2013年8月27日掲載

2013年7月号(通巻292号)

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InfoComモバイル通信T&S

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コラム〜ICT雑感〜

マルチアクセス時代のFMC戦略〜プロダクトミックスの視点と統合アクセス料金戦略

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「水陸両用戦にはこれまで別々の場所での戦闘を想定してきた陸海空の各自衛隊が一つの空間で連携する統合能力が不可欠だ」
(記事「離島防衛、自立急ぐ」より 朝日新聞2013年6月19日)

欧米キャリアのデータFMC戦略の動向

スマートフォン(スマホ)の登場によりモバイルインターネットの利用が可能になったことから、固定・移動のアクセス通信市場が統合され、従来別々だった固定・移動通信各事業は、「アクセスという一つの事業の中の2つのサービス」として位置づけられることとなった(「マルチアクセス」)。マルチアクセス時代での中心はデータ通信であるが、最近の欧米キャリアの従量制料金プラン導入の動きは、急増した移動データ通信量の抑制策というより、 「プロダクトミックスの視点」に立った、能動的な移動・固定通信間のトラフィックルーティングにより「設備効率と収益の両方からアクセス事業全体の限界利益を最大化」を図る「統合アクセス料金戦略」の一環としてとらえるべきと考えられる。

「一つの事業の2つのサービス」としてのFMC戦略〜プロダクトミックスの視点

FMC(Fixed Mobile Convergence)とは読んで字のごとく、固定通信と移動通信の「融合」した通信アクセスサービスを言う。しかし音声通話の場合とは異なり、データ通信の場合は2つのサービスの用途の間は重なり合いつつも差異があり、その各特性により利用者が使い分けるため、データFMCは、固定・移動通信のサービスの融合というより混合(mix)提供の意味合いが強い。

固定・移動通信の両者の間に、通信速度・容量・安定性など通信「性能」自体に差がない場合は、両者の差は、通信時の端末の「移動性」という「機能格差」と、「経済性(費用対効用)格差」に集約される。   

現実には縮まりつつあるとは言え、移動通信を凌ぐ固定通信の「性能差」が存在し、経済性の面でも移動通信は、端末の移動中の通信を可能にする基地局間ハンドオーバーのコストゆえ、また固定ブロードバンド(BB)の場合は「一契約で複数端末の同時利用が可能」なのに対し、移動通信では「一契約一端末」である点でも利用コストは固定に比べ高くなる。

結果、一般には移動通信市場の拡大の勢いに目を奪われ、固定通信の将来を危惧する声が強いが、現在のところ性能格差や経済性格差から、移動通信と固定通信の需要には一定規模の棲み分けが存在しているといえる。また事業の競争上も、両者のシナジー効果が存在する(注1)。

それゆえデータ通信におけるFMC戦略は、アクセス通信市場において固定通信と移動通信というそれぞれ特徴をもった2つのサービスを、どう構成して全体利益を最大化するか、というプロダクトミックス(商品構成)戦略(注2)の性格を有すると考えられる。

固定設備NWサービス事業におけるプロダクトミックス戦略〜「統合アクセス料金戦略」による「トラフィックルーティング」と限界利益の最大化

電気通信事業は言うまでもなく、巨大な固定設備NWサービス事業である。従って固定・移動事業を兼営する電気通信事業者のプロダクトミックス戦略としての「FMC戦略」のは、「消費者の固定・移動通信サービスの需要と各設備の供給能力をバランスよくマッチングさせて、事業設備全体の利用率(稼働率)を向上させ、限界利益を最大化すること」である。

具体的にはWi−Fi等を固定通信と移動通信を繋ぐパイプ(「トラフィックブリッジ」)として使いながら、固定と移動の間の料金水準差や従量・定額といった料金形態差を通じて(「統合料金戦略」)、固定通信・移動通信各設備の供給容量とのバランスとるように需要配分をコントロール(トラフィックルーティング)し、収益のみならず設備効率向上を通じて両アクセス事業全体の利益の最大化を図るのである(図1参照)。

