2005年3月号(通巻192号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

ノキアは蘇ったか

 2004年大きく躓いた世界最大の携帯電話機メーカーのノキアは、2004年第4四半期の市場シェアが35%となり、ほぼ従来の水準に戻したとみられている。しかし、ミッド・レンジおよびハイ・エンド製品のウエイトを高める取り組みは依然としてその途上にあり、2004年の端末販売台数の記録的増加にもかかわらず、ロー・エンド製品の価格低下によって、売上高と利益を減らしており、無条件で強いノキアが復活したとはいえない状況だ。本レポートでは、ノキアは何故躓いたのか、その克服のためにとられたアクション、今後の市場環境の変化に対応するノキアの戦略などについて検証する(注)

(注)The giant in the palm of your hand(The Economist / Feb 10 2005)
   Will rewiring Nokia spark growth(BusinessWeek / February 14,2005)を参考にしました。

■出遅れた「製品ポートフォリオ」の見直し

 2004年4月に、ノキアは突然同年第1四半期の売上が減少すると警告した。その前の2003年四半期には売上高の記録を更新していただけに市場の驚きは大きかった。2004年3月から8月までの間に、ノキアの株価はほぼ半値になっている。同社の携帯電話機の市場シェアも、ここ数年間維持していた35%から、一挙に5年来の低さの28.9%(2004年第1四半期)に下がった。

 ノキアはその後思い切った対策を講じて、市場シェアの奪回に成功した。さる2005年1月27日に公表された同社の2004年決算報告書によると、主力製品である携帯電話機の年間販売台数は前年比16%増の2億770万台となり、第4四半期には市場シェアが35%(通年では32%)まで回復したが(注)、通年の携帯電話機の売上高は3%減少した。ノキア全社の売上高は前年比1%減の293億ユーロ、営業利益は14%減の43億ユーロ、営業利益率は2ポイント下がって15%となった。決算報告書の中で、同社のオリラ社長は、2004年は過酷な年だったが、一層競争が厳しくなる携帯電話端末産業において、現在ノキアは良いポジションを占めていると強調している。しかし、ほとんどのアナリスト達は、ノキアの回復が軌道に乗ったかどうかは、同社がそれを確信するのに十分なデータを提供していないので、良く分からないとみている。

(注)ノキアは2004年末の世界の携帯電話加入数を17億、2004年の携帯電話機販売台数は6億4,300万台、2005年は7億5,000万台と見込んでいる。同社の売上高の67%を占めるマス向け市場の製品(ロー・エンド端末)の営業利益が全体の87%を占めている。(前掲BusinessWeek)

 ノキアの2004年のトラブルは、アジアと北米で特に人気の高い「折り畳み型」携帯電話機の品揃えに失敗したことと大きく関連している、というのが一般的な認識である。携帯電話機がファッション・アイテム化しつつあることに最初に気づき、デザインにことのほか重点を置いたのはノキアだった。このような実際的知恵は、ノキアを1990年代に携帯電話機産業のトップに押上げるのに役立った。

 ノキアをトップの座に押上げたもう一つの要因は、GSMの隆盛だった。1980年代にNMT(Nordic Mobile Telephony)網の展開にかかわったスカンジナビアのメーカーは、GSMの展開に含まれている挑戦の意義を理解できた。欧州発のドミナントな世界標準としてGSMの技術が登場したことから、エリクソンはネットワーク機器でトップの座を占め、ノキアは携帯電話機の分野でモトローラに替わって世界のトップになった。

 しかし現在、批評家達はモトローラの「折り畳み型」携帯電話機「RAZR V3」を、ノキアがデザインの優位を失った証拠としてあげている。スタイリッシュな銀色の筐体を持つRAZRは、これこそ携帯電話機と思わせる。これと比較すると、ノキアのラインアップは地味な印象をうける。ノキアは長年「キャンディ・バー」型携帯電話機を好んでいて、ようやく最初の「折り畳み型」電話機を導入したのは2004年だった。ノキアの製品ポートフォリオに消費者のニーズと決定的ギャップがあり、ミッド・レンジの製品に弱く、欧州の消費者がカラー・スクリーンやカメラ付きの新携帯電話機にアップグレードしたいと思う製品が少ないことを、ノキア自身も認めている、と前掲のエコノミスト誌は書いている。

