2012年2月23日掲載

2012年1月号(通巻274号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

LTEサービスの無料提供を謳う米国新興通信事業者フリーダムポップ

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 2011年12月、米国の新興通信事業者フリーダムポップ(FreedomPop)がMVNOとしてLTEサービスを無料で提供する計画を発表した。しかし、米国のMVNO市場は下火となっている上、フリーダムポップはGPSシステムとの電波干渉や資金繰りの悪化といった経営課題を抱えるライトスクウェアード(LightSquared)と提携するなど逆境の中での船出となる。そのため、不明な点が多いフリーダムポップがどのような戦略でモバイル市場に活路を見出すのかが注目される。

フリーダムポップの概要

 米国のLTE卸売専業新興通信事業者ライトスクウェアード(本誌2010年8月号「LTE卸通信事業者としての新規参入を目指す米「LightSquared」」参照)は2011年12月8日、スカイプ(Skype)の共同創業者であるニクラス・ゼンストローム氏が率いるフリーダムポップとネットワーク卸売契約を締結したと発表した。フリーダムポップはライトスクウェアードとのネットワーク卸売契約を通じ、2012年中に米国で音声を含むモバイルサービスを無料で提供する事業を開始するとしている。そのため、事業形態としてはライトスクウェアードのネットワークを利用したMVNOとなる。まずはモバイルサービスが提供されていない地域からサービスを提供していくという。フリーダムポップのマット・イングリッドCOOは「インターネットは基本的権利であり、特別な権利ではない。当社は経済的効率性の高いライトスクウェアードの卸売ビジネスモデルを活用することで、全ての人にフレキシブルな高速ワイヤレス・アクセスを提供する。しかも、現在の市場に見られるようなコストや不便はほとんどかけない形で提供する」とコメントしている。ライトスクウェアードのサンジブ・アフジャCEOも「フリーダムポップは革新的なサービス・モデルを実現する。当社はそれを支援すると共に、ブロードバンド・アクセスは全ての人が持つ基本的権利であるという考え方を共有している。当社の持つ全米規模のネットワークにより、フリーダムポップはモバイルサービスが提供されていない地域に安価な高速モバイルサービスを提供することができ、非常に大きなインパクトをもたらすことができる」と同調している。

 フリーダムポップは2011年に設立されたスタートアップ。同社ウェブサイトは用意されているものの、本稿執筆時点でプレスリリースなどの詳細情報は掲載されておらず、不明な点が多い。

フリーダムポップのビジネスモデル

 フリーダムポップは具体的な戦略やビジネスモデルを明らかにしていない。しかし、過去の事例に鑑みる限り、広告収入を得ることでエンドユーザーに対してはサービスを無料で提供するというのが最も可能性の高いモデルであると考えられる。

 例えば、インターネットの黎明期においては無料のダイヤルアップサービスが多数存在していたが、それらの大半は広告モデルを採用していた。また、MVNOサービスを無料提供していた英国のBlykも広告モデルを採用していたことで知られている。Blykは2007年9月にスタートしたMVNOサービス。同サービスはユーザーを16〜24歳に限定し、加入時に回答するアンケート結果に基づいた広告をSMSなどで1日あたり6通受信することを条件として、音声通話(43分)とSMS(217通)が無料で利用できるという仕組みになっていた。

 Blykは2008年4月に目標を上回るペースで10万加入を達成したが、以降は衰退し、2009年8月26日に英国でのサービスを打ち切っている(ただし、その後の2010年5月にオランダで同様のMVNOサービスを開始している)。英国では、ブランドのプレゼンスが高いコングロマリットのバージン・グループ(Virgin Group)や大手小売チェーンのテスコ(Tesco)によるMVNO市場の支配力が強く、若年層を狙った無料サービスのBlykも結局は失敗に終わった。つまり、Blykの失敗は、いかに料金が安くとも強固なブランドや販売チャネルを構築しなければMVNOの成功は難しいということを如実に示している。米国のMVNO市場は英国以上に活気に乏しい。米国ではアンプト・モバイル(Amp’t Mobile)が2005年にMVNOサービスを開始したものの2007年6月に破綻、さらにはディズニー・モバイル(Disney Mobile)とMobile ESPNといったブランド力を持つMVNOも早々に市場から撤退した。これらの事情により、米国のMVNO市場は一気に下火となっている。

