2011年8月22日掲載

2011年7月号(通巻268号)

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政策関連(政府・団体・事業者・メーカー)

英国で携帯着信料を巡ってまたもや行政訴訟

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 英国の携帯事業者3社およびBTは、携帯着信料の引き下げを命じるオフコムの決定に抗議して、2011年5月、行政訴訟を開始した。それぞれが競争控訴審判所(CAT:Competition Appeal Tribunal)へ訴えを提出したが、内容は事業者ごとに異なっている。今回オフコムはEUルールに従って大幅な引下げを決定したにも関わらず、引き下げを求める事業者と抵抗する事業者の双方が失望するという結果になったのはなぜか。また、英国では引き下げを訴えている事業者が、自身は従来高い着信料を認められていた最小事業者のH3Gなのはなぜか。以下ではそれを考えたい。

オフコム最終決定(2011年3月)

 オフコムは2011年3月15日、2011年4月1日から2014年3月末に適用される着信料の規制決定を発表した。今回の引き下げは4年間に約77%という大幅なものである。前回の規制において、2007年からの4年間の引き下げ率は、18%(ボーダフォン、O2)、25%(オレンジ、T-モバイル)48%(H3G)であったことと比較すると、これまでとは引き下げの規模が大きく異なることがわかる。

 オフコムは着信料引き下げの効用を、(1)固定発携帯着の通話料金が低下する、(2)携帯事業者が消費者向けパッケージを自由に設計できるようになる、と唱えている。同時に、なぜこのような引き下げが可能になったかの背景について、データ通信の成長と、事業者にとっての音声収入の重要性低下を指摘している。オフコムによると2010年に英国のモバイルデータのトラヒックは104%増大、2009年第4四半期の収益は、2007年第4四半期と比較して90%の成長であった。

 着信料の引き下げスケジュールは以下のとおりである。英国では2007年から事業者間の着信料格差の縮小が進んでおり、2011年4月からは全ての事業者の着信料が2.664ペンス/分(2008/2009年価格)に統一されており、現在は着信料は均一である(注1)。上記全国事業者の他に、地域ベースでサービスを提供する小規模な事業者が28社存在するが、これら事業者は従来一切の規制を受けていなかったが今回は「公正かつ妥当な(fair and reasonable)」な料金設定を求められる。

(注1)表に示すとおり、名目値は2.984ペンス/分である。

[表1]携帯着信料上限規制(2008/2009年価格)

[表1]携帯着信料上限規制(2008/2009年価格

 このような劇的な引下げを可能にしたのが、欧州委の着信料規制に関する勧告(2009/396/EC)である。この勧告の下で、EU全域でモバイル着信料は今後4年の間に約70%低下が求められているのだが、そのために料金設定で採用されるコストモデルが以下の条件を満たすことになっている。

・コスト概念はpure LRIC;
  長期増分方式だが、着信提供のために直接的に発生する費用のみ算入を認める。
⇒ 着信以外の用途との共用設備から発生する共通費は含めない
・コストモデルはボトムアップ(理想的な最新設備を仮定した工学モデル)を利用、
かつデータはカレントコスト会計からのデータを利用

従来のコスト計算で慣用的に含まれていた様々な共通的なコスト、例えば営業費、加入者設備、周波数免許料などが除外され、純粋に着信トラヒックに対応するキャパシティコスト以外は認められない。大幅な着信料の低下はこうしたコストモデルの変更により実現しているのである。引き下げスケジュールは、pure LRIC値(0.69ペンス/分)を4年後(2014年4月)の目標値として設定している。なお、EC勧告では、pure LRICの適用期限を2012年末としていたが、オフコムは4年後という先に着地点を置いているため、期限が勧告よりも緩和されている点が注目される。したがって、思い切った引き下げではあるが、それでもなおEC勧告の要求には満たないのである。

各社の訴えるポイント

 オフコム着信料値下げは確かに劇的な規模だが、市場の動向からすれば着信料値下げのやりやすい環境は整ってきているはずだった。しかし、結局いずれの事業者もその規制決定には満足できず、携帯(ボーダフォン、Everything Everywhere(以下、EE)、H3G)および固定(BT)の事業者合計4社それぞれによる行政訴訟に発展してしまった。英国の着信料決定は、ほぼ毎回行政訴訟に発展している。今回の事業者の訴えのポイントは以下のとおりである。

[表2]オフコム決定を巡る行政訴訟のサマリー(2011/5/16)

[表2]オフコム決定を巡る行政訴訟のサマリー(2011/5/16)

(注2)共通費からの一定の配賦を認める従来のLRIC算定方式を、LRIC+と呼んでいる。

 前述のとおり、オフコムの引き下げスケジュールはEC勧告よりも緩和されたタイミングとなっているが、この点については欧州委員会からも批判があった。BTも同様に2013年3月末までに着信料をモデル値へ着地させることを要求している。残る3社のうち、H3GはRANのコストに誤りがあり、そのためにコスト算定値が上昇してしまったことを訴えている。ただし、上記2社いずれも、着信料引き下げの大筋には賛成であることから、モデルの本質に疑問を呈するには至っていない。

 これに対してボーダフォンとEEは、今回の着信料算定方法そのものを攻撃している。両社とも(1)pure LRICの採用を不適切と主張し、(2)さらにLRIC+の算定値も誤りと主張し、モデルの不備や最新のモバイル技術に対する無理解に対し、極めて詳細かつ技術的な批判を行っている。ボーダフォンはモデルのインプットとなるデータトラヒックの将来予測値に誤りがあるなど、モデル策定に50項目についての問題点を、また、EEは資本コスト(WAC:weighted average cost of capital)の算定に誤りがあるとして20項目についての問題点を指摘しているとされる。

