トップページ > レポート > 世界の移動・パーソナル通信T&S > 2000年5月号(通巻134号) > [世界の移動・パーソナル通信T&S]

トレンドレポート
周回衛星を利用する衛星携帯電話事業の衰退

はじめに
 わずか2年前までは、最先端の通信技術を活用し、世界中どこでも利用可能な携帯電話としてもてはやされた衛星携帯電話であるが、この業界の最近の凋落ぶりには目に余るものがある。周知の通り、イリジウムおよびICOは1999年8月に米国連邦破産法チャプター11の適用を申請し、イリジウムに至っては2000年3月、ついに事業廃止に追い込まれた。

 気が遠くなる程の膨大な資金が投入され、英知を結集したプロジェクトが軒並み窮地に追い込まれることになった要因は何だったのだろうか。衛星携帯電話の生い立ちから現状に至るまでの経緯を振り返り、苦境に立たされることになった原因を分析し、衛星携帯電話事業の今後を占うこととする。

 
衛星携帯電話の生い立ち
 世界的に見て、近年の携帯電話市場の拡大には目を見張るものがあり、日本を含め、早くも携帯電話の加入者数が固定電話の回線数を上回る国も現われている。周回衛星を用いる衛星携帯電話の各プロジェクトの構想が着想されたのは、地上波を用いる携帯電話市場がここまで開拓される以前の1980年代後半のことである。参考までに、1990年末の携帯電話加入者数は日本においては約71万加入、米国においては約528万加入であり、いずれも2000年4月現在の市場規模(日本:約5,700万、米国:約7,500万)とは桁違いに小さな値である。当時の携帯電話はアナログ方式のみでサービスエリアも限られており、端末も大型のものだった。ちなみに、1989年2月にNTTが市場に投入した当時としては最小の携帯電話(803型)で重量が640グラムであり、後に市場に投入されるイリジウムの衛星携帯電話の約1.5倍の重量である。よって、複数の衛星を低軌道で周回させ、(着想当時の感覚としては)小型の携帯電話を世界中どこでも利用可能とするアイデアは確かに画期的なものであった。一方、巨額な資金が必要であり技術的困難を伴うことなどから、あまりにも壮大な計画と受け取られ、実現性については疑問視する見方も多かった。

 参考までに、人工衛星の軌道としては、衛星放送用の衛星、気象衛星、通信衛星など、数多くの静止衛星の配置されている赤道上空の静止軌道(GEO : Geostationary Earth Orbit)が一般に知られているが、周回衛星とは、静止軌道よりも低い軌道(LEO : Low Earth OrbitもしくはMEO : Medium Earth Orbit)に複数の衛星を周回させるものである。

 ここで、衛星携帯電話事業のグローバルな展開を目指してきた各プロジェクトのこれまでの経緯を振り返ってみることとする。

[イリジウム]
 イリジウムはLEOを利用する世界初の衛星携帯電話として、1998年11月1日(日本国内では1999年1月)にサービスが開始された。6つの軌道上にそれぞれ11機ずつの合計66機を周回させるシステム構成で、各軌道には予備の衛星が1機ずつ配置される。各衛星は高度767km〜787kmの低軌道を高速で周回しており、約100分で地球を一周する。
 この計画は、1987年に米国モトローラ社のチーフエンジニア(後の副社長)のバーリー・バーティガー氏がアイデアを着想し、1990年に「イリジウム計画」として発表した。その後1991年にイリジウム社(計15カ国19社が参画)を設立し、1995年にFCCの事業免許を取得。1996年より衛星の打ち上げを開始し、運用試験を経てサービスが開始された。

提供されたサービスは、音声、ページャー 、データ通信(2.4kbps) 、およびファクシミリで、販売されていた端末はイリジウム専用のシングルモード端末(京セラ製)、及びセルラーと共用可能なデュアルモード端末(京セラ製、モトローラ製)であった。

