2005年11月号(通巻200号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

ワイヤレス新時代を予感させる2つのトレンド

 インターネットのポータルや検索エンジンなどのネット企業が、携帯電話会社に急接近している。狙いは携帯電話会社がこれまでほぼ独占していたモバイル・ポータル事業の主導権をネット企業に取り戻すことだという。高速の第3世代携帯電話が普及し固定通信との融合が進めば、ネット企業がこれまで蓄積してきたインターネット事業のノウハウがモバイルの世界でも通用するはずで、モバイル・ポータルでも優位に立てると自信を深めている。一方、セルラー中心で成長してきたノキアが、音楽やテレビを受信できる携帯電話から、PDAやタブレットPC、Wi−FiやWiMAXさらにRFID(ICタグ)まで、「セルラーを超えて」無線によるコミュニケーション・ツール全般に開発体制を拡大・強化している。このことは他のワイヤレス産業に動揺を与えているという。ワイヤレス新時代を予感させる2つのトレンドを紹介する。

■モバイルへの関与を深めるインターネット企業

 今日、インターネットのポータル企業は、ポータルや検索エンジンへのヒット数、またパソコン間のメールやインスタント・メッセージングを利用する顧客数で評価されている。しかし、極めて近い将来、携帯電話が彼らの次の主戦場となるだろう、と英国の通信専門誌とトータル・テレコム・マガジン(2005年9月号)が指摘している(注)

(注)Mobile internet−Searching for traffic(Total Telecom Magazine / September 2005)

 この夏における一連の合併や買収は、大手のネット企業が移動通信産業を如何に真剣に考えているかを示しているという。8月にAOLは2つのモバイル・アプリケーション会社を買収し、同社のワイヤレス事業部門をAOLワイヤレス・グループと名称を変更した。Yahoo!は携帯電話機メーカー第1位のノキアと提携して、検索エンジン、コンテントのポータルおよびeメールやメッセージング・サービスのようなYahoo!のプログラムを予め搭載した携帯電話機をノキアとの共同ブランドで販売する。7月には、T−モバイルが検索エンジン会社最大手のグーグルと提携して、T−モバイルの新オープン・インターネット・サービス「Web‘n’walk」のホーム・ページ上に、グーグルの検索エンジンを載せると発表した。グーグル自体もモバイル・システムの新興企業 Androidを買収(金額は未公表)すると報道されている。

 人材の動きを見るとネット企業の移動通信に対する意図はもっとはっきりするという。Yahoo!は「我々は最近におけるモバイルのパワーを目のあたりにして、この市場へ積極的に進出したいと考えた。」として、2004年にソネラのモバイル・コンテントの責任者を引き抜いて、Yahoo!モバイルの責任者にした。今年の初めに、グーグルはT−モバイルの取締役でマーケティングの責任者を、同社の欧州事業のトップに指名した。ソフトウェア主導でこの市場にアプローチしているAOLは、以前マイクロソフトに勤務していたタレントをワイヤレス事業のトップに据えた。

 T−モバイルとグーグルとの提携は、T−モバイルの顧客の携帯電話端末から広範囲なインターネットのアプリケーションにアクセスを提供できるようにするために行なわれた。このことは、携帯電話会社が従来考えていた、顧客に適切なモバイル・データ・サービスを提供するためには、携帯電話会社がアクセス対象のすべてをコントロールしなければならないとする「壁に囲まれた庭園(walled garden)」アプローチ(垂直統合モデル)との訣別を意味する、と前掲のトータル・テレコム誌は指摘している。

「壁に囲まれた庭園」アプローチはモバイル・データの初期にはグッド・アイデアだったが、現在では制約が多く、顧客とコンテント・プロバイダーの双方から強い不満がでていた。

 グーグルはT−モバイルと提携する一方で、「壁に囲まれた庭園」から遠ざかり、自身のブランドを利用する方向に動いているという。ユーザーのモバイル・インターネットの利用環境は、現時点では必ずしも良好ではなく、グーグルはこの情況を改善したいと考えている。グーグルは強いブランドを持っており、ユーザーが携帯端末の画面にそれをみつければ、各種のサービスをより多く利用するようになるだろうと確信している、とグーグルの幹部は語っている。このことは、グーグルやそのライバルのインターネット・ポータルが、インターネットをより容易に利用できるようにするために彼らが開発してきた各種のツールは、モバイル・データの世界でも通用すると確信していることにほかならない。

