2004年3月号(通巻180号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

FCC、IP電話に関する規則制定に着手

 FCCは去る2月12日に、pulver.com社から提出されていた同社のVoIPサービス「Free World Dialup Service」を「電話サービス」として規制しないよう求める請願に対する裁定(Declaratory Ruling)を採択した。また、同様の請願は新興企業のVonageや長距離通信会社のAT&Tからも提出されるなど全米的にVoIPに関する議論が高まってきたことを受けて、FCCは同日付でVoIP規則制定提案の告知(Notice of Proposed Rulemaking)を採択し、VoIPの規制上の位置づけを明確にする取り組みに着手した。ブロードバンドとVoIPの普及は、これまでの電気通信事業のビジネス・モデルを大きく揺るがすことになり、いずれ1996年通信法の改正が必要(パウエルFCC委員長の上院における公聴会(2月25日)の発言)とみられている(注1)。また、カンヌで開催されている3GSMでノキアの幹部が講演(2月25日)し、携帯端末にSIP(IP網上で、IP電話の呼設定を実現するための通信手順)を搭載することが一般化するにつれ、携帯電話会社は固定通信と同様、低料金のVoIPに収入を奪われるリスクに直面すると警告している(注2)

(注1)IP電話(VoIP)の利用拡大が電気通信事業に及ぼす影響については、

(注2)Mobile operators face VoIP threat(totaltele.com / 25 February 2004)

■ブロードバンドとVoIPが電気通信のビジネス・モデルを変える

 BusinessWeek(2004.1.12)によると、2004年には通信におけるビジネス・モデルの変化が明らかになるという。通信会社は、音声とデータをネットワークで伝送するのに必要な時間(分数)で課金する従来の仕組みから離れ、伝統的な音声からワイヤレスやブロードバンドに至るあらゆるサービスについて、定額料金制を受け入れようとしている。しかも、これらの料金は急激に値下りしており、米国のブロードバンド料金はこの1年間で50%も値下りして月額30ドルとなったが、値下りは今後も続くだろう。競争の激化と料金の値下りは、設備メーカーからベンチャー・キャピタリストに至る通信産業のすべての「食物連鎖」において、コスト削減を厳しく迫ることになる、と同誌は指摘している。

 一方、利用者の方はブロードバンドの普及を背景に、音声、ブロードバンドによるネット接続、および放送(ストリーミングやビデオ・オンデマンドを含む)を一件の請求書に統合して請求する「トリプル・プレイ」を新しいビジネス・モデルとして求めており、それが定着しそうな気配である。この「トリプル・プレイ」を効率的に提供するのがIPネットワークであり、音声トラフィックの伝送に使用する場合でも伝統的な電話設備より遥かに経済的である。米国では2004年にIPネットワーク関連設備への投資が急増すると見られている。
VoIPの提供に積極的なのはVonageやNet2Phoneなどの新興企業に限らない。米国のブロードバンド市場(2003年末約2,300万加入)の3分の2を占めるケーブル・テレビ業界は、IPベースの設備を導入して音声サービスに進出し「トリプル・プレイ」モデルを早期に実現したがっている。タイム・ワーナー・ケーブルは昨年末に、1,080万の全加入者を対象に2004年末までに、IP電話が提供できる設備を設置する意向を表明した。

  一方、長距離通信事業者のAT&Tは2004年3月にVoIPを開始し、年末には100市場で展開し100万契約の獲得を目標にすると発表した。同社の狙いは、IP電話の導入による顧客獲得およびコスト削減に加えて地域電話会社に支払うアクセス・チャージの支払い(年間90億ドル)を削減することにある。米国におけるブロードバンド利用者の3分の1を占めるDSL接続の殆んどを抑えている大手地域電話会社も、IPネットワークは現在のPSTNよりも効率的で、我々もその導入の必要性を認識していると語っており、今年中には消費者向けIP電話サービスを開始するとみられている。彼らのコア・ビジネスである旧来の「電話」の収入をカニバリゼーション(共食い)で失っても、「すべての加入者を失うよりは、IP電話の加入者の方がまだましだ。」と考えているからだという。

