2006年2月号(通巻203号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

「固定通信市場からパイを奪え!」
FMS(Fixed Mobile Substitution)を巡る移動通信事業者の動向

 世界的にFMCへの取り組みが盛んになっている。固定通信事業者が携帯電話事業へ乗り出す一方、一部の移動通信事業者では、携帯電話を固定電話の代替として利用させるための取り組みが活発化している。本稿では、「ホームゾーン」をコンセプトに掲げ自宅や職場での固定電話代替を意図したユニークな取り組みにより業績を上げるドイツの移動通信事業者の事例を紹介し、固定電話市場からの収益確保を図る携帯電話業界を考察する。

O2、「ゲニオン」により自宅や職場での携帯電話を固定電話並の料金で提供

 ドイツ第4位の規模の移動通信事業者O2は、自宅や職場などの一定地域では固定電話並の料金で利用できるサービス「ゲニオン(Genion)」を提供している。ゲニオンはサービス加入者が自宅や職場などユーザーの拠点となる場所を「ホームゾーン(Homezone)」として設定すると、この領域内で利用した携帯電話料金には固定電話並の低い水準の料金が適用されるというサービスである。ゲニオンはO2の前身、フィアック・インタルコム(Viag Interkom)当時の1999年7月より開始しており、成功を収めるFMC事例として通信業界における評価も高い。なおゲニオンは、ホームユーザーのみならず企業ユーザーにも利用されている。

基地局からの位置情報を課金システムに活用

 ゲニオンは、携帯電話の基地局から取得するユーザーの位置情報によりその課金体系を変える位置情報サービスである(図表1参照)。携帯電話ユーザーは加入に際し自らが拠点とする自宅や職場などを登録すると、ここから最低半径500メートルは料金が固定並となる「ホームゾーン」として設定される。このホームゾーンは、最低3つの基地局がカバーするエリアとなる。ユーザーがこのホームゾーン内にはいると、自動的に携帯電話のディスプレイに「Home」と自動的に表示され、低価格で通話できることを教えてくれる仕組みとなっている。

図表:ゲニオンの仕組み

■固定電話番号も付与し発信者へも低価格料金を適用

 ゲニオンでは、ゲニオンを利用する携帯電話へ発信する側でも固定電話並の料金を利用できるしくみがある。ゲニオン加入者には、携帯電話番号の他にもう一つ固定電話番号が与えられる(注)。この番号は、実際には携帯電話で利用されるいわば仮想的な固定電話番号となる。この固定電話の番号は、ユーザーがHomezoneに指定した場所の市外局番を持つ番号が付与される。そしてゲニオンの固定電話番号の方へ発信した場合、料金は固定電話並の価格が適用される。つまり、ゲニオン加入者への発信者も低価格料金のメリットが受けられるというわけだ。

(注)市外局番を持つ=ドイツの電話番号は日本の番号制度と同様、最初の数桁により固定電話用と携帯電話用を区別する。例えば、携帯電話用は「0179 xxx xx xx」、固定電話用は「089 xx xx-xx」など。

 もしゲニオン加入者がホームゾーン外にいた場合、この固定電話番号に着信があった場合は、次の3つの対応からユーザーが設定することができる。

  1. ボイスメールに転送
  2. ホームゾーン外の携帯電話に転送(別途課金される)
  3. ホームゾーン外にいる、というメッセージが流れる

 O2ではゲニオンにより言わば仮想的な固定電話サービスを提供することで、料金が安価なことから固定電話を解約しないでいる携帯電話ユーザーに対し固定電話を解約し易い環境を作り上げている。ここには、固定電話市場からの収益を確保したいO2の戦略がある。

