2012年5月28日掲載

2012年4月号(通巻277号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

M2Mなどネットワークにやさしいサービスを促進

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2月末から3月初めにかけて、スペイン・バルセロナで開催されたMobile World Congress(以下、MWC)での今年の注目点は次の3点に絞られます。

  1. 通信トラフィック逼迫への対処が共通課題化
  2. モバイル・インターネットの主導権はOTT(注)に移行
    (注)OTTとは「Over The Top」のこと。通信事業者の頭越しにサービスを提供する者を言う。
  3. 主役は端末ベンダーからサービスプロバイダーへ

今月の本稿では、このうち「1.」のネットワークの逼迫問題を取り上げてみたいと思います。

ただその前に、「2.」および「3.」について一言だけ感想を述べておきますと、OTTの主役であるフェースブックの新しい取り組みが目立っていました。すなわち、ブラウザ、Webアプリ、HTML5でも主導的役割を果して、8.5億のアクティブユーザーをベースにマネタイズの機会を狙っている様子がみられました。さすがにIPOを間近に控えた時期との感じを与えていました。また、端末では各社とも同じ様な機能・性能となって同質化が進展しており、低価格スマホ時代になっているようです。

本題に戻って、ネットワークの逼迫については、2年前のMWCに初登場したグーグルのシュミット会長が、モバイルオペレーターもサービスプロバイダーのおかげで収益を上げているとの立場であったこととは様変わりの状況で、関係者の共通認識となっていました。なかでも、この問題に対してオペレーター共通(GSMA)のアピールが、世界に向けて、特にOSベンダーやアプリ開発者に向けて発表されたことが注目されます。2年前には考えられなかった共通認識が支配的となった印象です。

MWCにおけるこの問題についての具体的なプレゼンテーションや展示では、(1)通信機メーカーによるトラフィック管理・制御機器の開発が盛んに行われていましたし、(2)オペレーターは、コアネットワークのクラウド化、アクセス網のスモールセル開発・展開をアピールしていました(これらも、ベンダーによる開発がベース)。また、(3)オペレーター各社はLTEの拡大を訴えていましたが、方式として、これまでのようにFDD一辺倒ではなく、中国移動主導のTD―LTEの勢力が相当伸長しているとの印象です。サービス面ではFDDとTDDの調和と相乗りが求められる実態にあると考えられます。このように既存ネットワークの逼迫問題において、トラフィック集中時の対応力向上策やアクセス網(基地局)能力向上、次世代通信網開発などの諸方策の多くを大ベンダーに依存したり、また、OSベンダーやアプリ開発者の善意の協力に頼るだけでなく、通信事業者自らの努力と方策の確立を急ぐ必要があります。今回のGSMAの発表はその表れと考えられます。

モバイルオペレーターはスマートフォンやタブレット端末の普及によって、より高価格の定額契約化が進められ、毎月の使用料金(ARPU)が上昇して、データ通信収入が音声収入を上回る状況を順次各国で生み出し始めています。もちろん、データ通信量自体は料金収入の上昇を圧倒的に上回る増加率を示しています。この現象を業界ではホッケースティックカーブと呼んで、事業運営の厳しさの象徴とされています。

しかし、ユーザー視点からは、データ通信に対する平均支払額は増加しているのであり、モバイルデータ通信サービス初期の従量制料金時代にみられた高利用ユーザーへの高額請求問題、いわゆる「パケ死」問題の時代、即ち料金高額化の事態には戻りたくないというのが本音だろうと思います。トラフィック管理・制御、スモールセル、LTEの導入によってトラフィック逼迫状況の事態の進展を遅らせることができても、ネットワークの逼迫が明らかである以上、いずれOSベンダーやアプリ開発者に協力を求めることは当然のことです。

