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2005年2月掲載

「96年通信法」の改正を巡る米国の動向

 米国で96年通信法の改正が議論され始めている。通信バブルとその崩壊を経て市場も技術も大きく変わったからだ。従来、規制の対象はもっぱら固定電話であったが、電話は現在ブロードバンド・サービスのアプリケーションの一つという位置付けになりつつある。ブロードバンドを提供するのは固定電話会社とは限らない状況の中で、通信事業であるという理由だけで特別に規制されることへの不合理も指摘されている。新しい技術や市場に適合した規制の在り方を求める米国の動向をレポートする。

■96年通信法制定後に市場が大きく変化

 ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)(注)が面白い話を紹介している。昨年の早い時期に、米国の電話会社がスポンサーになって掲出していた空港や駅などの広告に「我々の通信法が制定された頃(1996年)は、「ブラックベリー」は果物でしかなかった。」というのがあった。「ブラックベリー」はカナダのRIM社が提供している携帯情報端末(PDA)とそのサービスであるが、今や米国はもとより欧州のビジネスマンにも広く利用されている。最新機種では携帯電話の機能も持っている。

(注)Phone companies push telecom overhaul(The Wall Street Journal online / January 18,2005)

 ここでの電話会社のメッセージは明瞭だ。通信事業を規律する現行の1996年通信法は、「ブラックベリー」が登場する以前に制定されたもので、携帯電話などの無線サービス、ブロードバンド及びIP電話などの最近のサービスや技術、それによってもたらされた競争の激化を考慮しておらず、オーバーホールが必要だということである、と前掲のWSJ紙は書いている。なかでも、電話会社の最大の不満は、各種の技術が融合することによって、電話とケーブル・テレビが同一市場で熾烈な競争を展開しているにもかかわらず、96年通信法は両者を異なる産業として別々に扱っていることであるという。

 96年通信法は、通信法が1934年に成立して以来の抜本改正によって成立した。前掲のWSJ紙は次ぎのように書いている。「96年通信法は、実質独占だった地域ベル電話会社に、長距離通信事業に進出するのを認めるのと引き換えに、彼らのネットワークを潜在的競争者に開放することを要求した。さらに広く、ケーブル・テレビ会社と電話会社が相互に競争することも認めた。それ以来、地域ベル電話会社は全州で長距離通信市場に参入した。一方、ケーブル・テレビ会社は、彼らの多くの顧客に電話サービスを提供している。同時に、何百万もの固定電話利用者が、自宅の電話回線を切断して、携帯電話だけの利用に切替えている。」“Free For All”(すべての市場を競争に)は96年通信法の趣旨を最も的確に説明する言葉として当時しばしば使われていた。

 しかし同法制定後、通信バブルとその崩壊を経て、通信市場は携帯電話、インターネット、及びブロードバンドの急速な普及によって大きく様変わりした。96年通信法は、有線通信、無線通信、インターネット、ケーブル・テレビ、放送、衛星などは相互に参入を認めるものの、本来別の市場と考え、別々の規制を課してきた。しかし、サービスや技術が融合した現在、このような事業の区分はほとんど意味がなくなっている。

 携帯電話は当時3,300万台だったが、04年末には1億7,500万台となった。この数は米国の固定電話の数を上回る。米国の携帯電話市場は、全米を営業区域とする6社(注)による熾烈な競争が展開された結果、料金が急激に値下りしただけでなく、一定時分までの定額料金制と夜間週末利用無制限の料金プランがバンドルされるなど、固定電話市場をターゲットにする戦略がとられた。今や携帯電話は、eメールやウェブのへのアクセスなどインターネットの簡易な端末としての役割も果しているが、第3世代携帯電話の本格的な導入によって今後はブローバンド化に向かう。固定通信と移動通信は、補完というよりは競合・代替的な関係にあるとみるべきだろう。

(注)04年10月にシンギュラーがAT&Tワイヤレスを合併し現在は5社であるが、04年12月にスプリントとネクステルが合併することで合意している。

 さらに、スプリントなどの独立系の携帯電話会社は、インフラ設備を保有しない携帯電話会社(MVNO;例えばバージン・モバイルUSA、クエスト・コミュニケーションズやAT&T)にサービスを卸売りで提供しているが、今後もこの事業を強化する考えである。最近では、インターネット・サービス・プロバイダーのアースリンクと韓国の最大手の携帯電話会社SKテレコムが合弁会社を設立して携帯電話事業に進出する計画を発表したが、スプリントはここにも卸売り携帯電話サービスを提供する。