■ゲニオンはO2の収益増に大きく貢献

  ゲニオンで注目すべきなのはその導入効果である。2005年6月時点でゲニオン加入者は320万、これはO2の契約型加入者の72%に相当する。さらにゲニオン加入者の20%は固定電話を契約していないという。
O2の業績面でも効果は現れている。まず各事業者の契約型およびプリペイド加入者比率を比較すると、O2では契約型の比率が4事業者の中で最も高い。つまりゲニオンは優良顧客を集めるのに一役買っているといえよう。次に契約型加入者の年間ARPU(Average Revenue Per User)では527ユーロ(約73,780円、1ユーロ140円で換算)と、他事業者と比較し50〜100ユーロ程度も高い水準となっている。O2では、ゲニオンを契約型加入者向けの主力サービスとしてプロモーションしており、これが功を奏していると言えよう(図表2参照) 。

図表2:ドイツ移動通信事業者の業績比較

 一般的に移動通信市場では、シェアが下位の事業者はプリペイド顧客や若年層などが中心となり、企業顧客など収益性の高い顧客の獲得が見込めないケースが多いが、シェア最下位にして契約型顧客の比率やARPUが高いこのO2のケースは極めて稀と言える。

 ドイツではO2に続き、ボーダフォンがホームゾーンをコンセプトとした「ツーハウゼ(Zuhause)」(At Homeの意)を開始、さらに2006年1月にはT−モバイルも「T−モバイルアットホーム(T-Mobile@home)」を開始するなど、新たなサービス領域が作り出されている。

■音声に加えデータ通信サービス「サーフアットホーム」を開始

 さらにO2は2005年3月、W−CDMA網を利用したデータ通信サービス「サーフアットホーム(surf@home)」を発表、翌月から商用化されている。このサービスは、屋外ではW−CDMA、屋内ではWi−Fi対応のアクセスポイントを設置しデータ通信するというサービスである(図表3参照)。O2では、2004年4月からW−CDMAによるビジネスユーザー向けのデータ通信サービスを開始しているが、サーフアットホームではゲニオンのデータ通信版として自宅でも移動通信網を使ってもらうよう意図している。O2によれば、「実際にそれまでゲニオンユーザーが自宅でインターネットが使えなくなることを理由に固定電話の解約を躊躇するユーザーも見受けられたが、ゲニオンに加えサーフアットホームに加入すれば、固定電話に加入する必要はない」としてプロモーションを展開している。つまりゲニオン とサーフアットホーム を同時に展開することで、固定電話を完全に解約できる環境を作り上げている、としている。

 ただし、W−CDMAを利用した場合のデータ通信速度は最大384kbpsとDSL等のブロードバンドサービスと比較してかなり遅い。このため、高速さを重視するインターネットのヘビーユーザーなどは対象外となり、ターゲットは限定されることになる。

図表3:O2が2005年3月に発表した「surf@home」概要

図3:料金比較

O2に続き他社もホームゾーン・コンセプトのサービスを提供

 O2が切り開いたホームゾーンのコンセプトは、ドイツ国内において新たなサービス領域を作り出している。

■ボーダフォンのホームゾーン・サービス

  独ボーダフォンもホームゾーンをコンセプトとした「ボーダフォン・ツーハウゼ(Vodafone Zuhause)」(「Zuhause」は、「At Home」の意)を開始した。ボーダフォンのツーハウゼは、ゲニオン同様、指定した自宅周辺から固定電話並みの低料金で携帯電話を利用できるサービスである。ただしボーダフォンのこの試みは、先行のゲニオンと比較して致命的な弱点があった。まずこのサービスを利用可能な端末は、指定された機種だけで、当初はモトローラ製「C115」の1機種のみであった。さらにホームゾーン以外では携帯電話として利用できない上、ホームゾーン内でもボーダフォン・ライブ!など、着信音のダウンロードなどのマルチメディア・サービスに対応していない点も、携帯電話としての魅力に欠けていた。そのためボーダフォンは、2005年10月にツーハウゼの改良版と言える「ツーハウゼ・モバイル(Zuhause Mobile)」を開始、ホームゾーン以外でも通常の携帯電話として利用できるようにしている。

