2011年9月22日掲載

2011年8月号(通巻269号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

災害対策広報のすすめ

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 モバイルオペレーター各社は、3月11日の東日本大震災の被害に対し、現在、本格的復旧に取り組んでいるところです。モバイル通信の被害としては、地震と津波による基地局障害と停電による機能停止が多数発生しましたが、モバイル通信各社が競争して復旧に努力した結果、4月中には避難場所を含めてほぼ回復、仮復旧が終了しています。津波で家屋や街並みが流出した地域や原発事故による退避地域など一部ではまだ手が付いていないところが残っていますが、モバイル通信サービスは全体としては一応回復しており、他のインフラ系サービスに比べて早期の復旧が進められたことが高く評価されています。なお、これからが本格復旧であり、災害に備えた設備作りや人の配置・訓練などさらなる課題の解決が図られることを期待しています。

   ただ、今回の大震災からの復旧過程において、モバイルオペレーターによって実際の行動に差が出たのも、また事実です。その上、早期に復旧した事業者のネットワーク(基地局)に対し、他の事業者がローミング(接続による他社回線の利用)を求めるという緊急時にしては変則的な事態が生じ、これまでの市場競争原理では想定して来なかった事象が生じました。この災害時の緊急的なローミングについて考えてみたいと思います。

 そもそも、国から電波免許を受けて事業を展開し、利益の獲得を目指しているのであれば、自らの努力に基づく復旧、サービス回復が本来の責務なのではないか。市場競争は、平常時のサービスや価格面での競争だけではなく、非常時にも回復までの期間の短縮化という競争が行われていると考えられます。市場に複数の事業者が存在することの意味は、平常時だけでなく非常時にも発揮されて、競争各社が競い合って復旧努力することこそ市場全体のサービス回復の近道なのです。自社ユーザへのサービス・ダウンを被災者の苦労に置き換えることはできません。自社サービスは自社の経営努力で回復するのが本筋でしょう。

 この災害時におけるローミング問題は、現在、総務省の「ブロードバンド普及促進のための競争政策委員会」において、災害時の通信確保として論点となっています。災害時のローミングに関しては、(1)変則的な措置をとるとネットワーク構成が複雑化して復旧自体を遅らせてしまうこと、(2)平常時とは大きく異なるトラフィック発生が想定される中、輻輳等のトラフィックコントロールが実行上不可能となること―その結果、設備が復旧しても逆にサービスがダウンしてしまう懸念があること、(3)電波免許を受けた事業者は当該電波を用いたエリアカバーには全責任を負っており、それを根拠として(相互)接続料の算出が行われていること、即ち、エリアカバーの程度と回復までの諸施策もコストに反映されていることなど、単純に災害時の問題に止まらず、本来の電波免許制と市場競争のあり方にまで判断の視点が広がるものです。総務省の研究会では本格的な議論が行われることを期待したいと思います。災害時の扱いだけを切り離して議論の範囲とすることは本筋の方向を誤りかねませんので要注意です。

 そこで市場競争が進展する米国のモバイル通信事業では災害対応において、どのような取り組みが行われているのかが参考になるので少し状況を述べてみたいと思います。

  米国では、モバイル通信各社はいかに早くサービス回復を行うのかが経営上の目標となっており、各社が競争して取り組んでいます。サービスの早期回復がユーザーに対する企業姿勢であり、サービス水準の一つとなっていることが窺われます。米国の災害はハリケーンと竜巻が主なものですが、特に、ハリケーンに対しては、(1)事前に機資材を配備、備蓄しておく、(2)災害復旧チームが専担化している、(3)定期的に現実的に最悪を想定した訓練が数多く実施されている、(4)災害復旧チームは災害発生直前から想定被災地域に向けて出動し準備体制をとっている、(5)最後に、これが最も大切な要素ですが、前述の(1)〜(4)の状況をマスメディアに積極的に広報するとともに、CSRレポートなどで公的に対外開示している、ことが注目されます。特に(3)の訓練模様は、マスコミだけでなく最近訴求力を強めているSNSなどを活用してユーザーを始め、パブリック・リレーションズ(PR)に努めている姿勢が顕著に見られます。

 要は、米国では災害にあたっては発生時にサービスを早期に回復・復旧することはどのオペレーターにとっても当然のことで、通信事業者は単に平常時のサービス提供事業者であることに止まらず、免許制(許可制)に基づく公益事業としての役割を有するが故のDNA(構成員が共有する企業文化)を持っておくべきこととして認識されているということです。

 翻って、我が国では残念なことですが、これ程までに認識されたりPRがなされては来ませんでした。平常時のサービス競争、価格競争、さらにはシェア競争にのみ日があたってしまい、マスメディアでもこうした地道な災害対策が注目されることはほとんどありませんでした。その上、日本の通信事業の沿革からインカンバント事業者VS新規参入事業者という一見分かり易い分類で競争関係が理解されてしまい、1985年の通信事業の自由化から四半世紀という長い期間が経過しているにも拘らず、公益事業要素に由来する災害対策における“DNA”が注目されることはほとんどありませんでした。

 本来、通信事業者である以上、市場競争の中において災害対策を十分整えておき、いざ非常時にはその力を最大限に発揮するのがその役目です。非常時だからこそ、被災者の苦労を楯にして全体の復旧速度に影響を及ぼしたり、臨時的な復旧ネットワークを輻輳の危険に晒したりすることは避けて、通信ネットワーク全体の復旧レベルを上げることがモバイル通信市場参加者全員の責務だと考えます。

 こうした背景があるので、それぞれのモバイル通信事業者においては、平常時から災害対策に関する広報活動を積極的に展開して機器・資材の準備状況や最悪の事態を想定した訓練模様を公開して、各種メディアを通じて市場関係者に理解しておいてもらう必要があります。さすが米国では、この点、企業ホームページでの公表などを含めて、全体的に取り組みがかなり先を行っています。併せて、単にPRだけでは正確性や妥当性の根拠・検証が十分とはいえないので、公的な報告書である有価証券報告書(米国SEC向けではForm20-F)や年次報告書、CSRレポートなどでも公表し、専門家の評価や批判を受ける努力が求められます。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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