2007年5月号(通巻218号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:市場・企業>

Wi−Fiコミュニティ・プロジェクト「FON」の行方

 個人が家庭等で利用している無線LANアクセス・ポイントを利用し、世界中で草の根的に公衆無線LANのサービス・エリアを拡大している「FON」が、我が国でも2006年12月より日本法人を通じて本格的にサービス展開を開始した。個人が所有している無線LANルータをアクセス・ポイントとして他人に公開する、いわゆる「草の根無線LAN」の活動は2001年頃から北米を中心に一部で行われていたが、FONはそれをビジネスとして立ち上げたことで、インターネット業界から大きな注目を浴びている。日本では、携帯電話が様々なアプリケーションを取り込むことで、公衆無線LANの普及を遥かに凌いでいるように思われるが、このような環境の中で、果たしてFONのサービスが受け入れられるか、先行する海外での活動を中心に同社の取り組みを概観する。

■FONの概要

 FONは2005年11月にスペインで設立されたベンチャー企業である。米グーグル、米eベイ傘下のスカイプ等から出資を集め、世界的に話題となった。日本では、エキサイト、伊藤忠商事、DGインキュベーションの出資を受け、2006年5月に日本法人を設立している。同社が進めるプロジェクトでは、同社の提供するソフトウェアを個人が所有する無線LANルータにインストールするか、同社のサイトから専用ルータ「LaFonera」(欧州で34.44ユーロ、北米で39.95ドル、日本では1,980円)を購入し、各個人が利用する回線に接続することで、他のユーザーも無線LAN共有が可能なアクセス・ポイントを開設できる。LaFoneraの機能は、WPAによる暗号化セキュリティが標準搭載された家庭内無線LAN用のアクセス・ポイントと、外部に提供するアクセスポイントの2つの機能を併せ持っており、LaFoneraの所有者が外部に開放する帯域幅を設定できる。

 外部からFONサービスを利用するには、予め会員登録し、利用時にFONサイトにアクセスし、ログインすることにより認証される。FONでは、ユーザーを「Linus」「Bill」「Alien」の3種類に区分している(日本では法的な問題から、billおよびAlienのサービスは行っていない)。「Linus」は、自分の使っているアクセス・ポイントを無償で提供する代わりに、他人のアクセス・ポイントも無料で利用できる。「Bill」は、自身のアクセス・ポイントを有償で提供し、他人のアクセス・ポイントも有料で利用する。「Alien」は、自身ではアクセス・ポイントを用意せず、他人のアクセス・ポイントを有料で利用する。これらFONユーザーは「Fonero」と呼ばれ、世界中のFONのアクセス・ポイントが利用できる。ユーザーには、FONのネットワークがどこで利用可能かわかるように、公式サイト上で、アクセス・ポイントの場所をグーグル・マップを利用して公開している。

 FONのビジネスモデルは現在のところ、専用ルータの販売と、BillやAlienへの課金による収益が中心となっている。BillとAlienの利用料金は欧米では1日2〜3ドルの設定で、既存のホットスポットに比べ格安で提供されている。Billには、手数料などを除いた売上高の半分がペイパル経由でFONから支払われる。FONは広告も出さず、ブログ等の口コミでユーザーを増やしているが、 2007年1月時点で欧米やアジア144ヵ国に広がっており、アクセス・ポイント数は4万を超え、主にVoIPの利用者を中心に22万人超のユーザーに普及・拡大している。

■ISPの反応

 一方で、ユーザー自身がアクセス・ポイントを開設し、契約しているブロードバンド回線を第三者に利用させるサービス・モデルはISPとの間に軋轢を生むことも予想される。しかし、FONによれば、1日2〜3ドルの設定は、数日間利用すればADSLを定額利用した方が安い価格設定であり、あくまでADSL環境を前提としたサービスであることから、ISPと直接競合することはないとしている。そして同社では、収益の一部をISPと折半することで、ISPとの提携を進めていく方針である。実際、ISPにとっても、FONから売上の一部を得ることで収益増を見込めたり、ユーザーの解約防止につながるメリットを享受できることから、欧州では、スペインのJazztel、スウェーデンのGlocalnet、フランスのNeuf Cegetel等大手のISPと提携している。日本では、中堅ISPのエキサイトが2006年12月にFONと提携しているが、この他、ニフティとソネットエンタテインメントの2社も業務提携に向けて前向きに交渉を進めているとの憶測もある。しかしながら、米国ではISPのほとんどが、契約者によるWi−Fi共有に否定的であるとも報道されている。