このシステムの最大の特徴は、衛星間通信をサポートしていた点である。既存の静止衛星を用いたシステムや他のLEOプロジェクトのシステムの多くは、衛星自体に交換機能を持たせていないため、一度衛星に伝えられた信号は必ず地上局に折り返される構造となっている。衛星間で音声(データ)信号をリレーする事により、地上の通信網に依存することが少なくなり、付近に地上局のない洋上も含め、まさに地球全域での利用が可能となっていた(但し事業認可の得られないエリアは除く)。

 イリジウム端末以外との通信に関しては地上網を経由することになるが、その場合は世界11カ国に設置される関門局(GW)を経由する。ちなみに、日本国内のGWは日本イリジウムにより長野県安曇野に建設されていた。イリジウムは国際電気通信連盟(ITU)から周波数の使用に関する許可を得ていたが、事業の運営については各国毎に事業許可を得る必要があった。また、個々のGWについても設置される国毎に個別に認可を得ていた。

 当初のターゲットとしては、現在の移動体通信サービスではカバーしきれないゾーンにも移動する企業ユーザー(世界中を移動するビジネスマン)を対象としていた。しかし、サービス開始前からソフトウェアのバグを主とするいくつかのトラブルに見舞われ、サービス開始日が延期された経緯があり、さらにサービス開始後も依然としてトラブルを抱え、端末の供給にも支障をきたし、加入者数も低迷していた。衛星通信事業はインフラ構築に多額の初期投資を必要とするため、イリジウム衛星の所有および運用の主体である米国イリジウム社は銀行融資や社債の発行等により資金調達に苦慮してきたが、加入者数の低迷は経営環境を圧迫し、ついに1999年8月13日、財務面の再構築にあたり、連邦破産法第11条(チャプター11)の申請を行った。その後、ニューヨーク州連邦破産裁判所の管理下で事業再建の努力を続けていたが、資金不足により事業継続が困難な状況となり、2000年3月、ついに事業廃止が決定した。

[グローバルスター]
 グローバルスターは、米国クアルコム社が検討を開始し、現在はクアルコムに加えてローラル(米)、アルカテル(仏)、フランステレコム(仏)が出資するグローバルスターLP(米)が実施主体となるプロジェクトである。
 イリジウムと同じくLEOを利用するシステムであるが、より高い1,414kmの軌道で衛星を周回させるため衛星の数がより少なく、8つの軌道上にそれぞれ6機ずつの合計48機の衛星を周回させるシステム構成となっている。その戦略は、可能な限り既存技術を用い、低コストで低リスクのシステムを構築し、且つ効率的なインフラ活用を行うことで料金を低く抑えるというものである。衛星間通信はサポートしておらず、衛星の機能は端末からの信号を地上の基地局に折り返すのみの単純なものである。交換機能及びその他の高機能は地上部分の既存設備を最大限に活用し、“最後の1マイルに”衛星をつかうというコンセプトである。提供エリアは緯度70°までと制限されるものの、データ通信速度は9,600bpsをサポートしている。

 本システムの特徴は、(1)1つの端末が、常時複数の衛星からの電波を合成受信するパス・ダイバーシティ方式を用いる。(2)端末−衛星間は周波数利用効率の高いCDMA方式を用いる。等があげられるが、CDMA方式を採用することにより、ソフトハンドオフ(衛星の切替えがより確実となる)が可能となるため、通話切断の可能性は低くなるものとみられている。さらに、端末の送信出力を低く抑えられるので、端末の小型化やバッテリーの持続時間等の面でメリットがでてくるという。

 同社は、1998年9月に12機の衛星を同時に打ち上る試みに失敗しサービス開始時期の延期を余儀なくされたが、この遅れを取り戻すために急進的な打ち上げ計画を推進し、1999年11月には軌道上に48機の衛星を配置、それに先立ち、同年9月には米国、カナダ、アルゼンチン、ブラジル、中国、韓国、南アフリカ、欧州の一部などで限定的に試行サービスを開始した。その後、1999年12月には年内の目標としていた4万加入を達成し、2000年に入り、いよいよ本格商用サービスを米国、カナダ、メキシコ、フィンランド、スウェーデン、デンマーク等一部の地域で開始した。今後段階的に提供エリアを拡大していく計画である。同社は2002年末までに250万人を超える加入者に対してサービスを提供することを予定している。

