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2000年6月掲載

米国における「最大の接続料値下げ」の中身

 6月1日の日本経済新聞の夕刊一面トップに「米、最大の接続料下げ、通話料半減も、対日圧力一段と,(米)通信委決定」という見出し(5段)で、米国のアクセス・チャージの引き下げが報道された。記事の内容は、AT&Aなどの長距離電話会社が地域電話会社に支払う接続料を、7月から過去最大の年間32億ドル引き下げる。これを受けて長距離会社は通話料を引き下げる。地域会社は接続料収入の減少分の一部を地域通話料に上乗せするが、それでも一般家庭の毎月の通話料は最大で50% 下がると試算しており、インターネットの普及に拍車がかかると見ている。NTTの接続料との格差がさらに開くことで、米政府は米国の引き下げ努力に比べて日本の対応が不十分だとする批判を強めそうだ、というものである。果してその通りなのか、検証してみたい。

■業界主導だった州際「アクセス・チャージ再改革」

 1996年の新通信法制定以前から、米国では市内電話料金を低く抑える(特に住宅用ユーザのための定額料金制の維持)ため、市内回線コストの25% を州際通信料金で負担する原則がとられていた。そのコストの一部を月額固定料金であるSLC(Subscriber Line Charge)として地域電話会社が顧客に負担を求め、残りを通信時間に比例して負担する従量制の州際アクセス・チャージに含め長距離電話会社が顧客から徴収し、地域電話会社に支払っていた。固定費を従量制料金で回収すれば、利用の多い顧客に過大な負担を転嫁する不合理が生ずる。

 米国の連邦通信委員会(FCC)は、1996年新通信法の制定を契機に「州際アクセス・チャージ規則」を改正し(1997 年 5月) 、改革に取り組んできた。改革の方向は「コスト構造を反映した接続料の妥当な水準」に近づけることであった。具体的には、加入者回線などの固定的コストを通信時間に応じた従量制料金から契約回線当たりの固定料金に段階的に移行させることであり、料金上限(GDP 物価指数マイナス6.5%)規制による全体的な接続料の削減を目指すことだった。

 同時に、ユニバーサル・サービスの範囲が拡充され、従来からの「農村および高コスト地域に対するアクセス」および「低所得ユーザに対するアクセス」の確保に、「学校、図書館および医療機関のための新サービスへのアクセス」に要する費用も「連邦ユニバーサル・サービス」に加えられ,基金化された。

 1997年の「アクセス・チャージ改革」では、市内回線コストの25% を州際通信料金で負担する原則は変えなかったが、市内回線コストは本来通信時間に関係ないコストであり、原則として各社が事前登録する加入者回線数に応じて負担することが合理的である、という原則を確立した。そこで、住宅用1 回線目と事務用 1回線加入者のSLC(月額3.5 ドル)は据え置いて、住宅用の 2回線目以降と事務用の複数回線加入者のSLCを段階的に引き上げることにし、それでも不足する額を「事前登録長距離事業者料金」PICC(Presubscribed Interexchange Carrier Charge )として、契約回線数に応じて長距離電話会社が地域電話会社に支払うことにした。

 これを受けて長距離電話会社はどう対応したか。例えば、AT&AはPICC(1加入月額1.51ドル:金額は住宅用1回線目および事務用1回線ユーザの場合、以下同じ)を Carrier Line Chargeという項目で、ユニバーサル・サービスの費用(1加入月額1.38ドル)を Universal Connectivity Chargeという項目で、エンド・ユーザーに定額料金で直接請求することにした。仮に、このコストを従量制料金に上乗せして回収しようとすれば、その分料金が高くなって競争上不利になるし、利用の多い顧客の負担を増やすことになり、それを避けたいという配慮が働くからだ。加入者はこのほかに、SLC(月額3.5 ドル)を地域電話会社に支払っている。アクセス・チャージ改革は迷路に入ってしまった。

