トップページ > レポート > 世界の移動・パーソナル通信T&S > 2000年3月号(通巻132号) > [世界の移動・パーソナル通信T&S]

トレンドレポート
「ボーダフォンとマンネスマンが「友好的」買収で決着」

 世界最大の携帯電話会社ボーダフォン・エアタッチ(英国:以下ボーダフォン)とドイツ最大の携帯電話会社マンネスマンの合併が、買収期限の2000年2月7日を待たずに、それぞれ取締役会および監査委員会の承認を得て2月4日に正式に公表された。新会社の株式の50.5%をボーダフォンの株主が、また49.5%をマンネスマンの株主が保有することで話合いがまとまった。実質的にはボーダフォンによる全額株式交換による買収で、その規模は1,800億ユーロに達し、1月に発表されたAOLとタイム・ワーナーの合併と肩を並べ、史上最大の買収規模である。2月22日現在、マンネスマンの80%の株主が株式の交換に合意している。今後両社の株主総会で承認されれば、規制当局の審査を経て、合併新会社「ボーダフォン・エアタッチ」がスタートする。

 
合併合意の概要

  • 合併はマンネスマン株1株にボーダフォンの58.96株を割り当てる
  • 株式交換方式(50.5%がボーダフォンの株主、49.5%がマンネスマンの株主)による合併
  • 新会社の社長にボーダフォンのジェント氏が就任
  • 新会社の取締役会の定数は19人で、マンネスマン側からは5人が就任
  • マンネスマンの非通信事業は分離し上場する
  • マンネスマンが買収した英国3位の携帯電話会社オレンジを分離する

 新会社の携帯電話事業は、英国とドイツで1位、米国(注)とイタリアで2位、スペインでも2位のエアテルの合併が進行中である。現時点での顧客数は4,200万で、欧米に展開するスーパーパワーが誕生することになった。
(注)ベル・アトランティック/GTEと合意した米国内での携帯電話事業の合弁会社(ボーダフォンの出資比率45%)が発足すると、米国でも1位になる。

 
ボーダフォンの勝因
 第1に、マンネスマン側の判断ミスである。マンネスマンがGSMデジタル方式のサービスを開始したのは1992年で、その際携帯電話子会社「マンネスマン・モービル・フンク」にエアタッチが35%の出資を行った。1999年6月にボーダフォンがエアタッチを買収したことで、株主権は英国に本拠のあるボーダフォン・エアタッチに移った。主要株主である同社との意見調整がないまま、同社の本拠地である英国の携帯電話事業3位のオレンジの買収に踏み切ったことで、ボーダフォンは態度を硬化させた。欧州市場でのリーダーの地位を脅かされることを危惧したボーダフォンは、一気にマンネスマンを買収することで逆転を狙った。マンネスマンはボーダフォンによるここまでの反撃を読み切れなかったのではないか。

 第2に、会社の事業戦略についての株主へのアピールである。マンネスマン側は同社が保有する固定通信部門(マンネスマン・アルコア)と移動通信部門の融合こそが同社の価値を高めるのであり、固定通信部門を持たないボーダフォンとの合併では会社の高い成長は望めない、マンネスマンの独自路線こそ株主価値を高める、と主張した。これに対してボーダフォンは、インターネット市場の成長を強調し、2000年1月にはIBM、サンマイクロ・システムズ、ノキアなどとワイヤレス・インターネットのアライアンスを結成し、この戦略が両社にとってベストの選択である、とマンネスマンの株主に呼びかけ、これが功を奏した。携帯電話市場の急成長で、ワイヤレス・インターネットへの期待が一気に高まり、固定電話との融合を説くマンネスマンの戦略より、ボーダフォンのワイヤレスに特化する戦略が株主に評価された。

 第3に、市場経済の原理から当然のことではあるが、株主価値の重視ということである。ボーダフォンはマンネスマンに「友好的買収」を申し入れたが、拒否(理由はマンネスマンの価値を十分評価していない)され、「敵対的買収」に踏み切った。当初、ドイツの企業風土の中では「敵対的買収」には問題がある、企業価値を破壊し従業員の士気を阻喪させる、という感情論が先行したが、マンネスマンの株式の70%を海外投資家(うち25%ずつを米、英の投資家)が保有している現実もあり、マンネスマン側もこの問題を「経済問題」として対処し、株主の選択に委ねることを表明した。マンネスマンはドイツに本社のある会社ではあるが、市場も株主もグローバル化していて、グローバルな標準(株主の選択)で問題の決着をはかる以外に方法がなかった。ボーダフォンがマンネスマンの従業員の雇用を保障したこともあって、政府も労働組合も異議を唱える余地がなかった。

 第4に、最後の詰めの違いである。両社とも「株主価値」を高めるための戦略を、前述のように次々に発表し株主にアピールしたが、最後の決め手になったのはフランスのメディア大手ビベンディとボーダフォンのインターネット・ポータル事業での提携(2000年1月31日)だったとみられている。マンネスマンは、従来から関係の深かったビベンディを頼みの綱として、買収回避のための共同作戦に期待していたようだ。買収期限の2月7日を目前にしたこの提携は、ビベンディがボーダフォン有利とみて勝ち馬に乗った、と受け止められた。マンネスマンの株価もボーダフォンの買収期待で、買収が明らかになった1999年11月の時点から2倍以上に値上がりしていたこともあって、機関投資家を中心に流れは一気にボーダフォンに傾いた。ボーダフォンとビベンディの提携は駄目押しになった。