■デザイン問題以外に2つの原因

 しかし、それだけなのかとエコノミスト誌は疑問を投げかけている。同誌によれば、携帯電話機のデザインの問題は、2004年ノキアが躓いた三つの原因のうちの一つに過ぎないという。ノキアのデザインの弱さは、携帯電話会社(オペレーター)が自社仕様のカスタマイズ端末により敏感になったことから起きているという。欧州や米国の携帯電話会社は自身のブランド価値を高めるため、アジアの小規模なベンダーや契約製造企業と提携して自社ブランドの製品の供給を受けている。例えば、世界最大の携帯電話会社のボーダフォンは、同社のマルチメディア・サービス「ボーダフォン・ライブ!」向け端末の供給をシャープから受けた。幾つかの携帯電話会社は、台湾のHTCからODM(Original Design Manufacturer)ベースで自社ブランドの携帯電話機の供給を受けて販売している。モトローラでさえボーダフォン向けに特別バージョンの携帯電話機を製造して、カスタマイズ端末市場に参加している。オペレーター仕様の携帯電話機は、顧客を自社のネットワークに囲い込むのに役立ち、オペレーターのブランド力を高める効果がある。

 ノキアはオペレーター仕様端末でも敗者となった。最強のブランド力を持つ携帯電話機のトップメーカーとして、ノキアは携帯電話会社の要求に従うことを嫌ったからだ、とエコノミスト誌は指摘している。エンド・ユーザーは通常携帯電話機を携帯電話会社から購入しているにもかかわらず、ノキアは彼らを自分の顧客とみなしていたという。今まで使っていた携帯電話機を変えることなく携帯電話会社を変更することが出来る欧州では、多くの消費者が端末メーカーに高い関心を示すのは当然で、以前ならノキアの態度も理解できた。しかし、市場シェアの拡大を狙って、他の端末メーカーは携帯電話会社と協調する準備ができていた。実際に携帯電話会社と小規模端末メーカーの間には、ノキアをやり込める暗黙の同意があったようだ。大手の携帯電話会社の社長によれば、ノキアは独善的になり、真の顧客である携帯電話会社を幸せにすることを忘れていたという。(前掲エコノミスト誌)

 ノキアが躓いた第3の原因は、同社が2003年末に実施した組織再編である。ノキアは携帯電話機部門を、マス市場、ビジネス及びマルチメディアに3分割した。この再編は戦略的には意味があったが、ノキアが直面している諸課題から目をそらす結果になった。同社のオリラ社長も、後で考えると組織再編はタイミングがやや悪かったことを認めたが、やろうとしたことは正しかったと主張している。モトローラは同様の組織再編を1年後の2004年末に始めている。

■問題解決にすばやく動いたノキア

 幾つかの問題の対処が不適切であることに気付いてからのノキアの動きは早かった、と評価が高い。利益率が下がるのを覚悟で、市場シェアの回復のために、幾つかの端末を選び最高25%と思い切って値下げした。同社の製品ポートフォリオを調整して、何種類かの端末は製品化リストから外し、「折り畳み型」などの端末の製品化時期を早めた。この中から2つの製品がヒットした。新興市場向けロー・エンド端末「Nokia 1100」とカメラ付きミッド・レンジ端末「Nokia 6230」である。「キャンディ・バー型」の「6230」は人気が高く、需要に応えられなかった時期があった。「折り畳み型」端末は必ずしも成功の必要条件ではなかったという。

 ノキアによると、同社端末のポートフォリオに関する徹底見直しは現在も進行中で、2005年末までかかるという。新しいモデルには、ニッチだが革新的なモデルも含まれている。ビロードやゴムのような今まで使ったことのない素材を基本にするモデルも売り出されそうだ。2005年9月にお目見えする一連のアール・デコ調のファッション電話機は、ノキアはまだ大胆な製品デザインができることを示していると評価されている。iPodのナビゲーション・ホイールにならって、キーパッドを取払ったモデルさえ計画している。ノキアは2005年に40の新端末の発売を計画しているが、販売する携帯電話機の50%を「折り畳み式」、「スライド式」や「旋回式」などの「キャンディ・バー」以外の製品とすることを狙っている。(前掲BusinessWeek)

 今日までほとんど明らかにされていないが恐らく最も重要なことだと思われるのが、ノキアがオペレーター仕様端末に対する姿勢を変えたことだ、2004年にノキアは幾つか重要なことを学んだと前掲のエコノミスト誌は指摘している。同社は伝統的にオペレーター仕様端末の製造に消極的だったが、それで市場シェアを落す気はまったくなかったのだという。ノキアは明らかにカスタマイズ端末に注力するのに遅れをとったが、同社が販売する端末の量と規模に対する信頼を考えると、個別の携帯電話会社ごとに異なる端末を製造することは、ロジスティック・チェーンの再編なしには実行不可能だった、とオリラ社長は語っている。

