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2000年11月掲載

米国政府が提起した日本の電気通信制度改革

  去る10月12日に米国政府(通商代表部)は、日米間で合意した「規制緩和および競争政策に関する日米間の強化されたイニシアティブ」に基づき、日本政府に要望書(注)を提出した。今年の要望書は、「 5年以内にIT革命を達成するとの日本の最近の決意も歓迎」し、「賞賛に値するこの目標に合わせて、今年の要望書では、電気通信分野の記述を拡大して情報技術の問題も取り上げ」ている。この要望書は、今後数カ月の間に行われる多数の2国間作業部会会合の成果とともに、2001年の春に発表される第4回共同現状報告書の基礎となるものである。以下に電気通信分野に関する米国政府の要望を紹介する。

(注)Submission by the Government Of the United States To the Government of Japan Under the U.S.-Japan Enhanced Initiative On Deregulation and Competition Policy , October 12, 2000

  以下引用は米国大使館アメリカン・センタ−・レファレンス・サ−ビスの仮訳による。

■政府の役割

 まず「電気通信および情報技術」という前文で「日本がなぜ情報技術において投資や成長を刺激することが難しいかということは、その電気通信の慣行と政策に原因があり、このことがこの分野の他の要素、例えばネットワ−ク経済を形成するインタ−ネット、電子商取引、コンピュ−タ・サ−ビスおよびソフトウエアにまで影響を広げている。」と指摘している。日本のITの遅れに対する具体的な検証もないまま、一方的に電気通信主犯説を展開しているが、これは見方が偏っている。

 しかし、この分野における米国の経験によると「政府の果たすべき重要な役割とは、競争およびその原動力である革新が自由に広がることを保証することである。これは、電気通信市場を各社間の競争に開放し、競争環境にそぐわない古い規則を廃止し、特に電気通信分野において市場力を持つ参加者が、競争を妨げないよう適切な規律に従うことを保証することで達成できた。」と述べているが、これは傾聴すべき忠告であろう。

■独立した規制機関

 米国の指摘は規制機関の在り方から始まり、「郵政省の現在の構造では、公平で独立した規制機関として機能する能力を発揮できない」と手厳しい。その理由として、
  • 規制機能に対するNTT寄りの政治的影響(を阻止できない構造)
  • 産業振興と産業規制という(しばしば矛盾する)郵政省の二重の役割
  • NTTの重要な株主としての政府の役割
を挙げている。米国の主張は、他のOECD加盟国が行っているように、独立規制機関を設置し、規制機関の独立性を高めることである。

 具体的には、

  • 人事、説明責任、および規制の正式命令に関する強固な構造的安全策を講じて政治的影響から規制機能を保護する
  • 必然的に利害の衝突に直面する産業振興と規制機能を完全に分離する
  • できるだけ迅速に政府所有(NTT)株式を完全放出する
  • 閉鎖さされた研究会ではなく開かれた手続き上の規制行動を基にして規制の透明性を高める
  • 重大な利害の衝突を生み出す「天下り」を制度として奨励、助長することを禁止する
ことなどを求めている。

 競争促進のためには規制の透明性確保は不可欠であり、規制のシステムも新しい体制に改めた方がよい。政策・振興と監視・規制・仲裁の機能を分離し、独立した規制機関には競争促進のための強力な権限を付与するというのが、改革の望ましい方向のように思う。
この方向は新規参入事業者(NCC)なども支持しており、郵政省も省庁再編で決着済みとして議論を避けないで欲しい。また、情報政策は通産省、通信・放送政策は郵政省とする現在の二元体制のままでよいのか、見直しが必要ではないか。

■支配的事業者の規制と競争上の安全策(セ−フガ−ド)

 米国政府は日本政府が2000年度の法案を準備する際に、消費者の利益(の確保)を主目的とする競争促進型の規制枠組みを確立し、全ての規制行動を指導する根本的基準を作るよう提案している。その法案に盛り込むべき内容について次のように言及している。

 支配的な市場とその区分を明確化し、支配的事業者をより効果的に監視するため、小売りおよび卸売サ−ビスの料金と提供条件を認可制にする必要がある。その際、

  • 反競争的(内部)相互補助が行われていないか、検証を行う
  • 適切な(競争上の)安全策なしにNTTに認めていた広義の「試験的」サ−ビスを禁止する
  • NTT東西会社と他のNTT関連会社との共同マ−ケティングやサ−ビスのバンドリングを禁止する
  • 支配的事業者の物理的施設への、競争事業者による完全なアクセスを命令する権限を(規制機関が)持つ
  • NTT東西会社が地域市場を完全に競争に曝されていると証明できるまで、新しい市場への参入を禁止する
  • 再編されたNTTが、反競争的相互補助や競争事業者に非効率なコストを課すことのないよう、強化された措置を導入する
  • 新規参入者を規制の負担から解放するため、各種の報告義務を撤廃する
ことなどを提案している。

