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2000年12月掲載

相次ぐグローバル・キャリアの事業分割

  去る10月25日に、注目を集めていたAT&Tが事業の4分割案を発表した。11月1日にはワールドコムが事業の2分割案を発表し、さらに、11月9日にはブリティッシュ・テレコム(BT)が持株会社の創設と事業の6分割案を発表した。

 上記の3社にはいくつかの共通点がある。第1に、3社ともグローバル・キャリアを目指して事業拡大路線を続けてきたが、ここにきて業績の悪化に直面していた。料金競争が激しく値下がりの著しい音声通信(電話)の収益の低下が、成長が見込まれるデータ通信・インターネットや携帯電話による収益の増加を上回っているからだ。第2に、業績悪化にともなって株価の低下に歯止めが掛らず、安値を更新している。第3に、このような状況にありながら、インターネットや次世代携帯電話システムなどに多額の投資を迫られており、その資金調達に苦しんでいる。第4に、株価の低迷でストック・オプションの行使ができなくなり、人材の流出が止まらないことなどである(注)

(注)クレディ・スイス・ファースト・ボストン(CSFB)の最新レポートによると「人生で数少ない確実なもの、それは死、税金そして通信業界の長期不振」と書かれていると言う。(The Economist:2000.11.14)

 したがって、上記3社の事業分割案は、将来を見据えた戦略的発想というよりは、当面の株価低落に歯止めを掛けたい、という思惑が先行しているように思われる。AT&Tのアームストロング会長は、「各部門(の業績)とシナジー効果の総計が株価に反映されていたら、(分割は)やらなかっただろう」とニューズ・ウィーク誌に語ったという(注)。しかし、市場はこの3社の事業分割案を評価せず、その後も株価の低下は止まっていない。以下に3社の事業分割の概要を紹介する。

(注)NESWEEK 2000.11.8 同誌によると、アームストロング会長は発表の翌日、「われわれは(この分割は)正しい選択だと考えている。株価がもっと高いときにやればよかっただろうが、正しいという事実に変わりない」と発言の訂正を求めてきたという。

■AT&Tの4分割案

 AT&Tは同社の事業を、AT&Tの共通ブランドを使ってサービスを提供し、ファミリーとして協力する4つの別会社に分割し、それぞれが株式を発行する。AT&Tビジネス(ネットワーク設備を保有)とAT&Tコンシューマーは資本関係を残すがトラッキング・ストック(部門収益連動株)を発行し独立性を高める。AT&TワイヤレスとAT&Tブロードバンドは2002年にスピンオフし完全な独立会社となる。

(図表1)AT&Tの事業4分割案

AT&Tビジネス

  • 企業向け長距離通信事業(米国1位)、通信ソリューション事業(受注残120億ドル)
  • ウエッブ・ホスティング事業(顧客企業1万)など 売上げ高(2000年見込み、以下同じ)290億ドル 従業員6万人
  • 2000年7−9月期の売上げ高は前年同期比2.5%増(販売部門の再構築の影響)
  • 今後も5−10%の増加の見込み(BUSINESS WEEK 2000.11.6 以下同じ)
  • AT&Tの社名および株取引における略称(T)を継承する
AT&Tコンシューマー
  • 個人向け長距離通信事業(米国1位)、インターネット・ダイヤルアップ接続、DSLなど
  • 売上げ高 190億ドル 顧客数6000万 従業員1.8万人
  • 2000年7−9期の売上げ高は前年同期比11%の減少 今後は年10%の減少の見込み
  • 2001年にトラッキング・ストックを発行 AT&Tビジネスとの資本関係を維持
AT&Tワイヤレス
  • 携帯電話(米国3位)、固定無線アクセス事業
  • 売上げ高 100億ドル 顧客数1300万 従業員2.7万人
  • 2000年4月にトラッキング・ストックを発行(16%、100億ドルを調達)
  • 2000年7−9期の売上げ高は前年同期比37%(加入数75万)の増加 今後は年30%の増加の見込み
  • 2002年にAT&Tから完全分離(トラッキング・ストックを普通株に転換し、旧株主に割り当てる)
AT&Tブロードバン
  • ケーブル・テレビ(米国1位)、ペイパービュー、広帯域通信、高速ネット接続事業
  • 売上げ高 90億ドル 顧客数1600万 従業員 5.2万人
  • 2000年7−9月期の売上げ高は前年同期比11%の増加 今後は年15%の増加の見込み
  • CATVを利用した電話サービスおよび高速ネット接続は、それぞれ35万、89万加入(2000年9月末)
  • 2002年にAT&Tから完全分離(旧株主に割り当てる)

