2003年6月号(通巻171号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

気になる最新トレンド3題
 - Wi−Fiの意外なアプリケーション
 - ADSLの値下げで攻勢に転じたベル電話会社
 - 米国の「eビジネス」は軌道に乗ったか

■Wi−Fiの意外なアプリケーション

 本ニューズレター5月号(通巻170号)で、携帯電話の競争で欧州やアジアの後塵を拝してきた米国の無線産業が、携帯電話とWi−Fiの融合によってトップの座を取り戻そうと意気込んでいることをお伝えした。Wi−Fiの利用としては、ホテル、空港やカフェなどにおける公衆無線LANとオフイスや工場における構内無線LANを思い浮かべるが、ここではホーム・ネットワークとしても普及が期待されているという米国の話を紹介する。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙(注)は「これまでWi−Fiは、主としてデータ伝送のために使われてきたが、取り扱いが簡単なため、人々は別なアプリケーションに利用を広げたいと考えている」という調査会社のアナリストのコメントを引用している。別なアプリケーションとはネットワーク・オーディオやビデオ・ストリーミングのことだ。これまでのWi−Fiのアプリケーションにはウェッブカム(ビデオ通信のためPCなどに装着するカメラ)やゲーム・コンソールのエクステンションなどが含まれているが、今年のホットなホーム・ネットワーク製品は、PC上のファイルにアクセスするためのホーム・エンターティンメント・ユニットを備えた「メディア・アダプター」のようなものだろうという。

(注)Wi-Fi goes Hi-Fi (The Wall Street Journal online / April 25, 2003)

 ホーム・ネットワークの本命だったはずのブルートゥースは、機器の価格が高く操作も複雑で、現時点では期待はずれのようだ。(注)これに対しWi−Fiは扱いが簡単で、価格も急激に低下し、魅力的な代替製品となっている。前掲のWSJ紙が紹介している製品は、新興会社Prismiq(カリフォルニア州サンタ・バーバラ)の「メディア・プレーヤー」で、リナックス搭載のDVDプレーヤーをベースとしており、「プレーヤー」とテレビまたホーム・エンターテインメント・システム間は標準のケーブルで接続し、PCとはWi−Fiカードで接続する。これは802.11bに対応しているからで、54Mbpsバージョンの802.11aや802.11gが市場に登場すれば、ビデオ・ストリーミングもWi−Fiで実現するという。

(注)米ハイテク調査会社イン・スタットMDRによると、2002年のブルートゥース用チップセットの出荷数は約3,500万個と前年比3倍に拡大したが、その用途のほとんどは携帯電話向けで、手を使わずに通話するためのヘッドフォン用に使われた。(日経産業新聞 2003.5.13)

 このような高速でも、Wi−Fiによるワイヤレス・ビデオ・ストリーミングが放送品質を確保できるかが問題だが、ViXSシステム(カナダ・オンタリオ州トロント)の開発したチップセットは、802.11のチップと同社の「ピクセル・プロセッサ」とを組み合わせた製品で、混んでいる時は低いレートに切替え、回復すれば元に戻すなどネットワークの状況に応じて調整ができる。レートの変更は視聴者が気付かない速さで行なわれるという。Martianテクノロジー(カリフォルニア州メロン・パーク)は、Wi−Fi装置に無線で接続しネットワーク上のどこからでも音楽などをストリーミングできる無線ハード・ドライブ・ベースのストレージ・デバイス(現時点では128ギガバイト)を最近開 発した。これらの製品が市場に出回れば、Wi−Fiがホーム・ネットワークとして活用される可能性が一段と高まると思われる。

 最近のビジネスウィーク(BW)誌(注)も、Wi−Fiを取り上げたスペシャル・レポートで、Wi−Fiを使ってホーム・ネットワークを構築する手順をイラストで説明している。ケーブル・モデムかADSLの接続コードをWi−Fiのアクセス・ポイント(100〜250ドル)のジャックに差込み、PCに無線LANカード(30〜40ドル/台)を取り付ければ万事終了である。壁などに遮られて電波が減衰する場合は、信号増幅器(100ドル)を取り付ければよい。ケーブルのような煩わしさがなく、セットアップが簡単で、価格が安いので急速な普及が見込まれると予想している。

(注)Wi-Fi means business (BusinessWeek / April 28, 2003)

