2004年5月号(通巻182号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

株価急落、ノキアに何が起きているのか

 世界最大の携帯電話機メーカーのノキアは、去る4月6日に2004年第1四半期の売上予想を大幅に下方修正した。その結果、同社の株価(ニューヨーク証券取引所)は20%近く下落した。世界的に携帯電話機の好調な販売が続く中での同社の業績下方修正の発表は予想外の事態で、ショックが広がった。さらに4月16日に、純利益が16%減となった第1四半期の決算と改善の見込は小さいとする第2四半期の業績見通しが発表されると、株価はさらに下がり、4月6日以降の株価値下がり率は30%を超えている。ノキアに今何が起きているのか、また今回の業績悪化は早期に回復可能なのかなどについて考えてみたい。

■中級機種の「まずい選択」が業績悪化の原因

 ノキアは去る4月6日に、2004年第1四半期(1〜3月)の売上見込みを前年同期比2%減の66億ユーロに修正すると発表した。従来公表していた収入見込みのガイドライン3〜7%増から、一転して減収になる見込みを明らかにした。さらに、4月16日に公表した2004年第1四半期の決算では、利益が前年同期比16%減の8億1,600万ユーロ(1,050億円)となった。営業利益の9割を占める携帯電話機事業で25%の減益になったことが影響した。同時に明らかにした第2四半期の業績見通しも投資家を失望させた。売上高、営業利益ともに昨年同期を下回るという見通しで、1株当たりの利益もアナリストが予測する0.18ユーロを下回る0.13〜0.15ユーロにとどまるという。なお、2004年の年間見通しは明かにされなかった。

 業績悪化の原因は何処にあるのか、以下はノキアの説明である。2004年第1四半期におけるノキアの携帯電話機の販売台数は4,470万台、伸率(前年同期比)は19%となった。これに対し、全世界の販売数は29%伸び、1億2,800万台だった。(アナリストは世界市場におけるノキアのシェアは、2003年第4四半期の38%から3ポイント下がって35%となったとみている。)しかし、同社の売上の8割を占める携帯電話の売上高は前年同期比15%減の42.5億ユーロ、営業利益は25%減の10.9億ユーロ、売上高営業利益率は3.4ポイント減の25.6%にとどまった。理由は、最近における為替の変動と組織再編の影響などによって欧州および北米市場をターゲットした中級機種に「まずい選択」があったからだ。

ノキアの携帯電話機の販売台数が前年同期比で19%増加したにもかかわらず大幅減収となったのは、1台当たり平均販売価格が前年同期比で21%も下がったことが大きかった、とアナリストは分析している(注1)。これはノキアの販売した携帯電話機が、ロー・エンド端末のウエイトが高く低価格だったことの影響が大きい(注2)

(注1)Looking beyond Nokia’s bad news(BusinessWeek online / April 7,2004)

(注2)Nokia’s dominance in question(FinancialTimes.com / Aprir 7,2004)

 同紙よるとノキアの携帯電話1台当たり平均販売価格(ASPs:Average Selling Prices)は2003年第4四半期の127ユーロに対し、2004年第1四半期は114ユーロに下がった。ノキアのオリラ社長は、同社の販売数に占めるロー・エンド製品の構成比が高かったことが単価低落の原因であることを認めた。地域別の販売の傾向は、欧州・アフリカは横這いもしくは微減、ラテンアメリカでは大幅増、中国では堅実に伸びたが、その他のアジアおよび北米では緩やかな増加だった。ノキアは中・高級機種の需要の多い地域における販売が不振だった。

 何故ノキアの製品構成にロー・エンド端末が多かったのか。その理由の一つが「折りたたみ(クラムシェル)型カメラフォン」の問題である。投資家はノキアにおよそ3年間も、何時ごろ「折りたたみ型カメラフォン」を市場に出すのかを尋ねてきたが、昨年末までの同社のメッセージは「折りたたみ型は最も有力なデザインではない、いずれ消えるだろう。」というものだった(注1)。ノキアの携帯電話機の現行ラインアップにおける最大の課題は、明らかにデザインの問題である。5年前位から、競争相手は何種類もの大型のカラー・ディスプレイがついた「折りたたみ型」の人気機種を市場に投入したが、ノキアは「キャンディ・バー型」のデザインに固執した(注2)

(注1)Product gaps ,weak operator ties to haunt Nokia(Totaltele.com/Reuters / 07 April 2004)

(注2)フィナンシャル・タイムズによるとノキアが「キャンディ・バー型」に固執する理由は、第1に単一のフォーマット による規模の利益を重視したこと、第2に「折りたたみ型」の端末では一見してノキアの製品だという印象を顧客に与える のが困難、というメーカー・ブランド戦略によるものだという。(前掲FT.com/April 7 2004)

