2009年12月25日掲載

2009年11月号(通巻248号)

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InfoComモバイル通信T&S

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[tweet] 巻頭”論”

垂直統合モデルか、水平分離モデルか、空しい「神学論争」?

 情報通信産業に、長期に渉り取り憑いている不可思議があります。電話サービス以外の、レイヤを異にする新しいサービスを推進するにあたっての、「神学論争」とも言うべきものです。それは、垂直統合型がよいのか、水平分離型がよいのか、を巡る議論であり、経済学的視点と産業規制論の立場とが、複雑に絡み合った問題となっています。さらに、議論を混乱させるのは、利害関係を有する事業者の思惑が働き、主義主張の応酬となって、実際にサービス開発を担う当事者を悩ませています。

 電気通信サービスが競争者に門戸開放されて以来、電話以外のレイヤの新サービスを指向するのに際し、旧独占体であったNTTの固定ネットワーク・サービスはオープンであることを必須とする、との政策が採られて来ました。例えば、電話機等の端末開放がそれで、端末販売はネットワーク・サービスとは切り離された市場を形成しています。

 しかしながら、現実には、NTTの固定ネットワーク以外のネットワーク・サービス(例えば、携帯ネットワーク)においては、垂直統合型での異なるレイヤ間サービスが拡大、発展して来たところです。携帯端末は、携帯ネットワーク・サービスと結び付き、コンテンツ配信サービスもネットワークと端末両方に垂直的に統合して、急速な市場拡大を果たしました(iモード、Ezweb、Yahoo!ケータイの例)。この結果、コンテンツ・プロバイダーやISPなどの新しい業種が育ち、また、動画を含む情報配信、着メロ・着うたやケータイ・コミックなどの新しい市場の規模は数千億円レベルにまで成長しています。これは、いわゆるプラットフォーム・サービスは、ネットワーク外部性や規模の経済性が極めて強く働くので、垂直的統合を行うことによってコスト構造と異なる収益構造を容認した方が、全体として社会的厚生が高くなることがある、という考え方(Two-Sided Market理論)に基づいているものです。その一方で、競争導入以来、本格的な垂直統合型サービスがあまり見られなかったNTTの固定ネットワーク・サービス上には、インターネットによる多数のサービス・プロバイダーが生まれ、消滅をくり返して来ました。これは、水平分離型の特徴的現象と言えるでしょう。インターネット上のサービスは、通常、PCを端末としてサービスが行われており、コンテンツの多くは無料、ビジネス方式は広告モデルによる形が一般的となっています。

 まさに、この対比が冒頭の「神学論争」を生み出している訳です。論争のポイントは、ISP側からする垂直統合モデルへの批判にあります。携帯も含めて、すべてのネットワークは水平分離し、垂直統合型によるビジネス・モデルを何らかの形で規制すべきであるとの声となっています。さらに、問題が複雑なのは、古く、NTTのキャプテン・サービスの時のクローズド・モデルの反省から、オープン・モデルへの指向が固定ネットワーク側に残っていることも影響していることがあります。そこには、固定ネットワークを活用した垂直統合モデルでは、特に、端末やソフトウェアへの制約を問題視する傾向が見られます。

 結論的には、こうした「神学論争」は事業観の違いであって論争に適した課題とは言えず、市場や産業政策上の他の要素(パラメータ)に依拠するところが大きいものと言えるでしょう。産業政策的に は、ネットワークの接続条件などは差別的であってなりませんが、コンテンツやソフトウェアの扱いは、 (1)WinWinのエコシステムを創出する垂直統合モデルと、 (2)自由に競争者が参入して多様なサービスが成立する水平分離モデル、とも可能です。問題は、産業構造を考えて、経済学的に見 て、どういう諸条件の下に、どちらのモデルが相応しいのか、技術やサービス、顧客満足などのイノベーションを進めるには、どちらが優れているのか、など具体的に検討しなければなりません。

 その際、やはり本質は、消費者・利用者が実際に具体的に求めるものを、早く、広く、継続して満足するモデルが望ましいと言うことです。実例的にも、iモードなどの携帯オペレータによる情報サービスや、iPodや任天堂の戦略、さらには、アマゾンの電子書籍端末などの専用端末の取り組み、携帯端末向けの着うた戦略など、オープンな端末であるPCを避けた方式に成功事例がある点に着目すると、サービス内容や品質の確保による市場信頼の獲得、フリーコピーや改ざんの回避、などの狙いが浮かび上がってきます。守るべき価値や達成するレベルが具体的に設定されると、垂直統合型の方が効率性が働き、顧客満足度が高くなるし、逆に、機会均等や多様性追求など競争促進を主眼にすると、水平分離型が望ましいものとなります。

 私は、両者の違いは発展段階の差に由来するものであり、実際上、個々の事業者の判断と取り組みに拠らざるを得ないものであると考えます。従って、個々の事業者は、「神学論争」にとらわれずに、消費者・利用者が、実際に、具体的に求めるものを満足する方式を適正・適法に進める、ということになるでしょう。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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