(参考)AT&Tの主な企業買収と分離の経緯

■AT&T4分割の背景と問題点

 AT&Tは、現在の株価水準は企業価値を正当に反映していない、と考えていた。その最大の問題は「コンシューマー(個人向け)サービス」部門で、料金の値下がりと競争の激化によって、売上高の減少と業績の悪化が続いていた。2000年7−9月期の売上高は前年同期比11%の減少であり、利子および税金控除前営業利益(operational EBIT)も14%の減少(注)であった。AT&Tはこの「コンシューマー・サービス」部門の業績悪化が他の部門の足を引っ張りAT&Tの株価全体の低迷をもたらしていると判断し、トラッキング・ストックによって分離に踏み切ることにした。しかし、この部門が将来自立できる見通しはなく、いずれ地域ベル電話会社(ベライゾンなど)に買収されるのではないか、と見られている。

(注)しかし、EBITマージン(売上高に占めるEBITの比率)は、販売および管理費(SG&A)の削減努力などによって、40%と高い。

 AT&Tは「各社の自由度と機動性を高めることにより、業績の向上と株価の回復を図る」ことを狙って事業分割に踏み切った。業績トレンドの異なる部門を含む全体よりはそれぞれに特化した部分の総和の方が株主価値を大きくする、と信じてAT&Tは賭けに出たのだ、という見方が一般的だ。AT&Tは、バンドル・サービスとワンストップ・ショッピング戦略を、企業の買収・合併によって推進してきた。株価が低迷すると一転してその戦略を放棄し(AT&Tは否定しているが)、資本による絆から契約による絆へ転換する、と言われても投資家は戸惑うばかりだ。米国の高名な通信アナリストは、これをAT&Tのメルト・ダウンの始まりと見て、AT&T株式の評価を下げている。

 AT&Tは1999年から2000年にかけて、地域ベル電話会社との競争に勝つためには、ケーブル・テレビ会社を買収し、電話サービス、広帯域データ伝送、高速ネット接続を、自ら所有する設備で提供することによって、サービス、品質、料金を直接コントロールすることが不可欠と考えていた。しかし、TCIとメディア・ワンの買収(株式交換)に1,000億ドル、その後の設備改善に400億ドルの巨額を要しただけでなく、ケーブル・チャンネルを利用した地域電話サービスは、AT&Tが想定したよりもコストが高くつき、技術的にも複雑で、利用者が期待したほど伸びていない。AT&Tブロードバンドがスピンオフされれば、ケーブル・チャンネルを利用した電話サービスを中止し、成長と利益が見込める高速ネット接続に注力するのではないか、という見方もある(注)

(注)elecom Turmoil、BUSINESS WEEK 2000.11.6

 AT&Tワイヤレスには、スピンオフによって輝かしい将来が待っているかもしれない。2000年の売上高の増加率は30%とみられており、当面の需要増は根強い。しかし、AT&Tのトラッキング・ストックであるため、株価が低迷している。スピンオフされれば評価が高くなると期待できる。2000年4月に株式公開を行って100億ドルの資金を確保し、今後の設備の拡充にも備えていて、ワイヤレス・ウェブ・サービスを提供するためのライセンスや技術の取得についても、競争他社に先行できるだろう、と見られている。また、NTTドコモがiモードの米国での普及で協力を期待して、同社に15−20%の出資(約1兆円)を行うことで合意したことも、プラスに働くだろう。

 AT&Tビジネスは、2000年の早い時期に販売部隊の再編制を実施した際、顧客サービスが低下し、大口顧客をいくつか失った。そのため、今年の売上高増加率は5%(業界平均は10%増)に止まるだろう。しかし、データとインターネットなどの需要増加が今後期待でき、年10%台の成長を確保できそうだ。しかし、AT&Tコンシューマーをトラッキング・ストックで抱えたままでは、機敏な動きが出来ない。これを分離・売却するタイミングを探ることになるのではないか。