 しかし、グローバルスターの見通しは必ずしも明るいものではなさそうだ。同社の2000年第1四半期の業績は4月現在発表されていないものの、同社の加入者数が予想を下回り、大幅な料金値下げを行なう可能性があるという推測が乱れ飛んでおり、株価もそれを受けて低迷している。各社のグローバルスターに対する格付けも軒並み低下しており、同社の業績不振が伺えるものとなっている。INGベアリングズ社のアナリスト、ロバート・カイモウィッツ氏は、クローバルスターの2000年第1四半期の売上は総額で70万ドルを満たさず、510万ドルという同社の予測を大幅にに下回ると予測している。同社の救いは、システム構築時の投資額がイリジウムと比較して少ないので、サービス料金に柔軟性を持たせることができることであるが、同社の経営がペイしていくためには、最低でも100万加入の加入者数が必要となると見られており、今後の経営努力が見守られるところである。

[ICO]
 ICOは、ハンドヘルド型携帯端末により全世界で通話が可能となるシステムとして1990年よりインマルサットにより検討が開始されたプロジェクトである。当時は通称「インマルサット−P」と名付けられていたが、その後、1995年にインマルサット本体及び約40カ国の署名当事者の出資参加により、インマルサット本体から切り出され、「ICOグローバル・コミュニケーションズ」として設立された。現在はインマルサット本体を含めた48カ国51事業体が出資している。インマルサット本体ではなく、別会社として提供することとなった理由としては、インマルサットの枠内では資金調達が困難であることと、公平な競争を確保することを考慮したものと見られている。

 衛星の軌道はイリジウム、グローバルスターと比較するとかなり高く、10,355kmとなっており、一般的には中軌道(MEO)周回衛星と呼ばれる。LEOシステムの場合、地球全域にエリアを広げるとなると衛星の数が膨大となってしまうが、MEOシステムは衛星の数をかなり少なく抑えることが可能で、GEOシステムとLEOシステムの双方の長所を兼ね備えるシステムとして採用された模様である。

 同社のシステムは、2つの直行軌道上にそれぞれ5機ずつの合計10機の衛星を周回させる構成となり、衛星の数はLEOと比較して少ないものの、地球上のほとんどの場所から衛星が2機以上見えるように配置され、パスダイバーシティによって回線品質の確保を図る。グローバルスターと同様に、衛星間通信をサポートしていないので、衛星が端末から受けたシグナルを地上(GW)にリレーする方式となる。GWは世界12ヵ所に配置される予定であるが、東アジア地区では韓国(ソウル郊外)、中国(上海)、インドネシアに配置する計画。日本にはICOシステム全体のネットワーク管理を行うセンターが新宿のKDDビルに置かれる。

 同社はシステム構築以前から資金繰りが悪化し、イリジウムと同様1999年8月、米国デラウェア州の連邦破産裁判所に連邦破産法第11条(チャプター11)の申請を行なったが、その後、クレイグ・マッコウ氏とその投資会社等から12億ドルの融資を受けることを正式に発表し、事業廃止に追い込まれることとなったイリジウムとは対照的に復活の兆しが感じられる。同社は、破産裁判所に提出した再建案に、事業の中心を音声通話からデータ通信に変更することを明記している。データ通信速度は、当初予定していた2,400〜9,600bpsから144〜384kbpsまで高める予定となっている。また、端末価格を1,000ドル以内に抑え、インターネットへの高速接続などを強調し、1,000万の加入者獲得を目指すとのことである。また、これまでの衛星携帯電話は衛星と端末との間に遮蔽物があると利用できないという問題点があったが、今後この欠点を解消する新技術の開発を行なうとのこと。

 同社にとってせめてもの救いだったことは、チャプター11を申請し、事業計画の見直しを行なう際に、まだ衛星の打ち上げを実施していなかったことである。本来、カザフスタンのバイコヌール基地からプロトンロケットによる第1回目の打ち上げが1999年7月に予定されていたのだが、同年7月初旬に同基地から打上げられたロシアの軍事衛星に事故が発生したことにより延期されていたのである。

