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2000年4月掲載

「eヨーロッパ」におけるeエコノミ−論

■eヨ−ロッパ推進計画

 欧州委員会は去る 3月23および24日にリスボンで首脳会議を開催し、「eヨーロッパ」…すべての人々のための情報社会…と銘打った発展計画(注1)を採択した。これは、昨年12月にヘルシンキのEU首脳会議で採択した「eヨーロッパ推進計画(The eEurope Initiative)」(注2)のその後の進展と新たに検討が必要となった課題をまとめたものである。

 「eヨ−ロッパ推進計画」は、ヨ−ロッパ全域においてディジタル技術に関する理解を高め、すべてのヨ−ロッパの人々がその技術を使いこなすのに必要なスキルを持つことを保証することを狙いとしており、リスボンで開催されたEU首脳会議における討議事項「欧州の経済および社会の再生(renewal) 」の中心的な役割を果たした。ディジタル技術の応用が経済成長と雇用に関する鍵を握る、という認識が高まったことが「eヨ−ロッパ推進計画」を促進する原動力となった。

インタ−ネットが主導する「eエコノミ−」つまり「ニュ−・エコノミ−」が台頭しているという証拠が増加していても、一部には伝統的産業エコノミ−が依然として強固だということもあって、欧州の人々のこれらの好機と挑戦への反応は鈍かった。リスボンEU首脳会議はこのような状況を変え、首脳による確固とした行動計画の支持によって、欧州のリ−ダ−は欧州をダイナミックで競争的な経済に移行させることを決意した、という強いシグナルを人々に与えるだろう、と報告書は述べている。

 「eヨ−ロッパ」への移行は、その多くを市場とプライベ−ト・セクタ−が担うことになるが、政府の政策も重要である。特に、明確な規制上の枠組みの確立、技術を持つ人口の確保、情報社会の在り方などである。欧州は、トップによる強いリ−ダ−シップと変わらない関与(コミットメント)を必要とする。「eヨ−ロッパ」推進計画は、これらのさらなる進展を促進することを狙っている。

■「eヨーロッパ」のeエコノミ−論

 この報告書には "The eEconomy" を論じた付録2がついている。EU委員会は「eエコノミ−」つまり「ニュ−・エコノミ−」をどの様に理解し、それから何を学ぼうとしているのか、興味深い考察が展開されている。最近、欧州のマスメディアなどででも取り上げるようになった「ニュ−・エコノミ−」論は、9 年間におよぶ経済成長の持続(最近では4%を超える成長率)を 2%以下の物価上昇率と4.1 %の失業率(事実上の完全雇用)のもとで実現している米国経済の並はずれた成果に触発されてのものである。

 「ニュ−・エコノミ−」に対する懐疑派は、情報と通信産業の急速な成長は認めるとしても、他の産業セクタ−における同様な生産性の向上は認められないと主張する。懐疑派の一般的な見方は、「事実ではない」ではなく「証明できない」というものである。「米国におけるニュ−・エコノミ−論の支持者には、柔軟な市場の必要性を強調する人が多いことを注目すべきである。」と同レポ−トは書いている。以下同レポートの抜粋を紹介する。

 「デジタル技術は30年以上も使われており、産業界はこの期間に多額の投資をしてきた。にもかかわらず、全体の生産性(全要素生産性)(注3)は、米国で最近ようやく増加し始めたに過ぎず、欧州ではまだ生産性の向上は見られない。恐らく、技術の有利性を最大化できるようにビジネス組織が再構築された時に始めて技術の便益が実現するからだろう。そのために、長いプロセスが必要となるのは止むを得ない。」

 「米国において生産性が向上したのは1995年頃からである。"World Wide Web"が登場し、マス・マ−ケット・メディアとしてのインタ−ネットが誕生した時期に符合する。証明するのは難しいが、このことは、インタ−ネットが何十年もの技術的蓄積を生産性の向上に結実させたことを示唆している。この主張は、インタ−ネットはビジネス・コストを低下させ、市場をより効率的で競争的にし、それによって経済の生産性を高めるという、強い先験的な議論によって支持されている。」