■AT&Tの再編計画に厳しい評価

 総じてAT&Tの再編計画に対する評価は厳しい。それは、同時に発表した「向こう15ケ月の売上げと利益は従来の予想を下回る」とする見通しのせいでもあるが、再編成発表後の2日間で株価は19%も下落し、その後も止まらない。AT&Tの株価は過去1年の最高値から31%の水準に下げ、株価総額も701億ドルで、NTTの54%、ドイツ・テレコムの74%まで低下している。(11月22日現在)これは、厳しい評価を裏書きするものだ。

 厳しい評価をしているニューズ・ウィークの記事を以下に紹介する。AT&Tのアームストロング会長は、長距離電話会社という絶滅寸前の恐竜を、音声もデータも携帯電話も、ケーブル・テレビもネットも動画配信も扱う広帯域通信企業へ脱皮させる、という大胆で金のかかる計画を立てた。彼はそのお金を、長距離電話での利益と借入金で賄おうとした。それは、列車を止めずに線路を敷設し直すようなもので、おまけに5分おきに「運行は時刻表どおり」だとアピールしなくてはならなかった。だが、それは無理な相談だった。彼が自らの戦略を捨て、危険を伴う再編に打って出たのは、正しい選択だったのか。ニューズ・ウィークは有力アナリストに「ばかげている」と言わせている。「ウオール街の気まぐれに合せてハンドルを切ってばかりいると、企業は鞭打ち症になりかねない。」(注)

(注)ATT's Magic Act、NEWSWEEK 2000.11.8

 11月9日に、AT&Tは資産の整理売却を発表した。AT&Tの負債はほぼ年間の売上高に相当する620億ドルに達しており、格付け機関は、AT&Tの長期債の評価を再度引き下げる動きをしていた。AT&Tはケーブル・テレビ会社の買収で取得したタイム・ワーナー・エンターティンメントの24%の株式、ケーブルビジョン・システムズの30%の株式などを処分することを検討している。また、AT&Tのトラッキング・ストック子会社のリバティ・メディア(放送番組作成会社)の分離・独立を発表したが、これはメディア・ワンを買収した際の規制当局との合意を履行するためであり、全株AT&Tの株主に割り当てられる。

■ワールドコムの事業2分割案

 米国長距離通信事業2位のワールドコムが、11月1日に、2つのトラッキングストックを発行して2001年上半期に、成長部門の企業向け通信事業と安定事業の個人向け通信事業とに分離すると発表した。前者はワールドコムの社名を引き続き使用し、後者はMCIの社名を採用する。分離は、ワールドコムがMCIのトラッキングストックを発行し、現在のワールドコムの株主に無償で割り当てることで行われる。株主はワールドコムの株式25株に対しMCIの株式1株を受け取る。ワールドコムのエバーズ会長が新ワールドコムのCEOとなるが、MCIの経営陣は今後決定される。

 1997年当時米国長距離通信事業4位だったワールドコムは、すでにBTとの合併に合意していた同2位のMCIに敵対的買収を仕掛け、翌年に合併を実現した。さらに、1999年に同3位のスプリントとの合併で合意したが、市場の過度の集中を憂慮した米欧の規制当局によって阻止された。スプリントとの合併は、携帯電話事業を持たないワールドコムが、サービスのバンドル化を推進するために、経営戦略上欠かせないものだった。そのため、これを契機に市場に失望感と将来への危惧が広まり株価の低落が続いていた。

 株価の回復が実現しない限り、事業の展望が開けなくなったのはAT&Tと同様である。したがって、その対応策も似ている。一つの企業の中に混在している成長(グロース)事業と安定(バリュー)事業を分離し、「投資しやすい環境」を整えることで株主価値の回復を図ろうというものである。電話中心の個人向け通信事業は、成長は期待できないが投資が少なく、現時点では利益率が高く、配当も手厚くできる。一方、企業向け通信事業は、高成長が期待できるが、それだけに競争も激しく、リスクも高い。

(図表2)ワールドコムの事業2分割案

  ワールドコムは、ビジネス顧客に音声、ビデオ、インターネット・サービスを提供するデータ会社へ転換しようとしている。最近、ウェブ・ホスティング会社大手のダイジェックス(Digex、エクソダス、クエストに次ぐ3位)の親会社を60億ドルで買収した。しかし、最近の株価低落によって、携帯電話会社の買収可の能性は小さくなった、と見られている(注)

(注)ワールドコムは固定無線アクセス(FWA)に進出済み。また、双方向ページャーのメトリコム社に投資し、ラップトップ・コンピュータ・ユーザーにインターネット接続を提供している。