 その後システム設計の見直しを行ない、結局第1回目の打ち上げは2000年3月に衛星打ち上げ会社の米シー・ローンチ社により実施されたがこの打ち上げは失敗に終わった。ただし、ICO社としては衛星の打ち上げ失敗はある程度想定した上で計画を立てており、計画そのものに与える影響はないとしている。なお、サービス開始日は当初の予定の2000年8月から2002年秋に延期することが発表されている。

 
イリジウムの失敗原因分析
 イリジウムが事業廃止に追い込まれた背景には、いくつかの原因が複合的に関与しているものと思われる。想定される原因を以下に列挙する。

◆地上波の携帯電話との競合(携帯電話の予想外の普及)
前述の通り、イリジウムが考案された1980年代後半においては携帯電話の提供エリアも限られており、料金も高かった。当時としては、その携帯電話がこれほどまでに急速に普及することは予測されていなかったのであろう。この点に同社としては痛恨の予測誤りがあったことは疑いの無い事実である。イリジウムが当初ターゲットとしていたユーザー層は、「世界をまたにかけて活躍するビジネスマン」であり、どこの国に移動しても同じ端末、同じ番号で利用できることを売りにしていたが、1992年に商用化され、その後アジア及び欧州を中心に数多くの国々に普及し、今や世界で最も普及しているデジタル携帯電話方式であるGSMにおいては、グローバル・ローミングにより、イリジウムが目指していたサービス・イメージを同社に先駆けて実現し、同社の想定していたユーザー層の取り込みに成功している。イリジウムはチャプター11の適用申請をした後、マーケティング戦略を見直し、ターゲットを石油、鉱山、ガス等の資源開発、建設、船舶関係等の市場へと転換したが、そのようなニッチな市場をターゲットとして損益分岐点と言われる加入者数80万加入を獲得する勝算があったのかどうか疑問に思えるところである。結局同社が獲得した加入者数は1999年12月初頭時点で5万加入程度に留まっている。

◆端末料金、通話料金の高さ
端末料金および通話料金が極めて高額であったこともイリジウムの普及を阻害した主要因であろう。サービス開始当時のデュアルモード端末の価格は日本におては約40万円、通話料金は世界利用プランの場合発信で1.64ドル/分(日本国内向け)〜8.00ドル/分、着信で6.54ドル/分という非常に高額なものであった。国内からの着信で3分間利用しただけで2,000円もの通話料金が掛かる携帯電話を使いたいと思うユーザーがどれくらいいるのだろうか。先進国においては、人々が居住するエリアの大部分においては固定電話はもちろん地上波の携帯電話もほぼ利用可能となっているのである。逆に、通信インフラが行き渡っていない地域の住民は、イリジウムのターゲットユーザーとはなり得ない。なぜなら、そのような地域に居住する人々の所得水準は概して低く、イリジウムのタリフを受け入れることが不可能だからである。 同社もこの点を心得ており、発展途上国のパートナーを対象としたノマド(nomad)プログラムを展開していた。これは、指定台数の端末を提供し、300分のエアタイム料金を月額$90にするものであった。最終的には60カ国においてノマドプログラムによるサービスが提供される予定であったが、それでもまだ料金が高すぎるだろう。仮に1分あたり0.5ドルの料金水準であったとしても、例えばインドネシアの辺境地域の所得水準に照らしてみると、たった3分間の通話料金が1週間の収入の35%にも相当することとなるのである。

◆大型で重い端末
 イリジウムのデュアルモード端末は、京セラ製が約400グラム、モトローラ製が約450グラムである。周知の通り国内の携帯電話端末は軽量化が進み60グラム台のものも珍しくはなく、世界的にみても軽 量化の動きは著しい。そのような時代にあって400グラムを超える重量の端末を持ち歩く煩わしさは想像するに難くない。

