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InfoComアイ
2005年8月掲載

英国における電気通信規制の新たな枠組み

 英国の通信・放送に関する規制機関であるオフコムは、2004年4月から英国の通信事業の規制を全面的に見直す3段階の諮問手続きを進めていた。議論の中心は市場力を持つ既存事業者であるBTに対する規制の在り方である。BTはその過程で、競争が進展した市場では極力規制を撤廃されることを前提に、「アクセスの真の同等性」を実現するため「独立したアクセス事業部」の新設とその活動を監視する「アクセスの同等性委員会」の設置などの改革案を2005年2月に提案していた。この提案についてオフコムを含む関係者が協議を続け、ほぼ合意が得られた内容をBTが去る6月21日にオフコムに「約束(undertakings)」として提出した。オフコムはこれを諮問し、その最終結論を今秋にも採択する可能性が高いと見られている。実現すればBTとマーキュリーの複占体制の終結宣言(1991年)以来、英国における13年ぶりの電気通信規制改革となる。

■規制の焦点をBTのアクセスに絞る

 英国では、「EU2003年新通信規制パッケージ」に基づく2003年通信法の制定や通信・放送に関する新規制機関のオフコムが設立され、新たな視点から規制を見直す機運が高まっていた。しかし、規制当局は特定分野の規制を撤廃できるほど十分な競争が英国の電気通信市場にすでに存在しているとは考えていなかった。一方、ブロードバンドなどの技術革新や消費者の行動の変化が従来の電気通信規制のアプローチを時代遅れにするかもしれないこと、他国や他市場ではこのような変化に対し様々なアプローチが試みられておりオフコムもグローバルなベスト・プラクティスを検討する必要があること、などから今後10年間の見通しと課題を検討し、電気通信規制の包括的な見直し作業を行うことにした。これが、2004年4月にオフコムがスタートさせた「テレコムの戦略的レビュー(Strategic Review of Telecommunications)」(以下テレコム・レビュー)である。

 オフコムのテレコム・レビューは3つのフェーズの諮問文書から構成されている。フェーズ1は2004年4月に発出され、21の質問(5つの基本的質問とその他の16の質問)を提起し、それらに対する意見を求めている。興味深い質問を列挙すると以下の通りである。

  • 英国の電気通信市場では、どのようにして効果的かつ持続可能な競争が実現できるか。
  • 大幅な規制緩和の余地はあるか、それとも既存事業者の市場支配力は揺るぎないものか。
  • 次世代ネットワーク(NGN)への投資に対し、オフコムは如何にして効果的かつタイムリーにインセンティブを与えればよいか。
  • 1984年の民営化以降、様々な機会にBTの組織/事業運営/機能分離についての議論が行われてきたが、これは今でも適切な議論なのか。
  • 将来のネットワークの発展(例えば、ネットワーク端末のインテリジェンスの増加、技術標準やインターフェースの支配力の増加)は、電気通信規制の必要条件にどのような影響を与えるか。

 フェーズ2は、フェーズ1の諮問結果から電気通信分野の課題を抽出して取りまとめ、問題解決のためのオプションを示したもので、2004年11月18日に公表されている。フェーズ2によると、英国の電気通信市場は20年もの政府の介入(規制)にもかかわらず、固定電話における競争は依然として不十分である。しかし、回線交換方式の通信がIP網ベースに移行するなど市場は急激に変化している。次世代ネットワークへの移行(注)にともない、競争事業者の享受しているアドバンテージは少なからず損なわれ始めている、と指摘している。

(注)BTは2004年6月に次世代ネットワーク(21CN)の構築について具体的なプログラムを発表している。

 これらの問題提起から、オフコムが認識した重要課題は以下の2点である。第1は、BTだけが市場支配力を持ち、競争事業者の大半が断片的かつ限定的規模の事業者であるような、固定電気通信市場の構造の問題。第2に、20年以上をかけて創られた複雑な規制が、介入的なマイクロマネジメントに依存し続いているが、全体としてはアクセス網におけるBT支配に適切に対処できていないという問題である。

 オフコムはフェーズ2で、この重要課題に対処するための3つのオプションを示して意見を求めている。第1は、規制を完全に廃止し、紛争が起きた時は競争法による事後的な解決に委ねる。第2は、オフコムが2002年企業法に基づき調査を実施し、その取り扱いを競争委員会に付託する。第3は、オフコムはBTに、競争事業者に対し「真に同等なアクセス(real equality of access)」の提供を義務づける(注)