〈Nokia6630〉1.3メガピクセルのカメラを内蔵、W−CDMAとEDGEに対応、 年末セールでのベストセラー機種

 しかしノキアは、ハードウエアの変更ではなく、ソフトウエアの修正によって端末をフレキシブルにカスタマイズする方法を開発した。特に、シンビアンのOSとノキアのシリーズ60ソフトウエアおよびモジュラー・ハードウエアの組合せによって、かなりの構成が変更可能となり、最後の段階で単純にソフトウエアを変更するだけで、異なる携帯電話会社のニュース、音楽およびゲーム・サービスなどをサポートすることができるようになった(注)

(注)ノキア「6630」3Gフォンでは、ボーダフォン向けとオレンジ向けに、まったく違うメニュとスクリーンを持った端末を供給した。(前掲BusinessWeek)

 ノキアは次のステップで、ハードウエアによるカスタム化にも動くだろうという。そこでは一定規模以上の生産量が必要である。しかし、ノキアの緊密な携帯電話会社との協力は、2004年の最後の3ヵ月における市場シェアが2002〜2003年のレベルにリバウンドするという期待以上の成果を挙げた。第2四半期には利益率も底を打って上昇に転じている。困難な年のあとに現在のノキアがある、というオリラ社長の楽観主義は、移動通信産業の将来に存在する多くの挑戦に立ち向かうためには大いに役立ったようだ。

■ノキア・モデルで今後も競争優位を維持できるか

 携帯電話機産業の不安定度が益々強まりそうだ。日本と韓国からの新たな競争者、台湾からのODMsなどが、ノキアの本拠地である欧州に侵攻してくる。サムスンとモトローラは第2位の座を激しく争って身動きが取れないでいる。利益を上げられない第4位のジーメンスは、携帯電話機事業を恐らくアジア企業に売却して撤退するのではないか。LGは他の企業のどこよりも速く成長することで業界の合従連衡を促進しようとしている。市場シェアは常に流動的である。今日はホットなブランドでも、明日には売れ残りになっているかもしれない。激しい競争は製品の寿命を6〜9ヵ月に短くして、端末メーカーが大量の製品を積み上げ、流行遅れになる前に人気モデルを展開する時間を少なくしている。これがこの産業の現状だと前掲のエコノミスト誌は書いている。

 ノキアのこのような状況に対する対応は、圧倒的な規模を展開することであり、それがノキアにこの産業の他企業と完全に異なるモデルで経営することを許している、とエコノミスト誌は指摘している。ノキアはほとんどの製品を社内で製造し、自社で無線チップを設計するなど、競争相手より遥かに垂直統合的である。ロジスティックでも圧倒的に優れた能力を持っている。ODMsをかわす最良の方法は、より多くの生産量とより低い価格である、とオリラ社長は信じているという。ノキアに効率的なサプライ・チェーンと配送システムがあるから生産サイクルの短縮をノキアが自らの手で行うことができる。小規模の競争相手は研究・開発で競争できない(注)から、より複雑な端末が求められる第3世代携帯電話(3G)網への移行でもノキアは有利である、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。

(注)ノキアの2004年における研究開発費(R&D)は48億ドル(売上高の12.8%)で、その60%をソフトに使っている。売上高に占めるR&Dの比率はモトローラに対し3ポイント高く、ソニーの倍である。オリラ社長は、無線技術や携帯電話ソフトなどのノキアの得意分野にR&Dを集中し、市場で調達出来るもののR&Dで時間の無駄遣いをしてはならないと考え、R&Dの方向転換に取り組んでいる。ノキアの戦略は規模の経済とイノベーションの両方を追い求めることである、と同社長は主張している。(前掲BusinessWeek)

