2013年4月22日掲載

2013年3月号(通巻288号)

ホーム > InfoComモバイル通信T&S >
InfoComモバイル通信T&S

※この記事は、会員サービス「InfoComモバイル通信ニューズレター」より一部を無料で公開しているものです。

コラム〜ICT雑感〜

映画「ゼロ・ダーク・サーティ」と位置情報

[繝。繝シ繝ェ繝ウ繧ー繝ェ繧ケ繝育匳骭イ] [RSS] [TWITTER] [Facebook]

「ハート・ロッカー」で女性初のオスカー監督となった、キャスリン・ビグローの新作である。本作も作品賞を始め5部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞している。

米国は、同時多発テロに報復するためには戦争も辞さない態度をとり続けてきたが、首謀者とされるビンラディンを発見することができずに事件後10年を迎えようとしていた。巨額の予算をつぎ込みながらいっこうに手がかりをつかめない捜索チームに、腕利きと評判の情報分析官マヤが送り込まれてくる。彼女が赴任した後も捜査は困難を極め、その間にも世界中でアルカイダのテロが続く。自らも命の危険にさらされ、同志ともいえる女性の同僚は、手がかりを得ようとしたところを自爆テロで殺されてしまう。狂ったようにビンラディンの情報に執着するマヤは、外部から監視を厳重に撥ねつけている要塞のような建物にたどり着く。

しかし、上空からの写真でも、ワクチン接種を装った血液採取や糞尿からのDNA鑑定も、ビンラディンの存在をはっきり示すことができない。見つけてから100日を超え、決断をするための会議が行われる。襲撃を主張するマヤに対して、確信が持てないと躊躇するスタッフ。イラクの大量破壊兵器だって写真ぐらいあった(のに実在しなかった)と逃げ腰になる。見る側はマヤに感情移入しているのでいらだちを感じるが、戦場でもない外国で米軍が関係のない民家をおそったら国際問題だ。

そして、ついに米国海軍特殊部隊(Navy SEALs)による襲撃が決行され、銃撃戦の末にビンラディンの殺害に成功する。本筋とは関係ないとも思えるこの襲撃シーンを、ビグロー監督はかなり時間をかけて描く。泣き叫ぶ子どもやまわりに集まってくる付近の人々と相俟って、米国中が驚喜したこの殺害を、カタルシスのない重苦しい映像で描いている。そもそも、貿易センタービルに取り残された人からの電話音声を流すタイトルバックから、使命を終えたマヤが呆然と涙を流すラストまで、この映画は見るものに緊張を強い続ける。大変な力作であるが、間違っても楽しい気持ちにはならない。心してみるべき映画なのだろう。

実際に見るまでは、本部に集まってきた情報をマヤが分析する頭脳戦のようなものをイメージしていた。しかし、彼女がイスラマバードに赴任してくる冒頭から拷問シーンが続き、「アナリスト」という呼称からは連想できないようなえぐい情報収集が描かれる。その中に、ビンラディンと外部をつなぐ連絡員を、携帯電話を特定してその電波を追跡する場面がある。利用者とともに移動する携帯電話は、その人がどこにいるかという情報を発信し続ける機械でもある。

我が国でも、犯罪捜査のために携帯電話の位置情報が必要とされる場合がある。特に、電気通信事業者が取り扱う位置情報については、総務省がガイドラインを定めている。そして、捜査機関が令状に基づいて強制捜査する場合であっても「ある人がどこに所在するかということはプライバシーの中でも特に保護の必要性が高い」ため、「画面表示や移動体端末の鳴動等の方法により、当該位置情報が取得されていることを利用者が知ることができる」ようにすることを求めている(総務省「電気通信  事業における個人情報保護に関するガイドラインの解説」)。つまり、被疑者等に「警察があなたを探しています」と伝えてから、警察に位置情報を渡すということだ。他の国と比べても、かなり厳格な利用者保護といえるだろう。従来から、「通信の秘密」に関わる情報は厚く保護され、捜査機関との関係でもきちんとした手続きに基づいて提供がなされてきた。位置情報は全てが通信の秘密に当たるわけではないが、このような保護の考え方を踏襲している。

一方で、スマートフォンの普及に伴い、いわゆるスマホアプリが位置情報その他の情報を、利用者の知らないうちに送信していることが問題となっている。この問題については、総務省が昨年6月末に「スマートフォンを経由した利用者情報の取扱いに関するワーキンググループ」の最終とりまとめを公表し、例えば、電話帳・位置情報・通信履歴などのプライバシー性の高い情報を取得する際に、利用者の同意を取得することなどを推奨している。ただし、このような取り組みを法的に求めるものではなく、あくまで事業者の自主規制を促すものとなっている。こちらには、厳格な取扱いを求める法的な根拠がないからである。

電気通信事業者の通信の秘密を突出して強く保護するのは、これが脅かされると人権侵害の恐れが大きいことによる。ネットワークが社会生活になくてはならないものになっている現代においてこそ、通信の秘密の意義は大きい。しかし、保護の射程を電気通信事業者かどうかで線引きしている現行の規定は、実情にそぐわない場面を生じていることも否めない。この他にも通信の秘密については、保護される情報の範囲や、対象となる電気通信事業者など多くの課題があり、実情に合った保護を実現するための検討が必要である。

法制度研究グループ部長 小向 太郎

このエントリーをはてなブックマークに追加

InfoComモバイル通信 T&Sのサービス内容はこちらこのコーナーは、会員サービス「InfoComT&S ?World Trend Report」より一部を無料で公開しているものです。総勢約20名もの専門研究員が海外文献を20誌以上、常時ウォッチしております。

詳細記事(全文)はT&S会員の方のみへのサービスとなっておりますのでご了承下さい。
サービス内容、ご利用料金等は「InfoCom T&S」ご案内をご覧ください。

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。