2013年10月31日掲載

2013年9月号(通巻294号)

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巻頭”論”

国際会計基準(IFRS)への対応と情報通信産業への示唆

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金融庁に設置されている企業会計審議会は、6月19日、「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を取りまとめ公表しました。これは“単一で高品質な国際基準を策定する”という2008年のワシントンサミットの首脳宣言で示された目標に向けて日本がどのように関わっていくのか、そして、これからの数年間が日本にとって重要な期間となるので、IFRS任意適用の積み上げを図ろうとするものです。当面の方針として「任意適用要件の緩和」「IFRSの適用方法」「単体開示の簡素化」の3点が整理されています。

また、6月13日には、自民党政調会の金融調査会・企業会計に関する小委員会は「国際会計基準の対応についての提言」を公表しています。この中で会計基準が経済の重要なインフラの一つであり、その整備は経済再生の必須条件であるとの基本認識が示されています。政府は今後3年間を「集中投資促進期間」とし日本国内への投資促進を図り、そのために税制はじめ規制改革・制度整備などの施策を総動員する方針であることが明らかになっています。この一環で、国際会計基準(IFRS)への対応も政府・与党において政策的な取り組みの一つとなっています。

日本のIFRS任意適用企業数は、2013年5月末現在で適用公表企業を含め20社に過ぎませんが、前述の自民党小委員会の提言では、2016年末までに300社程度が適用する状態となるよう明確な中期目標を立て、対策を検討し環境整備すべきであるとしています。日本は現在、IFRS財団モニタリングボードの枢要なメンバーとなっており、人的・資金的な貢献を果たしてきています。今年3月に公表されたプレスリリースでは、モニタリングボードのメンバー要件として、単一で高品質な国際会計基準を策定する目標にコミットしていることと、実際にIFRSが顕著に適用される状態になっていることを求めています。つまり、IFRSという会計基準を作り上げるための貢献だけでは、民間セクターとはいえ国際的な会計基準策定団体での発信力・影響力は十分に得られず、やはり当該国での実際の適用企業数の実績が物を言うということなのです。こうした場合、IFRSをEU市場統合の道筋の一つととらえるEU各国では強制適用の障害は小さく既に移行済みとなっているものの、他方、歴史的にそれぞれの国内経済事情から独自の会計基準を理論的にも適用数的にも発展させてきた日本や米国では、単純に強制適用することは難しく、IFRSを許容する、即ち、任意適用を進めているのが実状です。世界中で任意適用(許容)方針を採用している主要国は日本、米国、インドぐらいの少数派なのがこのことを裏付けています。

日本国内の事情もかなり複雑で一様ではありません。IFRS適用企業数はまだ20社と少数であり、業種的にも企業規模的にも必ずしも大きな広がりを持つ状況となっていません。もちろんIFRS採用に踏み切る個別企業には、それぞれの判断があることは当然ですが、全体としてはやはり国際的な事業活動、特にM&Aを手掛けている(その計画を有している)企業というのに特徴があるようです。それは、会計基準上の大きな違いのひとつに、日本基準ではM&A実施後にいわゆる“のれん”(会計上の純資産価値を越える価額)を一定期間内に毎年償却することを義務付けていることがあります。通常、M&Aを実施する場合、理由は区々ですがプレミアム価額を上乗せして合意することが多いのですが、それを毎年償却することが企業業績に多大のインパクトを与えてしまうからです。

IFRSでは、毎年の償却は必要なく特定のトリガ―イベントが発生した場合に減損チェックを行って判断し、価値下落が認められた場合、減損処理を行うことになります(この取り扱いは、米国会計基準も同じです)。積極的なM&A戦略を展開している企業、例えば、日本たばこ産業(2012年3月期)やソフトバンク(2014年3月期)などはIFRS採用の代表例と言えるでしょう。日本たばこ産業の場合はギャラハー買収等によるのれん償却費が数百億円規模に達していたのが計上されなくなり、IFRS移行時に営業利益に2割以上の増加影響がみられました。また、ソフトバンクのケースでは、のれん償却がなくなる影響のほか、IFRS適用の効果として同時にウィルコムやガンホーの企業価値の再測定が図られた結果、IFRS採用の営業利益への影響は相当大きなもの(単純推計では4割位か)になると思われます。このようなIFRS採用の動きは、日本基準からの移行には動機が存在しますが、一方で米国基準とは差が少ない故に、現在、日本で米国基準を採用している会社(32社、日本を代表する大企業が多い)にとっては、積極的な移行動機が見受けられないのが実態です。海外投資家や各種提携時の会社評価の際も、従来から米国会計基準の優位性が認められてきていますので、改めてIFRSへの移行には何か追加的な後押しが求められるところです。

最後にIFRSへの適用・移行を政策的に進めるにあたって、規制産業である情報通信産業における課題を取り上げてみます。M&A後の減損判定や企業価値再測定のことは前述のとおりですが、それ以外に規制に関係する会計基準として固定資産の減損判定の問題が存在します。日本基準では決められた(通常は税法上の法定された)耐用年数で減価償却を継続すれば問題はないのですが、IFRS(米国基準も同様)では、固定資産から生み出される事業収入(キャッシュフロー)で回収できない恐れが生ずると当該固定資産の減損判定とその処理が義務付けられています。事業にはさまざまな分野と分類があり得ますが、情報通信サービスの場合は複数のサービスを組み合わせ・相乗りすることで、個々の事業を分離することなく固定資産の有効活用を図ってキャッシュフローの回収を進めるのが国際的な会計基準からの要請となっています。ところが、日本ではNTTに関しては、固定通信と移動体通体をはじめ、地域通信と長距離通信といった事業分離方策が競争政策上進められてきました。NTTドコモの分離以降、既に20年以上が経過していますが、問題はこの間に、移動体通信との競合の結果、固定通信事業の収支が悪化して楽観視できない事態が予想される状況となっていることです。インフラ産業である情報通信産業の固定資産の減損となると、免許や約款・料金の認可等の規制産業であるだけに、各方面のステークホルダーへの影響は大きく、産業政策上の考慮が必要となります。

結局、多くの先進各国でインカンバンドな通信事業者に一般的に見受けられるとおり、固定と移動体、地域と長距離の融合を自由化し、サービスと設備の共用・統合を図ることで、現実的に解決を目指すことが道筋でしょう。IFRSにむけて、単一で高品質な国際会計基準が策定され適用されていく流れに沿った産業政策が求められます。これは、海外からの日本への投資促進のため規制改革や制度整備などの施策を総動員するというアベノミクスの大方針に則ったことでもあると考えます。

株式会社情報通信総合研究所
相談役 平田 正之

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