 「インタ−ネットの最も重要な特性の一つは、そのインパクトが「ハイテク産業」に止まらず、全ての産業やサ−ビスに波及し、将来の「繁栄のドライバ−」になり得ることだ。すべての企業は「eビジネス」になる。インタ−ネットがコストを低減させ、生産性を向上させたのは、主として以下の諸要素(注4)の成果による.」

 「自動車製造、航空、銀行などの優良企業は、最近競ってインタ−ネット・eコマ−ス 戦略を発表し、インタ−ネット・サ−ビス・プロバイダ−と提携している。株式市場も、このインタ−ネット戦略を株主価値を増大させる、として歓迎している。インタ−ネットを利用した書籍の販売、株式の仲介取引などの分野で世界のリ−ダ−になった新しい会社の例が多く見られるようになった。しかし、このようなチャンスの窓が開いているのは短い間だけである。特定のeコマ−ス・サ−ビスの強固なブランドの確立によって、早晩市場参入のコストは極端に高くなるだろう。このことが、eヨ−ロッパ推進計画をスタ−トさせた動機の一つであった。現在が、インタ−ネットによって提供される好機の利益を得るのに決定的に重要な時期であり、チャンスはすぐに失われるだろう。」

 「既存のビジネスの変身に加えて、インタ−ネットは新たなサ−ビスを創造し、それによって新たな雇用を生み出している。電子商取引、とりわけビジネス・ツ−・ビジネス・eコマ−スがブ−ムになろうとしている。世界中のeコマ−ス販売額は、1998年から2003年までに40倍増加し、総販売額の15% に達する、と調査会社は予測している。さらに、インタ−ネットとeコマ−スは、新興企業を立ち上げ、欧州においてもNeuer Markt,Nouveau Marche,ESDAQなどの新たな株式市場を作りだした。しかし、インフォ・テクノロジ−とインタ−ネット企業の株式時価総額は、米国のそれに遠く及ばない。」

 「インタ−ネットの発展が成功すれば、産業セクタ−内外の雇用の流動は避けられない。欧州においては、雇用の純増をもたらすことを確実にする雇用の流動に関する新たな活動を強めていく必要がある。米国の調査では、1999年における米国のインタ−ネット関連の職務は230 万であ。欧州のそれは統計がなく不明であるが、かなり下回っていると思われる。インタネットは、雇用を増やす有望な戦略を政策当局に提供している。」

 「要約すればネットワ−ク経済は、インフレをもたらすことなく経済の潜在的なアウトプット、例えば成長率を高める生産性を増大させる。また、資本、労働、製品市場が効率的に機能し、潜在的なアウトプットを現実の成長に変える新たな活動を考案しなければ、生産性の増大は短期的な雇用の減少をもたらす可能性がある。現在欧州が必要としているのは、新興企業を支えるダイナミックな欧州の資本市場、スキルを持った弾力的な労働力を供給する労働市場、価格を下げる競争的な製品市場などである。」

「eヨ−ロッパ」の現状

 「インタ−ネットの世帯普及率はEU加盟15カ国の平均で12% (1999年10月現在)、利用人口の総人口に占める比率は20% で、米国の2 ないし3 分の1 の普及率である。「ニュ−・エコノミー」の利益は、欧州単一市場のインタ−ネット普及率がクリティカル・マスに達し時に始めて実現するのであり、EU全域でインタ−ネットの利用を増やすことが課題である。それなしでは、「ニュ−・エコノミ−」の利益は先進諸国に限られ、二極化のリスクが生ずる。これは、欧州全体の不利益になる。」

 「欧州のオフライン・コンテント市場は強いが、オンライン・コンテントのポジションは満足からほど遠い。欧州のウェブ・サイトの指標となるホスト数は、米国の3分の1以下であり、接続数のランキングに登場するサイトもほとんどない。欧州におけるベンチャ−・キャピタルの不足は、ユ−ザ−の需要を充たす新興企業、新サ−ビスとウェブサイトが少ない原因の一つである。」

 「インタ−ネットの接続料金が、利用の重要な決定要因である。国別比較は、インタ−ネットの利用料金と人口普及率との間に強い相関があることを示している。従って、競争の進展を通じて料金を下げていくことが、最優先の課題である。欧州の通信産業は、ダイナミックに速く成長しており、1999年の収入は前年比13.2% 増加し、2,380 億ユ−ロになった。料金は下がり、サ−ビスは多様化し、顧客はより多くの選択が可能になった。」