■米国におけるプロモーション

 こうした中、FONでは米国において、様々なアプローチを展開している。その一つとして、2006年10月27日、同社はサンフランシスコで「Freedom Friday」と呼ぶイベントを開催した。同社は、ブロードバンド加入者に専用ルータ「LaFonera」を無料配付し、同社のサービスモデルを用いれば、市営のWi−Fiネットワークを構築する必要がないことを訴求した。同社によれば、Wi−Fiネットワークへのアクセスは本来安価であるはずだが、市営ネットワークの構築・運用には莫大なコストがかかっているとしてる。実際、米国では市営Wi−Fiネットワークの構築・運用に、2006年で2億3,500万ドル、2010年までに30億ドル以上が投じられるとの調査結果も報告されている。これに対し、FONではサンフランシスコやニューヨーク等東海岸におけるWi−Fiアクセスの無料化を計画していることを発表した。

 更にFONでは、2007年に入り、コーヒーショップの半径150フィート以内に住む住民に対しても、LaFoneraを無料配付している。これにより、スターバックスを始めとするWi−Fiホットスポットを提供しているコーヒーショップと直接競合することとなる。現在、スターバックスではT−モバイルUSAとの協業でWi−Fiネットワークを提供しており、その利用料は1時間6ドル、24時間10ドル、1ヵ月20ドルのプランが用意されている。T−モバイルUSAでは現在、24時間利用のトライアル・パスを無料配布し、FONに対抗している。FONでは今後、自動販売機や街頭の看板等にもアクセス・ポイントを設置したい考えで、既にコカ・コーラと交渉中と見られている。

 そして2007年4月、FONはついに米国の大手ケーブル会社、タイム・ワーナー・ケーブルと提携を締結した。これにより、タイム・ワーナー・ケーブルのブロードバンド加入者660万人が、FONのアクセス・ポイントを経由してWi−Fiネットワークへアクセスできるようになる。FONとタイム・ワーナーケーブルの提携により、FONは米国での知名度と信頼性の向上を図ることができ、一方、タイム・ワーナー・ケーブルでは顧客の流出を防止できるとしている。

■ターゲットはエンターテイメント系アプリのヘビーユーザー

 世界的なユビキタス環境の構築を進めるFONは、一見通信事業者にとって対抗勢力とも捉われかねないが、同社が狙うのは、携帯型ゲーム機やポータブル・オーディオ・プレーヤーのヘビーユーザーである。既に、ニンテンドーDSやPSPはWi−Fiに対応しており、将来的にはiPod等のポータブル・オーディオ・プレーヤーも無線LAN経由で楽曲のダウンロードが可能となることが期待される。現在FONのアクセス・ポイントにアクセスするためには、パソコンからFONのサイトにアクセスしてユーザー認証をする必要があるが、今後はゲーム機等の機器をアクセス・ポイントに近づけるだけで、自動認証が行えるような仕組みを計画しているとのことである。同社では将来的には、独自のコミュニティ・サービスやVoIPサービスの提供も検討しているようだ。

 とはいえ、FONのアクセス・ポイントを外部から利用する際のセキュリティは脆弱であり、通信品質の保証もないことから、ビジネス・ユースや緊急通報等ミッションクリティカルな用途には向いていない。T−モバイルUSAでも、通信速度や信頼性に価値を求めるユーザーに対し、プレミアム・サービスを提供することで、住み分けできるとしている。

 いずれにせよ、今後は、ユーザー自らが、利用目的に合わせてネットワークを選択することになるだろう。また、安価なユビキタス・ネットワークの構築が可能になれば、事業者の上位レイヤにおけるサービス競争が一段と激化することも予想される。FONの野心的な戦略が、日本の携帯電話事業者による独占市場に一石を投じることになるのか、注目したい。

「図表 FONの国別アクセス・ポイント数(2007年1月18日現在)」

武田 まゆみ
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