2002年4月号(通巻157号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
トレンドレポート

マイクロソフトのウィンテルによる第3世代携帯電話市場参入戦略およびノキアの戦略動向を探る

 最近世界中で再び「ウィンテル」についての話題が沸騰している。事の発端はフランスのカンヌで開催された3GSM世界会議(ワールドコングレス)2002において、マイクロソフトがウィンテル連合による3G市場の本格参入を発表したことであろう。本項では最新のマイクロソフトの戦略およびモバイル端末におけるOS市場動向を概観し、今後の3G端末市場の行方を考察する。

マイクロソフトのワイヤレス通信機能を具備した
モバイル向けOS3種類が出揃う

 3GSM世界会議において、マイクロソフトは同社の新しいモバイル・ソフトウエアを発表し、さらにモバイル・ソフトウエア市場における提携企業についても明らかにした。ソフトで注目を集めたのは同社が「スマート・デバイス」とよぶ携帯端末向けのOSである「Pocket PC 2002 Phone Edition」および「Smartphone 2002」である。

 「Pocket PC 2002 Phone Edition」はPDAなどパームトップPC用のOSである。その特徴としては、その名のとおり、同OSを採用する事でワイヤレスで音声およびデータ通信機能を組み込むことが可能となる点である。同OSは英mmO2(BT傘下)と提携しているヒューレット・パッカードが採用し、「Jornada 928 Wireless Digital Assistant(WDA)」という端末の投入を進めている段階にある。一方「Smartphone 2002」は携帯電話用のOSである。これこそ以前から同誌でも取り上げ、注目してきたマイクロソフトのスマートフォン用OS「Stinger」である。2002年2月号で執筆したハンドヘルドPC向け「Windows CE.Net」とあわせると、これで同社のOSはあらゆるスペックのモバイル端末に対して製品が出揃ったことになる。そして同時に、マイクロソフトが提供するPDA、携帯電話OSはいずれもワイヤレス通信機能(音声通話とデータ通信)を具備することになる。

 同社はこの発表に併せて、これらOSのハードウェア実装にあたり、マイクロソフトは米テキサス・インストゥルメンツ(Texas Instruments:TI)および米インテルという2つのチップセットメーカーと提携し、共同でリファレンス・デザインを開発することで合意したことも発表したため、世界中が驚いた。あのインテルとマイクロソフトが再び手を組んで(通称ウィンテル)、モバイル市場への展開を発表したからである。

(補足:なおTIとマイクロソフトとの提携では、2.5Gにおいての端末共同開発とのことである。具体的にはマイクロソフトの「Smartphone 2002」とTIのDSPアーキテクチャー「OMAP(Open Multimedia Application Platform)」(OMAPプロセッサー)を用いて2.5G用携帯電話のリファレンス・デザインを開発する:図表1参照)

図表1. 2.5G(GPRS)向けスマートフォン用
参照モデル開発に乗り出したマイクロソフトとTIのスマートフォン・イメージ
図表1

携帯電話市場に食い込めなかったマイクロソフトと
インテルが再びウィンテルとして携帯電話端末市場に参入

 ウィンテルは、言わずと知れたパーソナル・コンピューター界の巨人である。PC用OSソフト世界最大手マイクロソフトと半導体世界最大手インテルが、マイクロソフトのモバイル用OS3種類それぞれをインテルのモバイル向けプロセッサー(XScaleマイクロ・アーキテクチャ)向けに最適化するため協働することで合意したのである。実は両社はこれまで、互いに独自で携帯電話市場への参入を試みてきた。しかし、両社は携帯電話市場ではいまだ日の目を見ていなかった。そもそも低速な通信速度でかつ低スペックな端末を操る携帯電話市場では、両社のPC市場での強みは生かし難かったとの指摘も聞かれる。しかし世界的なワイヤレス通信の高速化トレンドと、それに伴う端末の高スペック化、さらにPCとモバイル端末の同期化ニーズ、PDA市場の興隆などの様々な環境変化により、徐々に両社の強みが生かし易い環境になってきたのでる。そしてこの度、両社は携帯電話事業で手を組み、3G時代の高機能携帯電話端末市場に対して参入した。両社は他社メーカーにライセンスを供与することを目的に、共同で携帯電話およびPDA向けのリファレンス・デザインを開発する計画を発表した。これはまさしく両社がPC市場において成し遂げた成功方程式であり、これを携帯電話市場においても適応しようというのである。

 マイクロソフトは、この「ウィンテル製」リファレンス・デザインを武器として、端末メーカー各社に今回発表した新たなモバイル用OS群の採用を更に強く働きかけていく模様で、特にノキアに対抗する大手携帯電話メーカー数社に採用を打診しているという。ことさらモトローラ、ソニー、エリクソンなどを注視している、などとも伝えられており、ウィンテルはPCにおける成功方程式を用いて、既存携帯電話市場最大手ノキアに直接競争対抗する構えを明らかにしたのである。マイクロソフトの計画によれば、現時点では未参入にもかかわらず、今後数年の間に1億台の携帯電話に自社ソフトを搭載することを目標にしている。このかなり強気な目標を達成するためにはモトローラ、ソニー、エリクソンなどの大手携帯電話メーカーを取り込まない限り現実的に不可能に近いため、そのためにも「ウィンテル」という一つの大きな武器が必要であったのだろうとの推測もある。一方ライセンス供与を受ける端末メーカー側にとっても、既に組み合された形で提供される事で、高機能かつ複雑化してきた携帯電話端末の設計、生産において効率化が可能になることは、メリットとなるであろう。