図1. プロダクトミックスとしてのMFC戦略概念

マーケティング戦略としての音声FMC(マルチアクセス以前:2005〜2008年)

携帯電話の伸長による固定電話の廃止への危機感(2002年世界の携帯電話加入数は固定電話回線数を超えた)から2005年から2008年にかけ欧米で固定通信側から「固定・移動通信両用端末(ワンフォン)」と「固定・移動バンドル割引料金」という音声FMCサービスが試みられた。しかしこれらの目的は、通信量分散を通じた移動・固定アクセス通信設備利用の平準化といったプロダクトミックスを念頭においたものではなくて(ちなみに通話の換算データ速度は62Kbitにすぎない)、移動通信に比べ安い固定通信の通話料金水準格差を利用した、固定利用者のつなぎ止めを含めた意味での移動通信収益の固定通信側への取り込みや、固定や移動の専業通信事業者への対抗策(同様に固定通信内のトリプルプレイは、CATV業者への対抗戦略)というマーケティング戦略の色彩が強かった。

結果として音声FMCは、FMSを含む移動通信側の値下げによる通話料金格差の縮小や固定通信側ブロードバンドの伸長という機能格差拡大により、2008年頃までに各国ともあまり普及することなく、ワンフォンサービスも相次いで終了した。

スマートフォンによるデータ通信量急増と「固定BB定額料金制を利用したトラフィック分散による設備負荷軽減」(2008年〜)

iPhone3G(2008年)に代表されるブロードバンドスマホにより、移動通信側においてもインターネット利用が可能になったことから、固定・移動通信の「機能格差」は大幅に縮小し、固定・移動という2つの通信事業ではなく、データ通信を主とする1つのアクセス通信事業の中の2つのサービスというマルチアクセスの時代を迎えることとなった。こうした中、定額料金制のもとで移動通信のデータ量(トラフィック)は爆発的に増大し、その対応として各事業者は基地局増強やLTE導入促進などの移動通信設備増強に加え、スマホ等に搭載したWi-Fiを通じてトラフィックの、定額制をとる固定通信側への無料オフロードを図った(米国の2013年第1四半期におけるスマホのセルラー利用率は20%。更にタブレットではセルラー利用データ量率は12%に留まり、圧倒的にWi-Fi利用のデータ量が多い(米調査会社NPD2013年5月)。

結果、固定BBの無制限定額料金制を前提にWi-Fiにより移動トラフィックは利用者の負担なしに固定・移動通信の設備両者に分散され、移動通信の設備逼迫がある程度緩和された。しかし逆に、従量制料金の電話の場合と違い、まさに固定BBは無制限定額料金制であるゆえに、流れ込んだトラフィックが増収に結びつくわけではない。「設備負荷分散」に加え、ここに「増大したトラフィックのマネタイズ(収益化)」がFMC戦略の課題となった。

「トラフィックの集荷と従量制料金制導入」〜コインの裏表 「データシェアプラン」と「固定BBデータ上限制」(2011年〜)

米国では、スマホで先行し設備が逼迫したAT&Tが2010年に、翌年11年にVerizon(VZ)が、データ量抑制やWi−Fiオフロード推進を狙って、通信量上限を設けて段階型で課金する従量制料金を導入した。さらに2012年夏、複数の端末(3G、LTEの区別なく)でデータ通信量をシェアすることができるデータシェアプラン(DSP)をVZが導入し、AT&Tが追随した。      

DSPは、接続する端末数の増加を促し、上限プランUPを促して売上高を伸ばそうとするものである。それゆえ米国2社では今年(2013年)に入って、新規のみならず既存のWi−Fi専用タブレットのセルラーへの取り込みを狙って、小型Wi−Fiルータを廉価での提供を行っている(スマホに続き登場したセカンド端末としてのタブレット(2010年)では、屋内利用が大半であり、移動通信側では「一契約一端末」という移動・固定間の経済性の差もあって、その多くがWi−Fi専用機であった。またスマホに比べスクリーンの大きなタブレットのデータ使用量はスマホの3倍(月10GB)に達する。この差はビデオ視聴が一因と言われる{NPD上記調査})。

