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2005年10月掲載 |
ベライゾンの放送事業進出
米地域電話会社最大手のベライゾンが、テキサス州で光ファイバー網を敷設し、ケーブルテレビ(CATV)事業に進出した。これまで、CATV事業者からの通信市場(ブロードバンドと電話)への一方的な参入が続いていたが、通信事業サイドからケーブルテレビ市場に本格的に進出するのはこれが始めてである。ブロードバンド、放送及び電話を一括して顧客に提供する「トリプル・プレー・バンドル」の実現は、いわば通信会社の悲願であるが、成熟市場であるケーブルテレビに参入して、果たして採算はとれるのか。多くの課題が残されている。
■「トリプル・プレー・バンドル」の競争が本格化ベライゾン・コミュニケーションズ(長距離電話会社MCIの買収が進行中)は、去る9月22日に、テキサス州のケラー市(ダラスの西方約50キロ・メートル)でテレビ放送を開始するため、加入受付を開始すると発表した。これはFiOS TVと呼ばれ、見込み加入顧客数は約9,000である。FiOS TVは180を超えるデジタル・ビデオと音楽のチャンネルを持ち、うち20は高精細テレビのチャンネルでビデオ・オン・デマンドにも対応する。アクセスのための回線は、旧来の銅ケーブルを取り替えるために敷設された光ファイバー・ケーブルが使われるが、ケーブルテレビの配信には従来方式の技術(QAM)が使われている。月額料金は39.95ドル(セット・トップ・ボックスのレンタル料を除く)で、ケーブルテレビや衛星放送と比較してチャンネル数は多く、料金は安く設定されている。 表:各種ビデオ・サービスの料金
ケラー市は、ベライゾンが銅の市内ケーブルを光ファイバー・ケーブルに取り替えた最初の市場の一つである。同社は、テキサス州のWylieとWestlakeなどのコミュニティでもサービスを開始するほか、引き続きバージニア州Fairfax郡、急激に発展しているワシントンD.C.の郊外、ニューヨーク市郊外のMassapequa Park、フロリダ州のTampa郊外やカリフォルニア州のいくつかのコミュニティでサービス開始を予定している。2005年末までには、300万世帯にFiOS TVを提供するのに十分な市内光ファイバーを敷設する計画である。計画にはフロリダ、ニューヨーク、マサチューセッツ、ペンシルバニア、ニュージャージー及びバージニア州が含まれている。所要投資額は10億ドルとみられている。 しかし、実際にFiOS TVが予定通り開始できるかは、対応する地方政府(市町村)がフランチャイズ免許を如何に速く承認するかに懸かっている。ベライゾンがこれまで取得した免許は、テキサス、フロリダ・バージニア及びカリフォルニア州の12ヶ所程度に過ぎない。しかし同社は、免許の承認プロセスを簡略化する州の立法が進むという確信を持っている。テキサス州は州公益委員会が州内の免許を一括付与できる法律を可決している。多くの政治的、財務的、技術的な障害に直面するだろうが、2010年までに米国の世帯の40%近くは電話会社が提供するテレビ・サービスを入手可能になるだろう、と投資会社のアナリストは予測している(注)。 (注)Getting your MTV from the phone company(The Wall Street Journal online / September 21,2005) 前掲のウオール・ストリート・ジャーナル紙によると、電話会社によるテレビ事業参入は、消費者にとっても大きなチャンスだという。ケーブルテレビは事実上の地域独占で、消費者物価指数よりもずっと早い率で料金が値上げされていて、消費者と規制当局の双方から怒りを買っていた。ケーブルテレビの料金は地域によって異なるが、標準的なアナログ放送(約80チャンネル)の料金は月額39.63ドルである。より良い映像と音質、また映像と音楽チャンネルの追加やビデオ・オン・デマンドのような新サービスが提供されるデジタル・サービスは15ドルの追加料金が必要である。 通信産業の競争激化から得られる消費者の最終的利益は料金の低下である。近年における企業の最大の闘いの一つは、ケーブルテレビと電話会社が、テレビ、電話及び高速インターネット・サービスのワン・パッケージで提供する次世代ホーム・エンターテインメントを追求して、何千億ドルもの投資をしたことである。この1年間でも、米国の大手ケーブルテレビ会社であるタイム・ワーナーやケーブルビジョン・システムズは、電話サービスに参入し、電話会社の電話料金の値下げに圧力をかけた。電話会社も着実に高速インターネット料金を値下げしてきた。SBCとべライゾンはプロモーション料金ではあるが月額14.95ドルに値下げした。これは、今年当初の半分以下の料金である、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナル紙は指摘している。 ベライゾンもケーブルテレビ会社の競争力を弱めるよう計画している。同社がテキサス州ケラーで開始するFiOS TVは、140チャンネルで月額36.90ドル、185チャンネルで43.90ドル(3.95ドルのセット・トップ・ボックスのレンタル料を含む)で、ESPN、CNN、FX及びComedy Centralなどの標準ケーブル・ネットワークはすべて含まれている。ケラーでは光ファイバーの敷設が完了した2004年の夏以降、ベライゾンは高速インターネット・サービスを提供しており、すでに当該地域における価格戦争の引き金を引いたようだ。