 なお、PDA市場では、両社の製品は既にかなりのデバイスに採用されていたため、これらを組み合わせた形で出荷されることでPDAメーカーはさらに設計や生産の効率化が可能になり、大きなメリットとなるため、両社はさらに攻勢をかけることになりそうである。

ウィンテルの提携概要

対するノキアのスマートフォン

 これに対して偶然にも同日、携帯電話端末メーカーの巨人ノキアが、スマートフォン向けOS「シンビアン6.0」について、ウィンテル同様TIと提携し、オープンな「リファレンス・モデル」(Series 60-based Complete Smart Phone Reference Platform)の開発、推進を発表したため、一気に「ウィンテルvsノキア」という話題が沸騰することとなった。

図表

 ノキアは、1G〜2Gへの時代の変化にうまくのり、1998年以降業界トップを走りつづけるマーケットリーダーである。昨年の欧州携帯電話市場成長鈍化に際しても、勢力的に新たなプラットフォームを続々と開発、投入し、他社が端末販売数を軒並み落とす中、業界内で一人気をはいている。2Gでは、その強みである開発力を生かした差別化によりシェアを伸ばしてきたが、3Gにおいては業界リーダーらしく、他社とのコラボレーションも積極的に推進しており、各種技術におけるデファクト・スタンダード確立に向けて旗振りを行っており、業界の安定を図ると共に、市場内の有利な地位を維持することが主戦略となっている模様である。

 よって近年では、業界内企業との協業が多く、業界内の新しいトレンド技術の多くは3大携帯電話メーカーで連携してデファクト開発につとめている(下図)。例えばPDAについても、パーム社のパームOSやマイクロソフトのPDA向けウィンドウズ・ポケットPCを採用せず、ノキア、モトローラ、エリクソンの3社共同出資で新たにシンビアン社を設立、独自のOS開発、実装を進めている。このシンビアンがスマートフォン向けOSとして開発したのがシンビアンOSである。シンビアンは世界の5大携帯電話メーカーのうち4社が指示し、また日本からも松下通信工業、三洋電機などが参加するというまさに一大勢力であり、これまでの業界競争パターンである「規格統一→その規格内での競争(WAPなど)」という業界構造の一つの象徴ともいえる。これは業界外のマイクロソフトにとってもその牙城は大きなものとなるといえる。

ノキアのアライアンス戦略と独自戦略

スマートフォン市場の行方

 そもそもPDA市場ではパームが市場を席捲しており、スマートフォン市場においても多くの既存大手携帯電話メーカーがシンビアンOSの採用意向を示しているなど、マイクロソフトは完全に後発であり、依然そのポジションは低いことは間違いない。

 しかし、携帯電話とパソコンがインターネットという媒体を通じ融合した利用形態になれば、当然「ウィンテル」の影響力も無視できなくなる。Webサービスをユビキタスに提供する、というポジショニングで移動通信市場参入を試みるマイクロソフトは、インターネット市場でのプラットフォーム、アプリケーション・シェアの強みを存分に生かすことも可能となるのである。特に、動画など大容量データの高速通信が可能になる第3世代移動通信事業においては、マイクロソフトの強みである企業ユーザー向けデバイスとしての携帯電話活用が大きくクローズアップされる市場となる。となれば、Pocket PC 2002およびSmartphone 2002を搭載したデバイスは、多くのユーザーが既存のPCで利用しているであろうOutlookがワイヤレス通信により同期が可能となり、使い慣れた電子メールやスケジューラー、アドレス帳など頻繁に利用するバックオフィス系ソフトがユビキタスに活用できるというユーザー便益は非常に大きい。しかも低電力高速プロセッサーにより使い慣れたMSオフィス・ソフトも活用できるとあれば、これまでのPDAや携帯電話になかった新たな付加価値となるであろう。こういったPCとの同期サービスなどを利用するビジネス・コンシューマーという市場においては、実はウィンテルが獲得しているユーザー数は圧倒的に多いのである。つまりウィンテルにも今後十分チャンスはあるとも考えられる。このようなビジネス・コンシューマーに対する「Webサービス」アプローチに対抗するものとしてノキアの「モバイル・サービス」構想、つまりオープン・アーキテクチャー構想が立ち上げられたとも考えられる。

 されど一方で、そもそもウィンテルvsノキア(端末業界)という構図自体が成立するのかどうかも疑問である。PC市場のようにOSがどこか1社の独壇場となるような状況が起こり得るかどうかも怪しいところである。実際ノキアにしても、最近は業界スタンダード策定に終始することだけでなく、自社にとって有利なものを独自に推進することも少なからず見うけられる(前ページ図表3参照)。ドコモのiモードにおける成功事例からも明らかなように、結局技術は市場が評価することは言うまでもない。デファクト構築に追われるばかりに、市場に受け入れられるタイミングを逃した技術を業界主導で開発できたとしてもそれは本末転倒となってしまうのである。まだまだ次世代端末プラットフォーム市場は激しい駆け引きが続くと考えられる。ただし、少なくともビジネス市場においてはウィンテル陣営参入のインパクトは大きいと考えられる。

 いずれにせよ、これまでワイヤレス業界において、ワイヤレス端末とアプリケーションの開発および導入のための標準的なデザイン・プラットフォームは存在しなかった。そのため各端末とアプリケーションは独自の環境で開発されてきた。しかしウィンテルの登場、および携帯電話の巨人ノキアによるTIとの提携などにより、規格は違えどリファレンス・デザインが続々と登場することになり、開発者は標準化されたプラットフォームから製品を作ることができ、コンシューマー、企業ユーザー向けのリッチなワイヤレス・アプリケーションやサービス開発のスピードが向上し、かつ促進されることは間違いない。

移動パーソナル通信研究グループ
リサーチャー 竹上 慶
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