DSPは、このWi−Fiルータの廉価提供やLTEの展開(設備増強)で先行するVZがまず導入したことが示唆するように、従来のWi−Fiオフロードの流れとは逆に、移動通信側の従量制導入で拡大した定額料金の固定通信側との料金格差を、固定側と同様移動側においても「一契約で複数端末利用」を可能することで縮少し、料金定額制の固定側から料金従量制の移動側へトラフィックを取  り戻す(あるいはトラフィックオフロードを抑制する)ことにより、アクセス事業全体の収益最大化を図るものと解される (事実2013年第1四半期タブレットセルラー利用率はDSP導入前の対前年同期比で48%増加した{NPD上記調査})。 

一方、独のドイツテレコム(DT)は、米国とは対称的に固定通信側にもデータ量上限制を導入した。

DTではスマートフォンによるデータ通信量増大に対し、LTEの推進やWi−Fiを利用した固定通信へのオフロードの他、データ通信量抑制策では、データ通信量上限超過の場合は通信速度が遅くなる定額料金データ量上限制を導入していたが、今年5月、BBの高速化が進んでいない固定側でも通信容量の逼迫の懸念から固定BB(DSL中心)の速度別無制限定額制にデータ量上限制を導入(従量料金制)することを発表した。これは移動側から固定側に流入するデータ通信需要の直接のマネタイズをねらったものと解される(すでに光ファイバの展開計画を終えた米国2社とは違い、ドイツでは光ファイバは、固定BB市場全体でも0.7%(2012年末)を占めるに過ぎず、DTは2012年12月に、今後2年間配当の減配と、今後の競争力強化のためLTEのみならず光ファイバーを加えた固定・移動ブロードバンド網の整備のため、今後3カ年の設備投資を大幅に増やす計画を発表している。この固定BBデータ量上限導入施策は、消費者側にも高速BB建設資金負担を求めるものとして、すでに従量制料金導入されている企業市場からは歓迎されている)。独ではそのほか移動専業事業者O2Germanyが今年3月データシェアプランを導入した。一方携帯では独内最大シェアを持つ独ボーダフォンは固定電話ネットワークが弱いことが、ドイツ市場での最近の苦戦の原因と言われており、そのため今年6月独カーベル(CATV)の買収に乗り出している。

日本では、FMC戦略以前の問題として最大手のNTTは移動と固定のサービスの連携を規制されており、欧米流のFMC戦略を展開しているのはKDDIだけである。しかしKDDIのスマートバリューは、固定利用を条件にスマホ利用料金を割引くという、音声FMCと同様の移動・固定バンドル料金であり、(対NTT)マーケティング戦略の色彩が強い。

統合アクセス料金戦略の論理〜能動的なトラフィックルーティング(分散・集荷)による設備効率と収益最大化

   以上のような各国通信事業者の増加トラフィックのマネタイズの仕方の違いはどのような理由によるものであろうか。それはトラヒックオフロード先の固定BB市場の各社のシェアの大小によると考えられる。すなわち、各社ともオフロード率を一律同じと仮定した場合、自社シェアで移動シェアに比べ固定BB市場のシェアが低いほどオフロードしたトラフィックの自社外流出が他社流入分を上回るし、逆に自社シェアが移動シェアに比べ固定BBシェアが大きい事業者ほど自社流出分を上回る他社からのトラフィック流入を期待できるからである。従って全体収益最大化の観点からは、固定BB市場のシェアが低い事業者は移動側に、高い事業者は固定側にトラフィックを集めて(あるいは社外流出を抑えて)、そこに従量制料金を導入する(マネタイズ)を図るのが最も合理的である。 この「トラフィックを最大限集荷してマネタイズ」の観点から各国各社の料金プランは以下のように整理される。 (図2参照)

