2004年4月号(通巻181号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:政策・規制>

アイルランド、移動体アクセス・発信市場で共同ドミナンスを指定

 2004年1月、アイルランドの規制当局ComRegは、移動体のアクセス・発信市場の市場分析コンサルテーション文書を公表した。ComRegはこの中でボーダフォンとO2の2社に、共同ドミナンスによるSMP指定を行なっている。共同ドミナンスについては欧州で盛んに議論が行なわれているが、適用が難しく、これまでのEU枠組みによる市場分析では実際に用いられたことがない。今回のアイルランドの共同ドミナンス指定が、最初の例となるかが注目される。

  アイルランドが、市場分析で独自の路線を取ろうとしているという観測はこれまでにもあり、小売市場の画定を通じてSMSを規制しようとしているとする見方は以前に紹介した(本誌2003年11月号)。しかし今回のコンサルテーション文書によればそのような観測とは異なり、小売市場の詳細な市場分析は、市場の停滞性を立証し、卸売市場の競争が有効でないことを導くための導入部となっており、最終的結論はボーダフォンとO2の共同ドミナンスの認定となっている。アイルランドでは、移動体発信・アクセスの卸売市場は現実には存在しない。これは、移動体事業者がサービスプロバイダーやMVNOに卸売サービスを提供しているという実態がないためである。このため、卸売市場の分析は、1)自己に対するアクセス・発信サービスの提供と2)潜在的な他プロバイダに提供されうるアクセス・発信サービスからなる、概念的な市場を想定して行なうという、やや人工的な市場画定を通じて行なわれている。結局ComRegは、EU勧告にない新しい市場を画定するのではなく、前例のない共同ドミナンスというSMP認定によって規制を行なう方針を明確化したことになる。

アイルランドの移動体市場シェア(加入者数)
EU各国の移動体市場集中度(加入者数)
 共同ドミナンスとは、簡単に表現すると、複数の企業が集団であたかも1社の如く振舞うことにより支配性を発揮する状況を指している(本誌2002年10月号) 。市場分析で最も重要となるのは、高い集中度と、企業が競争することを怠っているために生じている市場の停滞性である。アイルランドの移動体市場の95%(加入者シェア)は、ボーダフォン(59%)とO2(36%)で占められており、このシェア構成は2001年からほとんど変化していない(右図参照)。

 新規参入は1998年、メテオールによって行なわれたが、市場はこれに対して全くといってよいほど反応していない。同社は上記2社とのローミング協定を締結することができず、カバー域で大きなハンディを負っている。また、第4の事業者、3Gで参入したばかりの「3」にも有効な競争圧力を期待することは当面難しい。

 アイルランド移動体市場の市場集中度は、EU各国の中で2番目に高い。最も高いのはルクセンブルグであるが、この国の事業者数は2社である。この他、分析では高い市場集中度と高いARPUに相関があることも示されている(本誌2002年10月号)。

 共同ドミナンス認定に当っては、協調行為のインセンティブおよび能力の有無を検討するために、1)市場の成熟性、および2)市場シェア、技術開発、コスト、収益性(ARPU分析を含む)などに現れる事業者の小売レベルでの類似性(symmetries)が検討され、次いで小売レベルの競争が停滞から、共同ドミナンスの可能性が示唆された。さらに、これに対応する卸売市場が分析され、国内ローミング協定が不在であること、キャリア選択の制度がありながら提供実態がないこと、MVNOについても制度が完備しながら実態がないこと、などを背景とし、ボーダフォンとO2の間に協調行為が生じやすく、また2社に対する競争圧力が不足している点を指摘している。

 ボーダフォンとO2に課される規制の主なものとしては、妥当なアクセス要求に応える義務、アクセス提供における非差別性、および会計分離、費用計算が提案されている。特に、アクセス義務の一種、国内ローミングの提供については、2社は非SMP事業者からのアクセス要求から1ヵ月以内に交渉を決着することとされている。その他のアクセス義務としては、サービス・プロバイダー、キャリア選択、MVNOに関するものが提案中である。

 移動体アクセス・発信市場については英国が規制を全面撤廃しているが、これは4事業者のシェアがほぼ均等であるという若干特殊なケースであることに留意すべきである。現実には、ドミナンスの存在が推測されつつも、認定が困難なケースが多いと言われている。移動体市場で単独ドミナンスは立証が難しい。それは、アクセスを提供する事業者が複数存在し、たとえ最大の事業者のシェアが60%であったとしても、すぐ次に40%の事業者が控えており、これが競争圧力となるためである。むしろ、ドミナンスが存在するとすれば協調行為の形で現れるとみなしたほうが自然である。その観点からすれば、共同ドミナンスは移動体市場の競争分析に結果を与えることのできる有力な概念であり、今回のアイルランドの分析がEUレベルで認められればその影響はかなり大きなものとなるであろう。同国の国内コンサルテーションは2004年3月9日に意見募集を締め切っている。今後の進展が非常に注目される。

移動パーソナル通信研究グループ
チーフリサーチャー 八田 恵子

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