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[トレンドレポート]
急激に変わるグローバル・プレーヤーの勢力分布図

○元気な携帯電話事業と欧州勢

 米国の経済誌の「ビジネス・ウィーク」が、毎年5月末現在における株式時価総額のランキング「世界の1,000社(Global 1,000)」を発表する(注)。その2000年版冒頭の解説「スペシャル・レポート」によると、英国の携帯電話事業トップのボーダフォン・エアタッチがドイツの携帯電話事業トップのマンネスマンを今年2月に(敵対的)買収した時の買収価格は、1加入当たり12,400ドルもの高値であった。アナリストの多くは、ボーダフォンのジェント社長(CEO)は高すぎる買い物をした、と考えた。

 しかし、彼はそこで立ち止まらなかった。1,830億ドルに達したマンネスマンの買収(最後の段階では友好的買収に変わった)が決まってから3ヵ月しか経っていないのに、彼は英国の第3世代移動通信システムの免許を、87億ドルもの価格で落札した。数年前であれば、このような「浪費」は投資家が愛想をつかす原因になりかねなかった。しかし、需要が爆発的に増加する「テレコムの時代」では違っていた。ジェント社長が巨大な賭にでても、ボーダフォン・エアタッチの株価は、昨年の5月末からの1年間で28%も上昇した。

 ボーダフォン・エアタッチの株式時価総額(2000年5月末日現在) は2,780 億ドルに達し、ビジネス・ウィーク誌の「グローバル1,000社」の第6位にランクされた。昨年の70位からの大躍進であり、世界企業の大リーグに初登場を果たした。ボーダフォンの賭を見過ごした投資家は大きなチャンス逃した、と同誌は書いている。
(注)The Business Week Global 1000, Business Week/July 10, 2000

 ビジネス・ウィーク誌によると、野心的な電気通信企業の勝利は、2000年の「グローバル1,000 」社のリストが提起したビッグ・テーマの一つである。因みに、その他の特徴として同誌が指摘しているのは、「グローバルな石油生産企業の強さ、日本企業の業績の改善および米国におけるかつての強力なコマーシャル・ブランド企業の衰退」である。

 なかでも、テレコム・サービスの提供企業とその中核となる設備(携帯電話端末やネットワーク機器)の製造企業の強さは極めて明瞭である。「グローバル1,000社 」にリストアップされたトップ25社のうち10社(表1)は電気通信関連企業(6社は通信サービスを提供する企業、4社は通信設備を供給する企業)であった。昨年は5社に過ぎなかった。しかも、この強さは、今年の春に起きた通信やハイテク株の急落後の数値によって示されていることにも注目すべきだ、とビジネス・ウィーク誌は指摘している。

 しかも、10社のうち欧州の会社が5社を占めている。ボーダフォン、ドイツ・テレコムとフランス・テレコムの3通信会社とノキア、エリクソンの携帯電話の機器メーカー2社である。調査会社のガートナー・グループ(ロンドン支社)のアナリストによると、今後3年間における欧州のデジタル革命をリードするのは、移動体通信と双方向テレビであり、この2つで電子商取引の40%を占めることになるだろう、という。

表

 欧州勢の躍進と対照的なのは米国の通信会社の後退である。AT&Tは昨年の7位から36位へ、ワールドコムは14位から38位に順位を下げた。ちなみに、英国のブリティシュ・テレコムも26位から45位に順位を下げた。それぞれの企業が抱える経営上の問題が影響したとの見方もできるが、厳しい競争環境による料金の低下が利益を圧迫し、株価の低迷を招いていることが最大の理由である。一方、欧州(英国を除く)や日本の通信企業は、依然として国が過半の株式を保有していて、その高い株価を背景に米国企業の買収などを計画している。これは公正な競争ではない、政府が大株主である外国通信企業による米国通信企業の買収を制限すべきだ、とする議論が米国の議会国会を中心に強まってきている(注)。
(注)Deutsche Telekom sets off alarm bells, Business Week/July 24, 2000

 デジタル革命の中で競争優位を維持するには、国境を超えた統合に向かわざる得ず、この傾向は今後も変わらないだろう。ボーダフォンによるマンネスマンの買収後においても、フランス・テレコムは英国第3位の携帯電話会社のオレンジを375億ドルで買収した。いずれ少数の勝ち組だけが益々巨大化し、その他の多くのプレーヤーは大規模会社に統合されていくのではないか、というのがビジネス・ウィーク誌(July 10, 2000)の見方である。

○ブレーキが掛かった巨大合併とドイツ・テレコムの米国市場進出

 マイクロソフトを基本ソフトとアプリケーション・ソフトの2社に分割する命令を出した米国の司法省は、長距離事業第2位のワールドコムによる同第3位のスプリントの買収に、遂に「ノー」のサインを出した。具体的には、両社の合併は反トラスト法違反であり、合併を差し止める訴訟を去る6月27日に裁判所に提起した。

