。モバイルブロードバンド向け周波数として、いわゆる「アナログ跡地」もしくは「デジタル配当(digital dividends)」と呼ばれる、800MHz帯を含む複数の周波数帯域が対象となる。800MHz帯のほかには、過去付与されたが期限を迎えた免許、すなわち2G帯域の900MHz、1800MHz、3G帯域の2.1GHzのほか、新たに割り当てられる4G帯域の2.6GHzが同時期に放出された。これらの複数帯域を一斉にオークションにかけ、事業者側が望む帯域を組み合わせて入札できる方式にした国もある。組み合わせ入札では、1社の獲得する免許の種類をオークションごとに当局が事前に定めることがなく、事業者が獲得する周波数がオークションを通じてフレキシブルに決まる。

ブロードバンド周波数配分は2015年までに1200MHzを確保することがEU目標とされており、これに歩調を合わせた4G周波数割り当ても従来になく大規模となっている。政府あるいは規制当局は、今後のブロードバンド市場の競争を決めるこの重要な局面において、事業者の獲得可能な周波数に上限枠を設けるか否か、そして適用対象の事業者を指定するかどうかについて決断を迫られることになった。今では4Gオークションで入札上限枠(スペクトラムキャップ)はスタンダードに採用されるようになっている。

上限枠には、特定帯域にかかるものや保有周波数全体にかかるものなどの種類がある。大半の加盟国当局が、低帯域が非対称に集中しないためのメカニズムを導入している。また、低帯域はルーラル地域のブロードバンド提供を実現するために、カバレッジ義務が付随することも多い。多くの場合、既存保有に900MHzが入っている事業者は大幅な買い足しはできないようになっている。また一部の国では、全モバイル事業者に低帯域が割り当てられるように努めるなどしてきている。4G周波数割り当てについての各国が採用したルールについては【表】を参照。

競争維持と存在感ある中小プレーヤー

ごく単純化すれば、市場の企業数が多いほど、競争が盛んであり、したがって価格が低下する。競争が盛んなほど、ライバルに差をつけようとして投資について積極的になる。だから、モバイル市場でも事業者数は多いほど競争が盛んで経済全体にとっても好ましい──そのように考えてよいのだろうか。大手と中小の規模が大きく異なる場合はどうなのだろうか。やはり事業者は多いほどよいと言えるのか?多すぎるということが起きないのか?このような問いに対しては、もちろん一般論としての回答はない。周波数入札へ上限を設けるべきか否か、適正な企業数は何社か、などという論争に対しても、そもそも答はない。以下では、そのような問い対して、欧州各国当局がどのような行動で応えようとしてきたか、実際に取られたアプローチを観察することによって考える。

欧州ではモバイル市場がGSMサービスの開始当初から急速に普及した。以来、モバイル産業は投資雇用成長の源として、機器は輸出産業として経済に大きく貢献し、EU経済の重要なエンジンとなっている。しかし周波数制約からなる参入障壁、技術上の特性に起因する規模の経済という要素から、モバイル市場には集中傾向が現れるだろうことは当初から予測されていた。EU規制枠組みではモバイルの卸売市場の支配力に焦点を絞り、モバイル特有の市場構造と企業の行動パターンを踏まえ、複数事業者による共同的な支配力行使の懸念がないかを注視してきた。

(表)欧州主要国で採用された周波数上限枠の例
(4G周波数割り当てにおけるルール)

(表)欧州主要国で採用された周波数上限枠の例(4G周波数割り当てにおけるルール)

*周波数再編の過程などで競争入札を経ずに割り当てられたものは除く。
(出所:各国当局公開情報から作成)

現在、EU各国の標準的モバイル事業者数は3〜4社である。2000〜2001年の3Gオークション当時は新規参入枠を設けたため、一部の国では5〜6社が存在した時期もある。しかしその後、新規参入企業の多くが存続できずに退出した。現時点ではEU当局は競争が確保されるためには1カ国に最低3社が必要と見ているといえる。企業合併により1国の事業者数が4社から3社へ減少するようなケースは黄信号点滅に相当し、その適否判断には各国あるいはEU当局は細心の注意を払う。