しかし、日本にも一歩先を進んでいる企業がある。「ヤフー!BB」のブロードバンド「トリオモデム」は、12MbpsのADSLモデム、IP電話のプラットフォームと無線LAN(802.11b)のアクセス・ポイントを一体化したものだ。同社の「無線LANパック」は、?複数のPCから同時にネットへアクセスが可能 ?ラップトップPCでもデスクトップでも、煩わしいケーブルが不要 ?全国の「ヤフー!BBモバイルゾーン」(ホットスポット)でWi−Fiの利用が可能である。このトリオモデムのレンタル料は月額890円(無線LANカード代は含まない)で、無線LAN機能のない東西NTTのレンタル料より110円高い。「無線LANパック」がIP電話機能と同様、同社のADSLサービスの差別化効果を高めるかどうかに注目したい。

■DSLの値下げで攻勢に転じたベル電話会社

 本ニューズレター4月号(通巻169号)で「米国におけるブロードバンド政策の転換とその波紋」について紹介した。その際、新「UNE(アンバンドル網要素)規則」の採択による市場への影響は限定的だろうという趣旨の見通しを述べたが、予想に反し新「規則」の細部が確定する以前に、米国地域電話会社トップのベライゾンがDSL料金の大幅値下げに踏み切り、一気にブロードバンド市場に緊張が高まったと報じられている。以下に「ワイヤレス」と並んで米国のIT産業が期待をよせる「ブロードバンド」を巡る攻防戦をレポートする。

 去る5月2日にべライゾン・コミュニケーションズは、DSLによる同社の高速インターネット・サービスの料金を「静かに」(注)30%の値下げに踏み切り、CATV業界やAOLなどのISPとブロードバンド市場を巡って、新たな価格戦争に突入した。報道によれば、べライゾンは去る3月28日以降、同社のサービス・センターにDSLサービスについて問い合わせてきた顧客には、現在の料金より15ドル安い月額34.95ドルで提供すると案内していた。今回その割引料金をすべての顧客に拡大して、5月13日の週から適用することにしたものだという。

(注)Verizon quietly slashes DSL prices(Totaltele.com/Reuters May 2, 2003)

 べライゾンは従来月額49.95ドルだったDSL料金を、15ドル引き下げて34.95ドル(モデム料金を含む)にするほか、同社の固定電話および/または携帯電話サービスを一括して契約する場合には、最大29.95ドルまで割引くというものである。(注)従来、ケーブル・モデムでは月額45ドル(放送を契約しない場合は5〜10ドル高い)、ADSLでは50ドル程度というのが米国のブロードバンド料金 の相場と見られていたが、最近では両者の料金差がかなり縮まっていた。(別表参照)べライゾンは値下げに加え、DSLの最高速度を従来の2倍の1.5Mbpsに引き上げ、マイクロソフトのMSNの最新バージョンMSN8に無料でアクセスでき、電子メールのアカウントも9個まで無料で利用できるようにした。

(注)例えばべライゾン・フリーダム・オールは、市内、州内市外、国内長距離電話およびADSLの利用は無制限、携帯電話は平日昼間300分プラス夜間・週末無制限の各サービスをバンドル化した料金プランを月額124.89ドルで提供している。

(注)モデムの購入費用は含まない。料金の幅は地域によるもの。
(出所) Verizon decision to cut DSL rates may put pressure on cable firms(The Wall Street Journal online / May 5, 2003)
(参考)ヤフー!BB 12Mbps ADSLの月額料金 2,648円(NTT東日本の地域)

 2002年末における米国のケーブル・モデムの利用者数1,060万に対しDSLは510万で、消費者向けブロードバンドではCATV会社が圧倒的に優勢である。最近は、CATVのデジタル化も進み、放送、高速データ(ケーブル・モデム)、電話サービスをバンドルしたサービスで攻勢を強めている。そのうえCATV会社の提供する高速データと電話サービスは規制を受けないこともあって、地域電話会社側は危機感を強めていた。電話会社は将来市場に対するこのようなジリ貧状態を何とか打開すべく、まずべライゾンが一歩踏みだした。しかし、地域電話会社第2位のSBCは、ケーブル・モデムと競合する地域におけるDSL料金を、他のサービスとバンドルする場合には、すでに29.95〜24.95ドルまで下げて対抗しており、ベライゾンのような一律値下げはしない方針だ。ベルサウスがどうするかは現時点で不明である。因みに、CATV会社は営業区域の90%で高速データ・サービスの提供が可能だが、地域電話会社のADSLのサービス提供可能地域は60%にとどまっている。(注)