 ワールドコムの株価は、過去1年の最高値から24%の水準に値下がりし、株価総額も417億ドル(11月22日現在)まで下がった。株価に対するテコ入れが急務だったが、同社が2001年の収益予想を引き下げた(ウォール街の2ケタ成長期待に対し7−9%)こともあって、株価は「企業分割案」発表後も下げ止まっていない。対策の基本である競争力を強化・改善しない限り、株価浮揚効果は限定的だとする懐疑論がある一方で、何もしないよりはるかにましだとする肯定論もある。

■BT、事業再編計画を発表

 BTは11月9日に、統括持株会社の設立や子会社の上場および資産の売却などを内容とする大規模な再編計画を発表した。今年4月にBTは、リテール(小売り)、イグナイト(企業向け通信サービス)、オープンワールド(インターネット)、ワイヤレス(携帯電話)、イェル(番号簿、電子商取り引き)の各事業を独立性の高い事業部として位置づける再編を実施していたが、今回は、これらの事業部を子会社化すると同時に、これらを統括する持株会社とネットワーク(卸し売り)事業を行う独立の子会社(ネットコー)の設立に踏み切った。

(図表3)BTの事業再編成計画

 持株会社の設立で、子会社の財務と経営における自主裁量権の拡大が期待できる。ネットコー社の設立は、ネットワーク(卸し売り)事業と小売り事業の分離を促す。また、ネットコーの資本の25%、イグナイトの資本の25%およびワイヤレス、イェルの各社は2001年に株式公開を予定している。これらの株式の公開(50億ポンド)と非戦略部門の資産の売却(50億ポンド)で、急増する2001年末の見込み債務残高300億ポンドを100ポンド圧縮する。BTは今後欧州および日本に重点を置き、それ以外の地域の事業を整理する方向で検討している。少数株主であるスペイン2位の携帯電話会社エアテルの株式や日本以外のアジアでの保有株式などが対象になるものと見られている。  BTは、英独などでの第3世代携帯電話の免許取得に要する費用が嵩んで負債が増大し、同社の長期債の格付けが引き下げられていた。株価の下落も著しく、過去1年の最高値に対して36%の水準となり、株価総額も569億ドル(11月22日現在)まで低下した。今回の再編計画は、債務の削減などによって株価の回復を狙ったものだが、株価の低下に歯止めが掛っていない。

 1997年に米国長距離通信会社2位のMCIとの合併に失敗して以来、BTの海外戦略は質から量に変わった、と言われている。世界各地の通信事業に20%前後の少数株主としての出資を繰り返してきた。企業支配をねらって摩擦を起こすよりは、「協調」することが大事とする考え方では、戦略が明確とならず、投資は利益を生まなかった。一方、英国内での競争も激しく、成長部門の携帯電話でボーダフォンの後塵を拝し、最近では3位のオレンジ(フランス・テレコムの子会社)に、あわや逆転かという瀬戸際に追い詰められている。

 BTの再編計画には様々な問題が指摘されている。ネットコー社の設立は、政府や監督機関オフテルとの交渉が複雑になり、合意には12−18ヶ月が必要で、同社の設立がBTにプラスに働くとしても、かなり後のことになりそうだ。また、子会社の株式売却は市場の状況に大きく影響されるので、計画通りに進むか不安もある。あるアナリストは今回のBTの再編計画を「あまりに複雑で、あまりに遅く、抜本的でもない」と評している。

 以上紹介したAT&T、ワールドコム、BTの事業分割案は、あらゆる電気通信サービスを一企業の中に抱え込む「バンドル化」を、株高を背景に世界的規模で遮二無二進めてきたM&A戦略が限界に来た結果ということではないか。巨大通信会社と言えども、急激に変わる技術と市場のすべてをカバーするだけの人的物的な経営資源の確保は困難である。また、競争の激化によって、M&Aによって獲得した資産は期待したほどの利益を上げられず、頼みの株価も低迷している。今問われているのは、何を選択し(何を捨て)、経営資源をどこに集中して、競争優位に立とうとするのか、その戦略的判断ではないか。株式公開や非戦略事業資産の売却による債務の圧縮は正しい選択だとしても、計画の第一歩でしかない。

(参考)株価総額による世界の20大電気通信会社(2000年11月22日)
(出典)Yahoo! Finance による(http://finance.yahoo.com/)
 ※値下り率:過去52週間の最高値に対する現在の株価の値下り率

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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