2006年6月号(通巻207号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

周波数競売で米国無線業界の勢力分布は変るか

 米国の連邦通信委員会(FCC)は、来る6月29日から1〜2ヵ月間の予定で、大規模な周波数の競売を行なう。オークション66と呼ばれるこの競売では、1.7GHzおよび2.1GHz帯の90MHzが対象になる。米国における周波数の競売としては最大の規模で、落札見込み額は80〜150億ドルとみられている。成長が見込まれる無線サービス市場を反映して、この競売に参加する企業は既存の携帯電話会社にとどまらず、ケーブル・テレビからネット企業まで新規参入が多く見込まれ、米国の無線サービス産業におけるバランス・オブ・パワーが変わるかもしれないという。

■最大規模のオークション66

 オークション66と呼ばれるこの競売に付されるのは、Advanced Wireless Spectrum(AWS)と呼ばれる、ほぼ全米をカバーする人気の高い1.7GHzおよび2.1GHz帯の90MHzである。競売参加を希望する企業は5月10日に申し込みを行なう必要があるが、申し込んだ企業名は競売開始まで公開されない。これは競売参加企業が事前に話し合いを行なうのを防ぐために設けられた新たな談合抑止のルールだという。オークション66は米国におけるおける周波数の競売としては過去最大の規模で、落札見込み額は80〜150億ドルとみられている。

 活況を呈している無線サービス市場を反映して、この競売に参加する企業は既存の携帯電話会社にとどまらず、新規参入者が多く見込まれそうだという。フィナンシャル・タイムズは、この競売の結果如何で、現在3〜4社の寡占下にある米国の無線サービス産業におけるバランス・オブ・パワーが変わる可能性があると指摘している(注1)。また、通信トラフィックの無線ネットワークへの長期的なシフトに直面している現在の携帯電話会社、ワイヤレス・タワー・オペレーター(注2)および多くのネット企業などにとって、この競売は重要な意味があるという。米国の無線ネットワークで運ばれる音声トラフィックの総時間は、減少傾向にある伝統的な固定ネットワークで運ばれる音声の総時間と、今年初めてほぼ肩を並べると見られているからだ。

(注1)Sale could alter balance of power in wireless(Financial Times online / May 10, 2006)

(注2)無線サービス向けに鉄塔(タワー)インフラを主に管理し、携帯事業者等に提供している企業

 今回の競売が多くのプレーヤーの注目を集めているのは、今や周波数が特別に貴重な資源だと考えられるようになったからだ。ビジネス・ウイーク誌(注3)によると、競売の勝者は3もしくはそれ以上の全米規模にわたる無線ネットワークの構築が可能になり、音声サービス、広帯域インターネット接続もしくはモバイル・テレビ・サービスの提供が可能となるだろうという。過当競争に明け暮れた米国の無線サービス産業は、過去5年ほどの合理化と統合の時期を経て、6社だった全米規模の携帯電話事業が主要4社に再編されたが、これらの生き残り組(注4)は、価格戦争の開始と従来経験したことがないような、米国の無線サービス産業のダイナミックスを変えるかもしれない新たな競争相手に直面するだろうという。前掲のビジネス・ウイーク誌によると、オークション66が意味するものは、さらなる混乱に向かうということだという。

(注3)The new wireless wars(BusinessWeek online / May 15, 2006)

(注4)シンギュラー(AT&T60%、ベルサウス40%の出資、GSM、加入数5,600万、非上場)、ベライゾン・ワイヤレス(ベライゾン・コミュニケーションズ55%、ボーダフォン45%の出資、CDMA、加入数5,300万、非上場)、スプリント・ネクステル(スプリントが2005年8月にネクステルを合併、地域電話事業の分離が進行中、CDMA、加入数5,100万、株価総額は626億ドル)、T−モバイルUSA(ドイツ・テレコムの携帯電話子会社T−モバイル・イン    ターナショナルの1ユニット、GSM、加入数2,270万、非上場)