(注)Verizon’s ‘hotspots’ raise wireless stakes(Financial Times online / May 13, 2003)

 地域電話会社はすでにDSLによる高速データ・サービスの展開に数十万ドルの投資を行なっているが、ほとんど利益をもたらしていない。電話会社が顧客をDSLに接続するために必要なコストは、CATV会社が顧客にブロードバンドを提供するコストよりも高い。CATVの場合は、全てのデータが同一のパイプを通して伝送されるので、システムはシンプルであるのに対し、米国には多くの異なる電話システムが存在し、電話会社ではデータ伝送のためにより多くの作業を必要とするからだという。(注1)また、一般にはCATV会社の高速データ・サービスの方が技術的に優れていると見られているが、ベライゾンの今回の攻勢はそのギャップを埋めることを意図したものだと受け止められている。(注2)

(注1)前掲 The Wall Street Journal online / May 5, 2003
(注2)Verizon initiates deals on high-speed Internet(washingtonpost.com / May 14, 2003)

  料金で優位性を失うCATV会社側は、現在までのところ事態の推移を見守る構えのようだ。バンドル・サービスを含め顧客にベストな価値を提供していると確信しており、技術およびサービス上の問題を多く抱えているDSLサービスに、数ドル安いからといって顧客が移るようなことはないと見ている。CATV事業最大手のコムキャストは強気で、2003年末には30%増の500万加入達成を目標としている。しかし、べライゾンの値下げ発表でCATV大手の株価は弱含みで推移している。AOLはDSL加入者に対するコンテント・サービス(月額14.95ドル)の需要拡大につながるとして歓迎の意向を表明している(注)

(注)前掲The Wall Street Journal online / May 5, 2003

 ベライゾンはブロードバンドでCATV会社に大差をつけられているだけでなく、SBCにも遅れをとっている。電話会社は電話事業が売上を減らすなかで新たな収益源の確保を迫られており、何とかSBCを追い越したいというのが当面の目標で、値下げもその戦略の一環である。メリル・リンチによると、SBCのDSL加入者は2003年第1四半期に27万増加し250万となった。これに対しべライゾンは2003年第1四半期に16万増加し総加入数183万であるが、2003年におけるDSLの増加数は当初予測の60万を上回り100万になるだろうという。

 べライゾンはDSL料金の大幅値下げ発表に合せて、ニューヨーク市マンハッタン地区の公衆電話ボックス150ヶ所をWi−Fiのホットスポット化し、同社のDSL契約者は無料で利用できるようにしたと発表した。これも同社のブロードバンド戦略の一環で、年末までには同地区で1,000ヶ所まで増やし、利用者が多ければ全営業区域に拡大する意向だという。(注)

(注)Verizon sets up phone booth to give access to the Internet(nytimes.com / May 14, 2003)

■米国の「eビジネス」は軌道に乗ったか

 2000年末にITバブルが破裂して、米国で多くの新興企業が破産に追い込まれたことはご存知の通りだ。しかし、最近の新聞報道によれば、5月12日現在で、S&P500種株価指数の業種別指数では、ハイテク83社で構成する「IT(情報技術)」が年初来15.4%上げて(2002年は24.4%の値下り)10業種中値上がり率トップになった。低迷していたネットワーク機器のシスコ・システムズが1年ぶりに高値を更新して注目を集めている。トムソン・ファーストコールによると、主要ハイテク80社の1〜3月期最終利益の合計(推定)は前年同月比16%増で、リストラ効果が寄与したようだ。(注)

(注)米株復調 ハイテク主導(日本経済新聞 2003年5月14日) しかし、IT産業は供給過剰による価格下落が依然続いており、利益率は下がるという見方も根強い。価格は1〜2年で安定するという見方から、IT産業に(生産性向上によって価格が下がっても利益率が高まる)幸福な日々が戻ることは永久にない、とする説まである。(The glitch in the tech turnaround : BusinessWeek / May 25,2003)

