2002年12月号(通巻165号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:政策・規制>

英国競争委員会のネットワーク外部性を巡る審議

 英国競争委員会の移動体着信接続料に関する審議は、は2003年1月には最終的な決定を出す予定である。オフテル提案の接続料金設定ルール、「長期増分費用+共通費マークアップ+ネットワーク外部性」は概ね受け入れられると思われるが、おそらくは個別の費用項目で微調整が加えられることだろう。全体費用のうち大きな部分を占める営業費(マーケティング、プロバイダ・インセンティブ)を、どの程度接続料金に盛り込めるかは、移動体事業者にとって極めて大きな関心事である。ネットワーク外部性という項目はそのような費用の許容額として入れられる見通しである。2001年オフテル当初案においてその額は、接続料金全体5.8〜6.8ペンス/分のうち、実に2ペンスという大きなものとされていたが、審議を通じて削減の可能性が高くなってきた。

 ネットワーク外部性は、通信に特有の概念である。通信ネットワークに新たに加入者が加わると、現行(固定、移動)ネットワークの加入者はそれによって便益を受ける。この便益は、新たな加入者にとって外部的なものである。それは加入の意思決定に際して、個人は加入によって自分が受ける便益のみを考慮し、現行加入者を含む社会全体の便益を無視するからである。この理由によって、加入しようとする個人の数は最適な数を下回る可能性が出てくる。つまり通信というサービスの性質によって「受益者負担」のメカニズムが生み出しにくいため、ネットワークの規模が過少になるのである。

 このため、最適な数の加入者規模を達成するためには、加入料金についてコスト以下のプライシングを行なうことが必要となる。実際の事業活動でも、加入者獲得で生じる赤字を補填するために、端末やプロバイダに対する補助金が存在している。このように、新たな加入者をネットワークに引き入れるために必要となる顧客獲得費のうち一部(もしくは営業費)を、オフテルは「ネットワーク外部性」として接続料金に盛り込むことを認めているのである。この考え方は1998年の独占合併委員会による移動体着信料に関する勧告にも既に存在していたもので、従来の接続料にも0.5ペンス/分が含まれている。

 2001年のオフテル案では、この0.5ペンスが2ペンスへと大幅に引き上げられた。オフテルはこの額をデータとモデルの一部更新をおこなって算出したものと述べているが、決定の前まで、ネットワークが飽和に近づいている以上ネットワーク外部性はもはや認められないだろうという観測があったこともあり、その後、固定事業者から出された「不透明である」という批判も頷けなくもない。競争委員会においても、現在ではネットワーク外部性について、かなり踏み込んだ議論とモデルの精緻化がおこなわれている。

 審議過程で考慮されている最も重要な改良点は、2001年オフテル案では考慮されていなかった、価格差別化である。この場合の価格差別化とは、移動体通信のヘビーユーザー、すなわち移動体への嗜好が強い人は、加入料金が高くともネットワークへ呼び込むことができるため補助金は必要でなく、そのようなユーザーについてはふさわしいパッケージを提供するということを意味している。事業者は現実にもそのように行動している。しかし、2001年オフテル当初案では、必要補助金にモデル上の最大値を仮定していた。すなわち、ヘビーユーザーもライトユーザーも等しく補助金の対象とされていたため、補助金額が過大になっていたのである。

 オフテルから競争委員会に提出された文書によれば、現在までのところ、「長期増分費用+共通費マークアップ」への「ネットワーク外部性」の加算額試算値は、相当低下しており、上述の価格差別化の効果を盛り込むとほぼゼロ近くなる。計算にあたっては、同分野における米国の専門家であるロルフス氏が全面的に関わっている。当然のことながら、どのような数値に落ち着くかは競争委員会に委ねられているのである。

 以上のように、ネットワーク外部性を認める議論は、根本的には現行加入者数を維持することが社会的に望ましいとする見方に立ったものである。このようなポリシーは、固定分野におけるユニバーサルサービスに通じるものがある。結局、ネットワーク外部性を認めることは、ネットワーク規模の維持という目的のために、移動体事業者に対して内部補助を奨励していることを意味する。そして、最適なネットワーク規模とは、当局が望ましいと認める政策的な大きさであるといえるのである。問題は、そのような望ましい規模の達成に対して最適なアプローチが取られているかであり、その意味で、認められた補助金システムが無駄を生まないことを確実化することが最も重要な課題である。価格差別化による補助金額の節約という視点もそれに沿ったものなのである。

 また、事業者が着信料収入で得た余剰を全て小売市場で使い切るのか(補助金を支出し切るのか)という問題もある。これは、接続料金からの「儲け」が全て消費者に還元されるかという問題である。明らかに、答は小売市場が十分競争的かどうかに依存している。小売市場を非競争的と公式に判断した以上、すなわち小売市場のSMP指定(ボーダフォン、O2)を行なった以上、この点もオフテルとしては確実に見極めたいところである。特に、オフテルはもはや小売市場に規制介入するオプションをもたないと考えられるため、規制意思決定に先立ち、事業者の行動を注意深く分析することは同庁にとって以前にも増して重要となっている。

 このような多数の疑問全てに対して解答が出てはいないようだが、補助金効率化あるいは節約化という方向性からみれば、ネットワーク外部性許容額の2ペンスは削減の趨勢にあると考えられる。

移動パーソナル通信研究グループ
 チーフリサーチャー 八田 恵子

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