■事業の存廃を賭けるT−モバイルUSA

 まず既存の携帯電話会社はオークション66に対してどう動いているか。第4位のT−モバイルUSAは、第3世代携帯電話(3G)およびその他の新サービスの提供に必要な周波数の確保に迫られていた。前掲のフィナンシャル・タイムズが引用しているレーマン・ブラザーズの投資レポートによると、T−モバイルUSAは全国規模の携帯電話会社4社のうち、周波数で最も弱い立場にあるという。したがって、同社の経営陣は一貫してオークション66には合理的に対処すると言明しているにもかかわらず、最も積極的な応札者の一つになるだろうとみられている。

 アナリスト達は、T−モバイルUSAがオークション66に60億ドルを支出するとみている。同社がこの競売で、全国規模のしかるべき容量の周波数を確保することに失敗すれば、同社の野心的計画を大幅に縮小するか、そうでなければ事業自体を競争相手に売却することを余儀なくされるだろうという。

 無線通信会社にとって周波数は基礎的な原材料のようなものであるから、T−モバイルUSA以外の大手携帯電話会社3社(シンギュラー、ベライゾン・ワイヤレスおよびスプリント・ネクステル)も、適正価格での周波数確保に関心を持っていると語っているが、彼らは特別に積極的な応札者ではないようだ。しかし、スプリント・ネクステルが巨額の資金調達能力を持つケーブル・テレビ会社と提携して応札する場合には、強力な存在になるだろうとアナリスト達は指摘している。

 ベライゾン・ワイヤレスは、倒産したNextWave Wirelessから昨年、23市場における周波数を30億ドルで買収しているが、さらなる周波数の獲得にむけてオークション66の応札に30億ドルを支出する用意をしているという。シンギュラーは、昨年AT&Tワイヤレスを合併しており、周波数を追加するための入札に加わる必要はないが、それでも応札のための事前登録を行なったようだ。

 スプリント・ネクステルは恐らく、大手4社中周波数で最も有利な立場にあるという。スプリントが1990年代の中頃に獲得した1.9GHz帯は、現時点でのトラフィックでは低い利用率(数パーセント)にとどまっている。また、同社はこの他に、第4世代無線ブロードバンド・データ・サービスの導入に利用するために、未利用の2.5MHz帯を保有している。

最近、クレイグ・マッコー氏(会長兼共同CEO)が率いるClearwireが脚光をあびている。同社は去る5月11日に、米国証券取引委員会(SEC)に株式の公開を申請したが、調達予定の資金4億ドルを無線ブロードバンド・サービス提供のためのネットワーク拡大、とくに周波数の獲得に充てる計画である。「我々の意図は、地理的にも加入者のカテゴリーの観点からも、我々の高度無線ブロードバンド網を広範囲に展開することである。」とSECの申請書で述べている。マッコー氏は、1980年代に携帯電話の周波数を買い漁って、マッコー・セルラーを創立したことで有名である。1994年に同社を当時のAT&Tに115億ドルで売却し、AT&Tの最大株主になった。このようにして発足したAT&Tワイヤレスもシンギュラーに買収されたが、大合併時代の魁となったのがマッコー氏だった。

 この他の潜在的な競売参加携帯電話会社としては、地方の地域携帯電話会社のMetro PCS(テキサス州ダラス)やLeap Wireless(カリフォルニア州)などがある。Leap Wirelessは5月9日に、オークション66の競売に参加するための資金を確保するため、2.5億ドルの普通株を売り出すと発表している。

■ケーブル業界は共同応札を目指す

 コムキャスト、タイム・ワーナー・ケーブル、コックスおよびAdvance/Newhouse Communicationsの米国の大手ケーブル・テレビ会社と、携帯電話業界第3位のスプリント・ネクステルとが新たに立ち上げたジョイント・ベンチャーは、5月10日にオークション66への申込書をFCCに申請した。