  1. 固定シェアが低く、今後のシェア拡大もほぼ見込めない事業者(米国2社、独O2):データシェアプランで移動・固定料金格差を縮めてトラフィックオフロード率を下げ=トラフィック社外流出量の減少を図り、自社移動通信側でマネタイズ。                              
  2. 固定BB市場のシェアが高い事業者(DT):自社のみならず移動他社から流入するオフロードトラフィックも多いことから、移動通信側のデータ上限超え速度制限で固定通信へのオフロードを推進し、固定通信側にトラフィックを集荷して従量料金制導入によりマネタイズ。
  3. 固定BBシェアが低いが、シェア拡大の余地のある事業者(KDDI、独ボーダフォン):オフロードトラフィックの受け手である自社「固定通信のシェア拡大」を、移動・固定バンドル割引料金やCATV会社のM&A等で目指す(KDDIの2013年3月末オフロード率52%。2013年にはJ:COMを連結子会社化、また固定通信事業は3年前に黒字化したばかりであり、まだ設備的余裕(規模の経済)もあると見られる)。  

図2. 統合アクセス料金戦略の論理とその動向

図3

以上から、Wi−Fiオフロードや移動、固定通信各分野のデータ従量制料金プランの導入は、一見すると「データトラフィック急増」という問題に対する個別の需要抑制策に思えるが、移動固定間相互のトラフィックルーティングの動きを考えれば、固定・移動通信両分野のこれら料金政策の背後には、アクセス事業全体の限界利益最大化というプロダクトミックス観点からの、「能動的なトラフィックルーティング(分散・集荷)による『設備負荷平準化=効率的な設備利用・増設』と『全体収益最大化=増加トラフィックのマネタイズ』」を目的とした固定・移動アクセスサービスの両方を横断する料金戦略、「統合アクセス料金戦略」の論理があると見られるのである。

マルチアクセス時代のFMC戦略の新たな段階〜トラフィックの受動的分散から能動的集荷へ

スマ―トフォンにより移動側でもインターネットが可能になったことにより、欧米キャリアはその「市場認識」を従来の固定・移動という事業別から、消費者・企業という顧客別に改めた(2009年前後の「会計セグメントの変更」)。そして各国キャリアの「消費者へのサービス戦略」はデータ通信を基盤としたマルチデバイス(用途別スクリーンサイズ)・マルチアクセス(固定・Wi-Fi・移動)・マルチコンテンツ(クラウドによる共用化)で一致している。またデバイス数の増大(スマホ、タブレット、パソコン、TV等)化とコンテンツ高度化(音声⇒テキスト⇒画像⇒映像⇒高精細化)の伸長により、両者を繋ぐNWを流れるデータ量は増大の一途を辿っている。

こうした中でマルチアクセス時代の各国の通信キャリアのFMC戦略の具体的内容は、各事業者の移動・固定通信事業の「設備状況」や「競争環境」等により異なっているが、いずれにせよ通信事業者にとって移動・固定通信両方の提供が競争力上不可欠であるとの認識の下に、「アクセス通信という一つ事業の中の固定・移動の2つのサービス提供」の最適構成化、設備効率も含めた全体利益最大化(消費者の両サービスのバランスとれた利用と顧客別収支の最大化)というプロダクトミックスの視点に立った、「能動的トラフィックルーティングを伴う統合アクセス料金戦略」という点では共通している。そして、日本に先行して欧米キャリアのFMC戦略はすでに、固定BBの定額料金制を前提としたWi−Fiによるトラフィック分散と設備効率向上段階から、スマホの普及やLTEなど設備増強の進展を背景としたトラフィック集荷と従量制料金導入による収益拡大という第二段階に入っていると言えよう。

※本稿は、InfoComモバイル通信T&S(通算292号・7月号)に掲載した「マルチアクセス時代のFMC戦略〜求められるプロダクトミックスの視点」に加筆修正したものである。

(注1)元来、移動通信専業事業者であった英ボーダフォンは、移動通信と固定通信の兼業事業者への対抗もあって、固定中継網の自前化によるコスト削減、およびクアドラプル・サービスの提供という固定と移動通信事業のシナジー効果をい、各国で固定通信事業の買収を進めている。また、このことは移動通信に対する固定通信の存在意義を示している。

(注2)「全体利益を最大化するように商品をいかに構成(種類・生産量等)するか」の戦略。

経営研究グループ 取締役 市丸 博之

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