 また、ビジネスウイーク誌(BW)は最近の特集記事で「eビジネス」を取り上げ、「eビジネスの全てがハイプ(誇大宣伝)ではなかった。eコマース(電子商取引)は企業向け、消費者向けの両方とも、従来以上に熱気を帯びている。」と書き、米国における最近のeビジネスの動向をレポートしている。(注)以下に、そのポイントを紹介する。

(注)The e-business surprise (BusinessWeek / May 12,2003)

 BW誌によると、1999年(ITバブルが破裂する前)に米国におけるビジネス間のeコマース(B2B)は、2003年には1.3兆ドルに達すると予測していた。しかし、フォレスター・リサーチは2003年 の実績見込みを2.4兆ドルと見ており、現実が予測を大きく上回る。フォレスター・リサーチは、1999年に米国の消費者向けeコマースは2003年には1,080億ドルに達するという大胆な予測を発表していたが、実績見込みは景気後退、テロ、イラク戦争にもかかわらず、950億ドルと予測を若干下回る水準になりそうだという。同誌は「我々が言ってきたことは、全て現実になりつつある。」というインテル議長のA.グローブ氏の発言を引用し、これらの数値はハイプが終わったことの証明ではないかと書いている。

 eコマースの普及が経済に及ぼす最大の影響は生産性向上である、というのがBW誌の主張である。ブルッキングス研究所が数年前に、eコマースによって得られる生産性向上額は2005年までに2,500億ドルになると予測したが、これも過小予測だった。インターネットを活用した企業は、予測の正確性向上、在庫の減少、サプライヤーとの意思疎通の即時化などで、現時点の予測では2005年には生産性向上額は4,500億ドルに達するという。米国におけるビジネスも消費者も、インターネット株のバブルとその崩壊にもかかわらず、インターネットの価値を見失うことはなかった。経営コンサルタント業のA.T.カーニーによると、2001年以降技術に対する支出は6.2%減少しているが、2002年におけるeビジネスの予算は11%伸びて、技術の支出に占める割合は27%に高まったという。今やeビジネスは「ビジネスの変革(transformation)」を意味している。

 インターネット企業はどうなったか。1990年代にベンチャー・キャピタリストは6,000社の新興ハイテク、ネット企業に1,000億ドルの投資を行なったが、2,000社は倒産もしくは合併されて消えた。450社は株式を公開したが、その価値は公開時の10分の1になった。しかし、厳しい合理化で生残り現在も上場している200社余のインターネット企業は、2002年第4四半期には40%が黒字になった。2003年末には50%が黒字化すると見られ、eビジネスは「最終コーナーを回った」とBW誌は書いている。

 今後どうなるか。古い手法による、大きく派手な成果を期待すべきではない、というのがBW誌の指摘である。企業はこの3年間、本当に機能し早期に利益をもたらすものに投資を絞り、eビジネスの課題を小範囲で具体的なものに細分してきた。例えば、キンコーズはeビジネスへの支出を増やすものの、6ヵ月以内に成果が得られるプロジェクトに限っている。「必要なのは一つの劇的変化ではなく、1,000の小さな変化である。」インターネットが「ワイヤレス」と「ブロードバンド」によって強化され、5年前と比べeビジネスがより利益を上げやすい環境にある、と指摘している。

 米国の家庭におけるブロードバンドの利用は現在1,900万世帯だが、フォレスター・リサーチは2004年末には4,000万世帯になると予測している。ワイヤレスとブロードバンドは、ウェブを電話や電気のように何時でも何処でも利用可能にし、消費者の行動を変えつつある。Wi−Fiは、会議室から工場に至るまで、ラップトップPCのあるところなら何処でもブロードバンドを運んでくれ、ビジネスの行動を変えるだろう。その成果は生産性である。

 現在のような厳しい経済状況下でIT投資を続けようとすれば、ビジョンに裏付けられたリーダーシップが必要になる。だからといって現状維持では遅れるだけだ。旅は始まったばかりだ。カラー・テレビが市場に出てから、利益を出すまで8年かかったが、1962年にBW誌が特集したカラー・テレビの記事には、CATV、プロスポーツ、大統領選挙のキャンペーンには言及がなく、広告にもほとんど触れていない。ウェブも8年経ったところだ。eビジネスに多くのサプライズ(驚き)が現れるのはこれからだ、とBW誌は書いている。

相談役 本間 雅雄
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