 前記の5社によるジョイント・ベンチャーは昨年設立されており、ケーブル・テレビ会社が提供するブロードバンド、音声およびビデオ・サービスを無線サービスとバンドルすること(クワドルプル・プレー)を目指しており、スプリント・ネクステルの卸売サービスを利用したパイロット・サービスを今年末に予定している。
最近、この5社はオークション66に参加する可能性を探ることに特化した、第2のジョイント・ベンチャーを立ち上げた。タイム・ワーナーはその声明で「オークション66の申込書を提出しても、タイム・ワーナー・ケーブルやその他の会社が同オークションで応札する義務はない。しかし、我々は周波数を獲得することがビジネスとして有意義であると決断すれば、申込書の提出は我々に(オークション66へ)参画する柔軟性を提供してくれる。」と述べている。(前掲ビジネス・ウイーク)落札価格が高くなり過ぎる場合には競売に参加せず、スプリント・ネクステルの余裕周波数を活用するということだろう。

 アナリスト達は、中小規模のケーブル・テレビ会社も同様に、オークション66への申込書をFCCに提出したのではないかとみている。

 ケーブル・テレビ以外の放送業界では、News Corp.が申込書を提出したとみられている。狙いは、無線サービスをバンドルすることによって、傘下の衛星テレビ事業DirecTVのサービスを拡充するため、もしくは、同社が新たに獲得したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のマイスペース(MySpace)を中心に、無線サービスを提供するためとみられている。マイスペースへのトラフィックはすごい量で、世界第6位のアクセス数である。オークションのeBayや電子商取引のAmazon.comを上回っている。このような状況は、無線サービスを導入するのに最適である。最近、マイスペースはMVNOのHelio Mobileと提携して無線サービス分野に進出(MySpace on Helio)した(注5)が、News Corp.は必要な周波数を入手し、自前の設備による無線サービス市場への参入を狙っているようだ。

(注5)Helio Mobile(MVNO)はISPのアースリンクと韓国のSKテレコムの合弁会社で、4月からサービスを開始し たが、韓国系米国人向けサービスや若者向けのステレオ音楽やゲームが売り物である。MySpaceはHelioと提携し、その 利用者(現時点で6,800万人)がHelioの加入者であれば、携帯電話経由でMySpaceの自分のページをチェックし、写真や ビデオなどのアップデートもできる。なお、このサービスは排他的な契約で、他の携帯電話からの利用はできない。 (Cell phones, It’s your call / BusinessWeek May 15,2006)

 News Corp.に限らず、オークション66で売却される周波数の多くは、映像を含むデータ・サービスの提供に利用されるだろうという。調査会社のIDCによると、無線データ・サービスの売上額は、2005年の88億ドルから2009年には277億ドルに増加するという。無線データ・サービス市場は未だ揺籃期にあり、今後急成長が期待できる数少ない市場の一つである。

■潜行するネット企業/ハイテク企業

 前掲のフィナンシャル・タイムズは、オークション66で注目を多く集めるのは「非伝統的な応札者」だろうと指摘している。単独もしくは現在の携帯電話会社と提携して活動する「非伝統的な応札者」には、ネット企業を含むハイテク企業、ケーブル・テレビ会社もしくは衛星会社などが含まれるだろうが、彼らは全米規模の通信会社との交渉のダイナミックスを「ネット中立性」(注6)の観点から変えることに積極的になるだろうと指摘している。「非伝統的な応札者」のなかのハイテク企業には、検索サービスのグーグル、ポータル・サービスのヤフーおよびMSNを運営するマイクロソフトなどが含まれるとみられるが、現時点ではオークション66に参加するネット企業の具体名は明らかでない。

(注6)「ネット中立性」については拙稿「欧米で高まるネットワーク中立性の論議」(InfoComアイ、2006年4月)参照    (http://www.icr.co.jp/newsletter/eye)

 これらの企業は「ネット中立性」議論の先頭に立っており、固定網経由でビデオやその他の高度サービスを配信するネット企業などに、別料金を支払って欲しいと主張しているAT&T、ベライゾンおよびベルサウスなどの既存通信会社のインターネットを利用するよりは、自前の無線ブロードバンド接続経由で高度サービスを配信する能力を持つことに積極的だとみられている。