 そこで、大手の長距離電話会社や地域電話会社(MCIワールドコムとUSウエストは不参加)などによる業界団体のCALLS(Coalition for Affordable Local and Long Distance Services )が、1999年7 月(2000年 3月に修正提案) に新たなアクセス・チャージ改革をFCCに提案した。FCCは、このCALLS提案をベースに「アクセス・チャージ改革案」をまとめて今回合意に達したもので、地域電話会社が受け取るアクセス収入の総額は、改革期間の 5年間でみれば既定の計画と変わらない。長距離会社の分当たり接続料金の引下げを、地域会社が請求する定額接続料金の増額でカバーするリバランシングである。

■新アクセス・チャージ改革の特徴

 第1は、地域会社が請求しているSLCに、長距離会社が請求していたPICCを統合したうえで値上げを認めたことである。従来3.5ドルに据え置いた住宅用1回線目と事務用1回線ユーザのSLCの引き上げを認めたことが、今回案の目玉である。新SLCは、7月から始まる1年目は月額4.35ドルで(3.5ドル(SLC)と、1.51ドル(PICC)の合計5.01ドルから)66セント値下げされるものの、2年目には5ドル、20002年7月には6ドル、2003年7月には6.5ドルに値上げられる予定だ(注1)

 第2は、高コスト地域におけるサービス提供のために、新たに6.5 億ドルの基金を設けて財政的支援を行うことである。FCCの推定によれば、現在のユニバサル・サービス基金のスキーム以外に、約6.5 億ドルが州際アクセス・チャージから高コスト地域のサービス維持のため支出されている。しかし、利用分数で課金される州際アクセス・チャージに「はっきりしない(implicit)」形で含まれているため、既存地域電話会社でしか利用できない。新制度では、これを従来のシステムとは別に基金化し、高コスト地域でサービスを提供するすべての電話会社を適用対象とし、誰でも支払い可能な(affordable)料金で通信サービスを利用できるようにしよう、というものである。

 新基金は、地域電話会社が回線当りの定額料金として加入者から徴収するが、ポータブル(当該地域で競争相手に顧客が契約を変えた場合、競争相手が同額の支援を受けとることが出来る)である。FCCの説明によれば、「州際アクセス・チャージの中に隠された補助金を明示的(explicit)、ポータブルで十分なユニバーサル・サービス支援に変える」改革である、としている。

 第3は、長距離電話会社の分当たりアクセス・チャージの大幅削減(1年目32億ドル)である(注2)。アクセス・チャージの削減額は、利用者に全額還元し通話料金を引き下げることでCALLS加盟各社とFCCが合意した。とくに、消費者団体が強く求めていた最低利用料金を廃止(AT&Aとスプリント)し、低利用加入者(注3)の負担軽減にも配慮した。このほか、従来からのユニバーサル・サービス負担についても、AT&Aは住宅用ユーザーに対しては契約回線当たりの定額負担を求めていたのを、利用分数による負担(長距離・国際通話料の8.6%)に改め低利用者の負担軽減に配慮することにしている。

 上記の結果、再改革後のアクセス収入の総額の推移は(別表)のようになる。 1年目の長距離会社が支払う分当たりのアクセス・チャージの削減額が32億ドルであるのに対し、地域会社のアクセス収入の削減額は15億ドルの減少に止まっている。17億ドルは地域会社の新SLCなどに振り変わるからだ(注4) 。2 年目からは新SLCが引き上げられる一方、長距離会社の分当り接続料が削減され、今後 5年間ではFCCの既定計画とほぼ同額のアクセス収入(今回の改革案が10億ドル多い)となる見込みだ。

 今回の米国の州際アクセス・チャージ改革は、分当たり州際アクセス・チャージの削減で長距離通信料金は下がるが、同時に加入者がアクセス部分に関し地域会社や長距離会社に支払う料金はほぼ同額増える。しかし、 1分当たりの接続料金の引下げで通信料金が下がれば、トラヒックの増加が期待できるというメリットもある。一方、地域電話会社に一本化した定額アクセス・チャージの増加は、低利用加入者の負担増加となるので、最低利用料金の減額や廃止を加味して、負担の軽減を図るよう配慮している。

表:米国におけるアクセス・チャージ改革の概要(2000年6月)

(注)SLC:Subscriber Lines Charge
   PICC:Presubscribed Interexchange Carrier Charge
   USF:Universal Service Fund