◆室内、ビル街、森の中等では利用できない
 ビジネスマン向けとうたっておきながら、外でしか利用出来ないことは、致命的な欠点と言えるだろう。外であっても、ビルの谷間など、空が見渡せないところでは利用できない。必然的に、他の通信手段のあるエリアにおいてはイリジウム携帯電話の存在価値は極めて希薄なものとなる。

◆高速データ通信サービスに対応不可能
 イリジウムが提供を予定していたデータ通信サービスは、最高で2,400bpsのデータレートである。地上波の携帯電話ですら9,600bpsが当たり前となり、さらなる高速化の動きが著しい今日においては、時代遅れの低速サービスと捉えることが出来よう。特に近年移動通信サービスにおいてもデータ通信サービスのウェイトが高まっており、とりわけビジネス顧客にとっては重要性の高いサービスとなっている。高速データ通信に未対応であったことがイリジウムの重大なウィークポイントの1つであると考えられる。

◆端末の供給不足によるサービス開始直後のつまずき
 イリジウムのサービス開始直前に、携帯電話端末のソフトウェアに不具合が発見され、端末の供給が需要に追いつかない状態が長く続いた。特に日本のマーケットにおいて深刻だったのは、京セラ製の端末がイリジウムの定めた性能基準を満たさず、サービス開始時から端末の出荷がしばらくストップした状態が続いたことである。日本国内の地上波システムの1つであるPDC方式とイリジウム衛星通信のデュアルモードのモデルは京セラのみが製造していたため、日本のユーザーの大半は京セラの端末を希望しており、影響は大きかったものと思われる。
 待てど暮らせど端末が届かないイリジウムに対して、日本国内のみならず、世界中からも不満の声が寄せられた。1999年3月時点においても、イリジウムのグローバル・カスタマーケア・センターに寄せられる質問の第1位は、「いったいいつになったら端末が届くんだ!」という苦情だったとのことである。

◆不十分な販売体制
 世界的に販売体制が不十分であったことも大きく影響していると思われる。日本においてはサービス開始前に正規の手続きを踏んで加入申込みの予約をしていたユーザーが、サービス開始後も延々待たされた挙げ句になしのつぶてだったという実例も報告されている。
このような営業の取組み方では、仮に需要があったとしても市場の開拓は難しいだろう。イリジウム自身も「世界的な販売体制が不十分」であったことを自ら認めており、弊社の電話によるインタビューの際にも、「顧客の管理が十分に行われていない」ことを明らかにしている。このようなことで、目標をはるかに下回る需要すらもさばくことが出来なかった訳である。

◆莫大な投資が必要
 イリジウムのシステムは、その構築に約40億ドルのコストが必要であり、維持するだけで毎月900万ドルが必要となる金食い虫である。また、一度打上げた衛星は半永久的に利用できる訳ではなく、5年〜8年で寿命が尽きてしまう。これは、衛星を正しい軌道上に維持するために定期的に軌道の微調整が必要となるためであり、そのために燃料を消費することになるからである。よって、システムを維持するためには絶えず寿命の尽きた衛星を補充する意味での打上げを継続していく必要がある。また、軌道上に66機の衛星が揃って初めてサービス提供が可能となるため、CATVや地上波の携帯電話のようにとりあえず少額の投資で限られた地域でまずサービスを開始し、利益を上げつつ徐々に設備投資を行ないエリアを拡大していくという戦略をとることが出来ない仕組みになっており、損益分岐点(加入者数80万加入)に到達するまでは延々と赤字が累積されていく構造となっているのである。この点にこの手の周回衛星による通信事業に進出する上でのリスクがあると言えよう。

◆数々の問題によるサービス開始の延期
 端末の不具合とは別に、イリジウムはサービス開始予定日直前まで数多くの問題を抱えており、本来のサービス開始予定日(1998年9月23日)の2週間前になって突然サービス開始の延期が発表された。同年7月下旬には、イリジウムシステムの技術の柱とも言える衛星間のクロスリンクが半数の衛星にしか張られていないという問題が指摘され、さらに地上局のソフトウェア供給も遅れていた。このため、9月1日から予定されていた最終試験の延期が余儀なくされ、さらに、新たに2機の衛星の故障も明らかになり、代替機確保のため打ち上げスケジュールの変更も余儀なくされていた。この様な数々のトラブル模様が各種メディアで取りざたされる中で、イリジウムの信頼度も低下していったものと推測される。

