ホーム > InfoComアイ2007 >
InfoComアイ
2007年8月掲載

700MHz帯周波数の競売でFCCが「オープン・アクセス」原則を導入

 米国連邦通信委員会(FCC)は、7月31日に、アナログ・テレビ放送が2009年2月に終了して不要になる、700MHz帯の周波数62MHzの競売方針を決定した(注1)
今回のFCC決定のポイントは (1) 22MHzを落札した企業は、その構築したネットワークに、すべての端末とアプリケーションの接続を義務づけられる(オープン・アクセス)。(2) 「公共安全ブロードバンド周波数」10MHzを落札した企業は、公共安全部門と相互運用性のある全国無線ブロードバンド網を構築し、公共安全部門のアクセスを優先的に提供するが、残余の伝送容量は商業ベースで販売が認める、というものだ。今回の決定にあたっては、無線ブロードバンド市場参入に前向きなグーグルなどハイテク企業の主張のうち、「オープン・アクセス」は認められたものの、周波数落札企業に対する「再販売」の義務づけは見送られた。700MHz帯周波数の競売で義務づけた「オープン・アクセス」によって、FCCが期待するように、米国のブロードバンド市場に新しい競争とイノベーションが出現し、普及率の向上と料金の低下が実現するのか注目される。

(注1)FCC revises 700 MHz rules to advance interoperable public safety communications and promote wireless broadband deployment(FCC News / July 31,2007)

■FCC決定(Order)の概要

 今回の競売の対象は、698〜806MHzの周波数(チャンネル52〜69)のうち、既に割当て済みの周波数を除いた62MHzで、免許のエリア・タイプは5種類(注2)である。今回特に注目を集めているのは、その3分の1を占める22MHz(11MHz×2《746〜757,788〜793MHz》エリア・タイプREAG、免許数12)である。FCCはこの周波数を獲得する企業が構築するブロードバンド網について、消費者が如何なる携帯電話機およびその他の携帯端末を購入しても、そのブロードバンド網で利用できるようにすることを義務づけた。また、FCCは、電子メールや動画サービスなど、すべてのアプリケーションのアクセスを可能にすることも義務づけた。落札企業は、「端末およびアプリケーションに対し、よりオープンなプラットフォーム(オープン・プラットフォーム)の提供を求められる。」(前掲FCCニュース)

(注2)免許のエリア・タイプは次の5種である。エリアの小さい順に、CMA(Cellular Market Area)、EA(Economic Area)、EAG(Economic Area Grouping)、REAG(Regional Economic Area Grouping)およびNationwideである。

 今回の決定のもう一つの注目点は、FCCが「700MHz Public Safety / Private Partnership」と呼んでいる「公共安全ブロードバンド周波数」の10MHz(5MHz×2《758〜763,788〜793MHz》、エリア・タイプ Nationwide 免許数1)の競売である。この周波数を獲得した企業(1社)は、消防、警察、危機管理サービス当局などの公共安全部門が利用するブロードバンド網と相互運用性のある全国網を構築し、公共安全部門の無線ブロードバンド・サービスへのアクセスの優先的提供を義務づけられる。落札企業は、これらのニーズを充たした上で、残余の伝送容量を商業ベースで販売することが認められる。

 残りの30MHzは従来の競売方式による。

12MHz(6MHz×2《698〜704,728〜734MHz》エリア・タイプEA 免許数176)
12MHz(6MHz×2《704〜710,734〜740MHz》エリア・タイプCMA 免許数734)
6MHz(6MHz×1《722〜728MHz》 エリア・タイプ EA 免許数 176)  

 競売は2008年初めに実施される予定で、落札金額(国庫収入)は150億ドルと予想されている。この競売に参加を希望する企業には、資金の手当てと応札戦略のために約6ヵ月の準備期間が設けられた(注3)

(注3)今回の周波数競売は、「The Digital Television and Public Safety Act of 2005(DTV Act)」に基づいており、競売の法律上のデッド・ラインは2008年2月17日である。また、この法律は、以前に競売されたことのない700MHz帯商用周波数の競売は、2008年1月28日までに開始しなければならない、と定めている。

■FCC、既存通信会社とハイテク企業間のバランスに配慮

 前掲のFCCのニュース・リリースは、今回FCCが採用したサービス・ルールは、既存システムとの相互運用性問題に対応できる公共安全のための全米ブロードバンド網を構築し、イノベーションと投資を促進するよりオープンな無線プラットフォームを準備し、都市および地方における次世代無線ブロードバンド・サービスの実現を促進することを手助けする、と述べている。

 ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によると、前述の700MHz帯周波数の競売に対するFCCの決定は、既存の通信会社(とその傘下の携帯電話会社)とグーグルなどのハイテク企業を中心とする新規参入希望組による戦いに道筋をつけた(注4)。現在、米国の携帯電話会社は、原則として携帯電話機とサービスをセットで販売しているが、このことが消費者の利用できる機器の種類を制限している。FCCは今回の周波数競売で、入札対象の3分の1に相当する22MHzを落札する企業に対して、その構築したネットワークに、すべての端末とアプリケーションの接続を義務づける「オープン・アクセス」要件を導入した。このような状況の下では、例えグーグルが競売に敗れても、同社が開発した携帯電話端末は、落札者のネットワークに接続できる。このことはグーグルにとってはセカンド・ベストであり、消費者にとっても選択の幅が広がりプラスである。

(注4)FCC backs spectrum open access(The Wall Street Journal / August 1,2007)

 前掲のWSJ紙によると、スカイプの規制関連業務担当ディレクターは、今回のFCC決定を「素晴らしい第一歩」と評し、消費者が好みのワイヤレス端末機器を購入し、携帯電話会社を乗り換えた場合でも、その端末機器の継続利用が容易になる、と語っている。インターネット検索大手のグーグル、ポータル・サイト大手のヤフー、半導体大手のインテル、インターネット競売大手イーベイ傘下のインターネット電話会社スカイプなどの潜在的な無線ブロードバンド新規参入者にとって、今回のFCC決定は有利に働くだろうという。

 一方FCCは、無線通信事業免許取得者による伝送容量の卸売りベースでの販売を求めた、ハイテク企業と消費者団体の一段と踏み込んだ提案は認めず、オープン・アクセス支持派と既存携帯電話会社の「適切なバランス」に配慮したように思える。「オープン・アクセス」と無線ネットワーク容量の卸売提供義務の両方に強硬に反対していた最大手の通信会社AT&Tは、7月19日に、FCCの「オープン・アクセス」要件の支持を表明した。ベライゾンもFCC決定が公表される直前の7月25日に、「オープン・アクセス」要件の支持を表明した。両大手通信会社は、議会の公聴会で何人かの議員が、今回競売される周波数は消費者にもっと多くの選択を与えるために使われるべきだと主張し、その根拠にアップルのiPhoneがAT&Tのネットワークでしか利用できない事実を引用して苦言を呈したのを聞いて、急遽態度を変えたのではないかという(注5)。(ベライゾンは、ゲームやビデオのようなアプリケーションのすべてが、ネットワーク上で適切に動作するかは保証出来ないといっている。)

(注5)AT&T changes course on auction(Washington Post online / July 20,2007)
 Verizon changes course,supports open-access plan (Washington Post online / July 26,2007)
 FCC to rule on wireless auction(The Washington Post / July 30,2007)

 FCCの内部はどうだったか。前掲のWSJ紙は次のように書いている。5人のFCC委員のうち民主党系の2委員は、22MHzを落札する企業に対し、伝送容量の卸売ベースでの提供を義務づけるよう求めるハイテク企業の主張を支持していた。マーチン委員長を除く2名の共和党系委員はより懐疑的で、とくにFCCの最も新しい委員であるマクドウェル氏は、AT&Tやベライゾンなどの大手携帯電話会社が、「オープン・アクセス」要件を理由に大きな帯域に対する応札を見送り、小エリアの免許(「オープン・アクセス」要件がない)に応札することで落札価格が高騰し、小規模地方企業が締め出されかねないとの危惧を表明していた。最終的な投票ではマクドウェル委員が反対したが、「オープン・アクセス」要件を盛り込むなど「様々な潜在的応札者の利害のバランスを取ったマーチン委員長の案」(注6)が4対1で承認された。一方、消費者団体は、料金低下、サービスの向上、イノベーションを促進する「絶好の機会」を失った、とFCCを強く批判している。

(注6)FCC approves airwave use for all phones(The Washington Post / August 1,2007)

 今回のFCC決定のもう一つのポイントである「700MHz Public Safety / Private Partnership」には、どのような反応があるのだろうか。前掲のWSJ紙によると、この10MHzの全国免許の周波数に関心を抱いているのは、米国第2位の通信会社ベライゾンとシリコンバレーの起業家達と元FCC委員長などのワシントン人脈が創業したフロントライン・ワイヤレス(本社ノースカロライナ州グリンズボロ)などである。この周波数を、官民のパートナーシップを通じて利用する構想を提案したのはフロントラインである。

 残りの30MHzの周波数免許は、米国の多数の大都市圏や地方をカバーする。これらの免許は、サービスの拡大を目指す小規模な地方および農村地域のプロバイダーが購入するだろうという。また、米携帯電話サービス5位のオールテルや地域ブロードバンド・サービスのメトロPCS・コミュニケーションズなどがサービス・エリア拡大のため、これらの周波数の一部を購入するかもしれない、とみられている。

■グーグルの携帯電話端末戦略

 グーグルは、条件が合致すれば、46億ドル(最低応札予定価格)を準備し、今回の周波数のオークションに参加する意思のあることを明らかにしていた。しかし、FCCの決定は「オープン・アクセス」の要望には応えたものの、落札企業による伝送容量の「卸売ベースでの提供」は見送られた。グーグルは、改めてFCC決定を精査して、周波数の競売に応札するかどうかを決めることになるだろうという。

