2011年5月9日掲載

2011年3月号(通巻264号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

アプ・エコノミーの限界とブラウザーの復権?

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 今年に入り、情報通信関連で世界的に大きな展示会が2つ開催されています。1月に米国のラスベガスでCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)が、2月にスペインのバルセロナでMWC(モバイル・ワールド・コングレス)が開かれました。前者では、スマートTV・スマート家電と多彩なタブレット端末が主流で家電の情報機器化と無線ネットワークへの接続が取り上げられていましたし、後者では、圧倒的なスマートフォン人気とその上でのアプリケーションに関心が集中していました。

 ただ、私は、今回の一連の動きのなかでは、AT&Tのスマートフォン向けアプリケーション戦略とWAC(ホールセール・アプリケーションズ・コミュニティ)のプレス発表に注目しています。

 昨年2月の同じMWCの会場で設立が発表されたWACは、当初通信大手24社で発足しましたが、今年は参加メンバーが68社に拡大し、端末ベンダーもサムスン、LG、ソニー・エリクソンに華為技術(ファーウェイ)、ZTEが加わり5社がJavaを動かすための“WACランタイム”をサポートする端末をコミットしています。つまり、デバイス・フリー、OSフリーでアプリケーションが使える仕組みが整いつつあることになります。今回、会場で既にHTML5をサポートしているWAC2.0が発表されていましたが、さらに、今年9月にはWAC3.0をリリースする予定となっており、アプリ内課金やユーザー認証機能を備えると発表されています。MWC会場内のWACのブースでは、WAC2.0のアプリケーションはHTML5にWACランタイムがインストールされて動いていました。

 一方、AT&Tは、HTML5とマルチ・スクリーン対応をベースとするスマートフォン向けアプリケーション戦略を既に発表しているところです。同社は、今後大半のスマートフォンがHTML5対応になると予測していて、携帯コンテンツやサービスが現在のようにOSに依存するのではなく、ブラウザー依存に移行していくとしています。このHTML5の開発キットは3月に公開予定で、課金や決済もサポートするとしており、また、AT&Tは早々と開発者向け試験センターの開設を計画しています。モバイル・オペレーターとして、アプリケーション開発、営業・配信、課金・回収を自社に取り戻そうとしている動きが見られます。

 アップルがiPhoneによってもたらした、OSベースの開発者とユーザーの囲い込み戦略、即ち、アップ・ストアによってアプリケーションを自社の下で販売する戦略は、

  1.   アプリケーション開発者に利便と販売機会を提供し市場を世界に向け一挙に拡大したこと
  2. 販売機会と課金・回収手段の提供によって手数料の配分を開発者にもたらしたこと
  3. アプリケーションの審査によって技術的・社会的な一定の品質を保持すること、

などから大成功を納め、こうしたアプリケーション・ストアの方式は他のOS提供者、機器ベンダー、モバイル・オペレーターにも一般化して世界中に拡大しているところです。

 このOS依存の開発環境と営業・配信、課金・回収を加えた一連のビジネスモバイルのことを、アプ・エコノミーと呼んでいます。アプ・エコノミーの主役は、もちろん、アップル(iOS)とグーグル(アンドロイド)の2社と言ってよいでしょう。

