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[トレンドレポート]
移動通信基幹インフラのIP化動向
−すでに始まっている次・次世代技術覇権争い−

 移動通信のインフラと、インターネットのインフラを融合しようという動きが世界規模で巻き起こっている。つまり基幹インフラのIP化や無線アクセス部分のIP化を行うための技術開発が盛んに行われているのである。そしていよいよ、基幹ネットワークのIP化が実用レベルに近づいてきている。 さらに音声のIP化も実用に向けて大きく前進している。2000年9月6日には、日本テレコムと日本エリクソンは次世代携帯電話の通信方式「W-CDMA」上で、IPを使った音声通信技術「VoIP」(Voice over Internet Protocol)の実証実験に世界で始めて成功した。移動通信インフラの技術的動向と今後の展望について以下に述べる。

 

1.移動通信インフラの現状とIMT-2000

 現在の移動通信インフラは、第2世代と呼ばれるデジタル通信インフラの時代である。方式として欧州のGSM、北米のIS−95CDMA、そして日本のPDC(Personal Digital Cellular)などが存在するが、互換性がなく、各々クローズドなネットワークを形成している。このデジタル方式の登場により、通常の音声だけではなく、データ通信サービスの提供も活発となった。データ通信サービスとしては主に回線交換サービス、パケット交換サービス、SMS(Short Message Service)などが提供されている(図表1)。よって現在の移動通信ネットワークは、音声を中心に伝送しつつ音声を圧迫しない程度のデータ通信も伝送する回線交換網と、エンド−エンドでパケット通信を行うパケット通信網の大きく2種類の通信網で構成されている(図表2)。第3世代IMT-2000は当初通信方式の世界統一を目標にスタートしたが、最終的には5方式が標準化されてしまった。第3世代で特にシェア拡大が予想されている方式は第2世代でシェアが大きいGSM方式の後継であるDS−CDMA (日本のW−CDMA、欧州のUTRA)と、IS−95方式の後継であるMC−CDMA(cdma 2000)である。方式は違えど、いずれの通信ネットワークも高速2Mbps通信を可能にするものであり、そのネットワーク構成は第2世代と同様に音声網・パケット網の併用する方式(図表2の構成)、あるいは回線交換とパケット通信網をATMにより統合する方式(NTTドコモ)などが採用されることが予想されている。

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2.無線データ通信専用網の進化

 無線データ通信は、世界的に需要が非常に少ない。その通信品質の劣悪性もさることながら、最も大きな要因は通信速度の遅さである。1999年までは世界的に9.6kbpsあたりが標準的な速度となっていたこともあり、固定通信に比べあまりにも貧弱であった。よって移動通信は「通話」専用網に近かったのである。しかし、2000年に入って状況は一変してきた。その理由として主に以下の2点が考えられる。

  1. 低速通信での高度サービスが普及
    低速でも利用価値の高い無線データ通信サービスが世界中で出現した。日本ではモバイル・インターネット・サービス、欧州ではSMSが急成長した。特にiモードは、無線パケット通信の有用性をまざまざと見せつけ、その後の世界のパケット通信技術開発競争にも影響を及ぼした。

  2. IMT-2000の影響
    IMT-2000の標準化を進めていたITUは、よりよい技術を採用するため、世界で巻き起こるIMT-2000の技術開発競争を歓迎してきた。巨大シェアを誇るGSM、cdmaOneの2大陣営は、特に激しい技術競争を行ってきた。各陣営は自方式の有用性をさらに強調するため、既存の第2世代方式についての様々な拡張方式を開発し、世界にアピールしてきた。その結果、今日では様々な2.5世代と呼ばれる拡張方式が乱立している。このような状況下で、両陣営が提案していた第3世代方式がどちらも世界標準化されてしまったため、その配下の2.5世代的方式も一気にその存在感を示してきたのだ。特に、2.5世代方式のさらに後継方式として開発が進められているEDGEやHDRといった高速無線データ通信方式は (1)IMT-2000と遜色の無いデータ通信速度を持ち、(2)IMT-2000の音声・データ共用方式とは違うデータ通信専用インフラであるため、データ通信市場がなかなか伸びない欧米では、コストが高く導入が遅れるIMT-2000ではなく、これらデータ通信専用インフラの早急な導入を進めたい意向が出てきたのである(図表3) 。
 このように様々な思惑の中で、現在では無線データ通信需要は高成長が期待されている(図表4)。

fig3

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3.IP通信の必要性に迫られる移動通信網

 携帯性というこれまでの通信にはなかった特性は、今後の社会生活スタイルに限りない影響を及ぼすことが期待される。そのため次世代移動通信規格であるIMT-2000には、マルチメディアに対応したデータ通信インフラとしての仕様が強く望まれ、その仕様にも「高速・高品質通信」の実現が盛り込まれることとなった。しかし標準化作業をすすめていた矢先に、かたや固定通信ではインターネット・サービスが世界中で爆発的に普及し、 1990年代後半にはインターネット・プロトコル(IP)通信が次世代データ通信方式の本命として認知されることとなってしまったのである。よって、2000年以降の移動通信インフラ・ビジョンとしては、高速化だけでなく、インターネット・サービスに対応したインフラである事が必要条件となりつつある。それはすなわち移動通信のIP通信への対応に他ならない。移動通信事業者にとって、このようなサービス面での需要の高まりだけでなく、インフラ運営の立場からもそのメリットは大きい。インフラをIP化することで、音声専用の交換機とデータ専用のパケット網が統合され、一つのIP網から音声・パケット伝送・放送など多種多様なサービスが提供可能となり、インフラへの投資、運営コストを大幅に下げることができるからである。これらの要因から、1999年頃から世界中で移動通信網のIP化に関する技術開発が活発に進められている。