◆低い品質(完了率の低さ、通話中切断率の高さ)
前評判による信頼の低下に加え、実際の通信品質も必ずしも満足のいくものではなかったようだ。同社が目標として定めていた通信品質は、完了率90%、通話中切断率8〜9%とされていたが、実際にはそこまでの品質は確保されていなかったとのことである。サービス開始後も依然として3機の衛星がソフト上の問題に見舞われており、ゲートウェイにも問題が散見される状態であった。この様なことでイリジウムの悪評が口コミで伝わり、普及を妨げたことも少なからず影響しているものと思われる。

◆連携の悪さ
 イリジウムの世界各国における事業主体はそれぞれ別会社の形態をとっていた。異なる戦略のもとにそれぞれが独立して事業を展開していた各事業者の連携の悪さも一部では報じられている。事業者間の連携とは別に、システム間の連携をとることも困難を極めたとのこと。例えば、課金を行なうシステムだけで各ゲートウェイ毎に15のシステムが存在した。例えば、中国に滞在中の米国イリジウムのユーザーがチリに発呼した場合、中国およびチリのゲートウェイの課金システムにおいて通話詳細記録が生成される。しかし、個々の情報だけでは意味を持たず、それらが米国のメインゲートウェイの課金システムに送られて初めて課金処理が可能となるといった具合である。

◆エンド−ツー−エンドでの秘話機能の不備
 イリジウムのシステムは、エンド−ツー−エンドでの秘話機能を備えていなかったため、通信の傍受を恐れ、軍事関係の需要が他のサービスに流れてしまったと言われている。このことをイリジウムの破綻の原因としてGSMの躍進よりも上位に挙げているアナリストもいる。

 
周回衛星による携帯電話事業の今後の見通し
 前述の通り、地上波の携帯電話システムのインフラが行き渡ったエリアにおいては、衛星携帯電話の市場は極めて狭いものとなる。一方、通信設備の整っていないエリアの通信手段として衛星携帯電話を導入したとしても、運用コストの回収が困難となるだろう。石油、鉱山、ガス等の資源開発、建設、船舶関係等の市場をターゲットとして莫大な投資を回収することも困難を極めることであろう。周回衛星を用いる衛星携帯電話が音声通信を主たる生業として生き残っていくことは至極困難であると言わざるを得ない。イリジウム、グローバルスター、ICOなどの複数のプロジェクトが併存し、個別にシステムを構築するためにそれぞれ莫大な投資を行ない、狭いパイを奪い合うことについてはかつてからその成り行きを危惧する見方も多かった。また、前記3事業者以外にも、各地域で検討が進められている衛星携帯電話プロジェクトも数多く存在し、インマルサットや米国のAMSC、日本のNTTドコモ等、静止衛星を用いる電話サービスを既に提供している事業者も存在する。このように多くの事業者が乱立する状態を危惧し、多くのアナリストは大半の衛星携帯電話事業者はいずれ淘汰されることになると数年前から警告していたが、その予測が現実のものとなりつつある。

 今後、各事業者は、いかにして加入者を獲得するかに生き残りをかけて鎬を削ることとなるだろう。音声通信では活路を見出せないことが明らかとなりつつあるこの市場において、鍵を握るサービスは高速データ通信である。前述の通り、ICOはサービスをデータ通信(144〜384kbps)中心へとシフトし、2002年秋にサービスを開始する計画とのことであるが、うかうかしていると第3世代方式の移動通信サービス(IMT-2000)の足音はすぐそこまで近づいている。IMT-2000はデータ通信速度においてさらに上をいく通信技術(固定環境下で2Mbps)であり、その提供エリアが徐々に拡大されるにつれ、データ通信を主体とする衛星通信プロジェクトも苦境に立たされることが想定される。今後の各社の奮闘努力に期待したい。

木鋪 久靖

(入稿:2000.4)


InfoComニューズレター[トップページ]