 携帯電話会社が知名度の高いインターネット・ブランドに注目しているのには、現在のデータ・サービスが音声サービスと較べて失敗作だった、とする別の理由があるのかもしれない、と前掲のトータル・テレコム誌は指摘している。ボーダフォンの05年3月期決算では、非音声サービスの収入(49.73億ポンド)の72%をメッセージング(その大部分はSMS)が占めている。ヤンキー・グループも、2004年の西欧州におけるモバイル・データ収入の65%はメッセージング関連だったと推定している。モバイル・データといっても、メッセージングの収入がほとんどというのが欧米の現状である。

 インターネット企業のほとんどは、どうしたらモバイル・データの世界に深く食い込めるかについて腐心している。米国では、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)のアースリンクが2005年中にMVNO(インフラを他社から借りて運営する携帯電話事業者)に進出するため、韓国の携帯電話1位のSKテレコムと提携した。日本では、ブロードバンド・プロバイダーのeアクセスが提供するDSLの卸売サービスを自社ブランドで販売するAOLジャパンが、eアクセスが新規参入を予定している携帯電話サービスでも、同様な協力関係を結ぶだろうと見られている。Yahoo!ジャパンも自らのモバイル・ポータルの立ち上げに踏切った。

 すでに現在でも、インターネット・ポータルを利用するクライアントが、その端末に特定の広告を受け取ることと引き換えに、メールなどの通信サービスを無料で利用している。ポータル会社は携帯電話会社と提携して、携帯電話会社の顧客にコンテントを提供する協定を締結しているが、いずれ必要なノウハウを蓄積し、自らがモバイル・ポータルを展開しようとするだろう、とトータル・テレコム誌は指摘している。ネットワークがより高速化するにつれて、携帯電話会社はネット企業の脅威に曝されることになるだろう。そして、ネット・ビジネスにとどまらず、携帯電話会社の売上の大部分を占める料金の高い音声市場が特に問題で、モバイルVoIPの導入が次の課題となるのではないか。

■「セルラーを超えて」―ノキアの取り組み

 携帯電話端末生産のグローバル・シェアの3分の1を占め、その会社名はセルラーと同義語として使われるフィンランドのノキアは、想像できる限りのワイヤレス技術の諸分野でレースを繰り広げている。そのノキアの経営戦略の責任者が「世界は最早セルラーだけではない。ビットを飛ばす方法は他にも多くある。」と主張している(注)

(注)A new wireless order(BusinessWeek / October 3 ,2005)

 ノキアが如何に真剣に「セルラーを超えて」を考えているかは、ワイヤレス・データの分野で特に明らかだ。ノキアの新携帯端末の半数はブルートゥースを内蔵している。免許不要の電波を使って、データを700kbps以上の速度で9メートル伝送することができる。これは、デジタル写真を友人の携帯端末に30秒で送れる速度である。ノキアはまた、「9500コミュニケーター」電話/PDAハイブリッド(800ドル)およびカメラと最大3,000曲を蓄積できるハイエンド携帯電話「N91」ミュージック・フォン(700ドル)を含む無線LAN(Wi−Fi)機能を内蔵したいくつかの新製品の出荷を予定している。2006年の上半期に出荷予定の「N91」は、第3世代携帯電話(3G)の高速ネットワークを介して楽曲のダウンロードができる。しかし、Wi−Fiは3Gよりも伝送速度が最大で10倍も早く、しかもしばしば無料である。これらの製品を開発・製造するノキアのマルチメディア製品部門(年間売上65億ドル)の責任者によれば、いくつかのシナリオではセルラー以外のアクセス技術を使う方が上手くいく場合があるという。

 これらはノキアからの新しいメッセージである、と前掲のビジネスウィーク誌は指摘している。かつてノキアはその将来を3Gに託していた。しかし今日では、最終的には3Gのライバルとなるかもしれないマイクロウェーブ技術でインテルに協力している。Wi−Fiの高速、広範囲化バージョンであるモバイルWiMAXは、移動中でも高速通信が可能である。これとは別に、携帯電話端末がポータブル・テレビ受信機となる技術もテスト中である。