 ノキアは、第1四半期における携帯電話機の期待外れの販売成果を、欧州と米国市場における中級機種の「まずい選択」のせいにしたが、アナリストはこれを「折りたたみ型カメラフォン」の不足と理解した。ノキアは市場を読み間違えて、顧客の欲しがっている携帯電話機を提供できなかった。特に、米国市場で「折りたたみ型」のチャンピオンであるサムスンと急速に台頭するLGエレクトロニクスの韓国勢に市場の主導権を奪われた(注)

(注) 前掲 BusinessWeek online / April 7,2004 米国市場におけるノキアの後退から利益を得たのは我々だ、とモトローラは主張している。4月20日に公表された2004年第1四半期の業績によると、携帯電話機の販売数は前年同期比51%増の2,530万台、売上高は67%増の41億ドル、営業利益 は3倍の4億ドルとなった。

 ノキアが4月6日に突如発表した業績の下方修正で、投資家はパニック同然になった。同社の株価は前日比ヘルシンキで16%、ニューヨーク証券取引所(米国預託証券)で19%下がった。4月16日の発表でニューヨークにおける株価はさらに一段と下がって14.61ドル(4月5日からの下落率31%)となり、現在までのところ株価の回復はみられない。また、ノキアの株価急落はノキアだけの問題であって、産業全体への波及は起きていない。一方、ライバルの韓国のサムスンは同時期に好業績を発表し、株価総額はノキアのそれを上回る880億ドルとなった。サムスンは半導体や液晶事業が好調だったこともあるが、携帯電話機の販売台数は前年同期比の52%増の2,010万台となり、世界市場のシェアを4ポイント増の14%にした(注)

(注)Nokia posts lower first-quarter earnings(The New York Times online / April 16, 2004)

 ノキアの今後はどうなるのか。同社は下半期に「折りたたみ型カメラフォン」を含む新製品の投入を重点的に計画しているが、当期の利益に貢献するのは難しそうだ。一方、安定した市場シェアの確保は極めて重要で、そのためには利益を犠牲にせざるを得ないという。オリラ社長はノキアはライバルからの強力な挑戦に直面していること、および中級機種の選択が適切でなかったことを率直に認めた。彼によると、実行の遅れがあった、新製品の投入を理想的には6カ月早くやるべきだったという。

(注)ノキアは今年になってからすでに新機種6モデルの出荷を開始しており、年内には合計40の新機種を投入し製品のポー トフォリオを強化する予定で、できるだけ早い時期に市場シェアを回復し安定させたいとしている。

■構造改革の芽が出始めていた

 しかし、ノキアの2004年第1四半期の業績がすべての事業で悪かった訳ではない。同社の全収入の2 割を占める通信網グループの収入が、前年同期比16%伸びて14億ユーロとなり、1.8億ユーロの利益を計上した。これは世界の携帯電話会社からの注文の増加を反映したもので、遅れていた第3世代携帯電話(3G)網への再投資が期待できる。3G網が運用を始めれば、最先端技術を組み込んだ3G端末の取替え需要が長期に見込まれ、ノキアに利益をもたらすだろうと期待されている。

 携帯ゲーム機のN−ゲージや企業向けハイ・エンド機器を担当する「マルチメディア」グループの売上げも前年同期比60%増加し7.8億ユーロとなり、前年までの赤字から黒字転換を果した(注)

<NOKIA6600> (注)ノキアによれば、欧州市場で「6600」スマートフォンの販売が好調だったことが「マルチメィディア」グループが 黒字になったことに寄与したという。同社の第1四半期における欧州中東アフリカ市場向けスマートフォンの販売台数 は116万台でシェアは74%だった。世界市場でのシェアは携帯電話網に接続可能なPDAを含め57%で、ノキアはスマートフ ォン(ハイ・エンド端末)市場における優勢を維持していると主張している。

 もう一つの明るいサインは最近発足した「法人ソリューション」グループが予想以上の活躍を見せたことだ。この部門を新設した狙いは、無線通信を新しい方法で利用して大企業の通信ニーズに応えようというものだ。グループの責任者にはヒューレット・パッカードの幹部だった米国人を任命し、本部は顧客に近いニューヨークに置いている。

 「法人ソリューション」グループの成功(売上げは95%増の1.9億ユーロだったが3,100万ユーロの赤字)は、「コモディティ(日用品)化した電話ビジネス」から浮上しようとするノキアの大計画の一側面である、と前掲のビジネスウイーク・オンライン(April 7,2004)は書いている。同社のオリラ社長とそのチームは、無線で通信するあらゆる電子機器(デジタル・カメラからハンドヘルド・コンピュータ、さらに携帯ゲーム機まで)の供給者となるよう、ノキアの事業領域の再位置付けを行っているのだという。