 1996年通信法が成立して以来、米国では巨大通信会社の合併が相次いでいた。競争の激化に備え、規模の利益を追求して対抗しようという戦略であったが、米国の高い株価と株式交換という手法がこの傾向に拍車を掛けた。当時長距離第4位のワールドコムは、2位のMCIの買収に成功した。司法省も規制当局のFCCも、重複する市場の売却などの軽易な条件を課すことはあっても、全面的な拒否は過去に例がなかっただけに、今回の決定で巨大通信会社合併容認の流れが変わるのではないか、と波紋が拡がっている。

 買収が認められなかったポイントの一つは、インターネットのバックボーン事業である。両社が合併した場合、同事業のシェアは50%を超えると見られている。とくに、米国と欧州間、および欧州でのシェアが高くなり過ぎる、として欧州委員会が両社の合併に強く反対した。これに対して、ワールドコム側はスプリントのバックボーン事業を切り離すなどの案を提案したが、十分でないとして承認が得られなかった。

 第2のポイントは、米国内の長距離通信市場におけるシェアの問題である。2位と3位の合併によって、上位2社のシェアが80% を超える(注)。しかも、3位以下の事業者のシェアは2%以下であり、実質2社による市場支配は有効な競争を阻害する、というのが司法省の主張である。これに対してワールドコム側は、スプリントの消費者向け長距離通信事業を切り離す提案を行ったが、理解が得られなかった。スプリントによると、司法省は審査の最終段階で同社の地域通信事業の切り離しまでも要求し、交渉はデッドロックに乗り上げたという。欧州側の強い意向もあって、2位と3位の合併を認めれば米国の長距離通信市場の競争は事実上なくなる、という強い懸念が浮上した。
(注)米国の長距離通信市場(942 億ドル)の収入シェア(1998年):AT&T 43%、ワールドコム 26%、スプリント 11%、クエスト2% 、テレグローブ 2%

 司法省の裁判に応訴して、時間をかけても合併を実現するか、この際合併を白紙に戻すか、の判断に注目が集まったが、結局7月13日に両社は公式に合併を断念する意向を表明した。これで両社は別々の道を歩むことになるが、ワールドコムは、その弱点であるワイヤレスを補強するためのM&Aを加速させるだろう。一方、最近の株価の低迷で「ハンターがハントされる立場になった(ビジネス・ウイーク、2000年7月10日号)」という見方もある。しかし、現時点で一番話題を集めているのはスプリントである。

 スプリントは独立路線を貫くには規模が小さ過ぎる(とはいっても株価総額は約900 億ドル)というのが大方の見方で、その全米に展開する携帯事業(スプリントPCS)は特に魅力的なようだ。1,000 億ドルの軍資金(増資、起債、Tー オンラインの上場、ケーブルテレビ事業の売却などで調達)を用意して、米国市場参入を表明しているドイツ・テレコム(しかもスプリントの株式の10%を保有)、AT&T分割以来唯一合併をせず現在に至っている米国の地域電話会社で長距離市場参入を狙うベルサウスなどが候補に挙がっている。
(注)スプリントのCEOイーズリー氏は、「我が社は電気通信の巨人達の新世界で成功するために大企業と合併する必要はない、スプリントは売り物ではなく、誰とも話し合をしていないし関心もない。しかし提案があれば慎重に検討する」と語っている。 (Wall Street Journal, Interactive Edition, July 14, 2000)

 しかし、意外にもドイツ・テレコムは独立系携帯電話会社のボイスストリームと買収の折衝に入った。同社は米国では少数派の欧州方式のGSMを採用しており、ドイツ・テレコムは低コストで欧米にまたがる次世代携帯電話網を構築できるというメリットがあると見られている。一方NTTドコモも、提携関係にあるハッチソン・ワンポアと組んで、ボイス・ストリームの株式の49%(外資が取得できる限度)を取得することで折衝中という報道もあったが(Wall Street Journal, Interactive Edition, July 14, 2000)、結局ドイツテレコムは7月24日にボイス・ストリームを507億ドル(85%の株式交換と15%の現金交換)で合併することで合意した。1加入あたり2万ドルを超える破格の買収になった。
(注)ボイスストリームの加入数は230万、主な海外株主:ハッチソン・ワンポア(香港)23%、ソネラ(フィンランドの通信会社)8% など。

 ドイツ・テレコムによるボイス・ストリームの買収が発表された直後の7月25日には、両社の株価は、買収価格が高すぎることを懸念して、それぞれ13%、14%下落した。この株価で算定した買収価格は449億ドルとなる。また、この株式交換によって、ドイツ・テレコムの政府持株比率は現在の58%から45%まで下がると見込まれている。一方、米国では、上院で外国政府が25%以上の株式を所有する企業が米国の通信会社を買収することを禁止する法案が審議される予定で、新たな経済紛争に発展しかねない状態である。なお、合併時期は審議の期間を考慮し、2001年前半と見られている。