同地域のケーブルテレビ会社のチャーター・コミュニケーションズは、電話会社が魅力的なプレミアム・サービスで参入してくるのに有効な対策を講じようとしている。チャーターは、従来は月額100ドルで提供していた約240のデジタル・チャンネルの最上位パッケージと高速インターネットを組み合わせたサービスを、ベライゾンの光ファイバーによる高速インターネットの進出以降は、新規加入顧客に対して最初の12ヶ月は50ドルで提供している。 ベライゾンはまた、衛星テレビのエコスター(EchoStar)コミュニケーションズが提供するディッシュ・ネットワークやディレクTVよりも、チャンネル当たりで割安な料金を設定している。 結局ベライゾンは、大部分のケーブルテレビ会社よりも多くの選択肢を顧客に提供できるだろう、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナル紙は指摘している。ケーブルテレビ会社は、彼らのネットワークの一部に光ファイバーを利用しているものの、各家庭には同軸ケーブルで接続しており、チャンネルの容量に制約があるからだ。ベライゾンがケラーや全米の多数のコミュニティで提供するFiOS TVは、各家庭まで直接光ファイバーを引き、そこから同軸ケーブルに接続してテレビ、電話及び高速インターネットに伝送されるので、容量の制約は少ない。 米国では6割強の家庭がケーブルテレビ経由でテレビを視聴している。対抗馬と目された衛星放送は、ビデオ・オン・デマンドのような双方向サービスが難しく世帯普及率は2割強にとどまっている。ケーブルテレビは事実上の地域独占で、料金が高止まりしていると批判も強い。しかし、通信会社のテレビ・サービス参入で本格的な「トリプル・プレー・バンドル」競争が始まりそうだ。一般論では、「トリプル・プレー・バンドル」のうち現在欠けている電話サービスを追加するのに、余り多くの投資を必要としないケーブルテレビ会社が有利ということになりそうだ。一方、電話会社が「トリプル・プレー・バンドル」に進出するには、多額の新規投資が必要となり新たな負担が生じるが、新しい光ファーバー・ネットワークを活用して、顧客の求めるサービスにフレキシブルに対応できれば、電話会社にも十分チャンスがあるのではないか。 ■IPTVを推進するSBCとベルサウス一方、米国第2位の地域通信事業者(AT&Tとの合併が進行中)は、2005年中にテレビ・サービスを提供すると表明していたが、予定が遅れ多分2006年の早い時期にズレ込むと見られている。遅れる主な理由は、SBCがベライゾンとは異なった、インターネット・ベースの技術であるIPTVでテレビ・サービスをスタートさせようとしているからだ。しかし、SBCはIPTV技術を使うことによって、ベライゾンのように各家庭まで光ファイバーを延長する必要がなく(SBCはこの方式をFTTN:Fiber To The Nodeと呼んでいる、ノードから各家庭までは既存の電話線を使いVDSLで伝送する)経済的だ、とSBCはそのメリットを強調している。SBCは提供を予定しているテレビ・サービスのコンテントや料金の詳細を明らかにしていないが、同社は2008年の上半期までに1,800万の家庭にテレビ・サービスを提供できるだろうとしている。これはSBCの新ネットワーク(FTTN)がカバーする約半分の世帯に相当する。 米国第3位の地域電話会社であるベルサウスは、テレビ・サービスの提供にFTTC(Fiber To The Curb:curbは車道と歩道の境に設けられた縁石)とIPTVを採用する意向である。curbはnodeよりも住宅に近いが住宅の外である。curbからは1本の銅の芯線を利用して12Mbpsの速度がでるADSL2+で伝送する。将来、ベルサウスは2本の銅の芯線を利用して24Mbpsの速度がでる技術(bonding)を採用したい意向である。同社は、2006年に数箇所でFTTCとIPTVの試験に取り組む予定である。 誰かがテレビのチャンネルを視聴しているかどうかに関係なく多くのチャンネルに同時に放送を流すケーブルや衛星のビデオ放送とは異なり、IPTVは誰かが視ているチャンネル(複数)にだけビデオを配信する。他のアプリケーションが必要であれば、既存の帯域を振り向けることも可能である。このアーキテクチャーの違いから、IPTVは理論的にはほぼ無限のチャンネルを確保できるので、より多様なコンテントを提供できる能力を持っている。 S&Pのアナリストによれば、IPTVは顧客のテレビの視聴体験をカスタマイズするだろうという(注)。IPTVに参入した通信会社は、スポーツ番組に各種の統計などの広範囲なデジタル情報を提供できる。顧客は自分のパソコンから写真やビデオをテレビに送信したり、同じ時間にテレビを視ている友人達にインスタント・メッセージを送ることができる。さらに、IPTVはビデオ・オン・デマンドやインターネット電話などのインターラクティブな高度サービスに最も適している。 (注)IPTV:Big potential−but When?(BusinessWeek online / October 4,2005) しかし、IPTVの広範な商業的展開に関する正確なタイミングについては確信がもてない、とS&Pのアナリストは書いている。第3世代携帯電話でも経験したことだが、技術の移行はしばしば予期しない遅れに遭遇するという。IPTVについても、スイスコムが最近2005年下半期に予定していた商用開始を2006年(時期未定)に延期した。