 恐らくノキアの最もラディカルな3G離れは、「N770インターネット・タブレット」だろうという。このトランプ・カード1組よりも薄い、350ドルの掌サイズのウェブ・ブラウザーはセルラー無線をまったく備えていない。その代わり、Wi−Fi経由でホーム・ネットワークまたはパブリック・ホットスポットに、もしくはブルートゥースを使って近くの携帯電話端末経由でワイヤレス・ウェブに接続する。これらの技術がうまく動き、サービスがシームレスである限り、ユーザーはより良い価格と機能を手に入れることができるとしている。

 Nokia 9500 Communicator
《 Nokia 9500 Communicator 》
Nokia N91 ミュージック・フォン
《 Nokia N91 ミュージック・フォン 》
Nokia 770 Internet Tablet
《 Nokia 770 Internet Tablet 》
Motorola CN620 GSM/Wi−Fi デュアル・モード・フォン
《 Motorola CN620 GSM/Wi−Fi デュアル・モード・フォン》

■ワイヤレス新時代の予感

 ノキアのこのような転換は、既に他のワイヤレス産業に動揺を与えているという。GSMやCDMAのようなセルラー技術を中心にビジネスを構築してきた携帯電話会社は、Wi−FiやWiMAXがもたらす脅威に対処しなければならないからだ。ボーダフォン・グループや米国の大手携帯電話会社の多くはセルラー重視を継続しているが、これは当面防衛可能なポシションである。ブルートゥースやホームWi−Fiのような新しい無線リンクは無料であり、携帯電話会社はこれから収入を得ることはできないが、WiMAXは未だに開発途上にある。米国の調査会社Strategy Analysticsは、2008年における7,030億ドルのワイヤレス・サービス市場の98%は、依然としてセルラーが占めるとみている。

 両方に賭けている携帯電話会社もある。T−モバイルは米国と欧州で13,000ヵ所を超えるWi−Fiのホットスポットを運営しており、ドイツとチェコなどでWiMAXとその他のノン・セルラー・ワイヤレス計画をテストしている。他方、Wi−Fiの普及はいくつかの固定通信会社をワイヤレス・ビジネスに引き戻そうとしている。BTグループは数年前に携帯電話部門を分離した。しかし、同社は最近同社のブロードバンドの顧客を対象に、戸外ではセルラーとして使い、住居の中からの通話はWi−Fi(現時点ではブルートゥース)を経由してより安いインターネット電話に接続する固定/移動融合サービス「BTフュージョン」をボーダフォンと提携して開始した。

 分裂する市場に注目しているのはノキアだけではない。モトローラは、BTの新サービス向けデュアル・モード携帯電話機、CN620 GSM/Wi−Fiを売り出した。韓国は、Wi−Fiとブルートゥースだけでなく、モバイル・デジタル・テレビ放送とモバイルWiMAXのライバルであるWiBroと称する技術で、さらに先に進んでいる。WiMAXに対するより積極的な取り組みとWi−Fiホットスポットをオーバラーッピングさせる「メッシュ」ネットワークを最近発表したノーテル・ネットワークスの幹部によると、携帯電話会社の世界では5年毎に大変革があり、新しい製品や方式を取り込まなければ、進み続けることはできないという。

 ノキアはその48億ドルの年間研究開発費予算のうち、いくらがマルチ・ラジオ技術に使われているかを明らかにしていないが、それがマルチメディア部門とエンタプライズ・プロダクト部門が要求するWi−Fiを含む将来の携帯端末の開発を推進している。ノキアの技術的な挑戦は広大である。例えばノキア9500は、各種のGSMおよび3Gの周波数に加えてブルートゥースとWi−Fiをサポートするために、少なくとも8つの無線機とアンテンナを搭載している。チップメーカーがこの困難の解決に役割を果してくれているが、それでもこのことは益々ノキアのエンジニアリングを困難にしているという。

 ノキアはセルラー技術に集中している方が楽だったろう、とビジネスウィーク誌は指摘している。
3Gはようやく離陸し高速のデータ・サービスを提供するだけでなく、使い勝手も良くなってどこでも利用できるようになり、いずれ顧客もこのことを当然と受け止めるようになるとみられているからだ。しかし、ノキアは多くの人達に利点をもたらすかもしれないラディカルな代替技術からの脅威と機会を無視できなかった。「我々はそれらのすべてに投資しなければならない。」とノキアの幹部は強調している。そして、そのことがワイヤレスの新時代の幕明けを早めるだろう、と前掲のビジネスウィーク誌は書いている。

特別研究員 本間 雅雄
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