 

4.移動通信の特性と、IP化へのステップ

有線通信を前提に仕様策定されてきたTCP/IP通信方式を移動通信に適応させるには、移動通信の特性を十分に考慮して、様々な技術を駆使する必要があり、非常に困難な問題が数多く存在する。

  1. 移動通信であるがゆえの特性と現状 移動通信は、「無線リンクの性質」および「モビリティ」という大きな二つの特性を持つ。
    (1)無線リンクの性質移動性を実現する無線通信は、通信する空間の環境に大きく影響を受ける。有線通信では1,000,000bitの送信に対して誤りが1bit以下であるのに対し、無線通信では100bit〜1,000bitに1回は誤りが発生する。このように移動通信の伝送品質は有線通信に比べて劣悪である。
    (2)モビリティ有線通信では、コネクションは絶えず固定されているが、移動通信ではユーザーのアクセス・ポイントは絶えず変化する可能性があり、また場合によっては瞬断することもあり、これらに対応する必要がある。

     これらの特性のため、現状の移動体データ通信においては、移動通信に特化したプロトコルスタックを用いている。具体的なパケット伝送プロセスは以下のようになる。まず携帯電話から送出されるパケットは基地局〜サービス制御局ポート間を無線パケット通信専用プロトコルにより伝送され、そのままパケット網内をルーティングされることになる。よって現在はIP網(インターネット)に接続する際、「ゲートウェイ」を設置して、インターネット対応プロトコルに変換を行っている(図表5(1))。

    fig5

     

  2. IP技術との融合に必要な技術 これらの「移動通信」の特性を維持したままTCP/IP通信を行うため、現状のインターネットに考慮されていない「モビリティ」をTCP/IPに組み込んだ無線TCPや無線QoS、Mobile IPなどの技術が盛んに検討されている。また、爆発的に増加する携帯電話ユーザーの携帯電話1台1台がエンド―エンドで通信を行うために必要なIPアドレスは、現状のIPv4では足りなくなる可能性がり、IPv6の導入も検討されている。

  3. IP化のためのアプローチ 現在、移動通信網とIP網とを接続するためには、IPではカバーできないモビリティや無線通信品質への対応は、全て移動通信専用の方式を用いている。例えば、モビリティ制御は移動通信専用モビリティ制御方式を持ち、パケットも無線通信に対応した無線専用パケットをルーティングしている(図表5(1))。早期にIP化を実現するためには、IPへの組み込みが難しいモビリティ制御は既存の移動通信専用方式に任せ、無線パケット・ルーティングをIPパケット・ルーティングに変更するほうが容易かつ肝要である(図表5(2))。つまり移動通信網において無線アクセス網以外をIPで通信を行う試みである。これこそが、今回取り上げた移動通信基幹インフラのIP化であり、今まさにこのバックボーンIP化が実用化に近づいている。基幹ネットワークだけをIP化するだけでも、固定系インターネット・サービスとの融合や親和性が確保できるなど事業者メリットは大きい。ここにさらに音声通信のIP通信化が実現すれば、データと音声の区別無くIPパケット量のみを考慮した効率的なインフラ・システム設計が可能となるため、今後の移動通信インフラ投資・運営コストを大幅に減少させることが可能となる。冒頭の日本テレコムは、この音声をIP通信で行うVoIPの実験において世界で初めて実験に成功したのである。このことが今後の移動通信インフラ開発において非常に大きな影響をもたらすことは間違いない。

5.標準化動向と今後の展望

 移動通信バックボーンだけでなく、移動通信端末からエンド−エンドでIP通信を行う事(図表5(3))まで含めて、今世界では様々な標準化団体が仕様策定を進めている。主な団体はMWIF、3GPPと3G.IP、そして3GPP2である(図表6)。

fig6

   3GPP(GSM陣営)、3GPP2 (cdmaOne陣営)はいずれも、第2世代通信方式の2大陣営がIMT-2000の標準仕様策定を目的に設立したプロジェクトである。これまで述べてきたIP化への取り組みも、この両陣営の仕様化競争となっている。これに対して2000年2月、これら通信インターフェースに依存しない、IPベース無線ネットワークの共通仕様策定を行うMWIFが設立された(2000年10月現在90社以上加盟)。MWIFではネットワーク・アーキテクチャーの確立までを行い、これを基に各通信方式の標準化団体である3GPPや3GPP2に提案する。MWIFで策定された仕様は、ITUやIETFに提出され国際標準化される。よって、このMWIFがIP化推進の中心的存在となると思われてきた。しかし、2000年9月、世界で初めて第3世代通信が実用化される日本のNTTドコモとJ−フォンがそれぞれ3G.IPという3GPPの仕様策定の中心的組織に参加したことにより、MWIFよりもむしろ、3G.IPの策定する仕様・プロトコルの与えるインパクトが非常に強まっていく事が予想される。  ここで注目したいのは、NTTドコモがMWIFにも3G.IPにも参加していることである。NTTドコモは世界初のIMT-2000を武器に、移動通信のIP化仕様策定にも絶大な影響を及ぼす事は間違いない。これまでも市場ニーズに即して迅速に適応技術を導入してきたドコモは、次・次世代でもその覇権がゆるぎないものとなるよう、既に激しく戦略を展開している。インフラ産業は、ニーズとのバランスで非常に設備投資のタイミングが難しい。しかし、データ通信サービスがいまだ未発達の欧州や米国に比べ、移動データ通信としては極めて先端的にサービス競争が進展する日本は、膨らむデータ通信需要に押されるようにバックボーンのIP化も早期に実現される可能性が極めて高い。

 

竹上 慶(入稿:2000.11)


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