○消費者向け長距離事業の分離を検討するAT&Tとワールドコム

AT&Tは深刻な株価の下落に見舞われている(第2表)。ケーブル・テレビ最大手のTCI(合併済)に続いて去る7月15日にはメディアワン・グループの合併を完了し、AT&Tワイヤレス・グループのトラッキング・ストック(業績反映型株式)の発行などの手を打ってきたが、株価は下げ止まらなかった。去る5月には、収入と利益の見込みを下方修正したが、株価はその日1日で13%値下がりして42ドルに、それからさらに値を下げ現在(7月27日)は32ドルになった。株価総額も1,007 億ドルとなり、スプリントとの合併解消で株価を戻した長距離事業第2位のワールドコム(1,126億ドル) に水を開けられてしまった。

表

 そこで同社のCEOのアームストロング氏は、株価と自身の評価の回復を図るため、起死回生の手を検討している、とビジネス・ウィーク(注)は書いている。彼が検討しているのは、消費者向け長距離事業の売却もしくはトラッキング・ストックの発行である。以下にその概要を紹介する。

 何故消費者向け長距離事業を売却しようとするのか。AT&Tの問題は、グラハム・ベルが電話を発明して以来123年も続いているこの事業にある。AT&Tのトップは、高速の光ファイバー通信とインターネットの普及が通信コストを限りなくゼロに近づけ、長距離通信市場は急速に縮小することを前から知っていた。だから、AT&Tの将来をワイヤレスとケーブル・テレビに賭け、2,000 億ドルを超える投資をしてきた。この計画は、長距離通信事業から得られるキャッシュを使ってこれらの新事業を立ち上げ、AT&Tの7,000万の顧客にデジタル・サービスを売ろう、という目論見だった。

 しかし残念なことに、変化が早過ぎて事業が軌道に乗らないうちに、長距離通信事業の収入と利益が縮小し始めた。アナリストの中には、AT&Tは回復不能の深刻な状況に陥った、と言う者もいる。多くの投資家は、消費者向け事業にどんなメリットがあろうとも、この事業を浪費とみなしている。消費者向け事業を切り出すか、トラッキング・ストックを発行して分離することによって、株価を回復させ本体の買収をかわすことができる、とAT&Tの幹部も考えている。

 AT&Tの現在の株価水準では、買収の危険が増大しているように思えるし、低成長の長距離通信部門に足を引っ張られることのないクエスト、レベル3やグローバル・クロッシングなどの新興通信会社と十分な競争をすることは難しい。それに、スプリントとの合併を断念したワールドコムも、同様の理由から消費者向け長距離通信事業の売却を検討中だという。3〜6ヶ月位で、恐らく会社の基本戦略に影響するような重要な資産、例えば消費者向け長距離通信事業の売却などの意思決定が行われるのではないか、とアナリスト達は見ているという。

 どんな選択肢があるのか、ビジネス・ウィーク(注)は以下の4つを挙げている。

1. 消費者向け通信事業の売却
売却価格は200億ドル。AT&Tの株価総額を500億ドル高める効果が期待できる。しかし、買手を探すのが難しい。

2. トラッキング・ストックの発行
投資家に選択肢を提供。AT&Tも資金を調達出来る。しかし、トラッキング・ストックは確実な方法ではない。AT&Tワイヤレスのトラッキング・ストックに投資家の関心は低い(公開時より値下がりしている)。

3. 提携相手を探す
AT&Tは、利益の増大に寄与する、例えば消費者製品企業などとの提携が可能。迅速かつ実際的な解決策であるが株価への影響は小さい。

4. 現状維持
AT&Tは最終的には、当初の戦略通り現在の長距離顧客とケーブル・テレビおよびワイヤレスの契約締結に成功するかもしれない。しかし、AT&Tを買収から護るのに十分な速さで成果をあげるのは難しい、というリスクがある。
(注)“One tough call”, Business Week/ July 10, 2000

 グローバル化した電気通信市場の競争は激しく、変化は予想を超える速さで進行している。AT&T、ワールドコム、ブリティッシュ・テレコム(注)などの先行したグローバル・プレーヤーが、競争と技術の進歩で市場の縮小が始まった消費者向け長距離事業をこのまま続けていけば、株価の低迷傾向から抜け出せず、自らがM&Aの標的に晒される危険に直面しているのである。次にどんな戦略を打ち出すのか注目したい。
(注)BTは利益の減少傾向に歯止めを掛けるため、以下の革新的な組織改革に踏み切った。

  1. 英国内の固定電話事業をホールセールとリテールの事業に分け、それぞれの分野により特化した経営体制を構築する。
  2. 下記ビジネス・ユニットの再編と株式公開を目指した新体制作り
    • イグナイト:企業および卸売市場をターゲットとしたデータ中心の広帯域IP事業
    • BTオープンワールド:広帯域需要を視野に入れた、一般向けインターネット事業
    • BTワイヤレス:モバイル・データや3Gサービス中心のグローバルな移動体事業
    • イエル:グローバルなディレクトリ・サービスと電子商取引事業
      (BTニュース・リリース 2000月4月13日付)
本間 雅雄

(入稿:2000.7)


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