 ただし、同種のビジネスモデルとしては、日本には、iモード、EzWeb、Yahooケータイ!(ここではまとめて“iモード方式”と呼びます)があり、CompactHTMLで記載したウェブサーバー上のサービスが広く普及しています。このことが逆説的に、日本の携帯市場のガラパゴス現象(この表現は、現地のガラパゴスに対し誠に失礼な言い方なので好きではありません)と言われていますが、ビジネスモデルとしては大変似たものです。ブラウザーを共通的に用いているので、端末間は共通化していてOSフリーになっていますが、モバイル・オペレーター間の共通化とはなっていません。米国発のアプ・エコノミーはOS依存であり、OS提供者/端末ベンダーによって開発者とユーザーの囲い込みが図られ、モバイル・オペレーターを単なる回線提供者の役割としてしまいました。いわゆるiモード方式は、スマートフォンをベースとしたアプ・エコノミーからの挑戦に追い詰められつつあると言ってよいと思います。しかし、iモード方式にはサービスやコンテンツ内容を選別基準や手順に従って厳しく審査するいわゆる公式サイトと、まったく自由に独自に立ち上げ可能な一般サイト(いわゆる勝手サイト)が両立しているという世界的にも特異な市場が形成されています。これは日本市場の特色であり、強さとも言えるものです。つまり、どうしても拘束的である公式サイトに対し、自由な勝手サイトの数は非常に多く、多様性にも富んでいます。これから分かるようにアプ・エコノミーは多数のさまざまなアプリ開発をもたらしましたが、他方でOS依存、OSによる拘束を強いていて、デバイス・フリー(OSフリー)とはならず多様な広がりに限界があります。このことがアプ・エコノミーの限界なのです。

 日本のモバイル・オペレーターが先鞭をつけたiモード方式による垂直統合モデルは、アップルがもたらしたアプ・エコノミーの世界的な普及・拡大によって影響を受け、日本でもアプ・エコノミー型のアプリケーション・ストアがモバイル・オペレーターによって運営される流れとなっています。ここにさらに新しい波が起こっているのが、先に述べたAT&Tのアプリケーション戦略とWACの取り組みです。注目すべき動向ですが、なかでもWACがHTML5をサポートすることでWACの動向とスマートフォンのHTML5対応化が連動して加速することが考えられます。まさにブラウザーの復権となります。

  ところで、これはモバイル・オペレーターの復権につながるのでしょうか。もちろん、モバイル・オペレーターは既に、ユーザーサイドへの営業・配信、課金・回収機能は持っているので、復権への道筋にはあると思いますが、そう簡単な途ではないようです。これまでの携帯端末は仕様が一定範囲に収まるものでしたが、スマートフォンやタブレット端末、M2Mデバイス、さらにはスマートTVなどさまざまなデバイスがHTML5ベースのウェブ・アプリケーションによって垂直的に統合されて、選択の幅と同時に自由で多彩で複雑なサービスが構築できるようになります。これまでのiモード方式のCompactHTMLに基づく携帯ウェブ・アプリケーションとは質的にまったく違った複雑なサービスが生まれるでしょう。問題は、モバイル・オペレーターがこうした進化したブラウザーに対応できるのか、どうかと言うことです。日本のモバイル・オペレーターでは、誰でも多くの開発者が参入  できるように、いわば素人でも書けるレベルのCompactHTMLをベースに携帯ウェブ・アプリケーションの開発が進められて来た訳ですが、HTML5はOSフリーとなるばかりでなくマルチ・スクリーン化などデバイス・フリーにまで及びますので、ウェブ・アプリケーションの開発にあたって携帯端末とブロードバンド回線だけ押さえても勝負にはなりません。端末とデータセンターをまとめて取り込むモデル、即ち、クラウド化を図らなければ高度なアプリケーション構築は進まないでしょう。モバイル・オペレーターもまた、自らのクラウド・データセンターを構築して、アマゾンやグーグルのようなウェブ・アプリケーション開発環境を提供していくことが、多くの開発者を引き付け新しいサービスを作り出すことになると考えます。

 アプ・エコノミーは、自らのOSによる囲い込みがデバイス・フリーを拒むモデルなので多様多彩なデバイスの普及とともに限界が見えて来ています。そうなると新しいビジネスモデルは、ブラウザーの復権をベースにした、モバイル・オペレーターのクラウド・データセンター構築による新たなアプリケーション開発者の取り込みが課題となります。バルセロナのMWCで発表されたWACに世界中の多くのモバイル・オペレーターが参加し、主導権を狙っている構図がそのことを端的に示しています。今のところ、AT&Tのスマートフォン向けアプリケーション戦略が一歩先に踏み出したところでしょう。モバイル・オペレーターが狙うのは、LTE・4G時代に適したクラウドを取り込んだポスト・アプ・エコノミーです。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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