「このような成功にもかかわらず、市内回線(利用者を市内交換局に接続する電話網のラスト1マイル)の競争の促進が主要な関心事になっている。市場をより競争的にしていくためには、米国流の定額料金助成システム(注)が望ましいが、このよう料金の「ゆがみ」はインタ−ネット接続のその他の形態に対する投資意欲を減退させる。インタ−ネット接続のその他の形態には、常時接続の xDSL 技術、デジタルTVケ−ブル経由のアクセスなどがあり、パソコンと電話モデムを利用したダイヤル・アップ接続よりも、はるかに高速であり、いずれコストも安くなると見込まれる。」

(注)米国のインタ−ネット利用は、利用者が限界費用ゼロで接続を認める市内電話定額料金システムから利益を得ている。これは、長距離通信から市内通信への極めて高額の相互補助によって維持されている(欧州委員会はこの補助額を年額180 億ドルに相当すると推定している)。

 「これまで、インタ−ネット接続は主としてパソコンを使っていたが、これが変わろうとしている。すでに、インタ−ネットに簡単に接続でき、どこでも、いつでも必要な情報を利用できる小型移動デバイスが市場に出回っている。最近、移動通信が音声通信とインタ−ネットへの接続手段の両方で重要性を増している。欧州におけるGSM(欧州におけるデジタル携帯電話の標準)の加入数は、2000年末で 2億台に達するだろう。欧州の携帯電話の加入数は、現在でも米国を上回っている。欧州には、インタ−ネット接続ための主要なプラットフォ−ムとなる可能性のあるデジタル・システムを持っているという有利性が存在する。このことは、GPRSおよびEDGE(注5)、第3世代移動通信の展開、各種の無線ロ−カル・ル−プ技術などにおけるGSM技術の進歩によって実証されている。」

「ニュ−・エコノミ−」に米国が強い理由…労働の流動性
 以上紹介したように、欧州でも「ニュ−・エコノミ−」の効果を認め、米国にキャッチ・アップする態勢を整えようとしている。この点について、去る4 月11日に米労働省が主催した「全米技能サミット」で、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリ−ンスパン理事長が注目すべき発言を行った。(注6)
 彼は、近年の技術革新によって、米国が新たな雇用と新規事業の機会をもたらす活気に満ちた経済を実現させ、今までにない経済の革新の時期を経験し、生産性、実質所得、雇用の創造についてのダイナミックな効果を目のあたりにしている、と強調した。

 そのうえで、欧州や日本の経済が米国と同様のハイレベルの成長を享受できないのは、コストが高く硬直的な労働市場によるところが大きい、と指摘した。同氏によれば、新技術によってもたらされる収益率は、大部分は製品の単位当たり労働コストの削減の結果であるから、同様の新技術を導入した場合の欧州および日本の投資収益率は、米国のそれより低くなる。米国の企業は欧州や日本の企業より、より小さなコストで従業員を解雇でき、そのことが採用の潜在的コストと事業拡大による雇用増にともなうリスクを小さくしているからだ。表面上のかなり高い解雇率が、近年における米国の劇的な失業率の低下(2000年3 月,4.1%)をもたらした、と指摘した。

同氏は、雇用の創造に関して技術革新の効果が大きいことは言うまでもないが、急激な技術の変化は、変化についていけないのではないか、いつか職を失うのではないかと心配する従業員の恐怖心に火をつける、というネガティブな効果を持つ。同氏は、労働者の職を失うことについての恐怖は、景気後退時期の1991年当時よりも、現在の方が強いとする最近の研究結果を引用し、労働者は、新技術を習得するための教育および訓練シテムの整備に圧力をかけいるが、「急激な技術革新とその予測できない方向性は、人的資源に対する投資が不可欠であることを意味する。」と指摘した。

「ニュ−・エコノミ−」は米国モデルなのか、それとも普遍的モデルなのか。普遍的モデルだとすれば克服すべき課題は何か、その課題を日本や欧州が解決できるのか。グロ−バル化が急激に進むなかで、第3の道はあるのか、通信料金が高いことだけが問題ではないと思うのだがどうだろうか。

取締役相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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