■トリプル・プレイからクアドルプル・プレイへ

 インターネットが普及すると、音声による通信の一部はeメールに移行する。ブロードバンドの利用が増加すると、その傾向はさらに著しくなる。当時ほとんどゼロに近かったブロードバンドの利用は、現在3,200万回線(04年6月末、上りか下りの一方が200Kbps超、事業用を含む)に増加したが、その57%はケーブル・テレビ会社が提供している。ケーブル・テレビ会社は、このブロードバンド回線の速度を引き上げる一方、電話サービス(IP電話)やビデオ・オン・デマンド(VOD)などの提供に向けて準備を進めている。さらに、地域ベル電話会社に対抗するため、スプリントと提携して再販方式による携帯電話サービス事業に進出することも検討中である。

 現在、米国におけるIP電話の最大手は、新興企業のボネージである。既にブロードバンド回線を利用している顧客を対象に、全米利用無制限のIP電話サービスを月額24.99ドルで提供している。音質にもさしたる問題はなく、今年の1月初めに顧客数が40万を超え、その高い成長力が注目されている。

 地域ベル電話会社は、電話、ブロードバンド、携帯電話に放送を加えた4つを意味する「クアドルプル・プレイ」へのアプローチを開始している。最大手のベライゾン・コミュニケーションズは、光ファイバーへの投資を拡大し、ブロードバンドへの対応を強化する一方で、テキサス州などで放送免許を申請した。番組調達のためCNNや衛星放送会社とも提携している。第2位のSBCは、「プロジェクト・ライトスピード」と名付けられた光ファイバー網構築計画に4年間で40億ドルを投資し、1800万世帯に20〜25Mbpsのブロードバンド回線を提供する計画を発表している。放送事業への参入を予定しており、番組配信ソフトをマイクロソフトから4億ドルで購入し、番組調達の担当者を既存のテレビ局から引き抜いているという。連邦通信委員会(FCC)が、光ファイバーには銅の加入者回線に課していたアンバンドル提供義務や回線共用義務を課さないことを明確にしたことで、電話会社にも投資意欲が戻ってきたようだ。

 ケーブル・テレビ会社は従来からの業務である放送に加え、そのデジタル化した送信設備を活用してブロードバンド・インターネット、電話を提供し(ここまではトリプル・プレイ)、さらに携帯電話を加えた「クアドルプル・プレイ」を目指している。4つのサービスをバンドル(一括)して割引料金で提供し、請求書やアフター・サービスも一元化することで顧客のロイヤリティーを高め、電話会社に対抗しようという狙いである。設備投資がこれから増加する電話会社に対し、デジタル化のための投資を以前から進めてきたケーブル・テレビ陣営が、優位に立てると期待している。

■錯綜する業界の利害

 こうなれば通信会社とケーブル・テレビ会社は、完全にオーバーラップする事業領域で競争することになる。にもかかわらず、地域ベル電話会社に課されている市内回線の割安価格での提供やユニバーサル・サービスの義務を、ケーブル・テレビ側は負わなくてよい。このことを地域ベル電話会社は「競争上の不利益」として問題にし、2011年までネットワークの共用要件を無くすよう通信法の改正を要求している。しかし、電話会社の市場にようやく足場を築いたケーブル・テレビや携帯電話会社は、大きな変革を嫌い、新たな立法に対し潜在的な障害物を作り出そうとしている、と前掲のWSJ紙は指摘している。

 大手地域電話会社の業界団体であるUSTAも、明らかに競争が存在する地域における州及び連邦委員会による料金規制を撤廃して欲しいと要望している。またUSTAは、電話会社は州の規制当局が定めた固定料金で基本地域電話サービスを無期限に提供する用意があるが、その代わり非基本電話サービスの料金及びパッケージ化を、電話会社が望むように決定する権限を与えて貰いたいという意向だという。このような改定は、電話会社をケーブル・テレビ会社と同等の条件にするためのものだが、ケーブル・テレビ会社は96年通信法の改定には無関心だという。このことは、96年通信法及びそれに基づくFCC規則は、これまでネットワークの高度化のために950億ドルを投資し、競争のポジションを高めたケーブル・テレビ事業に有利だったことを証明している、と前掲のWSJ紙は指摘している。