(注)ビベンディは、フランスの携帯電話事業第2位のSFRの親会社であるセジェテルの支配的株主。なお、ボーダフォンもSFRに20%の出資をしている。

 この買収劇で当事者以外に重要な役割を演じた人物が2人いた、と言われている。一人は大株主で監査委員会の委員、ダイムラー・クライスラーのシュレンプ会長で、最後の段階でマンネスマンのエッサー社長に、ボーダフォンとの話し合いに応ずるよう強く求めたという。もう一人は、マンネスマンの株式を10.5%保有する香港のハッチソン・ワンポワ(英国の携帯電話事業第3位のオレンジの創立企業、オレンジがマンネスマンに買収されたのに伴って同社の最大の株主となる)のキャニング・フォクである。彼はハッチソンの李嘉誠代表の使者として、ボーダフォンのジェント社長とマンネスマンのエッサー社長の交渉の仲介役(特にマンネスマンの経営陣が新会社に異動できるよう)を果たしただけでなく、5%の株式を保有する新会社の株主として取締役会のポストも確保したようだ。(BUSINESS WEEK 2000.2.28)

 
ボーダフォンとマンネスマンの合併の影響
 今後の最大の関心事は、両社の合併で分離されるオレンジの行方だろう。現時点で新聞などに名前が出ているのは、フランス・テレコム、KPN(オランダの旧国営電話会社)とベルサウスの連合軍などであるが、テレフォニカやテレコム・イタリアが戦列に加わる可能性もある。ここでは、これを除く両社の合併の影響について考えてみる。

 第1に、新ボーダフォン・エアタッチはその圧倒的規模(現時点で4,200万の顧客)の優位を活用して、欧州や北米だけでなく、アジアを含めてその世界市場戦略をさらに強化するのではないか。欧州では、スペイン第2の携帯電話事業者のエアテルの支配的株主となることが確定的とみられている(現在の21.7%の持株に加え、スペインの銀行BSCHが30.5%の持株を株式交換でボーダフォンに売却する意向を明らかにしている)。

 米国でも、ボーダフォンの米国の事業(旧エアタッチ)とベル・アトランティック/GTEの携帯電話事業を統合し新合弁会社を設立することで合意し、規制当局の審査を受けている。実現すればAT&Tワイヤレス・グループを抜いて米国でトップに立つ。

 次は東アジアである。ボーダフォンは日本ではJ−フォン・グループ各社に24〜13%、日本テレコム主導の次世代携帯電話の企画会社「アイエムティ二千企画」に26%の出資をしており、日本市場進出に意欲的である。また同社は、韓国第3位の携帯電話会社、新世紀通信の株の買増し(現在12%を保有)を他の株主と交渉中と伝えられている。このほか、マンネスマンとの合併で同社の大株主となった香港のハッチソン・ワンポアを通じて、中国市場進出も視野に入れているのではないか。

 第2に、ワイヤレス・インターネット市場の急激な拡大である。IMT-2000の導入を待たず、現在のGSM方式を利用したパケット通信システムのGPRSが2000年中にも商用サービスを開始する予定である。欧州では現時点ではWAP(Wireless Application Protocol)が優勢とみられているが、マイクロソフトとエリクソンが提携して、HTML(インターネットで使われている記述言語)でも利用できるシステムの開発が進められている。いずれ、1台の携帯電話(携帯情報端末と言うべきか)で両方にアクセスできるようになるだろう。

 NTTドコモのiモードの成功に刺激されたこともあるが、インターネットで出遅れた欧州では、ワイヤレス・インターネットで米国に追いつき優位に立ちたい、という期待もある。ボーダフォンは、ワイヤレス・インターネットのアライアンスを立ち上げ、圧倒的規模と市場のグローバルな拡がりを活用して、一気にリーダーの役割を占めようと意欲的である。ワイヤレス・インターネット市場での競争が激化しそうだ。

 第3に、ドイツで外資による企業買収を規制しようとする動きが出てきたことである。ドイツのシュレーダー政権はボーダフォンによるマンネスマンの買収に、「敵対的買収は企業価値を破壊し、労働者の意向を尊重しない」と否定的発言をしながら、結局株主の選択に委ねざるを得なかった。ドイツにおける最近の世論調査によれば、6割が「マンネスマンの買収は国にとって悪い影響がある」と答えている。ドイツ政府はこのような不安の鎮静化を目的に、外国企業による敵対的買収に対抗するため国内企業に増資を認め、政府による直接介入も検討する、という(日本経済新聞 2000.2.28 )。この動きがボーダフォンとマンネスマンの合併に具体的影響があるのか不明だが、欧州での新たな外資規制とならないことを期待したい。

表

取締役相談役 本間 雅雄

(入稿:2000.3)


InfoComニューズレター[トップページ]