(注)オフコムは「真に同等なアクセス」について、BT小売事業との完全な同等性を求める「インプットの同等性」モデルとそこまで求めない「結果の同等性」モデルを設定し、夫々の適用原則を定め、それに基づき2つのモデルを適用することを提案している。

 オフコムは、第3のオプション「真に同等なアクセス」の義務づけを推奨しており、その理由は以下の通りである。アクセスに対するBTの市場支配力が依然として存在しており、第1のオプションは時期早尚である。競争委員会に付託する第2のオプションは、調査が長期に及び、予測のつかない破壊的な結果(例えばBTの構造分離など)になる可能性があるため、オフコムはそれに代わる第3のオプションを推奨している。これはまた、BTを構造分離すべきだと主張するグループに対し、「真に同等なアクセス」を義務づければその必要はない、というシグナルを発したものと理解されている。

■BTの自発的提案とそれに基づく合意形成

 BTは、テレコム・レビューのフェーズ2でオフコムが推奨する第3のオプションに基づく規制改革の提案を、諮問に対するパブリック・コメントの形で去る2月に行っている。その内容は、競争の進展した分野における規制を極力撤廃することを前提に、「真のアクセスの同等性」を実現するために、BTホールセール事業部からアクセス・サービス事業部門(ASD)を分離して社内の独立組織(ビジネス・ユニット)とする一方、その活動を監視する委員会(EBA:Equality of Access Board)を設置するというものだった。

 このBT提案をベースにオフコム、BT、その他の関係者が協議を続けていたが、BTはオフコムに対して改定された「約束(undertakinngs)」を去る6月21日に提出した。この「約束」は、ほとんどすべての関係者が合意した内容で、オフコムがテレコム・レビューの最終結論で採択する可能性が強いと見られている。オフコムは、6月23日と30日に声明を発表し、BT提案を公表するとともに、それに関連する諮問を開始した。この結果はテレコム・レビューのフェーズ3(最終結論)に反映されるが、その時期は今秋とみられている。

BTが6月に提出した改定された「約束」の骨子は、

  1. アクセス・サービス事業部門(ASD)の新設(拠点は別のビルに置く、給与も別体系、BTブランドを使用しない、分離された運用・取引システムの使用など独立性を高める)
  2. 真のアクセスの同等性を実現(特に重要な卸売製品に「インプットの同等性」を導入、その他の卸売製品にも「結果の同等性を」を適用し(注)透明性を高める)
  3. ASDの活動を監視する(コンプライアンス)委員会の設置(BTグループの非常勤取締役が議長、委員数は5名で3名は社外の独立した人物を充てる、BTはASDの勧告を迅速に実行する)

(注)BTがSMP(Significant Market Power)を有するその他の卸売製品には「結果の同等性」が適用される。具体的には部分的専用線、事業者事前選択(CPS)、ATM相互接続である。

 BTの2月提案と違っている点は、ASDの取り扱う製品が具体的に規定されたことである。2月提案でBTはフル及び共用型のLLU(Local Loop Unbunndle)に焦点をあてていたが、改定された「約束」ではこのほか、すべての携帯の卸売回線レンタル(Wholesale Line Rental)、卸売イーサネットや部分的専用線のアクセスを含む光ファイバー・アクセス(注)、イーサネット、SDH(同期デジタル・ハイアラーキー)やサブループ、特定のバックホール・サービスが含まれるなど、ASDの取り扱う製品の範囲を拡大させている。

(注)当研究所の専門家によると、光ファイバーのアクセスに関する義務づけは、これらの特定の企業向けサービスにかかわる卸売製品に限られるだろうという。英国では先に完了したLLUの市場レビュー結果では、FTTHのアンバンドリングを義務づけていない。

 BTによる次世代ネットワーク「21CN」の構築にあたっては,他事業者が主なボトルネックにアンバンドル・ベースで接続できること、「インプットの同等性」をサポートすることなどを設計上配慮することをBTは「約束」している。BTは、他事業者がBTの卸売製品を利用できる場合に限って、小売製品の販売ができるということになる。

 このBTによる「約束」は、その遵守に法的強制力があり、違犯があればオフコムは裁判所(High Court)への提訴ができる。また、BTの違犯により損害を受けた第3者は、裁判所を通じて損害の補償請求が認められる。この「約束」は、オフコムの通信法や競争法に基づく既存の権限と並行して適用される。