 このように、現在の米国のMVNO市場はあまり有望であるとは言えない状況である。そのため、フリーダムポップのビジネスモデルが広告モデルであるとすれば過去の数々の失敗例をいかに覆すことができるのか、あるいはどのようなビジネスモデルで挑戦してくるのかは非常に興味深いところである。

ライトスクウェアードが直面している課題(1):電波干渉

 フリーダムポップはMVNOであるため、技術的な部分はライトスクウェアードのLTEネットワークに完全に依存することになる。しかし、その肝心のライトスクウェアードは同社LTEネットワークがGPSシステムに電波干渉を引き起こすとの指摘を受け、その対応に追われている。

 国防総省および運輸省が実施した調査では、ライトスクウェアードのLTEネットワークがGPSレシーバに電波干渉し、GPSによるナビゲーションが機能しなくなるとの結果が出ている。2011年12月、当初はライトスクウェアードのLTEネットワークがGPSレシーバに電波干渉しないとの調査結果が出たが、後に大半のGPSレシーバと電波干渉を起こすことが判明。米国電気通信情報庁はGPSレシーバへの電波干渉に関する調査を継続して実施しており、最終的な調査結果が出るまでにはしばらく時間がかかる見通しとなっている。また、連邦航空局が実施した調査でも、ライトスクウェアードのLTEネットワークが航空管制システムに電波干渉するとの結果が出ている。航空管制システムに支障が出ると、航空機の安全な着陸が妨げられる恐れがある。

 ライトスクウェアードは航空管制システムへの電波干渉問題については解決に向けて取り組むとしている一方、GPSレシーバに電波干渉するとの指摘については「到底受け入れることはできない」としている。アフジャCEOは「当社は周波数帯域を9年間利用できる法的権利(免許)を有している。調査結果では、電波干渉問題の原因はライトスクウェアードが保有する周波数帯域ではなく、GPS端末が同帯域に干渉してくることが原因であることが明らかになっている。当社は自らの責によらない問題を解決するために、莫大なコストを費やして様々な特例措置を講じている」との声明を出している。同社はさらに「非免許帯域を利用する商用GPSレシーバには、免許帯域を利用する当社ネットワークによる電波干渉から保護される資格がない」と主張している。当然ながらこの主張はGPS関係者からの反発を招いているが、ライトスクウェアードはGPSレシーバとの電波干渉問題を積極的に是正する姿勢を見せておらず、あくまでGPSレシーバ側に責があるとして強行突破を図る模様である。

 しかし、規制当局FCCはこれら一連の電波干渉問題が解決するまでライトスクウェアードの商用サービス開始を認可しない構えである。ライトスクウェアードは2012年下期に商用サービスを開始する計画だが、FCCの認可が前提となっている。フリーダムポップも2012年中のサービス開始を計画しているが、同社はライトスクウェアードに完全依存しているため、ライトスクウェアードがサービスを開始できなければフリーダムポップの計画も頓挫することになる。ライトスクウェアードは2011年7月、スプリント・ネクステルとネットワーク・シェアリング契約を交わしている(当初はネットワーク関連業務をノキア・シーメンス・ネットワークスに包括的に委託する予定だった)。具体的な契約内容は、期間は15年間でライトスクウェアードがスプリント・ネクステルのネットワークを利用する対価として90億ドルを支払うというもの。ただし、この契約にはライトスクウェアードが2011年12月31日までにFCCの認可を取得するという条件が盛り込まれていた。さらに、ライトスクウェアードに重大な契約不履行があった場合はスプリント・ネクステルが契約を破棄できる権限を持っている。結果的にライトスクウェアードは2011年中にFCCの認可を取得できなかったが、スプリント・ネクステルは期限を30日間延長した。このような判断が下された背景としては、90億ドルという高額な契約であることが考えられる。スプリント・ネクステルは「FCCの挙動に合わせる形でスケジュールを再調整している。 「Network Vision」プロジェクト(一連のネットワーク戦略)をスケジュール通り進めるため、 1.6GHz帯周波数の利用許可が出るまで、両社はコストの節約と新規開発を中止することが賢明な判断であると考えている。両社間の契約には何ら変更は加えられておらず、「Network Vision」プロジェクトのスケジュールには全く影響ない。当社は電波干渉問題をうまく解決できるよう、ライトスクウェアードの事業計画や取り組みを支援していく」としている。