 スプリント・ネクステルとケーブル・テレビ大手の第2次ジョイント・ベンチャーは、WiMAXのような次世代無線技術による超高速の双方向サービスの導入も視野に入れている。WiMAXは、チップ製造の最大手インテルが積極的に開発を推進してきた技術であり、Clearwireのインターネット接続にも使われている。インテルは、WiMAXチップを搭載するノートブック・パソコンや携帯電話機のメーカーに梃入れするために、早急にWiMAXネットワークを拡大する必要に迫られている。しかし、インテルはオークション66に直接参加することはせず、出資企業であるClearwireのオークション参加支援などを通じて、間接的に目的の達成を目指す意向だという。

■オークションの後の市場はどうなるか

誰がオークションで勝っても、新たにサービス・プロバイダーとなる企業は、獲得した新周波数を使ってネットワークを運営するのに、自社単独で行なうことはしないだろう、と前掲のビジネス・ウイーク誌は指摘している。オークション66の落札企業は、入手した電波を運営するため、既存の無線サービス・プロバイダーと委託契約を交わすことになるだろうという。既存の携帯電話会社はその無線塔にいくつかのアンテナを増設することができるから、落札企業は新周波数を比較的安いコストで利用することができる。

 オークション66によって、利用できる周波数の容量が増加することから、無線サービスの利用に伴う諸制約を緩和することができるし、より高品質のサービスを提供できる可能性もある。一方、周波数の保有者はより強い交渉力を持つようになる。例えば、スプリント・ネクステルのような無線通信会社は、彼らのMVNOパートナーが特定の市場セグメントを追求し、もしくはスプリントのサービスと直接競争する特定のサービスを提供することを禁止することができる。しかし、周波数の保有者は、このような制約をほとんどなくすか、もしくは完全になくすよう自制すべきだ。その結果、オークション66は、音声および無線データ・サービスの大価格競争に導くことになるだろう。例えば、インターネット・サービス・プロバイダーは簡単で廉価なウェブ・ベースの(無線)音声通話を提供できるようになる、と前掲のビジネス・ウイーク誌は指摘している。

 ある意味では、今回の政府による無線周波数のオークションは「未来に戻る」(a leap back to the future)結果になるだろうと、前掲のビジネス・ウイーク誌は以下のように書いている。統合の時代が終われば、恐らく新しい競争事業者が矢継ぎ早にこの分野に参入するだろう。米国では、無線サービス産業に比較的健全な6社が存在したのはそんなに昔のことではない。そして、料金も過度に破壊的ではなかった。さらに、新規参入する無線サービス会社は、既存企業と違うニッチ市場をターゲットにしている。結局、新規参入企業は、M&Aの新たな繰り返しの導火線になるのではないか。このことは、無線産業をさらなる統合に向かわせるかもしれない。過去はまた未来に戻ってくる。

 ところで、わが国は何故周波数の割り当てにオークション方式を採用しないのか。通信バブルの崩壊の契機となった欧州の周波数のオークションに行き過ぎがあったことは事実だが、その後市場は落ちつきを取り戻しており、欧米では周波数のオークションは今日まで継続している。

 オークション方式のメリットの第1は、公共の財産である電波を収益事業で利用するのだから、応分の対価を支払うべきだという要請に応えることである。今日、わが国では財政再建に資するため広範な公共資産の売却が議論されており、電波の利用権もその対象として検討すべきだろう。第2は、電波の利用権を最も高く評価したものが事業化に責任を負うことによって、公共の財産から最大の価値を引き出す可能性が高い点である。第3は、オークション方式は客観的で、行政当局の意向に左右されやすい比較審査方式より優れているだけでなく、他業種などからの新規参入によるイノベーションが期待できることである。過去の失敗からオークション方式の弊害を極力少なくする工夫を講じた上で、その有効性を生かす余地があるのではないか。因みに、周波数のオークション方式を採用している国々の携帯電話料金が、特に高いということはないようだ。

特別研究員 本間 雅雄
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