不安定なモデルと不確実な市場環境

 CATの資料からは、オフコムは着信コストを最終的に決定するまで、幾度もモデルの修正を行い、その作業が最後の瞬間まで続いたことが推測される。また、将来予測の入力値に依存して、コスト算定値が大きく(おそらく不安定に)変化したことで、関係者のモデルに対する信頼が揺らいだことも考えられる。不安定なモデルに頼るよりも、より信頼のおける旧来のLRIC+モデルを採用すべきであるとするのがボーダフォンとEEの立場であり、そうであるからこそ、LRIC+モデルの抱える誤りも、正さなければならないという要求につながっているわけだ。総じて、今回のオフコム決定は、モデルの調整に十分な時間を費やすことができず、コンセンサスがないままに最終決定に至ってしまったと推測されるのである。

 もう1つの問題は、オフコムのLRICモデルは、過去の度重なる改訂の結果、非常に複雑かつ大規模になってしまっている点である。今回の大幅な改訂によって不安定性が増した可能性もあるモデルに、納得のいかないデータを入力した結果では、関係者の納得は得難いと考えられる。

 しかし、現在の市場・経済状況を考えると、信頼に足るモデルの策定は難しくなるとも考えられる。ボーダフォンの批判はモバイルデータの急激な成長と技術変化によって将来予測が難しくなっているため起きたものと考えられる。したがって、MNO自身がキャパシティ増設をどれだけのスピードで実現し得るのかという問題にも関連するであろう。周波数配分の動向とも無関係ではない。モバイルデータのトラヒックについては、業界・政府の予測値が出ているもの、大きく動きつつある現実の市場を受けて、次々に改訂されているのが最近の傾向である。また、EEの批判は、欧州全体に垂れこめている金融危機、および世界的経済の不透明性が資本市場のリスクに影響し、これらが資本コスト測定を難しくしていることに起因していると思われる。いずれも、今日の特異な経済および市場環境を象徴的に表していると言えないだろうか。

急速な低下を求めるH3Gと着信料格差解消

 英国最小のMNO、H3GはEC勧告の成立では影響力を発揮した事業者である。同社の音声トラヒックは恒常的に他社への出超となっている。しかし、着信料金設定では優遇されていながらも、トラヒック較差の影響が大きいため、着信料収支は赤字という状態に悩まされてきた。H3Gの英国における市場シェアは8%未満である。較差解消後も着信料収支は赤字となることが避けられないが、赤字額がビジネス上無視できるほど小さければ問題はない。同社が求めるのは、ほぼゼロに近いレベルの着信料(望むべくは無清算体系/ビル&キープ)であり、これによって多様な音声パッケージを自由に展開しようとしている。このように着信料引き下げにはイノベーションの促進という大義があり、緩やかな引き下げよりもできる限り早急な引き下げが好都合であることから、引き下げに期限を設けて早期実現を図るというEC勧告の考え方に取り入れられている。引き下げ要求の背景は、やはり恒常的支払超過の固定事業者BTと同じである。

 このことから推して、英国H3Gのように市場シェアが非常に小さい事業者に対して、着信料を優遇したとしても、音声サービスで採算が取れるためには、着信料較差をかなり大きくすることが必要となる。しかも、こうした長期的な解決につながらず、むしろ大手各社の顧客囲い込み行動を誘発し、小規模事業者は競争上、一層不利になるだけである。この競争上の不利をカバーするには一層の格差を必要とするようになり、悪循環につながる懸念さえある。着信料収入は、コストから乖離している場合は単なる補助であるので、非経済的な補助構造に基づいて業界のエコシステムが発展してしまうと、後に除去しようとしても極めて困難となってしまう。逆にいえば、放置しておくことで較差を将来的に自然消滅させることは期待できないのである。

EU各国は着信料較差解消を着実に進める

 EC勧告が求める較差解消期限は、2012年12月末である。英国の着信料は2011年4月から全事業者均一とされた。2011年4月に最終決定を出したフランスは、較差解消(従来は市場シェア18%のブイグを優遇していた)を2011年7月1日に設定した。いずれも、欧州委のコメントを反映して解消を早めた結果である。英国、フランスの2009年における着信料格差と比べると、それぞれ43%、31%からゼロに解消されたことになる。

 一方、2011年5月に規制案を提出したイタリアは、較差解消時期を勧告の期限より2年遅れの2015年1月1日とした。このため、もともと着信料水準が全般的にEU平均よりかなり高かったこともあって、欧州委からはかなりの批判を浴びている。イタリア当局はコスト格差(市場シェア10%のH3Gを優遇する)について、周波数配分の不均等を理由に挙げているが、欧州委は「格差を設ける場合は、根拠を数値として示さなければならない」「帯域・方式別のコスト比較が提示されていない」などと批判している。ちなみに、イタリア提出のコストモデルは、実績を反映するという名目で不明瞭な追加コスト(追加周波数コスト、商業活動コストなど)が含まれているとして、欧州委員会はこれについても説明を求めている。現在イタリアH3Gの着信料は、他事業者より24%高い水準にある。EU旧加盟15カ国のうち、2012年末に格差を残存させようとする国はイタリアのみだが、それでも2009年の較差が46%であったことと比較すると縮小は着実に行われているのである。

八田 恵子

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