すなわちEUでは、3Gライセンシングで新規参入を促進したものの、事業者数が現在までほぼ1国3〜4社に減少した。しかし、合併案件では既存の事業者数をできる限り維持するか、そうでない場合は競争ポジションの悪化が期待される中小事業者の生存に手を尽くす、といった傾向が見られる。そのような中小事業者の存在が、市場競争の維持にとっていかにインパクトがあるかを印象付ける以下の例がある。最初の2例は、3G事業で新規参入した企業で、これら事業者が不在であったら市場の停滞もあり得たといえるものである。次の1例は企業合併申請に臨み、革新的事業者が消滅することを懸念した当局の決定についてである。

英国
 2000年3Gオークションでは、英国は第5の事業者参入を目的としていた。この参入者枠としてリザーブされた周波数を獲得したのが、H3Gである。H3Gは過激(disruptive)かつ革新的な事業者として市場にインパクトを与え続け、当局から常に一目置かれる存在だった。

H3Gは欧州で最も迅速に3Gのカバレッジを達成した(2003年末において英国人口70%)。その後さまざまな新サービスを打ち出すパイオニアとして活躍する。例:当初からビデオフォン、ビデオダウンロードを開始した。2003年からは音楽配信を開始し、”3 Music Store”は当時iTunesに次ぐ音楽ダウンロード大手となる。2005年にはSeeMeTVという現在のYouTubeの前身ともいえるビデオサービスを開始し社会現象を引き起こした。2006年にはSkypeと提携した国際通話を提供し、2009年にはSkypeどうしの無制限通話を可能にする。料金プランにおけるイノベーションも積極的で、2010年からは無制限データプランの提供を開始し、常に他事業者よりも差をつけて低料金を提供していた。携帯端末をWi−FiスポットにするMi−Fiも英国で最初に導入した。

H3Gはまたロビー活動において特異な存在だった。例えば、モバイル着信料規制に関しては、他の既存事業者のように引け下げへ抵抗するのではなく、当局の方針を熱心に支持する立場をとった。さらにデータローミングの値下げを目指す欧州委員会へは積極的に協力したのである。

こうしたH3Gの革新性は、英国のモバイル市場の競争水準を大いに高め、新技術、新サービスの普及や顧客満足の向上に少なからぬ貢献をしたと理解されている。このH3Gという事業者は、他の既存事業者4社と比較すると、周波数保有においては圧倒的に不利な立場にあった。この小規模な事業者が既存事業者に対抗できたことは奇跡なのだろうか。むしろ、そのような不利な立場にあったからこそ、他社との差別化のために思い切った異端的な行動に訴える必要があったと考えるべきだろう。それが市場に成果をもたらし、当局からの評価を維持し続けてきたのである。

2013年の800MHz帯を含む4Gオークション時、英国市場では合併によって5社から4社に企業数が減少していた。当局にはH3Gを守りたいという明確な目標があった。オフコムはコンサルテーション以下のような考えを明確に示していた。現行の4社よりも事業者が減ったら消費者に不利益が生じることになりそうである。オークション後、十分な周波数が行き渡らないことにより最終的に競争から脱落する小事業者が現れないか(3社に減ってしまうことにならないか)が懸念される。H3Gもしくは新規事業者が最低限必要な幅の周波数を獲得しない場合にはそうした事態が現実になる。介入がなければ、その危険性は濃厚である。このように議論を進め、最後は必要な「最低限の」周波数までわざわざはじき出して入札における入札下限とし、第4の事業者(上位3社以外の事業者で、H3Gおよび他の新規事業者を指す)向けの周波数枠を設けた。

フランス
 フランスの3G免許は2000年にフランステレコムとSFRが比較審査で付与されたのち、2002年にブイグに追加付与された。欧州でも大国のフランスだが事業者数は3社に留まるという市場が長く続いた。当初から3社では競争が十分でないと批判を受けており、英独に比較すると確かに低調だった。しかし2009年、初めて第4のモバイル事業者のフリーが3G免許を受けて参入してから、フランス市場は激変した。フリーはトリプルプレーをフランスで最初に、しかも月30ユーロという低価格で提供した事業者であり、いわば「札付き」であった。