■BT再編のインプリケーション

 英国のブロードバンド・サービスの普及は、欧州諸国の中でも遅れているとみられていた。特に、ADSLについてはBTの卸売サービスである「ビットストリーム」の利用が主体で、アンバンドル(LLU)の利用が少なかった。オフコムは、アンバンドルの利用を促進することが、英国におけるブロードバンド・サービス普及には不可欠として、BTに働きかけを強めていた。

 アンバンドルの利用を促進するためには、料金の引き下げだけでなく、顧客である他の電気通信事業者に対するサービス提供体制の充実などが求められる。英国では、BTホールセール事業部がBTリテール事業部に対して提供するサービス(製品の範囲、価格、設置や保守など)との同等性の確保が問題となった。同等性の確保のためには、ボトルネックであるBTのアクセス部門を分割(資本分離)すべきだという議論も根強く続いていた。

 一方、BTはオールIPによる次世代コア・ネットワーク、「21CN」の構想を公表し2007年度から運用を開始したい、と意欲的に取り組んでいる。そのためには、「アクセスの同等性」の論議に決着をつけ、需要拡大が望める競争市場での規制緩和とそれに基づく投資リスクの軽減を強く望んでいた。事実、発表当日のBTの株価は4.1%上昇している。

 フィナンシャル・タイムズ(注)はこの問題について次のように指摘している。BTの分割は分かりやすいオプションではあるが、3年に及ぶ法的混迷、規制の不確実性、投資の低減という結果を招くであろう。そうなれば、BTの競争者もまた同じように苦労することになるだろう。ガスや水道のような昔ながらの公益事業とは異なり、急速な技術変化のなかにある(電気通信)産業にとって、3年は長い期間である。オフコムが同じ目的を、より迅速かつ混乱を少なく達成する別な方法を試そうとしているのは、正しいことである。重要なことは、今回の(オフコムとBTの)合意が法的拘束力を持つことだ。その代わりにオフコムは、競争が激化したBTの残りの事業に対して規制を緩和する予定である。BTは、旧来の制度のもとでは、お節介な(meddlesome)な介入が革新と効率を阻害し、それは競争者が真に競争する手助けにならなかった、と苦情を述べていた。より焦点を絞った規制制度に移行することは、すべての関係者に利益をもたらす可能性がある。

(注)Ofcom's experiment(Financial Times / June 24 2005)

 同紙はまた、既存の(旧国営独占)事業者とその競争者の両方から賞讃を浴びる規制者は稀れであるが、昨日のオフコムはそのようなケースだった。しかし、このような事業分離は世界中に前例がなく、これが最後の手段であるかどうか、を見届ける必要は依然として残っている、と指摘している。

 評価の高いオフコムのテレコム・レビュー結果に疑問を呈する記事(注)もある。オフコムは新設されるASDに対し、部門全体のROCE(資本利益率)による規制を実施しないこととしている。何故疑問かといえば、個々の製品価格は過剰な利潤を排除するように設定されるが、不思議なことに、事業全体としては過剰なROCEを得ている例が少なからずみられるからだ。そのうえ、500万人の英国人が利用している卸売りADSLアクセス・サービスは、新設予定のASDの提供品目から除かれている。オフコムは、この500万のユーザは価格の安いLLU(ASDが提供する)に移行するとみているからだが、その間はBTの過剰な利益は温存される。欧州の規制機関によると、この寛容さは投資の促進を強調してのことだという。

(注)Telecom regulation(FinancialTimes online / June 27 2005)

 翻って日本における規制の現状はどうか。ブロードバンドの普及が促進されたことは確かだが、イーアクセスのような例外はあるものの、事業者のほとんどはその赤字から脱却できないでいる。特に、アクセスを提供する東西NTTの業績の悪化は目を覆うばかりで、両社の努力不足だけではかたづけられない構造的な問題を含んでいる。地域、長距離といった組織区分がIP・ブロードバンド時代に適応不全を起こしていることは周知の事実である。現在の組織のもとでも改善できることが少なくないとしても、基本的には「組織は戦略に従う」べきではないか。わが国では、アクセスを提供する既存事業者とそれを利用する競争の両方から賞賛される規制の仕組みは在在しないのだろうか。少しでも可能性があれば、その在り方を模索すべきではないか。

(このレポートの作成にあたっては、「海外電気通信の動向 2005.6」(社内資料)当研究所グローバル研究グループなどを参考にさせていただきました。付記して感謝します。)

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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