区分 徴収する会社 徴収の方法 改革の
内容
備考
アクセス・チャージ 接続料 長距離 長距離 分当り 分当り 引き下げ 2000年に2セント/分、2004年には1セント/分程度
SLC 地域 地域 固定 固定 引き上げ 2000年は引き下げ、2001年以降は引き上げ
PICC 長距離 固定
ユニバーサル・サービス 連邦USF 長距離 長距離 固定 分当り 従量制へ 総額は変えない
新連邦USF - 地域 - 固定 新設 6.5億ドル/年
長距離通話最低利用料金
(住宅用)
  長距離 - 固定 - 廃止 AT&Tの場合3ドル/月

■「木を見て森を見ない」新聞報道

 日本経済新聞の記事( 6月 1日)では、今回の改革が長期的な州際アクセス料金総額を変えないで、コスト構造を適切に反映する接続料金に近づけることを狙ったものだ、という説明が十分でない。 分当たりアクセス・チャージの引き下げだけをクローズ・アップし、日米の相互接続料の交渉圧力に短絡させている。また、「一般家庭の毎月の通話料は最大で50% 下がる」という試算が、長距離通話ゼロの加入者の州際アクセス・チャージの負担が、この改革の1 年目には月額9.39ドルから4.68ドルへ50% 下がるというFCC試算を引用したものだとすれば、ミスリードではないか。1 分当たりアクセス・チャージの 1セント値下げ(1年目)で、長距離通話料が50% 下がることは考えられない(注5)。一方、AT&Aはこの改革を受けて6 月以降標準料金を値上げする料金プラン(AT&Aの住宅用契約数の半分の約3,000 万回線が該当)を発表したが、消費者団体やFCCの非難を浴びて、 6月 7日には実施を延期し再検討する事態に追い込まれた(注6)

 同記事の指摘する「NTTの接続料との格差がさらに開くことによる対日圧力」についても、NTTの相互接続料が高いことを立証するために、いつも米国が引き合いに出すのは、自国の市内相互接続料であって州際アクセス・チャージ(回線当たり固定料金を分当たり料金に換算して比較すれば、日本の相互接続料の方がまだ安い)ではない。両者は料金の決定原則が異なっており、いわばダブル・スタンダードになっている。長期増分コストに基づいているのは市内接続料金だけである。従って、今回のアクセス・チャージ改革が、日米の相互接続料交渉に直接影響するとすれば、固定費(遠隔ターミナルのコスト)を、従量料金の接続料に含めて回収すべきでない、という点だけではないか。

 その後同紙に高名な編集委員(藤井良広氏)の署名記事が掲載(ニュース複眼、 6月 6日)された。「米国流の接続料下げ」と題した記事は、さすがは日経と思わせるもので、前記6 月 1日付けのオーバーな記事をやんわりと訂正する内容である。米国の「大幅引き下げ」も話半分に割り引く必要がある、分当たりのアクセス・チャージが下がる一方で、地域会社が利用者から徴収する定額制の加入者アクセス・チャージが増加する。FCCの接続料金改定の真意は、半分は(分当たり:筆者注)接続料引き下げにあるものの、もう半分は長距離会社が払う接続料に含まれる定額料部分を、地域会社負担(基本料増額)に一体化することにある、と書いている。

 日本経済新聞( 6月 6日) の記事は日米の相互接続料交渉にも触れ、米国が州際アクセス・チャージに含まれる定額部分を地域電話会社の料金に一本化したことで、再開交渉での米側圧力が以前にも増して強まるのは必至だ、と指摘している。しかし、筆者は米国はそのような主張はしないと考える。日本側提案の相互接続料が国際水準(米国の場合はアクセス・チャージではなく市内相互接続料)に比べて著しく高く、このままでは日本はIT革命に乗り遅れる、と政府とNTTの頭越しに新規参入通信企業や通信の利用者にアッピールすることを狙っている米国が、NTT地域会社の基本料値上げに手を貸すことはないだろう、というのがその理由である。

追記:本稿作成にあたっては、当研究所の 堀 伸樹 取締役 および 清水憲人 リサーチャーに種々ご懇切なご教示をいただきました。改めて感謝いたします。

取締役相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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