 ボーダフォンは、音声通話に加えてデータ通信でもO2を追随している。2005年3月には、PCカード型端末を利用して自宅の固定通信を3Gネットワークで代替できるサービス「ツーハウゼ・ウェブ(Zuhause Web)」を追加。さらに同年10月には、ボックス型端末を使ったサービス「ツーハウゼ・トーク・アンド・ウェブ(Zuhause Talk and Web)」も開始した。このサービスでは、電話やファクシミリ、パソコンなど従来固定網に接続されていた機器を、まとめて3G網に収容できる。

 ボーダフォンは音声電話市場だけでなく、家庭向けインターネット・アクセスの領域でも成長を見込んでいる。その方針から、さらに強気の姿勢で固定電話市場への侵食を狙う姿勢を見せている。

■T−モバイルも追随

 ドイツ最大シェアを持つT−モバイルも2006年1月、ホームゾーンをコンセプトとした新料金プラン「T−モバイルアットホーム」を発表した。月間基本料金に4.95ユーロを上乗せすれば、自宅周辺2キロメートル四方(ホームゾーン)内での携帯電話での通話が固定電話並みの格安となるという内容となっている。T−モバイルのサービスではさらに、ホームゾーン内の家族は5人まで互いに無料通話ができるという新たな内容を盛り込んでいることが特徴である。また同社では年内にこのサービスをプリペイドユーザーへも拡大することを計画している。

 このようにドイツの事業者は、それぞれにホームゾーンをコンセプトとした新サービスの開発に取り組んできている。

収益確保に苦悩する移動通信業界

 通信業界ではFMCへ向けての動きが加速している。これには、携帯電話に市場を奪われ固定通信事業者の巻き返しも原動力の1つとなっている。しかしながら右肩上がりの成長を続けてきた移動通信事業者にとっても収益の伸び悩みは深刻なものとなっている。

 この要因として第1に携帯電話市場の飽和が挙げられる。西欧やアジアの一部を中心に携帯電話の普及率が100%を超える地域も出てきており、新規加入者からの収益を見込むのは困難となっている。第2にマルチメディアに注力したデータ通信サービスの不振がある。MMSやWAPなどのデータ通信の伸びに期待がかかるものの、その利用者は少数の若者層などに限定され、売上に占めるインパクトは依然として小さい。第3世代携帯電話サービスの普及も軌道に乗りつつあるといいながらも、その多くはプロモーションにより格安な端末や音声通話が利用されるばかりで、データ通信サービスは一部のハイエンド・ユーザーによる利用に限られているのが現状である。そして第3に料金の低価格化競争の激化が挙げられる。この現象を加速させる一因として、安価な料金で顧客数を増やすMVNOの登場が挙げられる。MVNOの中には、「No-frill service」(フリルのついていないサービス、転じてなくしても支障の少ないサービスなどは止め、その分コストを削減している)をコンセプトに紙ベースの請求書発行や電話によるカスタマーサービスなどを廃止するといった徹底的なコスト削減戦略により、低価格な料金を実現しているところもある。このような新たなプレイヤーの登場により、携帯電話料金値下げのプレッシャーは拡大してきている。つまり、新たな収益源を求めて必死となる状況は移動通信事業者も変わりがないのが現状である。

 新規顧客の獲得は困難、データ通信の利用には拍車がかからず、さらに従来通りの音声通話収入が見込めないとなれば、固定通信領域に目が向くのは自然な流れとも言えよう。

移動通信業界におけるFMSの潮流

 携帯電話業界では、携帯電話を固定電話の代替として利用促進を図ることで固定電話市場からの収益確保を狙うFMS(Fixed Mobile Substation)という動きが加速している。音声通話サービス全体における携帯電話による通話の占める割合は年々増加する傾向にあるものの、その多くは依然として固定網を利用した通話が占めている。ここから収益を確保するというのが携帯電話業界のFMSの構想である。