 しかしこれには議論の余地があるという。欧州の3Gのトップメーカーは現時点ではLGである。LGはノキアと異なり、無線ベースバンド・チップを内製せず、エリクソンとクアルコムから購入している。多数の技術専門家がいるにもかかわらず、ノキアの携帯電話機のラインアップには2種類の3G端末しかなく、しかも多分将来3Gの鍵となる新サービスと目されるテレビ電話機能を2機種とも持っていない。ノキアは2005年発売を予定している40種類の新モデルのうち10種類が3G端末であるにもかかわらず、競争相手と較べると3G端末の市場への投入はひどく遅れている。ノキアが世界的な3Gへの移行のトレンドの中で、その支配力を失うようなことがあるのだろうか、GSMが最初に 導入された時はアジアのベンダーは欧州にいなかったが3Gでは多くが存在する、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。この問題に対するノキアのオリラ社長の答えは、「一番になることは苦痛に満ちており、必ずしも成功を意味しない。」というものだ。彼は日本における2001年からの3G導入の経験に学ぶべきだという。「消費者は3G端末が、2G端末と同程度に小さくなり信頼性が高まった時に始めて買うだろう。」という。ノキアは欧州における3G端末の販売は2006年から本格的に離陸するとみており、ノキアにはその製品ラインアップを準備するのに、これから何ヵ月も時間がある、2005年第4四半期には、3Gの市場シェアの数字は、現在のそれとはまったく違っているだろう、とオリラ社長は語っている。(前掲エコノミスト)

■ノキアは成長の源泉を何処に見出すか

 しかしノキアはもう一つの挑戦に直面している。成長の新しい源泉を何処に見出すかである。一つの明らかに輝くスポットは開発途上の国々であり、そこでは加入者の成長が続いている。(ノキアの予測によると、2010年の世界の携帯電話は30億になるという。)ノキアはロー・エンド端末を、例えばインド、中国、ロシア及びラテン・アメリカなどの新興国市場に上手に販売している。一方、先進国の成熟市場では、端末メーカーはしゃれたデザインと魅力的な新サービスで、顧客に現在の端末をアップグレードすることを納得させなければならない。ノキアはこのための十分なアイデアを持っている。

 ビジネス・ユーザー向けの端末は、特に将来有望な分野とみなされている。ノキアのエンタプライズ・ソリューションズ・グループの責任者によると、この分野をノキアは恐らく唯一最大の未開拓市場と考えているという。このグループは、新技術(例えばカナダのRIM社製のブラックベリー・eメール・デバイス)を他に先駆けて使ってくれるウォール街の企業に密着するためニューヨークに本拠を構えている。ノキアは自社の端末に搭載するため、ブラックベリーのソフトウエアのライセンスを取得している。同様のライセンスをVisto及びGood Technologyからも取得している。現在、オフィス・ワーカーの10%未満しかモバイル・eメールができる端末を持っておらず、成長の余地が大きいとノキアは考えている。企業が欲しがっているのは、セキュアーで遠隔から管理できるデバイスである。これには既に一連のネットワーク・セキュリティ製品を販売しているノキアに強味がある。

〈Nokia7710〉カテゴリー破りのワイド・スクリーン電話機。カメラ、音楽およびビデオプレーヤー、テレビ受信(将来)の各機能を内蔵、予定価格1,000ドル

 ゲームと音楽を含む一般ユーザー向けマルチメディアは、集中すべきもう一つの分野である。しかし、この分野に対するノキアのこれまでの取り組みはうまくいっていない。ゲーム機と携帯電話機のハイブリッド製品で2003年から発売している「N−Gage」は、ソニーのPSPと任天堂のDSとの激しい競争に直面し、苦戦を強いられている。N−Gageゲーム機の品質は改善されており、ノキアはN−Gageから撤退するという噂を否定している。同様にノキアは、DVB−H(デジタル・モバイル・テレビ放送の標準)準拠のモバイル・テレビジョンの推進で先導的役割を果している。しかし、携帯電話会社がモバイル・テレビのために必要な投資をするべきか、一般ユーザーが外出時に有料でテレビを視るかなどについて判断するにはまだ早すぎると前掲のエコノミスト誌は指摘している。

 最近この業界で話題になっているモバイル・ミュージックについてはどうだろうか。モトローラはアップル社のiTunesソフトウエアとコンパチブルな携帯電話機を開発した。ソニー・エリクソンもウォークマン・ブランドの携帯電話機を発売し、音楽のダウンロード・サービスを提供する。今までこの分野で沈黙を続けていたノキアが、カンヌの3GSMワールド・コングレスで(2005年2月14日)、マイクロソフトのWindows Media Playerとeメールの同期ソフトActiveSyncのライセンス供与を受け携帯端末に搭載すると発表した。ノキアは既に同様の自社製ソフトを持ち、リアル・ネットワークスからも提供を受けていた。激しく敵対してきたマイクロソフトとノキアが一転して提携する真意について種々の憶測を呼んでいるが、ガートナーのアナリストは「これはノキアの大きな方針転換だ。ノキアは自分で出来ないこともあることを認めたのだから。」とコメントしている(注)

(注)Nokia makes deal to use Microsoft’s music format(The New York Times online / February 15,2004)

特別研究員 本間 雅雄
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