<NOKIA9500> ノキアの最も重要な方向転換は、例えばこれらの電子機器が利用するネットワークを、伝統的な通信システムでなくても良いと考えていることだ。ノキアの最新の「9500コミュニケーター」電話/PDA・ハイブリッド・モデルはWi−Fi(無線LAN)を介して接続できる。また同社は、Wi−Fiと移動通信ネットワーク(GPRS)の両方で利用できるラップトップPC用プラグイン・データ・カードを発売して好成績を収めている。

■評価分かれるノキアの将来

 <NOKIA7200> しかし、ノキアの当面する課題は、携帯電話の中級機種の競争力強化、とくに顧客がもとめる大きなディスプレィの付いた「折りたたみ型カメラフォン」の供給(ノキアが現在市場に出している「折りたたみ型」端末は小さなディスプレイの付いた「7200」1機種のみ)を如何に早く軌道に乗せられかであることは明らかだ。すでに同社は、2004年中に40の新機種を発売する計画を発表しているが、それでも、ノキアが高機能端末の生産を早期に軌道に乗せてライバルの挑戦を退け、再び「復活」するか否かについて、アナリストの意見は二つに分かれている。シナリオの一つは今年の下半期にノキアは徐々にカムバックするというもので、もう一つは今回の業績不振はノキアの「終りの始まり」だというものだ。

 格付け会社のスタンダード&プアーズ(S&P)は、値下りして割安になったノキア株の購入を推奨するレポートを公表している。S&Pは、ノキアが今年の下半期には大型で高精細のカラー・ディスプレイの付いた新型の「折りたたみ式」モデルを導入し、中級機種の強化を図る計画を評価したからだ。市場シェアを維持するため価格を引き下げ販売攻勢に出るだろうから、短期的にはノキアの利益率は下がるかもしれない。(同社の携帯電話機グループの売上高営業利益率は25%でライバルの約5倍)しかし、携帯電話機市場ではブランド・ロイヤリティが特に重要であり、ノキアの強力なブランド(2003年世界のブランド・ランキング7位)が携帯電話機の販売を押し上げるだろう。ノキアのブランド力は強力なR&D(年間40億ドル)によって支えられている。ノキアは2004年の世界市場における携帯電話機のシェアを、対前年比2ポイント程度下げるだろうが、マルチメディアと大企業を重要なターゲットにセグメントする新しい組織構造は、ノキアの経営効率をさらに高めるだろうと確信する、とS&Pは強調している。

(注)S&P says buy Nokia(BusinessWeek online / April 8、2004)しかし、S&Pは最近ノキア株の評価を「5つ星」から 「4つ星」に、「買い」を「保有」に変えた。

 これに対し、ノキアの市場支配力に翳りが見えてきたとする見方もある。ノキアの強力な財務の力をもってすれば、端末価格の値下げや販売費用の増加によって、短期間にシェアを回復することは可能だろうが、業界をリードしてきた利益率の低下は避けられない。同時に、欧州でのライバルであるサムスン、シーメンス、ソニー・エリクソン、米国でのライバルであるモトローラなどが、新たに獲得した中級機種の市場基盤を放棄することはありえないから、ノキアはこれらのライバルの主要な攻撃目標になる。しかも、携帯電話は新サービスや製品の登場で依然として新しい市場であり、このような状況では顧客はブランドよりも新しい機能や性能を重視して製品を選ぶのではないか、と前掲のフィナンシャル・タイムズ・オンライン(April 7 2004)は指摘し、ノキアの先行きを厳しく見ている。

 ノキアが携帯電話機のグローバル・リーダーとなったのは、携帯電話会社との密接な協力関係、製品の価格競争力、トレンド重視の新機能の取り込み、シンプルなユーザー・インターフェース、世界に誇るロジスティック能力などによるものだった(注)。このような経営力を背景にノキアはメーカー・ブランドの王国を築いてきた。しかし、ノキアは携帯電話機メーカーから「マルチメディア」機器を提供する企業への脱皮を模索していて、携帯電話機以外の市場にも目配りが必要になり、ノキアの最大の強味だった「素早い意思決定と実行」が機能不全に陥ったのではないか。他方、携帯電話会社が合併などで規模を拡大し、「フリームーブ」や「スターマップ」などのアライアンスを発足させ、携帯電話機の共同購入やソフトの統一などを検討するなど発言力を強めている。最近ソニー・エリクソンが3G端末を世界の大手携帯電話会社と共同開発する方針を明らかにしているが、ノキアも市場の変化にダイナミックに対応できなければ、かつての恐竜と同じ運命をたどる可能性も否定できない。

(注)Nokia’s turn to eat humble pie(FinancialTimes.com / April 15 2004)

特別研究員 本間 雅雄
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