2002年7月号(通巻160号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンド・レポート>

「インフラを持たないホットスポット・プロバイダー」
〜ボインゴ社のサービス概要と
 米国ホットスポット・ビジネスの状況〜

 公衆の場で無線LANサービスを提供するホットスポットは、このところ最も脚光を浴びる通信サービスの1つとなっている。特にホットスポットを生み出した米国では、ベンチャー企業等により様々なサービス形態が登場しており、内外からの注目を集めている。本稿ではこの中から、散在するホットスポットのサービスを集約して提供する「アグリゲーター」と呼称されるプロバイダー、ボインゴ(Boingo)社のサービスとそのビジネス形態およびこれをとりまくビジネスの現況を紹介する。

ボインゴ社のサービス内容と会社概要

 ボインゴは2001年1月、ホットスポットのサービス・プロバイダーとしてサービスを開始した。ボインゴが特徴的なのは、プロバイダーでありながら自社ではホットスポットのアクセス・ポイントやインフラを所有しない点である。ボインゴは全米各地に点在する様々なプロバイダーが運営するホットスポットのインフラをアグリゲート(集約)し、ボインゴという1つの窓口を通じてユーザーにサービスを提供するという形態をとっている。現在同社のスポットでは通信規格としてWi-Fi(IEEE802.11b)を採用しており、最大11Mbpsでのデータ通信が可能だが、今後IEEE802.11aを利用したサービスの提供も計画している。ボインゴは、米国における独立系ISPとしては最大規模であるアースリンク(EarthLink)の創設者であるスカイ・ダルトン氏(Sky Dalton)が創立、スプリントPCS等がその株主となっている。

 ボインゴのサービスを利用するには、まずインターネット経由で会員登録を行い、ホットスポット・サービスを利用するためのソフトウエアを個々のノートパソコンやPDAにダウンロードする。このソフトウエアは、「嗅ぎわける」という意味を持つ「スニッフィング・ソフトウエア(Sniffing software)」とも呼称され、コンピュータを起動しておけばスポットのエリア内に入るとWi-Fiの信号を受信して自動的にユーザーに通知しスポットの利用が可能であることを知らせてくれる。

ボインゴのホットスポットサービスを利用するには?

 このソフトウエアは、より簡単にホットスポット・サービスを利用できるよう意図して設計されており、ユーザーはワンクリックでインターネットへ接続できる。またこの他にも、ネットワークへの認証機能、利用できるスポットの位置を検索する機能を備えている。ユーザーは、各地で利用したホットスポット料金を全てボインゴから請求を受ける。同社のサービスは、言わば「ホットスポットのワンストップ・サービス」である。ボインゴは、2002年5月時点で500ヶ所のスポットでサービスを提供しており、2002年末までにこれを2,000ヶ所まで増大さる計画である。

ボインゴのビジネスモデル

 それでは、自前のホットスポットのインフラを持たないボインゴがどのようにビジネスを営んでいるかを見ていこう。まずボインゴは、比較的小規模の複数プロバイダーとサービス提供の契約を結ぶ。契約を結んだプロバイダーは、ボインゴのユーザーに対してホットスポット・サービスを提供する。ボインゴは、料金徴収の窓口としてユーザーが全米各地のスポットで利用した料金を各プロバイダーに代わって徴収しこれを合算し請求、回収する。ここからボインゴは自社ユーザーのスポット利用料金として提携する各々のプロバイダーへ収益を配分する。ホットスポット・ユーザーにしてみれば、ボインゴのサービスは独自にインフラを構築して運営するプロバイダーと何ら変わりがない。創立者のデイトン氏は、「ボインゴはインフラを持たないワイヤレス・インターネット・サービス・プロバイダーである」とも語っている。このようなビジネスモデルにより、ボインゴはホットスポットの構築費用を自社で負担せず、収益を提携先とのプロバイダーとシェアする形を取るため、比較的低コストでビジネスに参入することが可能となっている。このようなアグリゲーション・サービスを提供するプロバイダーは後続して登場しており、ジョルテージ(Joltage)社やスプットニック(Sputnik)社等も同様のビジネスモデルでホットスポット・サービス提供を開始している。

