2007年2月号(通巻215号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:市場・企業>

2006年の米国MVNO動向を振り返る

 2006年、米国の携帯市場におけるトピックの1つとしてMVNOに話題が集まった1年となった。2005年後半から2006年前半にかけて、強力なコンテンツやブランド力を梃子にしたディズニー・モバイルやESPNモバイル、また各種モバイル・アプリケーションへの関心が高い若年層といった特定のユーザーセグメントへの訴求力を背景にアンプド・モバイル、ヘリオといった、注目度の高い新たなMVNOプレイヤーの市場参入が相次いだ。これらの新しいMVNOプレイヤーの共通した市場戦略はターゲット層を絞り込んだ上で、独自の付加価値で他社との差異化を図ろうとした点である。こういったいわゆる「付加価値型」MVNOが、大手携帯キャリアや既存MVNOがまだ手をつけていない新たな顧客ニーズを開拓出来るのではないか、といった期待感から注目が集まった訳である。

 ところが実際に各MVNOが商用サービスを展開した2006年後半、各社の苦戦が報じられるにつけ、一転して市場の高揚感は失望へと変わり、早くも付加価値型MVNOが提示したビジネスモデルに懐疑的な意見が出始めた。そして2006年9月末、ディズニーという強力なバックアップがある有望株だったESPNモバイルが参入後、わずか約7ヵ月でMVNO事業からの年内撤退を決定したことによって、このような見方が市場で有力になり、「新たなMVNOの試みは失敗に終わった」とまで断定する論調が見られるようになった。

[表1:主な「付加価値型」MVNOプレイヤーのプロファイル
]

 各社ともサービス開始後最長でも1年程度しか経っていないことからまだ結論を急ぐのは早い、とする意見もあるが、2007年の市場展望においては当面、新たな大手プレイヤーによるMVNO市場参入の可能性は低い、との見解が多数派となっている。実際、次の有力な参入企業として取り沙汰されていたアップル社は、2007年1月のiPhone発表時、ネットワークについてはMVNOの形態ではなく、大手携帯キャリアのシンギュラー・ワイヤレスとのサービス提携を選択している(注1)。

(注1)iPhoneの詳細については、本号のトレンドレポートを参照

■付加価値型MVNOの苦戦

 付加価値型MVNO各社が苦戦を強いられた主な原因として、サービス開始当初の各社のサービスが、ブランド力やユニークなデータサービス・コンテンツ等の強みを過信したものだったため、とされている。その結果、携帯ユーザーが持つとされる基本的なニーズを見誤ってしまい、ユーザー獲得につながっていない、との指摘が多い。特に主な問題とされたのが:(1)料金プラン(2)流通チャネル/マーケティング(3)端末ラインアップ、の3点である。

(1)料金プラン:
サービス導入時、多くの付加価値MVNOは様々なコンテンツ・アプリケーションを一括バンドルした、月額80〜200米ドル程度のハイ・エンド向けパッケージ料金を中心に、ポストペイド方式で提供を始めた。一方、音声プランについては、他の大手キャリアや既存MVNOに比べて同程度、もしくは多少高めの価格設定になっていた。各社がターゲットとしたユーザー層は特定コンテンツ等への関心が高いとは言え、大手携帯キャリアも狙う高ARPUのユーザー群であり、携帯使用の基本となる音声プランの魅力が不足していたり、エントリー料金が高ければ、新規参入MVNOは携帯ユーザーを自社に引き付けることが出来ない、と多くのアナリストが指摘している。

(2)流通チャネル/マーケティング:
当初、主な販売ルートはインターネット経由が中心であったため、十分に消費者にサービスを認識してもらったり、端末を販売する流通ルートに欠けていた。そのため、消費者が手に入れたくてもどこで購入出来るのかが分かりにくい、との指摘がある。

(3)端末ラインアップ:
 サービス開始時の端末ラインアップは1〜2機種で、選択の範囲に乏しかった上、3Gに未対応であったり、デザインのトレンドを捉えた携帯端末機種について、ベンダーからの供給が受けられず、市場の要望に応えられていなかった。

 上記の課題に早々に直面した付加価値型MVNO各社は、2006年後半にかけて、矢継ぎ早にサービスの改善策を発表、実施に移している。(1)の料金プランについて見ると、各社ともに全体的に価格帯を引き下げるとともに、音声プランで無料通話分数のバンドル分を増やし、他社と比べても競争力のある料金設定を行なっている。また、必要なコンテンツを自由に選択出来るアラカルト方式の導入・拡充や安価なエントリー料金の追加によって、消費者のキャリア選択のハードルを下げるとともに、選択肢を増やしているのが現状だ(表2:ヘリオの例を参照)。

[表2:ヘリオの料金プランの推移]