 ケーブル・テレビ会社の業界団体であるNCTAは、96年通信法の全般的な再検討の開始は、規制の不確実な期間を長引かせ、新規投資を冷却するかもしれないとして、96年通信法の総合的な改定には慎重になっている。利害関係者が改革を求めて団結した1990年代の中頃とは対照的に意見が分かれている。放送業界及び携帯電話などの無線産業も広い範囲の改定には関心がない。無線産業はほとんど規制が無いことで急激に成長している。昨年の「品の悪い」放送(注)に対する取り締まりで痛い目にあった放送業界は、通信法改正案が引き金になって、歓迎できない条項を追加されるのではないか(例えばメディア・オーナシップ規制を緩和するためのFCCの計画に対する巻き返しなど)などを危惧して、通信法の改正に及び腰になっているという。

(注)04年のスーパー・ボウルにおいて中継されたジャネット・ジャクソンの行為

■鍵を握る議会の動き

 何人かの有力な議員は、インターネットが音声通話、テキスト・メッセージ、ビデオ及びその他の通信のための広く行き渡った「導管(conduit)」となる前に制定された法律(96年通信法)を作り直すべき時期にあることについて合意している、と前掲のWSJ紙は書いている。共和党の上院議員で新商業委員会(通信も所管)の議長に就任するスティーブンス議員(アラスカ州)は、長い間の電話の独占に終止符を打ち、競争を促進した96年通信法の改定は最優先課題であり、個人及び小企業の意見を聞くため、全米各地でヒヤリングを行うことを計画している。民主党のロックフェラー上院議員(ウエスト・バージニア州)も、96年通信法は単純に時代遅れになり、技術は法律を超えたことを認め、法改正に賛成しているという。

 スティーブンス上院商業委員会新議長とその他の上院議員達が通信法改正に熱心なのは、ユニバーサル・サービス・ファンド(USF)の問題を解決したいというもう一つの動機があるからだという。USFは地方及び低所得の電話利用者に対して、そのコストの一部を補助し、学校、図書館及び病院にインターネット接続を提供する連邦のプログラムである。

 どのような電話サービスがファンドに拠出すべきか、どの会社が支払いを受ける資格があるのかを決定するため、議会と規制当局はUSFをオーバーホールする必要があるということで合意している。USFに対する拠出額は、長距離及び国際通話収入をベースとして、一般及びビジネス利用者は毎月の電話料金請求書に記載されている額を支払うが、最近数年間は代替的技術が利用されるようになリ、電話の通話数が減少するにつれて、その額も減少している。議員の中には、USFの資金を貰わない電話会社に対し、受け取っている小規模で地方にある電話会社は有利になるが、これではUSFが競争を抑圧することになると主張する人達もいる。議員達は必ずしもUSFの廃止を望んでいるわけではないが、通信産業が競争によって変革を迫られているこの時期に、かくも精巧な補助のプログラムが必要なのか、疑問が出始めているという。ホワイト・ハウスでも徐々にこの見方に共感する人達が増加している、と前掲のWSJ紙は書いている。

 地方の電話会社、特にアラスカ、モンタナ、ワイオミング及び南北ダコタの各州に本拠を置く電話会社は強力なロビー活動を展開している。このグループは、USF及び通話を接続するためにこれらの会社に支払う「相互補償」の制度を護るために強力に戦うだろうとみられている。しかし、業界団体の中には、地方の小規模電話会社がその年間収入の3分の2にも相当するUSFを受け取るような仕組みを、徐々に止める方法を探しているところもあるという。

■AT&T終焉の意味するもの

 地域ベル電話会社SBCによるAT&Tの買収が去る1月31日に発表された。両社の取締役会が合意した段階であるが、買収額は約160億ドルである。“Ma Bell”(ベルお母さん)の愛称で親しまれたAT&Tが、電話の発明以来の128年の歴史を閉じることに、米国のマスコミもいささかの感慨を覚えているようだ。