 規制は、支配的事業者がその市場支配力を濫用して競争を阻害することを防止し、市場における競争を促進する役割を担う。したがって、支配的事業者(ドミナント)規制は、一方で非支配的(新規参入)事業者には規制を課さないことでもある。それだけに、市場区分を明確にしたうえで市場支配力とは具体的に何を指すのか(注)、どういう条件を充たせば支配的でないと見なされるのか、などが客観的に明らかにされなけばならない。

 他方、支配的事業者に対してもインセンティブは与えられるべきであり、料金認可制よりも料金上限規制のようインセンティブ規制を採用すべきだ。また、地域通信市場が競争にならない原因 には、NTTの責任でないものも少なくない。それらの点を評価したうえでNTT地域会社の新市場への参入の可否を判断すべきである。

(注)「支配的事業者」を市場シェアだけで決めるべきでない。例えば、AT&Tは1995年10月にFCCによって、国内長距離通信市場において「非支配的事業者」(ノンドミナント)と認定されたが、その際判断の参考にされた1994年におけるAT&Tの市場シェアは、収入および通信時間でそれぞれ55.2% と58.6% であった。市場支配力の有無は当該市場における競争の実態などから判断されるべきだ。

■相互接続

 ここでは、第 3回共同報告に述べられている相互接続についての決定に沿う形で、料金の引下げを2000年中に実施することを要望している。
また、NTTドコモを「指定事業者」として、2000年度中に同社のネットワ−クへの着信料金を設定するための接続条件を整えることを要望し、
  • 料金や接続条件を含む接続約款の公表
  • 接続料金の計算方法の公開
  • 6ヶ月以内の接続完了
  • NTTドコモのネットワ−クに着信する通信料金を、競争事業者が設定できるようにするよう義務づけ
などを郵政省に求めている。

 また、NTT東西会社が接続約款で基本機能とみなしている機能のリストを拡大し、NTTのユ−ザ−が利用できる全てのサ−ビスをリストに含めること、および卸売料金で競争事業者に提供することを義務づけるよう要望している。

 しかし、ボトルネック設備(加入者回線)を有する固定通信事業の「指定電気通信設備」(不可欠設備)の考え方を、それを有しない携帯電話事業に単純に拡大適用するのは適切とは思えない。また、固定通信を含む接続市場全体で考えれば(欧州の例)、NTTドコモの相互接続市場におけるシェアはドミナントではない。物理的アクセスの完全開放は「不可欠設備」の保有者に対する規制であるべきで、支配的事業者の設備であっても「不可欠設備」でないものは、ビジネスベースでの取引きに委ねてよいのではないか。

 アンバンドリングについては、その機能を開発するインセンティブおよび設備投資を行なうインセンティブを既存事業者に与えるべきであり、料金設定ではそれを考慮すべきだ。

■線路敷設権と既存事業者設備へのアクセス

 日本政府は「2000年中に、NTTが所有あるいは管理している全ての電柱、管路、とう道、屋内配線および線路敷設権への透明、公平で迅速かつコストベ−スのアクセスを提供するようNTTに義務づける一本化された規則を作るべきである。」と米国側は主張している。上記の規則には、
  • NTTが管理する施設についての情報を提供し「視察」を認める
  • 利用と工事料金などは公平、適正、非差別的である
  • 調査や施設の改修のコストや負担に関する明確なル−ルを作る
  • NTTの施設内に競争事業者の設備を設置し保守することを認める
ことなど含めることを要望している。

 さらに、上記の規則を電力会社、公益事業者、鉄道会社および高速道路会社にも適用することの検討を要望しているほか、優先措置として、

  • NTTの管路、とう道を含むボトルネック施設全般への接続
  • 電柱の有効利用を阻害している「30センチメ−トル」ル−ルの撤廃
  • 建設省による冬から秋にかけての道路掘削禁止の解除
  • 特定の道路の掘削間隔を5 ないし 7年としている規制の廃止
などの問題を提起している。

 地域通信市場における施設ベ−スでの競争を促進するためには、線路敷設権と既存事業者設備へのアクセスを認めることが必要だが、提供条件が利用側に有利であれば競争事業者は自ら設備を設置するリスクを取らなくなり、長期的には競争が促進されなく恐れがある。一方、設備にアクセスを認める既存事業者側にも、それを促進するインセンティブ(例えばケーブルテレビ事業への進出を認める)が必要ではないか。

■再販・アンバンドリング

 2000年度に郵政省は、通信事業者がネットワ−クを構築する際に自社設備と賃借設備を組み合わせることに対する制限をすべて撤廃すべきだ、というのが米国の主張である。

 特に、第1 種・第2 種通信事業者が期間制限なくIRU(長期利用権、波長ベ−ス含む)回線を賃借することを許可すること、NTTに対し全ての支配状態にあるサ−ビスを卸売料金で提供することを義務づけること、またNTTのアンバンドルされた(ネットワ−ク)要素(ダ−クおよびリット・ファイバ−や屋内配線を含む)へのアクセス、各種の装置・回線・伝送路などを組合わせることを含むNTTのEEL(Enhanced Extended Link)やリモ−ト・タ−ミナル、受動光ネットワ−ク装置(PONs)などへの接続を長期増分コストベ−スの価格で提供するよう義務づけること、などを求めている。