 8月2日のWSJ紙は、グーグルが携帯電話端末上の広告市場の競争力を強化するため、同社のサーチ・エンジン、eメールおよび新しいウェブ・ブラウザーを含むグーグル製品をカスタマイズした端末を開発中であることを報じた(注7)。既に、去る6月29日にはアップルのiPhoneが発売され、話題を呼んだ。ただし、iPhoneはAT&Tのネットワーク上でしか利用出来ない。

(注7)Google pushes tailored phones to win lucrative ad market(The Wall Street Journal /August 2,2007)

 前掲のWSJ紙によると、グーグルは携帯電話端末プロジェクトに多額の投資を行い、既にそのプロトタイプの開発を終え、T-モバイル USAやベライゾン・ワイヤレスなどの携帯電話会社に提案を開始し、メーカーともスペックについての話し合いをしているという。
グーグルの期待は、複数のメーカーが同社のスペックで端末を製造し、複数のキャリアが端末を消費者に提供することだという。しかし、携帯電話会社にとって、グーグルの計画は「諸刃の刃」である。「グーグル・フォン」の強力なブランドと人気の高いウェブ・サービスは、音声収入が減少するのを補ってくれるデータ・パッケージを、より多くの加入者が契約するのに役立つかもしれない。しかし、携帯電話会社は、有望なモバイル広告市場で支配力を失うことをそれ以上に警戒している。

 以前から噂のあった「グーグル・フォン」は、いまだに計画の段階にとどまっており、消費者が利用できるようになるとしても、その時期は2009年以降ではないかという。
しかし、グーグルのシュミットCEOは、モバイル広告に着目する理由を、携帯端末はよりパーソナルであるため、それらを利用する広告は、パソコン上の広告などより利益率が2倍も高いからだ、と説明している。前掲のWSJ紙によると、「グーグル・フォン」についての同社の見解は、「我々は、グーグル・サーチとグーグル・アプリケーションをその端末およびネットワークで利用できるようにするために、ほとんどすべての携帯電話会社および端末メーカーと提携を進めている。」というものだった。

 ベライゾン・ワイヤレスは、グーグルと提携して携帯電話上でグーグルのサービスを提供している。しかし、ベライゾンは、グーグルがサーチ・ベースの広告収入について大きなシェアを要求したため、ベライゾンの携帯電話機にグーグルのサーチ・エンジンをタイトに統合することはしなかった、と語っている。(前掲WSJ紙)そうであれば、グーグルは今回のFCC決定に基づいて、22MHzの周波数を落札したキャリアのネットワークに、自社で開発した端末を直接接続したい、と期待するのは当然だ。仮に、22MHzの周波数をグーグルが落札するようなことがあれば、同社の端末を利用する顧客には通信料をタダにするかもしれない。また、一旦は諦めたと言われるヤフーなども、再度携帯電話端末の開発に挑戦する可能性もあるのではないか。

■周波数競売をどう考えたらよいか

 先進諸国の中で、日本は周波数の割り当てに競売方式を採用していない唯一の国と言ってよい。欧米における2000年に起きた通信バブルの発端が、過熱した第3世代携帯電話(3G)の周波数のオークションにあったという認識が定着しており、行政によるコント―ロールの方がベターだと考えているからだ。日本でも、2011年にはテレビのアナログ放送が終了し、その周波数をどう再利用するかという問題が控えている。従来からの周波数の割り当てシステムを見直す好機ではないか。

 周波数の割り当てに競売方式を導入するメリットは次の通りだ。第1に、国民の共有財産である電波を利用して多額の利益を上げているのだから、国の緊急課題である財政再建に寄与する形で国民に還元すべきだ。第2は、電波という資源の配分を、行政による判断に委ねるよりは、競売という経済原則に委ねた方が合理的である。第3に、我が国の電波の割り当ては、周波数帯域、使うべき技術および参入事業者を一体で決定していて、イノベーティブな発想を抑圧している。「技術中立性」を確保出来るシステムに改革すべきで、その点では競売方式のほうが優れている、というものだ。因みに、我が国で周波数割り当てにオークション方式を導入すべきか議論になった時、最大の反対理由はオークション・フィーが上乗せされ、料金が高くなるというものだった。しかし、現時点では、競売方式採用国の料金が特別に高いということはなく、むしろ日本の料金が高いことや端末などでのイノベーションの欠如が問題になっている。

 今回のFCC決定では、周波数の競売方式でも工夫によっては,より消費者の利益になるやり方があることを示している。「オープン・アクセス」原則の導入や「Public Safety / Private Partnership」などである。我が国でも、これらの経験を評価し直して、周波数競売方式採用の是非を、改めて議論の俎上に載せて欲しいものだ。

特別研究員 本間 雅雄
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。