 しかし現実は極めて厳しいものだ。最近における通信業界のM&Aは、シンギュラー・ワイヤレスによるAT&Tワイヤレスの買収は410億ドル、スプリントによるネクステルの「対等合併」では350億ドルだった。これに対し、AT&Tの160億ドルという評価は余りにも小さい。買収にあたって通常支払われるプレミアムもほとんどない。何がAT&Tの評価をかくも低くしているのか。1997年にSBCがAT&Tを合併することで合意したことがあったが、その時は当時のハントFCC委員長の“unthinkable”という発言(ドミナント事業者同士による合併は独占の再来であり認められない)で実現しなかった。今回は重複する事業で多少の分離を求められるとしても、合併自体に問題はないという見方が大勢を占めている。

 2004年におけるSBCの収入は527億ドル、AT&Tの収入は305億ドルであり、合併が終結する2006年には米国最大の電話会社が誕生して、その収入は850億ドルになるというのが通常の期待であるが、この場合はそうならないとビジネスウイーク(注)は指摘している。同誌によると、AT&Tの収入は05年に15%、06年に9%減少し、06年の収入は236億ドルになるという。一方、SBCの収入の伸び率は1%でしかない。SBCはこの合併のメリットを、もっぱら統合によるコスト削減で説明した。08年から11年まで150億ドルの節減になるという。BW誌が紹介するドイツバンク証券の予測によれば、AT&Tの収入はその後も減少し08年には200億ドルとなる。ここで毎年10%の減収が続けば、合併による節減効果毎年20億ドルは、この減収によって帳消しになるという。このAT&Tの減収傾向にどこで歯止めが掛けられるか、誰も確信が持てないところにAT&Tの評価が低くなる原因があるのではないか。

(注)Can the SBC-AT&T combo make money?(BusinessWeek online / February 14,2005)

 AT&Tの減収が止まらない理由は、一つには技術の融合と市場の変化であり、もう一つはAT&Tの戦略の失敗によるものである。ここでは後者について触れる。AT&Tの最大の失敗は1984年の分割の際、長距離通信と設備製造会社(ウエスタン・エレクトリック)を選択し、地域電話事業を分離し、携帯電話事業のライセンスを手放したことだという(注)。反トラスト法違反で訴追した当時の政府の狙いは、製造部門の分離だったといわれており、別な選択も可能だったはずだ。

(注)Boards of SBC and AT&T approve $16 billion deal(The Wall Street Journal/January 31,2005)

 AT&Tは、その時点で最も高い収益を上げる事業を抱え込んで、その上でコンピュータ事業に進出すべく1991年にNCRを買収したが、96年には業績不振でスピンオフに追い込まれた。多大の犠牲を払って残した製造部門も同年にスピンオフしている。1994年には携帯電話会社を買収したが、これも分離独立を余儀なくされ、結局は04年10月にシンギュラー・ワイヤレスに買収された。90年代の後半には、1,000億ドル超を費ってケーブル・テレビ事業を相次いで買収したが、これも数年後にコムキャストに売却した。肝心の長距離通信は競争の激化とインターネットや携帯電話などの代替手段の普及で、価格低下と通話量の減少に悩まされて続けている。「大事な曲がり角にさしかかる都度、AT&Tが如何に誤った選択をしたかは信じ難いほどだ。」とWSJ紙は大学教授のコメントを引用している。

 しかし、「本来分離すべきでなかった二つのものが、また一緒になることは大きなチャンスだ。苦痛に満ちた分割から21年後に、“Ma Bell”は“Baby Bell”の一つと再統合される。こんな素晴らしいことはない。」というAT&Tの元幹部の感想をワシントンポストは紹介している(注)。通信サービスは本来エンド・ツー・エンドに接続されてこそ意味がある。地域も長距離も、市場としては一つと考えるべきで、分離すべきではなかったのではないか。そのことはインタネット時代になってよく分かる。SBCによるAT&T買収には、そんな積極的意味がこめられているのかもしれない。

(注)End of line for Ma Bell(Washingtonpost.com / Feb 01,2005)

 コロンビア大学のエリ・ノーム教授は前掲ワシントンポスト紙で次のように言っている。「AT&Tブランドは巨大な価値をもっている。SBCは何らかの方法でそれを利用しないほど愚かではないだろう。もしSBCがAT&Tブランドを利用すれば、AT&Tはいくらかは生き残るだろう。AT&Tは、その子供達の一部で生き続けることになるが、結局このことはすべての母親に起きることだ。」

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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