 また流通ルートの拡大のため、アンプド・モバイルはベスト・バイやサーキット・シティといった大手量販店との提携を締結する一方、ヘリオは2,700カ所余りのリテール店舗における販売の他、独自のファッション性に富んだショップ「ヘリオ・ストア」を2月末までに全米5ヵ所に開設する等、対応策を打っている。更に、端末については、アンプド・モバイルはモトローラの人気端末Razrのカスタマイズ仕様を発売、ディズニー・モバイルやヘリオも相次いで自社コンテンツを生かした追加端末を発表することで、ラインアップの充実を図った。

 しかし今のところ、これらの施策が中長期的に各社の経営目標達成に向けて、効果的な影響を及ばすかどうかはまだ不透明だ。なお、今までは加入者の実態について公表を差し控えている事業者が多かったため、これが更に付加価値型MVNOの厳しい経営実情に関する様々な憶測を呼んでいたが、2007年に入り各社の昨年度の実績が徐々に明らかになってきた。

[表3:付加価値型MVNO 2006年の経営実績
]

 それらの情報によると、アンプド・モバイルとヘリオの両社は、昨年第4四半期の最も消費活動が活発なホリデー・シーズンにおける加入者獲得においては、一定の成果をあげた模様だ。また、ARPU実績等を見る限り大手携帯キャリアとは異なった、特定ユーザー層に対してアピールしていることが見てとれる。しかし、今後も引続き前四半期と同等、又はそれ以上の成果を達成続けられるかどうかが重要であり、この2007年は各社にとって試金石となるだろう。例えばアンプド・モバイルの場合、2008年段階での黒字転換に必要とされる70万強のユーザー獲得に目処を付けられるかどうか、まだ予断を許さない状況にあると言える。

■コンテンツのライセンスモデルへの戦略転換

  厳しい状況に直面する一部の付加価値型MVNOにおいては、自社で受け持つサービス提供の範囲を絞って、ネットワークを自ら手掛けるリスクからは撤退し、コンテンツ供給等に専念して活路を見出そうとする動きも出てきている。2006年末でMVNO事業自体からは撤退したESPNモバイルだが、引続き収益源であるスポーツ番組等のコンテンツについては携帯事業者向けにライセンス提供していく方針だ。またアンプド・モバイルは、最近の相次ぐ国際展開において、カナダのTELUSや日本のKDDIとの提携内容では、ネットワークの提供には踏み込んでおらず、マーケティングや端末・コンテンツ供給といった範囲に事業内容を限定している

■既存大手MVNOプレイヤーの動向

[表4:米国大手MVNO3社の加入者動向
] 現在の米国MVNO市場には50社以上が参入しているが、2000年前後の市場黎明期にサービスを開始したTracFone、ヴァージン・モバイル及びBoost Mobileの上位3社がいずれも数百万単位のユーザーを獲得しており、MVNO市場においては確固たる地位を確立している。ストラテジー・アナリスト調べによると、米国の2005年末段階におけるMVNO市場は約2,000万加入前後と見られ、米国全体の携帯加入数の約10%がMVNOによって占められている模様だ。また、そのうちの約65%を上記の3社が確保していることになる。米国の携帯市場全体の成長率がこの2〜3年で10%台前半で推移し、徐々に勢いが鈍化する中、大手MVNO各社は引続き高い成長率を保ち続けている。

 これら3社が成功した要因として、ターゲット層は各々ラテン系移民層、若年層と違ってはいたものの、いずれも共通項として(1)契約が容易(2)Pay-as-you-goスタイルのプリペイド方式携帯(音声利用中心、大手携帯キャリアが主力とするポストペイド携帯市場とは競合しない)(3)低価格かつシンプルな料金プラン、といった特徴を持つ。また既存MVNOがユーザーの支持を広げたこの数年間は、米国の携帯市場が本格的に成長した時期と重なっている一方、MVNOへネットワークを提供するスプリント・ネクステル等の大手携帯キャリアが卸売による市場開拓に対して積極的なスタンスをとってきたことも成功を支える背景となってきた。

 大手MVNO3社は今後も引続き米国の携帯電話市場において一定の影響力を保持していく模様だ。ヴァージン・モバイルUSAは2006年第1四半期に収益が初めて黒字に転じたことを発表している。また、同社は2002年7月のサービス開始から4年弱の2006年4月に400万加入を突破しており、2006年のJD&パワーズの携帯顧客満足度調査ではプリペイド部門でトップを獲得する等、着実な実績を積み上げてきている。同社CEOのDan Schulman氏によると米国ヴァージン・モバイルが業績好調である3つの理由として、(1)ターゲットである若年層にしっかりフォーカスが出来ていること(2)新たな技術やアプリケーションの登場に左右されすぎていないこと(3)顧客の体験・ニーズと価格のバランスの見極めが出来ていること、を挙げている。

研究員 渡辺 祥
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