ボインゴのビジネスモデル

ホットスポットのローミング・サービス

 ボインゴの他にも、ローミング契約等によりユーザーが直接契約していないスポットでのサービス利用を可能にさせるプロバイダーも登場している。まず第一に、アイパス社(iPASS)やガリック社(GRIC)社など、ISPローミング・プロバイダーがホットスポット・ビジネスに参入する例が挙げられる。このようなローミング・プロバイダーは、ISP分野でこれまで培ってきたネットワークへの認証技術、料金の合算、請求、回収業務のノウハウをそのままホットスポット・ビジネスに活かせるというメリットを持つ。第二に、プロバイダー同士がローミング契約を結び、互いのユーザーがもう一方の提供するスポットを利用できるという例が挙げられる。豪プロバイダー、スカイネットグローバルは2001年秋、同じくプロバイダーのモバイルスター(現在のボイスストリーム)とローミング契約を結び、自社のユーザーが米国でもサービスを利用できるようにした。また、プロバイダー同士がフォーラムを結成し、より多くのプロバイダーとの提携を容易にさせる動きも盛んになっている。このようなフォーラムに参加すれば、個々のプロバイダーと契約せずとも多数のプロバイダーと同時に契約できる。ホットスポット・プロバイダー初のフォーラムとして結成された「パスワン(pass-One)では、「ローミングは低コストでスポット数を拡大する最も効果的な方法である」としている。

ホットスポット・ビジネスの現況と見通し

 ボインゴに代表するホットスポットのアグリーゲーション・サービスを提供する動きが盛んになってきている背景には、比較的小規模のホットスポット・プロバイダーが多数散在するスポット・ビジネスと、収益の確保に混迷するプロバイダーの現況がある。ホットスポット・サービスは萌芽して間もないサービスであり、スポット数も数十ドルを快く支払う程エリアが拡大していないとみるユーザーも少なくない。このような状況を打開するためには、スポット数を飛躍的に増大させユーザーへの利便性を向上させることが要求される。しかし、ホットスポット・プロバイダーの先駆者であるモバイルスターは、自社独自の構築によりスポット数を急増させる事業計画を立て、ついにはそれに充分な顧客数を得る前に破綻に追い込まれている。このようにベンチャー企業が比較的多いこの業界では、ビジネスが軌道に乗る前に資金が底をついてしまうのが通常であった。一方、ボインゴは、ホットスポットのアグリゲーション・サービスを提供するという形で、より低コスト低リスクで業界に参入し、サービスエリア拡大を図るという戦略をとっている点が特徴的である。

 一方、このところボイスストリーム等のナショナル・キャリアと呼ばれる全米にサービスを提供する移動通信事業者がホットスポット事業に参入する動きが目立っている。これまでベンチャー企業の活躍が比較的目立っていたこの業界も、これまでとは比較にならない資金源と通信事業のノウハウを持つ企業が活躍することにより、業界も様変わりする様相を呈している。このような通信事業者が自前のスポットを構築し、広告宣伝力やこれまでの知名度を利用し広範なサービスを提供すれば、これまで収益確保が困難であったホットスポット・ビジネスも順調に成長するという肯定的なシナリオも描ける。収益確保が見込めれば、通信事業者ばかりでなく強力なライバルとなりえる巨大なIT関連企業もビジネス・チャンスを見逃してはいないだろう。

 このような大規模のプロバイダーと比較した場合、言わば他社のスポットを「間借り」するボインゴは、価格面の競争が不利となる。否定的なシナリオでは、ボインゴの集約サービスは過渡期のビジネスとして淘汰されるか、ニッチのビジネスに留まることも予想できる。このため、ボインゴのようなベンチャー企業は今後さらなるアイディアを駆使したサービスを提供することが要求されるだろう。

ボインゴの料金プラン

ボイスストリームの料金プラン

移動パーソナル通信研究グループ
 リサーチャー 宮下 洋子
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