 地域通信市場での競争促進のためには、線路敷設権の開放などによる施設ベ−スでの競争のほか、既存通信事業者がアンバンドルされたネットワ−ク要素や再販サ−ビスを提供することが必要だ。しかし、施設ベ−スでの競争促進を本命と考えると、再販やアンバンドリング要素をどの程度の範囲と価格で提供すべきかは議論の分かれるところで、必要最小限とすべきではないか。米国側の提案にあるような広範な設備へのアクセスを長期増分コストで、またすべての支配的状態にあるサ−ビスを卸売料金で提供を受けられれば、競争事業者に自らが設備を設置する意欲を失わせることになる。

■コロケ−ション

 DSLなどのサ−ビスの拡大を促進するために、競争事業者は、NTT建物内においてNTT設備とともに、最も効率の良いネットワ−ク構築のためにMDF(本配線盤)にできるだけ近い場所に設備を設置することが許可されるべきで、郵政省は以下のことをNTTに義務づけるべきだ、というのが米国の主張である。
  • コロケ−ション・スペ−スを、NTTグル−プ会社に提供しているのと同一の料金、条 件で競争事業者に提供する
  • NTT東西会社の局舎内の空きスペ−ス情報を迅速に公開する
  • 料金の根拠を正当化する
  • 工事日程を定め、その間に工事を完了する
  • 競争事業者が保守すことやNTT東西会社のOSS(Operation Support System)へのアクセスを認める
ことなど、を要望している。

 コロケ−ションは、すでにNTT東西会社のADSL試行サ−ビスで実施済であり、また近く「ロ−カルル−プ・アンバンドリング規則」を郵政省が制定する予定だ。それでも、利害の対立する問題であり、機動的な「仲裁」の仕組みが必要である。

■電波管理

 日本政府は、電波の割当および指定の手続きを含む電波管理政策に透明性を持たせるべきであり、適切な場合、電波の入札制を利用すべきである。手始めとして、郵政省は現行の手続きの詳細を公表し、手続きの透明性を高めるためのさらなる措置を講じるべきである、というのが米国の主張である。

 この項にはこれ以上の具体的提案はないが、電波管理行政の透明性確保はもちろん、入札制についても有効性が確認できる範囲で導入を考えるべきだろう。

■その他の案件

 NTT東西会社によるダイヤリング・パリティ−(事業者による番号利用上の公平性)とナンバ−・ポ−タビリティ−(利用者が事業者を変更しても従来の電話番号などがそのまま使える)の完全実施を、郵政省は保証すべきである。

■規制制定プロセス

 日本政府は、IT分野に係わる規則制定に関し、
  • すべての関係者が迅速、公正、差別されることなく確実に参加できるよう、パブリック・コメント手続きを継続する
  • 可能な限り60日最低でも30日のコメント募集期間を設ける
  • すべてのコメントを公開する
  • 機会と十分な期間を与え、規則の最終案においてもそうしたパブリック・コメントに応答する
などの措置を講じるべきである、としている。

 規制制定には、すべての関係者の参加が可能で、そのプロセスは透明でなければならないが、余りに煩瑣でも実効性が乏しくなる。限界をどこに求めるかの問題だろう。

■規制産業における競争促進

 米国政府は、日本政府に規制緩和を働きかける一方で、公正取引委員会の機能強化を強く求めている。米国政府は、公取委は「部分的あるいは完全に規制の対象となっている産業分野における競争を促進するために積極的な役割を果たすべきで」あり、郵政省および公取委は、「合同作業部会を設立して、郵政省の規制を受けている分野(特に、電気通信、簡易保険、およびその他の郵便サービス)における競争を促進する方法を検討すべき」だ、と主張している。

 その検討には、適切な事業基本法の改正案の国会提出や、適正な競争ルールを示すガイドラインの策定を含むべきで、公取委は各規制省庁の所轄分野での競争促進に必要な施策を検証し、その実施を目指すべきだ、と米国は意見を提起している。

 これに対して郵政省は「電気通信分野は特殊な分野で、専門的な立場から法の枠組みや制度が必要」(朝日新聞2000.11.2)とすみわけを強調して、公取委との協議に応ずる考えはなさそうだ。しかし、競争が導入された電気通信分野は独禁法の適用対象でもあり、電気通信サービスも競争の進展でコモデティー(日用品)化が著しく、電気通信サービスをことさらに特殊な財だと強調するのもおかしい。二重規制にならない限り、「適正なガイドラインの策定」は選択肢の一つではないか。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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