 IPネットワーク上で音声をパケット化して伝送するVoIPは「電話」なのか、それとも「音声電子メール」なのかについて、米国の電気通信業界では1年以上も議論が続いていた。しかし、2003年になってVonage(VoIPの加入者約10万)やAT&T、それに米国のブロードバンド・アクセス回線(2003年末約2,300万)の3分の2を握るCATV会社が各地で参入する動きが高まり、州政府との摩擦が生じていた。ミネソタ州やカリフォルニア州の公益事業委員会(PUC)は、VoIP事業者に電気通信免許の取得を求めるなど、一般の電話会社として規制する姿勢をみせているからだ。

 ミネソタ州のPUCは昨年9月に、Vonage社が通信事業者として認可されなければ同州において事業を行うことを認めないとする決定を行った。これに対しVonage側は同社の提供するVoIPサービスを「情報サービス」であると主張して連邦地裁に提訴した。10月に連邦地裁はVonageの主張を認め、PUCの決定を恒久的に差し止める判決を言い渡している。ブロードバンド回線の普及によってVoIPへの期待が高まるとともに州レベルでの混乱が拡大する傾向をみせたことから、連邦レベルでこの問題をどう取り扱うか明確にすべきだとの声が高まり、これを受けてFCCは昨年12月1日に「VoIPフォーラム」を開催し、同時に「VoIP政策ワーキング・グループ」を設置して検討を促進していた。

 VoIPに関する規制の論議には二つの側面がある。一つは公共安全面からの規制であり、緊急通報(E911)や法執行機関(FBIや司法省など)による通信傍受への協力などである。これに対してIP電話事業者は非規制の下における「自発的協力」を表明しており、費用負担の問題を別にすれば大きな問題になりそうもない。もう一つの問題はアクセス・チャージの支払いや、ユニバーサル・サービス基金への拠出など経済面での規制である。IP電話の普及が進めば、ユニバーサル・サービス制度の維持はもとより既存事業者の公衆交換網(PSTN:Public Switched Telephone Network)自体の維持が困難になることは明らかで、新しい仕組みを再構築する以外にこの問題の解決策を見出すことは難しいとみられていた。

■既存電話網を経由しないIP電話は「音声電子メール」

 FCCが「裁定」したpulver.com社の「Free World Dialup(FWD)Service」は、同社のブロードバンド接続サービスの利用者に、VoIPまたはその他のpeer to peerタイプの通信を、他のFDAメンバー相互間で直接かつ無料でできるようにしている。(現時点での利用者は15万人)同社はFCCに、FDWは「通信サービス」でも「通信」でもなく、したがって伝統的な「電話」の規制に従わ なくてもよい、とする規則を制定することを求める請願を行なっていた。FCCはこの請願を受け入れ、「FDWは非規制の情報サービス(information service)であり、連邦の管轄下にある。」と裁定した。「pulverのFDAやそれに類似したインターネットのアプリケーションのようなIPを利用するサービスは、米国の消費者に低料金および機能性の向上という形で相当な便益を約束する。さらに、これらのIPを利用するサービスは、より多くの消費者がブロードバンド・サービスを求めることを促進するだろう。」とFCCはニュース・リリースで述べている。

 この裁定に賛成したのは3委員、反対したのは2委員だった。非規制に賛成した理由は、FWDは電子メールやインスタント・メッセージと同様の方法で情報が伝送されること、FWDの利用者は割当てられた番号を使ってPCから相互に通話ができるが、彼らの通話は伝統的な電話ネットワークを通過することはないからだ。FCCによると、完全にインターネット上で伝送される無料の通話は、すべてこの分類(情報サービス、非規制)に該当する、という。賛成したパウエル委員長は、これは通信の新時代の幕開けであり、FCCは新しいインターネット・ベースのサービスに不必要な規制を課さないことを明確にすべきだ、と強調している。

 反対票を投じたコップス委員は、このFWDに対する決定を「性急に過ぎる」と批判している。インターネット電話をどのように扱うべきかを決定するためのFCCの広範な努力に水を差すものだ、FCCはIP電話に非規制のステータスを認める前に、IP電話の傍受能力に関する法執行機関の懸念に如何に対処するかを決めるべきだった、と彼は述べている。決定の一部に反対票を投じたエーデルスタイン委員は、FWDが「通信サービス」でないことに同意するが、完全に非規制の「情報サービス」に位置づけられるべきだとは信じ難い、とコメントしている。