問題は、一部の高利用者が相当量(1%のユーザーが30%使用しているとも言われています)を使用していることをまず解決すること、次いで、周波数に限りがある無線通信の負荷を固定通信に移行させること、が根本的な解決方策でしょう。前段は、一部従量制料金の導入や使用量超過時の速度制限など資源配分の経済原則に則る方策を講ずることが解決策です。また、後段は、Wi−Fiの利用やスモールセルの活用によってアクセス伝送路をできるだけ有線=光ファイバー化する方向性を加速すること、即ち、多くの基地局を作り無線周波数の再利用を図ることが必要です。少し前までは、全国中継網ですらマイクロ無線によって行われていましたが、無線資源活用の必要性と光ファイバーのコスト低減によって、今ではマイクロ無線はアクセス網の一部に残されるだけとなりました。アクセス伝送路の有線区間の比重拡大は無線周波数の再利用率を高めてネットワーク逼迫を回避する有力な方策ですが、そうなると全体のコストは光ファイバー伝送路の価格に依拠せざるを得ません。やはり、光ファイバーのコスト低下はモバイルネットワークにとっても重要な要素です。

このように、トラフィック管理・制御やスモールセルの開発が課題解決の有力な手段であることは誰もが認めるところであり、通信事業者間の競争からはLTEの拡充と新端末の展開が進められているのも当然のことです。さらに国際ローミングを考えると近い将来、FDDとTDDの両方に対応できるデバイスの開発・商品化が必須でもあります。

しかし、どの方策をとったとしてもトラフィック急増に満足に耐えられるとは想定しにくく、いずれまたネットワークの逼迫に直面して設備の増強に追い込まれて、ホッケースティックカーブのドグマに陥ることは目にみえるところです。それはIT技術の進歩は何よりも早く、情報処理の高速化をもたらして、さまざまな新サービスを生み出すからです。映像系トラフィック、ビッグデータ処理と流通、常時接続による新サービスなど、モバイルオペレーターの苦労は絶えません。結局のところ、繰り返しになりますが、資源逼迫に応する経済行動であるプライスメカニズムの発揮こそ具体的な方策だと思います。

併せて、ネットワーク利用度合の節約を取り入れた新サービス、例えばM2Mによって各種のデータ収集やコントロールを行うサービスなどを活用して、トラフィック集中を回避しつつ収入を確保する方策に本格的に取り組む必要があると思います。通信サービスも、最近何かと話題の電力サービスと同様にピーク時の設備容量が必要なインフラ産業なのです。トラフィック量の急増が問題となるのは集中時であり、それ以外の時には十分処理が可能なのですから、結局、ピーク時に合わせてネットワーク設備、アクセス網を建設することになります。そうなると、大量情報の集中・継続利用には料金面で高負担を求め、分散した少量のトラフィック利用には安価な定額料金を個別に適用するなどの工夫が求められます。約款料金という規制下にある現在の規制制度の是正を図って、ネットワークに追加的な負荷をもたらさない分散を図る利用(とその機器接続)には一律の約款料金ではなく、例えば機器の販売価格に含めるなど弾力化、自由化した料率の適用を認めることが、結局のところネットワークの効率的活用を進めることになり、公益に合致することになると考えます。

MWCにおいてネットワークの逼迫問題が共通課題化したことは一歩前進ですが、当面、大ベンダーによる開発や一部の高利用ユーザーのさらなる高利用を助長することは避けられないでしょう。但し、モバイルオペレーターはそのコスト負担をユーザー一般に単純に転嫁することをできるだけ回避すべく、また、より多くのユーザー利便の向上を図る途を追求すべき立場にあります。M2Mなどトラフィック集中時に追加的な負荷をもたらさない、ネットワークの分散型利用に貢献するサービス開発に今こそ注力すべき時です。ネットワークに、よりやさしいアプリの開発者により多く報いる方策やM2Mなどネットワークの負荷分散を図れるサービス開発によって収益確保を図り、ホッケースティックカーブのドグマから抜け出して、さらなるネットワークの高度化を進めること、そして、ユーザーエクスペリエンスと満足度を高める努力がモバイルオペレーターに求められていると思います。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之


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