ライトスクウェアードが直面している課題(2):資金繰り

 ライトスクウェアードが対応に苦慮しているのは電波干渉問題だけではない。新たな資金調達に失敗すれば商用サービス開始前の2012年第2四半期にも運転資金が底をつくと報じられており、ライトスクウェアードは経営の根幹が揺らぐ深刻な状況に陥っている。破綻の危機に瀕した場合、事業自体が立ち行かなくなる恐れや資産の売却を余儀なくされる恐れがある。

 ライトスクウェアードの親会社はフィリップ・ファルコーネ氏が率いるハービンジャー・キャピタル・パートナーズ(Harbinger Capital Partners)というヘッジファンドで、現在までに出資や融資などの形で合計30億ドル以上の資金を調達している。しかし、決算発表によると、ライトスクウェアードは2011年第3四半期までの9カ月累計で4億2,700万ドルの純損失を計上。収入は2011年第3四半期までの9カ月累計で僅か3,000万ドルしかない。ライトスクウェアードは既にリープ・ワイヤレス(Leap Wireless)やベストバイ(Best Buy)など30社以上のネットワーク卸先を確保しているため、商用サービスを開始できさえすればある程度の収入を見込めるが、2012年にネットワーク提携先であるスプリント・ネクステルに5〜7億ドル、債権者に3億ドル超を支払う必要があるなどかなりの規模の現金支出を強いられる。

 ライトスクウェアードは「2012年に入ってもしばらくは資金に余裕があるが、FCCの認可時期次第」としており、追加的な資金調達ができなかった場合は事業を継続できない可能性を示唆している。なお、ライトスクウェアードの資産価値は46億4,000万ドル相当と評価されており、このうち約半分が周波数免許であると報じられている。

まとめ

 2012年中にモバイルサービスの無料提供開始を目指すフリーダムポップの行方はライトスクウェアードの動向次第であり、その事業は非常に脆弱な基盤に立脚していると言える。また、米国のMVNO市場は活気を喪失しており、状況は厳しい。さらに、フリーダムポップ(およびライトスクウェアード)はAT&Tモビリティやベライゾン・ワイヤレスなどのように確立したブランドを持っていないため、無料サービスであってもユーザーの支持を得られずにBlykと同じ轍を踏む恐れもある。

 しかし、ライトスクウェアードが課題を克服して商用サービスを開始するという運びとなり、フリーダムポップの価格破壊的なサービスが実現すれば、AT&Tモビリティやベライゾン・ワイヤレスなど既存の通信事業者や他のMVNOにとって大きな脅威となる可能性がある。ライトスクウェアードのネットワーク提携先であるスプリント・ネクステルも自らの首を絞めかねない。本稿執筆時点ではフリーダムポップに関する詳細は一切不明であり、今後の新情報が待たれる。特に注目が集まるのはフリーダムポップがビジネスモデルを含めてどのような戦略でモバイル市場に参入するかで、スカイプなど数々の実績を挙げてきたゼンストローム氏の手腕が問われる。

小川 敦

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