フリーが本格的にサービス開始をしたのは2012年からである。それまでの間、既存事業者はフリーの安値攻勢に準備万端整えていた。2011年末には各事業者ともサブブランドでSIMオンリーのシンプルなプランをオンラインで提供していたのである。ところが、フリーが実際に打ち出してきたサービスは、20ユーロ/月で国内外への無制限通話、無制限SMS、3GBのネットアクセスといったものだった。これは想像もしていなかった安値で、既存事業者が値下げしようにも追いつけなかった。フリーはさらに、トリプルプレー顧客のWi−Fiノードを使い、顧客の携帯端末を自動的にローミングさせるという手法も開始した。フランス市場の既存事業者にとっては深刻な価格破壊が進行した。フリーの加入者は2012年1年間(Q1/2012〜Q1/2013)で260万から600万へ増え、市場シェアは開始後わずか1年で10%に達した。他方、この期間に全モバイル事業者の料金水準は16%低下、既存事業者は収益、シェアとも激減したのである。既存事業者が提供するローコストオファーは30〜40%引き下げを余儀なくされた。フリー参入は、既存事業者によるコスト削減と経営見直しばかりでなく、LTE網建設の加速をもたらした。既存事業者はフリーに対抗するために、高品質のデータサービスを前面に出すしかなくなったためである。フリーの参入は競争低調なフランスの市場を文字どおり一変させたのである。

   英国、フランスいずれの例も、既存大手への効果的な圧力として、小規模事業者が規制当局から重視されてきたことを物語っている。これら事業者は、動きの遅い大手を刺激し、各事業者のもつ技術、経営上のポテンシャルを引き出すことのできる貴重な存在となっていた。

オーストリア
 2005年にあったオーストリアでの合併案件は、小事業者の退出による競争の低下が懸念された例である。市場2位のT−モバイルが3位のテレリングを吸収する合併を申請したもので、合併前の同国市場は5社体制である。合併後の企業は市場シェア30〜40%程度で、第1位のモビルコムのシェア35〜45%に迫る同規模の事業者となることがわかっていた。審査当局の欧州委員会は市場の競争状態のデータを検討した結果、テレリングが大手2社への強い競争圧力を与え続け、市場価格を抑制してきた事実を認識、この事業者に競争圧力としての価値を見出した。欧州委員会は「この異端プレーヤー(maverick)が消滅すると同時に、ほぼ同規模の大手事業者2社が存在するという市場構造になるとすれば、合併後は料金動向に明らかな変化が現れるだろう。短期的に料金上昇が生じなくとも、テレリング退出による競争圧力の低下によって今後は以前のように顕著な料金低下は望めなくなる」と明言したのである。欧州委員会はこの合併する2社がそれぞれ、OneとH3Gへ周波数1ブロックを売却することを約束させる。合併後はOneとH3Gの2社が20〜40%のシェアとなった。H3Gは当時市場シェアが5%以下の最少事業者であった。ちなみにこのH3Gは2012年にオレンジ(市場3位)を買収したため、現在のオーストリア市場は3社体制となっている。

このように大手のライバルとして、激しい競争を挑んでいる中小事業者は異端プレーヤー(maverick)と呼ばれている。米国司法省自身、AT&TとT−モバイル合併申請の審査において、T−モバイルを”aggressive competitor”あるいは“challenger brand”と呼んでいた。同社に対するこの呼び名は欧州でのmaverickと同義であるといえるが、AT&TによるT−モバイルの吸収による競争圧力の消滅を司法省は恐れていた。T−モバイルの価格圧力とイノベーション圧力が米国の市場に影響を与え続けていた点は事実として受け止められている。こうした異端プレーヤーは、競争を刺激し続けるからこそ大手にとっては邪魔な存在である。周波数オークションという機会にプレミアムを支払ってでも、この企業を排除することは大手にとって合理的行動となる。欧米を問わず周波数上限枠や、中小/新規参入者向けの周波数枠を検討する当局の考え方の背後には、こうした存在感のある競争事業者が失われることで起きるオークション後の競争停滞という懸念がある。

◇◆◇

以上は当局側の観点を述べてきた。しかし、業界はこれまでの周波数割り当てについてどう考えているだろうか。米国の論争でそうであったように、大手の入札を制約するといった中小保護の考え方に対しては、大手は反対し、中小は賛成するという当たり前の対立がある。しかし、多くのプレーヤーに価格競争を強いる結果となった欧州のモバイル政策は、大小事業者の両方にとって過酷な市場を生んでしまったことにならないのか。規制当局側が成果と感じている市場の実態は、業界側にはどのように映っているのだろうか。次回は、声高になる業界からの要望と、EU当局が提案する規制見直しについて考える。

八田 恵子

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