主な理由の第1は、適当なセット・トップ・ボックスがなかったこと、第2はマイクロソフトのソフトウエアに技術的な難点が見つかったことだという。 ビジネスの展開という見地からは、ケーブル・オペレーターがケーブル電話サービスを拡大していく方が、テレコム・キャリアがIPビデオの顧客ベースを構築していくよりも、遥かに容易である、とS&Pは指摘している。ベライゾンとSBCの米国における2大通信会社が、夫々の長期展開目標をタイムリーに達成したとしても、IPTVを受け入れる市場の全体は、これらの通信会社が保有する家庭用アクセス回線のごく一部をカバーするに過ぎないのではないか。完全なIPTVのインフラストラクチャーの展開が、極めて資本集約的であることも徐々に明らかになってくるだろう、というのがS&Pの見方である。 一方、テレビに関する視聴者の行動が以前とは大きく変化しており、これらの要因がIPTVの急成長させるだろうとする見方もある。変化の第1はテレビ放送をリアルタイムで視聴する時間の急激な減少で、2年前には94%だったが現在では60%である。40%は録画した映像を見ている。第2はハード・ディスク・ストレージの価格が急速に値下りしていること。第3はブロードバンドのアクセス速度が高速化し、より良いサービスの提供を可能にしていることだ。2010年には、60テラバイトのハード・ディスク・ドライブを内蔵したハイエンド・パソコンが出荷されるだろうという(注)。 (注)IPTVacatalyst for new business model (Total Telecom online / 22 September 2005) ■PCCW、IPTVで先行欧州でもIPTVに進出しようとする通信会社は少なくない。しかし、アクセス回線に光ファイバーを使うというのは、世界でも現時点ではベライゾン、SBC、ベルサウス、それにNTT東西と日本の電力会社とその通信子会社に限られている。ブロードバンド回線の普及と高速化にともなって、ビデオ事業に進出する環境が整ってきたが、米国の場合は先行するケーブルテレビや衛星放送との競争を意識して、提供するチャンネル数が差別化で大きな意味を持っており、光ファイバーのような大容量のアクセス回線が選択された。しかし、IPTVではアクセス回線の容量はさほど大きな意味を持たなくなる。問題はコンテントの確保である。一方、先行して光ファーバーを敷設した企業にとっては、その有効活用のためにビデオ事業進出は優先順位の高いビジネスである。 香港の電話会社のPCCW(2000年にC&Wから香港テレコムを買収)は現時点においてIPTV事業で最も成功しているといわれている(注)。電話市場における競争の激化にともなって、先進諸国における大部分の電話会社は新たな収入源を求めて、IPTVを利用して数百のテレビ・チャンネル、ビデオ・オン・デマンド及び録画サービスに進出を計画している。そのなかでPCCWは、サービスの双方向性に制約はあるが、45万の顧客(香港のペイ・テレビの3分の1、世界のIPTVの30%)を獲得し、IPTVはビジネスとして成功することを示した。IPTVのアクセス回線には視聴しているチャンネルの映像しか流れないので、海賊行為をされにくいことが評価され、ブランド力のあるHBO、Channel V及びESPNなどがPCCWと独占契約を交わしたこともプラスになった。ペイ・テレビの加入者の増加は、電話加入者の増加に寄与し、2000年以来初の増収をPCCWにもたらした。PCCWのブロードバンド・テレビ「NOW」は2006年には黒字になる見込みである。因みに、PCCWの電話加入者の85%は、IPTVを受信するのに十分な速度のブロードバンドの利用者である。 (注) The second coming of Richard Li(BusinessWeek / October 3,2005) 総務省が、光ファイバーのアクセス網(FTTH)や衛星を経由して地上デジタル放送番組を再送信する地域を、難視聴地域に限定せずに認める意向だという。地上デジタル放送の中継局の整備が2011年の地上アナログ放送の終了に間に合わない地域をカバーする手段として、FTTHや衛星を活用する考えである。FTTH回線を整備する通信事業者や自治体、FTTH回線を借りてブロードバンド・サービスを提供する事業者及び衛星放送などの関係者が、地上デジタル放送の再送信に協力し安い環境を作るのが狙いのようだ(注)。 (注)日経ニューメディア(2005.8.1) この総務省の考え方が実現すれば、FTTHプロバイダーにとっては「トリプル・プレー・バンドル」の追い風になるのではないか。従来から、民放局と新興通信会社が提携して番組のネット配信を始める動きが活発だったが、それにFTTHプロバイダー(主力はNTTと電力会社)が加わって、ブロードバンド市場の本格的な立ち上がりが期待できるかも知れない。しかし、ケーブルテレビは従来から地上波放送の再送信を認められており、ADSLだけが再送信から除外されることになる。通信政策はネットワークや技術に中立的であるべきだとする原則からすると、いささか疑問の残る決定のようにも思われる。 |
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特別研究員 本間 雅雄 編集室宛>nl@icr.co.jp |
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