■PSTNとの接続を含むVoIPに関する規則制定に着手

 FCCはpulver.comのFWDに対する裁定と同時に、インターネットを利用した音声サービスに関する規則制定提案の告知を採択した。VoIPはpulverのFWDなどのように自社網内で完結するサービスだけではない。発信または着信、あるいは両方で地域電話会社の「公衆電話交換網(PSTN)」に接続するケースがある。Vonageが提供しているサービスやAT&Tが計画しているサービスはこのケースであり、ブロードバンドの普及率が低い段階では、むしろこのケースが一般的だろう。FCCによるとこの「告知」は、このような場合であってもインターネット・サービスに対する規制は引き続き最低限にとどめるべきであるが、通信がインターネットで可能になるサービスに移行するにつれて、例えば公共的安全性、E911(緊急通報)、消費者保護、法執行機関による通信傍受、障害を持つ人々に対するアクセスの提供などの重要な社会的目的を達成するための現行メカニズムを変更すべきではないか、という認識に基づいているという。

 インターネットで可能になる通信サービスは、米国が過去100年以上もその通信サービスに依存してきたPSTNによるサービスとは異なる。インターネットで可能になる通信サービスの利点は、低コスト、よりイノベィティブな新サービス、より高い経済の生産性と成長、ネットワークの冗長性と弾力性の強化および消費者の選択の拡大などであり(FCCニュース・リリース)、この点からも規制を軽減しインターネットで可能になる通信サービスの展開を促進することが必要だとしている。

 このような前提に立って、FCCはインターネット・サービスに関する適切な規制上の取り扱いについてコメントを求めている。それに加えて今回の「告知」は、インターネット・サービスと伝統的な電話サービスとを区分し、またインターネット・サービスの分類を識別する一連のサービスとアプリケーションに関する広範な質問に回答を求めている。特に、例えばE911、障害者に対するアクセスのし易さ、アクセス・チャージおよびユニバーサル・サービスに関連する規制要件などのうち、どの規制要件がどのタイプのインターネット・サービスに拡大されるべきかを尋ねている。また「告知」は、インターネット・サービスの各タイプに対する法律お謔ム規制上の枠組みおよび各カテゴリーに対応した適切な管轄権についても回答を求めている。(FCCニュース・リリース)なお、VoIP規則制定の終了は今年末と見られている。

 FCCのパウエル委員長は次のようにコメントしている。我々は新しいパーソナル通信の時代に入ろうとしている。IPで可能になるサービスとIPデバイスの急増によって、消費者は創造的で個人化されたインターネットのアプリケーションとコンテントの選択を徐々に拡大することが可能になった。IPットワークの構築と運営コストは大幅に低下し、すべての米国人に負担可能な(affordable)電話サービスを保証するためのユニバーサル・サービス費用の負担を軽減することが出来るだろう。次世代のネットワークへの移行期および移行後において、FCCはすべての米国人が負担可能な料金でこのネットワークにアクセスすることを保証する制度を制定しようとしている。IPで可能になるサービスは伝統的な独占規制から自由であるべきだが、新制度の設計にあたっては、法執行機関によるアクセス、ユニバーサル・サービス、障害を持つ人々へのアクセスおよびE911サービスなどを、新しいアーキテクチャーで残すことが可能であり、残すべきである。今回の「告知」において、我々は重要な連邦政府の政策目標を達成するため、個別の規制要件を適用することの是非、規制が必要な場合は何処で、それを如何に適用すべきかについてコメントを求めている。

 FCCはVoIP規則の制定提案の「告知」に合せて「CALEA(Communications Assistance for Law Enforcement)」(通信傍受協力法)の規則改定手続き開始した。これでは、IPで可能になるサービスに法執行機関がアクセスする場合の技術的な問題点にどう対処すべきかコメントを求めている。さらに、電力線を利用したブロードバンド(Broadband over Power Line:BPL)通信の利用ルール制定するため、干渉の排除などの技術的な課題にもコメントを求めている。

特別研究員 本間 雅雄
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