 世界の中でもドイツで特にFMSサービスが進んでいる理由は、O2が競争状態を作り出したことだけではない。他国と比べて、音声通話全体における携帯電話の割合が低いことがある。英調査会社、アナリシス・リサーチによれば、音声通話全体の中で携帯電話が占める割合(通話分数)は年々増加する一方であるが、地域や国によってその割合は異なる。フランスは携帯電話による音声通話が40%以上、英国ではこれより低いものの約3割に達しており、これまでなら固定電話を使って通話していた分を大きく侵食している。しかし、ホームゾーンをコンセプトとしたサービスが続々登場するドイツではこれが10%程度に留まっている。他国と比較して、かなり低い数値となっている。つまり、携帯電話が固定通信を侵食する余地が多く残されているというわけだ。

 FMSの実現方法としては、料金を格安にする方法が一般的であり、本稿で紹介したゲニオンのようにある一定の地域での利用を低価格にしたり、パッケージ料金に大量の通話分数をバンドルし、分当たりの通話分数をかなりの低価格で提供する一方、通話分数でユーザーを拘束するといった方法が目立つ。W−CDMAを利用したデータ通信によるFMSへの取組みも始まっている。

 FMSへ積極的な姿勢を示すのは、固定通信事業者との関連がより小さい移動通信事業者のケースが目立つ。独立系の移動通信事業者であるボーダフォンなどは、「固定通信市場からパイを奪い取れ」をスローガンに挑発的なコメントもだし強硬な姿勢でこれに臨んでいる。

 さらにFMSを促進する動きは、携帯電話業界全体に広がっている。ここには、携帯電話市場が拡大すれば自社収益向上に繋がるノキアなどの移動通信系メーカーが業界全体を扇動しているという構図も見られる。

FMSの課題と展望

 FMSは移動通信事業者にとって導入の判断が難しいという側面もある。アドレス帳などの利便性から、自宅やオフィス内からの携帯電話の発信は増加傾向にある。あえて攻めのサービスを提供しなくてもある程度の収益増は見込める。O2でいえばホームゾーンのコンセプトを導入することで、この部分の増加を捨て去ることになる。また無料通話分数を増やしたパッケージ料金を提供すると、ネットワークが逼迫し通信サービスの品質面で支障を来す可能性も増える。

 データ通信サービスではさらに危険性が大きい。スカイプなどのIP電話ソフトはW−CDMAなどの第3世代携帯電話サービスでも利用可能であり、音声通話にVoIPを利用するユーザーが増加すれば音声収益が急激に下がることが予想される。ボーダフォンはこのような事態に備え、3G網で将来VoIPを扱わない条項を契約約款に盛り込むなど、防止策を進めるなど、対応は始まっている。
その一方で、通信業界ではFMCへの取り組みは活発化する一方である。コストの安価な無線LANなどを利用した携帯電話に匹敵するサービスの開発も進み、BTフュージョンなどの新サービスも登場している。このような携帯電話に匹敵するサービスが普及すれば、「音質に多少問題があっても、通話が途切れてしまっても、料金が割高でも、携帯電話だから許される」などとも皮肉られる状況は続かなくなる。FMCの登場は、携帯電話が持つ特権ともいえるこの現状を崩す要因となるだろう。

 O2のゲニオンのようなFMSサービスは、ドイツ以外の各地域でサービスインする事業者が現れれば、一気に拡大していくことも予想される。世界中に拠点を持つボーダフォンが積極参入する姿勢を見せていることは、新たな競争の火種が世界各地に飛び火することを意味する。また、3.5Gとも呼ばれるHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)は、昨年末から一部で商用化が始まり2006年に入り世界の主要事業者が開始を予定している。これに伴い、今後はHSDPAも視野に入れたFMSサービスの多様化が進めば、エンドユーザーにとっては固定通信と移動通信の垣根が徐々になくなっていくということを意味するのではないか。

宮下 洋子
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